第18話 ゆっくり帰ろうか?


 中等部の校舎に来るのは初めてだった。


(学校のパンフレットでは知っていたけれど……)


 校舎の造りや配置は高等部とついす、左右対称シンメトリーとなっている。

 つまり片方の校舎を知って入れば、構造が把握はあくできた。


 一方で、グラウンドと部活棟については共用になっている。

 島では平らな土地が限られているので、仕方がないのだろう。


 体育館は中央の奥に位置するのだけれど、山の斜面に建っているため、二段構造となっていた。下が中等部の使用する体育館で、上が高等部が使用する体育館だ。


 当然だが高等部の生徒は、中等部へは『近づかないように』と教師達から言われていた。


(今回は『体調不良の生徒の付き添い』なので問題はないだろう……)


 俺は校舎に面したベンチがあったので、倉岩くらいわさんを休ませる。

 そして、職員玄関へと向かうと手続きを済ませ、中等部の校舎へと入った。


(案外、すんなりと入れるモノなんだな……)


 拍子抜ひょうしぬけだ。俺は倉岩さんの教室へと向かう。

 具合の悪い彼女に代わって、教室に置いてある鞄を取ってくるためだ。


 倉岩さんには『親を呼ぶ』か『タクシーで送る』かを聞いたのだけれど、断られてしまった。以前の俺なら、そこで引き下がったのだろう。


 また俺は一度、彼女の事を助けていた。

 信用しているけれど『迷惑は掛けたくない』といった様子だ。


 その証拠しょうこに口では断わられてしまったけれど、目は『助けて』とうったえている。

 彼女を一人で帰すのは心配なので『家まで送らせて欲しい』とお願いした。


 どの道、街で買い物をしてから帰る予定だったので、俺としては問題ない。

 そのむねを説明すると――そういう事でしたら――と彼女も納得してくれた。


 教室への行き方については検討が付くけれど、初めての場所は緊張する。

 高等部の制服を着ている所為せいか、廊下を歩いているだけで視線を集めた。


 俺はまだ残っていた生徒に話し掛ける。


「少し、いいかな?」


 やはり、倉岩さんは有名らしい。

 教室まで案内してもらうと、残っていた生徒に声を掛けてくれた。


 思っていたよりも簡単に、鞄を入手する事に成功する。

 俺はお礼を言うと、その場を後にした。


 スマホで買い物のリストを確認しつつ、再び職員玄関へと向かう。

 退出時間を記入した後、俺は外で待っている倉岩さんのもとへと戻った。


「な、なにからなにまで、本当にすみません」


 立ち上がり、頭を下げようとする彼女を俺はめる。

 急に動いて、また倒れられてしまっては面倒だ。


「慌てなくていいから、ゆっくり帰ろうか?」


 上手く笑えていたか自信はないけれど、俺は微笑ほほえむ。すると、


「はい♡」


 倉岩さんも笑顔を返してくれた。



    ◇    ◇    ◇



 おどろいた事に、倉岩さんの家は『教会』だった。

 ちょっとした観光スポットとなっていて、結婚式を挙げる人もいる。


 海の見える教会での結婚式はこれからの季節、重要な島の観光資源になるだろう。


 ――今度、Webウェブページに掲載するネタとして取材させてくれないだろうか?


「あれ? センパイ、ご存知なかったんですか……」


 とは倉岩さん。

 その口振りからするに島民達の間では常識のようだ。


 彼女は俺が知らなかった事におどろいている。


(いや、少し違う……)


 ――安堵あんどしているのだろうか?


「ああ、引っ越しとかで色々といそがしかったし……」


 初めて来たよ――と俺は答える。

 倉岩さんはなにか思い付いたようで微笑ほほえむと、


「良かったら、上がって行きますか?」


 そう言って俺の手を引っ張った。しかし、


「いや、今日は休んだ方がいいよ……それと――」


 この格好も程々にね――俺はそう言って、彼女から預かっていた鞄を見せる。

 帽子は鞄に引っ掛けてあり、外套マントたたんで中に仕舞しまっていた。


「あ、いえ……それには事情がありまして……」


 と倉岩さんは目を泳がせる。


(どうやら、める気はないようだ……)


 ――なにか理由があるのだろう。


「困った事があったら、声を掛けてくれれば手伝うよ」


 また、倒れられても困る。それに仲良くなれば――彼女がどうして【魔女】の格好をするのか――その理由を教えてくれるかも知れない。


「ほ、ホントですか⁉」


 と倉岩さんは瞳をキラキラとさせる。余程、嬉しかったようだ。


(ちょっと大袈裟おおげさな気もするけど……)


『おい、お前……』


 女性の声がした。振り向くとへいの上に一匹の黒猫が居る。


 ――気の所為せいだったのかな?


 首をかしげる俺に対し、


「はわわわわっ⁉ お姉ちゃんっ!」


 倉岩さんは慌てて、その黒猫へと駆け寄ると抱きかかえた。


「倉岩さんの猫?」「お、お姉ちゃんです!」


 俺の質問に対し、即答する倉岩さん。


斬新ざんしんな名前だ……)


 ――というか、しゃべったよね?


「お姉ちゃん、急に声を掛けないでよ」


 小声で猫に注意する倉岩さん。


『どうせ、聞こえやしないわ』


 とお姉ちゃん。推測するに、ただの猫ではないようだ。

 どうやら、人間の言葉を話せるらしい。


(普通に聞こえていますよ……)


 教えるべきだろうか?


 ――いや、内緒にしておいた方がいいだろう。


 朔姫さくひめに相談する方が先だ。


「セ、センパイ……きょ、今日はありがとうございました!」


 と倉岩さんは口早に頭を下げる。先程までは家に上がって欲しそうにしていたけれど、今はぐにでも俺に帰って欲しいらしい。


(明らかに、この猫が原因だな……)


 見た目の愛らしさとは裏腹に、手を差し出すと引っかれそうだ。


なに? こういうのがタイプだったの……』


 倉岩さんを見上げる黒猫に対し、


「お姉ちゃんは少し黙っていて……」


 と彼女は引きった笑顔で頭をでる。


『えっ? 図星!』


 だったら家に上がってもらいなさいよ!――と黒猫。

 どうやら最初は『俺が倉岩さんをイジメている』とでも思っていたようだ。


 猫のくせに表情が先程までとは明らかに違う。


(ニマニマとしているような……)


 ――どうやら、まだ勘違いしているみたいだ。

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