第8話 色々と失敗したようだ……


 釣果ちょうかは『まあまあ』だった。

 狙っていた訳ではないので当然、大物は釣れない。


 けれど『初めての場所での釣り』としては、いい方だろう。

 まぁ、俺にとっての一番の収穫は彼女が――


神月かみつきさんが喜んでくれた事だけど……)


「見てください、ヒカル君! 釣れましたよ」


 とはしゃぐ神月さん。

 すごいね!――と俺も笑顔になる。


 だけど俺としては、女子に名前を呼ばれた事の方が気になっていた。

 嬉しいというか、恥ずかしいというか、みょうくすぐったい気分だ。


(どういう訳か、俺への好感度が高い気もするけど……)


 彼女は島暮らしなので、俺なんかよりも魚には詳しいのだろう。

 釣った魚から針を外すのにも、抵抗がない様子だった。


 ただ、彼女の服が汚れると困るので、ある程度は俺が代わりにやった。

 また『カサゴ』や『アイゴ』のとげには毒がある。


 念のため、気を付けるように忠告した。


「ヒカル君は物知りですね」


 と神月さん。お世辞と分かっていても、ちょっと照れ臭い。

 本来の彼女のコミュニケーション能力は俺より高いようだ。


 今日は天気もいい。防波堤の内側の海は穏やかなモノだった。

 この分なら、次に来た時は大物を狙ってみてもいいかも知れない。


 そのためには餌や仕掛けをもう少し、工夫した方がよさそうだ。

 俺はバケツの中をのぞく。


(三人だから、八匹も釣れれば十分だろう……)


 日が大分、かたむいてきたので最後の一投をする。

 使った道具の手入れや調理の時間を考えると早めに切り上げるべきだ。


 神月さんがぐ釣り上げたので、これで今日の釣りは終わりとした。

 時間にすれば二時間程だ。


 魚が釣れたので、あっという間だったような気がする。

 勿論もちろん、帰りにスーパーにって、忘れずに買い物をする。


 一緒に釣りをした効果だろうか?

 少しだけれど、神月さんと会話できた事が嬉しい。


(学校だと、事務的な会話しかなかったからな……)


 『食べ物の好き嫌い』や『お気に入りのお菓子』について、そんな他愛もない話をした。俺は念のため――必要な物が他にないか?――を朔姫さくひめに連絡をする。


 すると――困った事にはなっておらぬか?――と変な通知が返ってきた。


「問題ない、ぐ帰るよ――っと」


 俺はメッセージを送ると、会計を済ませスーパーを出た。

 問題があったとすれば、寮へと続く坂道だろう。


 案の定、寮への坂道は自転車を降りて押す破目はめになった。

 情けないが仕方ない。


 ――もう少し体力を付けた方がいいのだろうか?


(いや、自転車で使うための筋肉をきたえる方が先だな……)


 この程度の坂道を登れないようでは、次に神月さんと出掛ける時に気をつかわせてしまう。


「……」


(いやいやいや、別にデートという訳ではなくて……)


 朔姫が『付き合え』などと言うから、彼女を変に意識してしまった。

 俺が妄想を振り払っていると、


「ヒカル君のおかげで、落ち着いて買い物が出来ました」


 初めてかも知れません!――嬉しそうに微笑ほほえむ神月さん。


 ――うん!


(やっぱりまた、一緒に出掛けたい……)


「買い物くらいで喜んでくれるなら、いくらでも付き合うよ」


 少し息を切らせながら、俺はそう返す。

 ホントですか⁉――彼女は目を見開き、両手を合わせた。


 お安い御用である。

 けれど、たまに会話が噛み合っていない気がするのは何故なぜだろう?


(今の言い回しにしても、大袈裟おおげさな気がする……)


 俺はいつものくせで、深くは考えなかった。

 この時、もう少し彼女にっていれば、違う結末があったのかも知れない。



    ◇    ◇    ◇



「ふむっ⁉ 魚も釣れて、買い物も出来たとは――」


 何故なぜおどろく朔姫。

 俺はそこまでダメな奴だと思われていたのだろうか?


 買い物から帰ると、調理の方は神月さんにお願いし、俺は釣具の手入れと自転車の整備を行った。


 一段落したので、食堂へ報告しに行くと朔姫に捕まり、席に座らされた。

 神月さんも一緒である。


「よかろう……合格じゃ!」


 朔姫のその言葉に神月さんが両手を合わせ、ぱぁっと笑顔になった。


 ――いや、だからなんで?


 俺には喜びよりも疑問の方が大きい。


(どうやら、試されていたらしい……)


 試験の内容は『神月さんと出掛けて無事に帰ってくる』という所だろうか?


「これで晴れて、二人は恋人同士――」「ちょっと待て!」


 朔姫の言葉に俺は待ったを掛ける。

 状況が飲み込めない――というのもある。


 けれど、試すような真似まねをするのは違うような気がした。


「や、やっぱり、私が彼女では嫌ですよね……」


 と神月さん。うつむいて落ち込んだかと思えば、ポタポタと涙をこぼす。

 予想外の展開に俺は混乱した。


 てっきり、彼女も俺と同じで『困惑している』と思っていたからだ。


「い、いや、これは違くて……」


 言い訳しようにも、原因が分からないので言葉が見付からない。

 自信を持って、彼女の事が『好き』と言えたのなら良かったのだろう。


 キチンとした人付き合いをしてこなかったツケが回ってきたようだ。


「おぬし、気のある振りをしておいて、それはないのではないか……」


 と朔姫。そこはもっと、フォローする感じの台詞セリフではないだろうか?


「違うんだ! 俺は説明が欲しいだけなんだ!」


 取りえず、立ち上がり声を上げる。


「す、好きな女の子の事は、大切にしたいだろ?」


 そう言った後、急に恥ずかしくなる。赤面してしまう俺。

 朔姫はおどろいたのか、目を見開いて沈黙していた。


 一方、何故なぜか神月さんは立ち上がると、食堂を出て行ってしまう。


(どうしよう? 色々と失敗したようだ……)

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