第21話 ハゲちゃったじゃない……


「私のために危険な事をしないでください……」


 と神月かみつきさん。朔姫さくひめが夕飯の支度をしている間、俺は簡潔に説明をした。


 菊花だりあとの経緯や神月さんの症状を改善するために情報を集めていた事を話したのだけれど、何故なぜか彼女は怒っているようだ。


 勿論もちろん、危険な事をしていたつもりはない。

 けれど、俺は『恐怖』にうとい所がある。


 そのため、知らず知らずの内に危険な事をしていたのかも知れない。


 ――どうするのが正解だったのだろうか?


 そんな俺の考えを彼女は表情から察したようだ。


「だって……私の所為せいでヒカル君が【呪い】を受けてしまったではないですか……」


 そう言った後――そんなの嫌です――と最後につぶやいた。

 どうやら、彼女のためと思って行動していた事は、俺のひとがりだったらしい。


 正解は分からないけれど、俺が危険な目にうのはダメなようだ。


「その辺にしておくのじゃ……」


 と朔姫。


「ほれ、料理を運ぶのを手伝ってくれんか?」


 そう言って、皿に料理を盛り付けて行く。

 神月さんは溜息をくと、


「そうね……」


 と言って立ち上がった。

 その様子から納得はしていないようだ。


 ただ『怒っている』というよりはねているようにも見える。


「じゃ、テーブルをくよ」


 俺も立ち上がり、準備を手伝う。

 テーブルを拭いて、はしと茶碗を並べると、


「神月さんの所為せいじゃないよ……」


 俺は料理を並べてくれている彼女に言った。

 神月さんの動きが止まる。


「俺は神月さん……かなが困っていると思っていたんだ」


 彼女が不幸だと、決めつけていた。

 だから――なんとかしてあげないと――と思い上がっていたのかも知れない。


 結果、俺の行動は彼女を追い詰める事になってしまった。

 自分の所為せいで俺が傷付いた場合、神月さんはそれを許せないのだろう。


「ごめん、俺には神月さんが必要みたいだ……」


 これからも仲良くしてくれる?――その問いに、


「いえ、私もつい……感情的になってしまいました」


 そういって、彼女はうつむいた。

 お互いがお互いの事を思い、喧嘩ケンカをするなんてバカな話である。


「次からは、もう少し考えて行動するよ……」


 どうやら俺は自分一人でなんとかしようとするくせがついてしまっているようだ。


「あー、そろそろ食事にしたいのじゃが……」


 いいかのう?――コホンッ、と朔姫が咳払せきばらいをする。

 自分でも無意識の内に神月さんの手を取り、握っていたようだ。


 二人して見詰め合っていた事に気が付く。

 俺達は慌てて、手を離した。


「まったく、おぬしらは仲が良いのう……」


 朔姫は溜息をくのだった。



    ◇    ◇    ◇



 夕食の後、俺は先にシャワーを使わせてもらった。

 着替えを終えると、スマホを確認する。


 菊花に『会って話がしたい』と連絡していたのだ。

 分かりました――とメッセージが入っていた。


 場所は公園を指定している。


(明日でも良かったんだけどな……)


 じきに日も沈む。辺りは真っ暗になるだろう。

 神月さんと朔姫に相談すると『付いて来る』と言い出した。


 【呪い】の件もあるので、菊花を警戒しているのだろうか?


「なぁに、隠れておるから安心するのじゃ」


 と朔姫。本当だろうか?

 少なくとも『大人しくしてくれる』とは約束してくれないようだ。


 ――なにかする気だよな?


 とうたがいたくなってしまう。

 どうせ『断っても付いて来る』と思い、俺は了承りょうしょうする。


 二人とも部屋着のままなので、着替えてから来るそうだ。

 俺は一足先に『指定された公園』へと向かった。


(確か、タコの滑り台がある広い公園だったよな……)


 島の開拓が始まった際、『最初に作られた公園だ』と聞いている。

 けれど今は、居住区が完成したため、そちらの方に新しい公園が造られた。


 そのため島民の間では、あまり使用されてはいなかったはずだ。

 島なので治安は悪くないだろう。


 けれど、女の子を夜の公園に一人、待たせる訳にはいかない。

 俺は指定された時刻より、早めに着くように寮を出た。


(涼しい……)


 夕方になり、風が出て来たようだ。

 日中の蒸し暑さは何処どこに行ったのだろうか?


 寮から公園へは下り坂なので、自然と足が速くなる。

 着く頃には暗くなるので、懐中電灯を用意していた。


 住宅街の方は明るいようで、人々の営みが感じらる。

 公園へ着くと、すでに菊花が来ていた。


 外灯があるため、思ったよりも暗くはない。


「菊花……」


 俺が声を掛けるよりも早く、


「あっ、センパイ……来てくれたんですね!」


 と彼女は涙ぐんでいる。俺が『来ない』と思っていたのかも知れない。

 その腕の中には『お姉ちゃん』が抱きかかえられていた。


「大丈夫?」


 俺が慌てて駆け寄ると、


『大丈夫じゃないわよ!』


 とお姉ちゃん。大分、おかんむりのようだ。


『見なさいよ、ここ! ハゲちゃったじゃない……』


 なにやら理不尽りふじんな気もするけれど、確かに十円ハゲが出来ていた。


「センパイ、ごめんなさいっ!」


 と菊花が頭を下げる。

 突然の反応に俺は戸惑ったけれど、


「もしかして【呪い】のこと?」


 そう聞き返す。すると菊花の顔は青褪あおざめ、


「本当に、ごめんなさいっ!」


 再び頭を下げるのだった。

 やはり、彼女が【呪い】を掛けた訳ではなかったようだ。


「大丈夫だよ、気にしてないから……」


 そんな俺に言葉に反応したのは菊花ではなく、


『あんたが【呪い】を返した所為せいで、ハゲたのよっ!』


 と黒猫。朔姫の予想通り、犯人は『お姉ちゃん』だったらしい。


(朔姫が笑いをこらえていたのは、こういう事か……)


 どうやら【呪い】を解呪かいじゅすると【呪い】を使った本人になんらかのペナルティが発動するようだ。


(それで怒っていたのか……)


 俺は納得する。

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