第3話 もし神様がいるのなら


 さて、もし神様がいるのなら何故なぜ、俺に苦行を与えるのだろうか?

 折角のGWゴールデンウィークだというのに、引っ越しの荷物を運んでの山登りだ。


 教科書だけでも結構、重いというのに着替えや日用雑貨まである。

 リヤカーを借りるのも引くのも、初めての経験だった。


 寮なので、生活に必要な物が一式、そろっている。

 そんな風に思っていたけれど、どうやら違うらしい。


(オマケに風呂や食事も自分で用意しなければならないとは……)


 ――先が思いやられる。


 俺が想定していた独り暮らしとは大分、異なってしまった。

 こよみの上では、まだ梅雨入りすらしていないというのに、やたらと日差しが強い。


 これでは夏だ。

 日本海とは、こういうモノなのだろうか?


(いや、地球環境の変化の所為せいかも知れない……)


 道が舗装されているだけでも『良かった』と思う事にしよう。

 やっとの事で坂を上りきると、そこに病院――ではなく、寮があった。


 日中だというのに人気ひとけがまったくない。

 静謐せいひつたたずまいには、おもむき雰囲気ふんいきがある。


 『オバケが出る』というのもうなずける話だ。


(まぁ、大方……誰かが肝試しと称して、入居者と鉢合わせただけだろう……)


「鍵、鍵っと……」


 俺はリヤカーを適当な場所に止めると、ポケットから鍵を取り出す。

 そして、玄関の鍵を開けようとしたのだけれど、


「あれ? 開いてる……」


 少し不審に思ったけれど、外に居ても虫に刺されるだけだ。

 中へ入る事にした。貴重品の入っているリュックだけを背負う。


 電気はいていないので、薄暗いままだった。

 しかし、見えない訳ではない。


「お邪魔しまーす……」


 誰も居ないはずだけど一応、声に出しておく。

 特に意味はない。


 上履きに履き替えると俺はそのまま、二階にある自分の部屋へと向かった。

 因みに三階は女子の部屋らしい。


(誰も居ないみたいだから、後で探検してみよう……)


 歩くたび、廊下に自分の足音が響く。

 反響する所為せいか、誰かにつけられているような気がした。


 『二〇一号室』――ここが俺の部屋のようだ。


 ――元病室かな?


 怖い訳ではないけれど『くなった人がいるのか』と思うと気分は良くない。


(そりゃ、誰も住もうとは思わないだろう……)


 入居するのは、俺のように特殊な事情のある奴だけだろう。

 再び鍵を使おうとしたのだけれど、ドアが開いている事に気が付く。


 部屋の窓が開いているようだ。空気の流れを感じる。


 ――やはり、誰か居るのだろうか?


 そう言えば、生徒は居なくても、寮を管理する人間は居るはずだ。


(念のため『菓子折り』を持ってきていて良かった……)


 いえ、すいません。本当は自分で食べようと思って買ってきただけです。

 管理人へは後で渡そうと思いつつ、俺は部屋のドアを開けた。


 空気が勢いよく流れ、カーテンがはためく。

 予想通り、窓が開いていたようだ。


 俺が閉めようと近づくと、部屋のベッドに誰かが寝ていた。

 学校の制服を着ていた事から、それが女子である事はぐに分かる。


 一瞬、その姿に見惚みとれてしまう。

 蒼黒の長い髪が陽光に照らされ、まるで星の輝く夜空のように見えた。


 整った顔立ちに白い肌。俺は『白雪姫』を連想する。

 目覚めには王子様のキスが必要だ。


 けれど残念ながら、俺は王子様ではない。


 ――というか、知っている人物だ。


(確か、同じクラスの――)


神月かみつきさん?」


 俺が声を掛けると、彼女は――うぅんっ……ふにゃあ?――などと言って寝返りを打った。その姿がみょうに色っぽいのは何故なぜだろうか?


 俺はドキドキしてしまう。

 正直、このまま寝かせておきたい気分だ。


 けれど、後の事を考えると彼女が可哀想になる。

 それにいつまでも寝顔を見るのは失礼だろう。


 彼女の名前は『神月かな』。

 俺のクラスメイトで残念ながら、あまり話した事はない。


 いえ、すみません。大抵の女子とは話した事ありませんでした。


(少しだけ――女子とは普通に話しているんだよ――という雰囲気を出してみたかっただけなんです! ごめんなさい)


 反省を終えた俺は――神月さん――と名前を呼んで、彼女の肩を軽く叩く。


「ふにゃ?」


 彼女は可愛らしく鳴くと、上半身を起こし、俺を見詰めた。

 どうやら、まだ寝惚ねぼけているようだ。


 普段の彼女からは想像も出来ない。


「神月さん、おはよう」


 目線の高さを合わせると、俺はそう言って挨拶をする。

 彼女はようやく、状況を理解したようだ。


 大きな瞳をパチクリとすると、


「――っ!」


 声にはならない悲鳴を上げて、俺から距離を取った。

 当然、ベッドなのではしると落ちる訳だけれど、


「危ない!」


 俺は落ちそうになる彼女の手を取った。

 ベッドの上にひざき、神月さんを抱き締める形になってしまったけれど、


「大丈夫?」


 とだけ確認をする。

 彼女はおどろいた表情のまま、コクリとうなずいた。そこへ、


「おおっ、どうしたのじゃ?」


 背後から別の人物の声がする。悲鳴を聞いて駆け付けたのだろう。

 振り向かなくても、声だけで誰かは分かった。


 彼女は俺達の学校では、かなりの有名人だからだ。一度も会話をした事がなくても、生徒であるのなら名前ぐらいは誰もが知っている。


 『恋仲こいなか 朔姫さくひめ』――彼女もまた、同じ学校のクラスメイトだ。

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