第17話 俺も休めば良かった……


 それは中間試験も無事に終わり、梅雨入りを迎えたある日の事だった。


「む、蒸し暑い……」


 離島なので、本土より快適に過ごせると思っていたのだけれど、異常気象のようだ。単純に島の快適な気候にれたのが原因とも言える。


 時折、風のない日があると『こうなる』らしい。黙っていても汗をく。

 しかし湿度が高いため、いつまで経ってもかわく事はない。


 結局、汗で制服が肌に張り付き、不快なまま一日を過ごさなくてはならなかった。


(俺も休めば良かった……)


 こういう日は神月かみつきさんの【神気しんき】にも影響が出るようなので、朔姫さくひめが外出を禁止したのだ。二人は今頃、冷房の効いた部屋でくつろいでいるに違いない。


(そもそも、朔姫まで休む必要はないような……)


 あまり深く考えない方がいいだろう。

 部室の鍵はあずかっているので、こういう日こそ、部活動に専念すべきだ。


 園芸部に畑の状況を報告しつつ、アドバイスをもらい、写真部にWebウェブページで使えそうな写真のデータをもらう。


 生徒会に顔を出して、Webウェブページの反響を確認して、今後の方向性を調整する。

 観光地としてだけではなく、島の暮らしにも興味があるのだろうか?


 意外と検索されているらしい。『歴史研究会』というのを建前として、神月さんを助けるためのヒントを探しつつ、なかなかに忙しい一日だった。


(朔姫の名前を出すと、急に協力的になるは釈然しゃくぜんとしないど……)


 そんな訳で、部室棟の中を歩き回っていると、見覚えのある外套マントが落ちている事に気が付く。


 ――いや、倒れているのか?


 俺は慌てて駆け寄る。

 すると何時いつぞやの少女『倉岩くらいわ 菊花だりあ』が倒れていたのを発見するのだった。



    ◇    ◇    ◇



「ふぇ~? ここは……」


 少し間抜けだけれど、可愛らしい声が聞こえた。


天寺あまでら君……彼女、気が付いたみたいよ」


 と生徒会役員の一人が教えてくれる。

 俺はキーボードを叩く手をめると、


「倉岩さん、大丈夫?」


 席を立ち、彼女のもとへと静かに近づいた。


「あれぇ? センパイ……」


 そう言って、倉岩さんは上半身を起こす。

 それと同時に、額に乗せていた保冷剤を包んだタオルが落ちる。


 俺はそれをひろいつつ、彼女に視線を合わせると、


「廊下で倒れていたけれど、病院に行く?」


 優しく聞いてみた。正直、こういうのは苦手だ。

 保健室の先生が居ないのでは仕方がない。


 救急車を呼ぼうか――と考えていた所を生徒会の役員に会い『生徒会室に連れて来た』という訳だ。


「えっと、大丈夫? です……」


 と彼女は答えたモノの、まだ意識がハッキリしていないらしい。


「ここは生徒会室だよ――冷房が効いているから、連れてきたんだ」


 俺はゆっくりと説明する事にした。


「この湿度と暑さだからね、あの帽子と外套マントで出歩くのは危ないよ」


 と忠告する。恐らく、熱中症で倒れたのだろう。

 ちなみに帽子と外套マントは、生徒会室にあるポールハンガーに掛けてある。


 俺は準備していたスポーツドリンクを倉岩さんに渡す。


「あ、ありがとうございます」


 彼女はそれを受け取ると、ゆっくりと口を付け、


「美味しい……」


 とつぶやく。冷たい物を一気に飲むとお腹を壊すと思った。

 なので、常温の物を準備して渡したのだけれど、心配なさそうだ。


 彼女は――コクンコクン――と少しずつ飲み始めた。


「大丈夫そうだね」


 仕事が終わったら、家まで送るから少し待っていて――と俺は告げる。


大事おおごとにならなくて良かった……)


「別に急ぐ仕事じゃないから、送ってあげてもいいわよ」


 と生徒会の女子が言ってくれたけど、


「いえ、水分を取ったので、少し休んでからの方いいでしょう」


 俺が答えると納得してくれたようだ。

 そもそも生徒会の仕事を手伝う必要は、俺にはなかった。


 けれど、倉岩さんを生徒会へ預けて、俺が帰るのもなにか違うような気がする。

 結果、彼女が目を覚ますまでは付き添う事にしたのだ。


 ただ何分なにぶん『待っているだけ』というのも結構ツライ。

 そこで生徒会の手伝いを申し出たのだけれど、色々と頼まれてしまった。


 夏休みが長いので、今の内に二学期の準備を進めているらしい。また、外から来た生徒と元から島に居る生徒の間でも、問題が発生しているようだ。


 特に寮に入って集団生活をしている場合、羽目を外す生徒も一定数いるらしい。

 報告のあった事柄を一覧表へとまとめる。


(人の振り見てが振り直せ……)


 ――うちの寮も気を付けなくてはならない。


「気分が悪くなったら、遠慮しないで教えてね」


 俺は倉岩さんにそう告げると仕事を再開した。

 とは言っても、簡単な資料作りなので楽なモノだ。


 最後に指定場所のフォルダへファイルを保存する。

 後は他の役員が添削してくれるだろう。


 だいたい三十分くらいだろうか?

 その間、倉岩さんは俺を観察するように、じっと見詰めていた。


「ありがとう、助かったわ」


 とお礼を言われる。この分では、また頼まれる事もありそうだ。

 俺は――お待たせ――と倉岩さんに話し掛ける。


「いいえ、あたしの方こそ、面倒を掛けたみたいで……」


 すみませんでした――と謝る彼女に対し、


「気にしなくていいよ……それより、歩ける?」


 と俺は質問する。


「大丈夫です」


 そう言って、倉岩さんは立ち上がったけれど、まだ調子が悪いようだ。

 ふらついたので、俺は受け止める。


 以前はここまで他人ヒトに対し、親切にする事はなかった。

 『好かれる』よりも『深く関わらない』事を心掛けていたからだ。


 どうやら神月さんや朔姫と一緒に暮らすようになって、変ってしまったらしい。

 身体が勝手に反応してしまう。


「あ、ありがとうございます」


 と言って、倉岩さんは顔を真っ赤にしていた。

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