第4話 モテる女は辛いのう


「ベッドの上で抱き合って……なにをやっておるのじゃ?」


 と朔姫さくひめ可笑おかしな話し方だけれど、今はそれどころではない。

 早く誤解を解かなくてはいけない。


(下手をすると、住む所がなくなってしまう……)


「いや、これは違うんだ! 神月かみつきさんがベッドから落ちそうになって……」


 口に出してはみたけれど、どうにも墓穴ぼけつを掘っているような気がする。

 ほほう!――と朔姫。あごに手を当てて、目を見開く。


 なにやら思い付いたようだ。きっとろくな事ではない。


「おぬしなにか分かっているのか?」


 背が低いくせに、朔姫は俺を見下ろすような視線を向けてくる。

 女の子に対して、『それ』呼ばわりは良くない。


なにって……神月かみつきさんだろ?」


 俺は少し、ムッとした口調で言うと彼女から離れた。

 いつまでもベッドの上で抱き締めている訳にも行かない。


「平気なのか?」


 と朔姫。いったいなにおどろいているのだろうか?

 先程から可笑おかしな質問ばかりする。


 俺は当初の目的通り、窓を閉めると、


「それに神月さんに失礼だろ? むしろ、俺なんかに触られて……」


 迷惑なのは彼女の方じゃ――そう言いながら俺は神月さんに視線を送る。

 すると彼女は信じられないモノを見るような表情で俺を見ていた。


 ――そこまで嫌だったのか?


(俺が悪いとはいえ、ちょっとショックだ……)


「ごめんね……」


 俺があやまると、神月さんはベッドから飛び降りた。

 そして、走って部屋を出ていってしまう。


(あっ! これ、完全にアウトな感じだ……)


 俺の学園生活ライフは終わりをむかえる。落胆する俺。

 一方――ふむ、面白そうな事になったのじゃ――とは朔姫。


(こいつ、楽しんでやがる……)


「ふむ……お主、名前は?」


 朔姫の質問に、


「あまでら……『天寺あまでら ひかる』だ」


 と答える。クラスメイトの名前を知らないのか?

 まぁ、どうせ『出て行け!』と言われるのだろう。


 自己紹介する気力もせるというモノだ。


「なるほどのう……おぬしが今日、来ると聞いていた男子生徒か」


 ふむふむ――と朔姫。その口振りから察するに、彼女はここの寮生だろうか?

 しかし、人が住んでいるとは聞いていない。


「よし、決めたぞ!」


 彼女はそう言って胸を張った。

 小柄ながら、可愛いルックスと大きな胸で男子からの人気は高い。


(どうせ――出て行け!――という話だろう……)


 せめて準備が必要なので、猶予ゆうよもらえると助かる。


「お主、かなと付き合え!」


 ニコリと微笑ほほえむ朔姫。


(ほらね……)


「分かったよ、でも少しだけ待って――ん?」


 俺は言い掛けて、自分の耳をうたがう。


(今――付き合え!――と言ったような気がする……)


 ――『出て行け!』ではないのだろうか?


「分からない――という顔じゃのう……」


 それはそうだ。

 いったい何処どこ如何どうしたら、そういう話になるのだろうか?


ずは自己紹介が必要じゃのう」


 と朔姫。長い髪を払う演出をすると、


われの名は『恋仲こいなか 朔姫』――恋愛の【神】じゃ!」


 そう言い放った。


(どうしよう? こんな時、どう返せばいいのか分からない……)


 ――笑えばいいのだろうか?


「ふっふ~ん♪ まぁ、恋愛と言っても、別れさせる方の【神】じゃがな……」


 俺の困惑する様子を無視して、彼女は得意気に話を続ける。


(どうしよう? 『ツッコミ待ち』なのかも知れない……)


「そうかしこまらなくてもよいぞ」


 今は人間として暮らしておる――と朔姫。

 どうやら、俺の態度を都合よく解釈したらしい。


「まぁ、われ……可愛いし、神々しいからのう♪」


 うんうん、分かるぞ――となにやらうなずく。

 取りえず、冷静になる時間はかせげた。


(もう一度、確認しておこう……)


「えっと、俺は出て行かなくてもいいのか?」


 その質問に――なんでじゃ?――と朔姫は首をかしげる。

 確かに、彼女と会話の中にそのような内容は一切なかった。


「なるほどのう♪ われの方が好みなのじゃな!」


 モテる女はつらいのう――と朔姫。嬉しそうに身体をクネクネさせる。

 どうやら彼女は、自分の都合のいいように解釈するらしい。


「えっと……荷物を取ってきてもいいかな?」


 なんだか彼女と話していると疲れる。

 一先ひとまず、距離を置きたい。


「うむ、そうじゃったな! ずは引っ越しを済ませるがよい!」


 話は夕食の時じゃな――と朔姫。やはり、この寮に住んでいるらしい。

 それと手伝ってくれる気はないようだ。


 朔姫は部屋を出ようとした際、


「そうじゃ、部屋の掃除はかながしたのじゃ!」


 ちゃんとお礼を言っておくのじゃぞ!――そう言って何処どこかに行ってしまう。

 神出鬼没といった所だろうか? 廊下を見渡したけれど、すでに姿がない。


「考えても仕方がないか……」


 借りたリヤカーも返さなければならなかった。

 俺はさっさっと荷物を運ぶ事にする。


(それにしても、お礼か……)


 神月さんにどうやって伝えるべきか、俺は頭を悩ませるのだった。

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