第二章 ねえ、いい子だから。

第9話 お主にしか、頼めぬ事じゃ!


 しんと静まり返った食堂で、


「おぬしら、本当に面倒じゃのう……」


 と朔姫さくひめ。彼女にだけは言われたくない台詞セリフだ。

 けれど、今は甘んじて受け入れるしかない。


「説明して、もらってもいい?」


 俺は何事なにごともなかったかのように、落ち着いて席に着いた。


「ふむっ! 困った時の『朔姫ちゃん頼み』じゃな!」


 われは【神】ゆえ、これがホントの『神頼み』じゃな――彼女はそう言って、楽しそうに笑う。悩みのない人間は本当にうらやましい。


「さて、夕飯の準備もあるし……如何どうするかのう?」


 チラッ――と朔姫はこちらを見た。


 ――面倒なのはどっちだろう?


(素直に頼めばいいのに……)


 俺は手伝いを申し出る。

 彼女は髪を後ろでまとめると、れた様子でエプロンを身に着けた。


 俺は指示に従い手を動かす。

 同時に朔姫は、今までの経緯を語り始める。


 彼女の話によると――朔姫はあるうわさを聞いて、この島に渡ったらしい。

 とある【神】がこの島で『学校をいとなんでいる』というモノだ。


 最初は物見遊山ものみゆさんで来た朔姫だったが、頼まれ事をされる。

 それが『神月かみつきさんの面倒を見る』というモノだった。


「最初は断るつもりだったのじゃがな……」


 と彼女は溜息をいた。面倒見のいい性格なのだろう。

 神月さんの身の上を聞いて、引き受ける事にしたようだ。


 元は【神】だった者が『人間になる』という事があるらしい。

 また、その逆もしかりである。


 勿論もちろん、神月さん自身は普通の人間だ。

 ただ、この島には昔、力のある【神】が存在していた。


 人々に『恐怖』を与える――そんな力を持っている【神】だ。


「別に悪い【神】ではない……『恐怖』を与える事で、島を守っていたのじゃ」


 どうやら島やその周辺に、悪い人間達が近づかないようにしていたらしい。

 島の人々からは『守り神』としてまつられていたようだ。


 けれど、何時いつしか必要とされなくなってしまう。

 現代にいては、島から人を遠ざける事の方がデメリットとなる。


「その【神】がどうなったのかは知らぬが……」


 かながその力を持っているのは確かじゃ――と朔姫。

 正直、信じていいかは悩む所だ。


 しかし、態々わざわざそんなうそく必要性も感じられない。


われの推測では――『守り神』は人間となり子を作った――と考えておる」


 そんな朔姫の言葉に、


「じゃあ、神月さんは『その子孫』と言う事?」


 俺が質問すると――うむっ!――彼女はうなずき、


「そう考えるのが妥当じゃろうな……」


 と言ってケラケラと笑った。


(いや、笑う所じゃ無いと思うけど……)


 原因は『島の開発だ』と朔姫は考えているようだった。


なにか、力を取り戻すような物を掘り出してしまったのかも知れぬな……」


 と朔姫。その言葉を聞いて、


「じゃあ、それを見付けて壊すか、封印すればいいのか?」


 俺は質問する。しかし、彼女は首を横に振った。


「もう出てしまったモノは、元には戻らん」


 封印するにも『術士』がおらんしな――そう言って彼女は肩をすくめる。

 『お手上げ』という事だろうか? しかし、朔姫は不敵な笑みを浮かべると、


「そこにおぬしが現れたのじゃよ――『神狩かみがり』」


 なにやら、厨二心をくすぐるような名称で呼ばれた。

 当然、そんなモノになったつもりはない。


「あっ!……テーブルいて、はしと茶碗を並べてくれぬか?」


 と朔姫。緊張感が何処どこかへ行ってしまった。


(素直に言う事を聞く、俺も俺だけど……)


 次に俺はお皿を準備する。

 これでいい?――と確認すると、


「おおっ! 気が利くのう」


 朔姫が嬉しそうにした。


かなに振られたら、われのもとに来い……」


 可愛がってやるぞ!――と朔姫。

 なんだか、玩具おもちゃにされそうなので遠慮したい。


「で……『神狩かみがり』って何?」


 皿に料理を盛り付けてもらうのを待ちながら、俺は質問する。

 おお、知らぬのか――朔姫はテキパキと手を動かしながら、


「人間と恋をすれば【神】は人になるのじゃ」


 簡単な事じゃろ?――と朔姫がドヤ顔をする。

 その表情が料理に対してモノなのか、博識を誇るモノなのか判断が難しい。


 俺は料理を受け取りながら、


「だから、『付き合え!』なんて言ったのか……」


 とつぶやく。やっと話がつながった。

 つまり、神月さんが俺の事を好きになって――


(一緒に居たいと思えばいい訳か……)


 料理をテーブルに並べ終えた後、


「でも、それって……」


 俺じゃなくても、いいのではないだろうか?――そんな俺の疑問をさっしたようで、


「他の人間ではかなに『恐怖』の感情しか抱かぬわ……」


 たわけ!――と朔姫に怒られる。


「本来は、この寮に入れた時点で資格はあるのじゃ……」


 彼女は髪をほどき、エプロンをはずすと、


「いつもだったら、魚すらかなを避けたであろう……」


 買い物などもってのほかじゃ――溜息をくようにつぶやいた。

 そして、俺を真摯しんしな眼差しで見詰めると、


「どうか、かなを救ってやって欲しい」


 おぬしにしか、頼めぬ事じゃ!――そう言って仁王立におうだちした。


(どうして、えらそうなんだろう……)

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