第19話 いいから、早く休んでくれ……


『名前はなんて言うの? 菊花だりあ何処どこが好きなの? もう胸は揉んだの? この、中学生にしては発育いいでしょ……』


 矢継やつぎ早に黒猫こと『お姉ちゃん』が質問してくる。


「もうっ……お姉ちゃんは黙っていて!」


 倉岩さんはでる仕草をしつつ、黒猫の口をふさぐ。 


『いいじゃない……どうせ、猫の鳴き声にしか聞こえないんだから!』


 とお姉ちゃん。いえいえ、しっかりと聞こえていますよ。


「あたしが恥ずかしいの……」


 倉岩さんはつぶやく。


(【魔女】に黒猫か……)


 推測するに、この教会も俺達の住む寮と同じなのかも知れない。


 ――島民の間では、いわく付きなのだろうか?


 だとすると倉岩さんが親を呼ぶ事や、タクシーを呼ぶ事を嫌がった理由にもつながる。また、俺が『教会』について知らなかった事に対する反応にも合点がてんがいった。


(深入りすべきか悩む所だけれど……)


 以前の俺だったら、ぐに引き返していただろう。


 ――けれど、今は神月かみつきさんの事もある。


 もし倉岩さんが『術士』という存在なら、これは機会チャンスではないだろうか?


「少し興味があるから、お邪魔してもいいかな?」


 俺は視線の高さを合わせ、倉岩さんにお願いする。


「はい……」


 意外にすんなりと、彼女は了承りょうしょうしてくれた。

 しかしぐに――しまった!――という表情をすると慌てて口を押える。


 どうにも都合が悪いようだ。


 ――やはり、また今度にしようかな?


 そんな事を考え、俺は姿勢を正して考える仕草をする。


『ここで断ると、もう家に来てくれないかも……』


 とお姉ちゃん。倉岩さんの腕をスルリと抜けて、地面へと着地する。

 一方、倉岩さんは――それは嫌です!――といった表情をしたかと思うと、


「センパイ……是非、上がって行ってください!」


 そう言って、俺の腕に抱きついてきた。

 逃がさない!――という意気込みを感じる。


 同時に柔らかいモノが腕に押し当てられた。

 お姉ちゃんの言う通り、発育がいいようだ。


 朔姫さくひめほどではないにしろ、高校生男子には刺激が強い。

 彼女のセクハラ攻撃を受けていたお陰で、なんとかえる事が出来た。


『今、家には誰も居ないわよ……』


 とお姉ちゃん。倉岩さんに怒られる前に、さっさと逃げ出してしまう。


 ――う~ん、やっぱり帰った方がいいだろうか?



    ◇    ◇    ◇



 居間リビングに通された俺は、椅子イスに座るように促される。

 『教会』という事で、てっきり洋風の内装を想像していた。


 けれど、住居として使っている空間エリアは普通の日本家屋だった。

 和と洋が入り混じった家具の配置は昭和を感じさせる。


 祖父母の家を連想させる何処どこか懐かしい造りだ。


(そう言えば、寮も古い病院を改装したモノだったな……)


 この島には昔の建物が結構、残っているのかも知れない。

 開発により新しい建物にばかり目が行くけど、これはこれで味がある。


 倉岩さんが『お茶』や『お菓子』を用意しようとしてくれたのだけれど、


「気をつかわなくていいよ」


 それより、身体の方は大丈夫?――と彼女の肩に手を置き、質問をする。

 捕まえておかないと、無理をしてしまいそうだ。


 俺は彼女を椅子イスに座らせると、


「俺に出来る事があったら言ってね」


 ずは帽子と外套マントしわにならないように何処どこかへ掛けた方がいいだろう。

 そうですね――と倉岩さんも同意する。


 彼女に座っていてもらい、俺は玄関のポールハンガーへ【魔女】の帽子と外套マントを掛けた。


「ほ、ホントにありがとうございます!」


 戻ってきた俺に倉岩さんは再びお礼を言う。


「別に気にしなくていいよ……」


 出来れば、親御さんに説明してから帰りたかったけれど、


「どうやら、一人みたいだね……」


 俺は苦笑する。あの黒猫の言っていた事は正しかったらしい。

 これで幻聴げんちょうではない事が確認できた。


 しかし、具合の悪い女の子が一人でいる家に、いつまでも男子である俺が居るのは良くないだろう。


「一旦、出直すよ」


 なにかあったら連絡してくれていいから――と俺はスマホを取り出す。

 連絡先を交換した俺は、


「汗をいたし、シャワーを浴びて寝た方がいいかもね」


 と告げる。すると彼女は急に自分の臭いを嗅ぎ始めた。

 そして心配そうな表情で、


「あ、あの臭かったですか?」


 と質問してくる。こういう場合、どう回答するのが正しいのだろうか?

 そもそも、俺も汗をいている。


 下手へたに言葉を返すと可笑おかしな事になりそうだ。


「気にならなかったけど……」


 つぶやくように言った俺の台詞セリフに倉岩さんは安堵あんどの表情を浮かべる。

 どうやら、上手く誤魔化ごまかせたようだ。


「買い物してから帰るけど、必要な物があれば買ってくるよ?」


 俺の問いに倉岩さんは――大丈夫です――と首を横に振った。

 テーブルの上には、いつの間にクッキーが用意してあったので、一枚だけもらう。


「じゃあ、俺は失礼するけど、困った事があったら連絡してね」


 そう言って、再び玄関へと向かった。

 見送りはいいよ――と言ったのだけれど、彼女が付いて来たので、


「今度は満月の夜にでも……」


 高等部と中等部では、会う機会は限られている。

 俺は初めて会った時に、彼女が言った台詞セリフを使う。


 倉岩さんは――ふふふっ♪――と微笑ほほえむと、


「あのセンパイ!」


 そう言って、俺を引きめられた。

 俺は靴をきながら――なに?――と返す。


 彼女はモジモジと恥ずかしそうにしたので、俺は言葉を待つ事にする。すると、


「あのっ! あたしの事は下の名前で呼んでもらってもいいでしょうか?」


 となにやら必死な顔でお願いしてくる。


なんだ、そんな事か……)


 いや、こういう島暮らしでは、もっと気さくフランクな方が当たり前なのかも知れない。

 『さん付け』で呼ぶのは不味まずかっただろうか?


「分かったよ、菊花だりあ――またね」


 俺はそういって、彼女の家を後にする。

 菊花は嬉しそうに手を振っていた。


(いいから、早く休んでくれ……)

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