愛を中心に世界は回る!

呉 那須

愛を中心に世界は回る!

「ねぇ、愛って付き合ってる子とかいるの?」はぁ?わたしは勢いつけてしわしわサラダにフォークを突き刺す。「プライベートに関わんないでくんない母さん」「まぁまぁいいじゃないか来年には大学生なんだしもういいお年頃じゃないか」「父さんは黙ってて」

 二人ともHAHAHAいやぁ悪かった、みたいにしてるけどマジで勘弁。

 刺しっぱのサラダを口に入れて、ごちそうさんとリビングをさっさと出る。「ちゃんと自分の食べたものくらい自分で片付けなさいよ」なんて聞こえないフリして真っ先に二階の部屋にある黒猫人形のホームベースに抱き着く。

 親のだるがらみはさておき、さっき話してしまった野田くんのことで頭は割れちゃいそうな風船くらいパンパンになってしまった。


 ヤバいどうしよう。

 

 他のことなんてどーでもって感じだ。


 んなこといっても、野田くんは別に顔もスタイルもファッションセンスもお世辞にもいいなんて言えない。なんなら、猿顔のチビだしクラスの打ち上げで見たときの服はぜってぇ親に買ってもらっただろ的なもんだ。

 それに、どうしようもない程の馬鹿。だけど、なんていうか、よく見せたいだけの明るさや優しさすら持たない程の大馬鹿だから、その、好きなんだと思う。

 

 ってかそんなこと考えるだけで恥ずかしいよもう来年にはキャンパスライフが始まる予定だってのに、なに小学生みたいなこと考えてんだわたし。

 小学生見たいってとこで、わたしはこれが恋か愛かてなんてどーしようもねぇことが頭に浮かぶけどほぼほぼ片思い確定って感じ希望なんてないしクソデカいため息。

 

 結局、気晴らしにでもと人形をベッドに置いて現代文の宿題をやる。ホントはサボる気しかなかったけど、昔のなんとかかんとかって人の文章をサラサラ読んで空白の五十文字を埋めるなんてことをやってると、色んなことを忘れられる。だってこれはこういうもんだっ!て結局書いてくれてるんだから。わたしがあんまし本を読んでないからかもだけど。


 そんな事考えてるうちにもういいやと宿題をぶん投げてベッドに入りよいしょと電気を消す。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「いつまで寝てるんですか?早く起きないと遅刻しますよ」


 低く響く声で目を覚ますと黒猫人形がボーラーハットをかぶって部屋の壁で爪を研いでる。


「なんでホームベースが動いてんの」


「それはあなたが望んだからです」


 丁寧に返してくれるけど人形が猫になって欲しい訳じゃ……とイミフすぎる。

 

 だけど、ふと時計を見ると遅刻寸前大ピンチ。


「激ヤバじゃん」


「だから先程お伝えしたのに」

 

 とぼやきを無視して、急いでダッセえ制服に着替える。バッグに教科書やらペンケースとかおりゃと入れて家を出る。


 朝ご飯も家族と顔を合わせることも宿題を入れることも色々と忘れてたけど、まぁ戻んのめんどいしいいやと鍵をガチャリ。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 前を向くと家の前にある電柱のてっぺんにに登った、しおれた昆布たちがいました。みんな、ぶちぶちってちぎれてその辺の石ころにへばりつきました。それは、アスファルトにへばりついたきたねぇ痰みたい。

 通学路を歩いてるのはえら呼吸を忘れたみたいな二足歩行の金魚たちで、今にも死んでしまいそうなのに泡を拭きながら歩き続けてる。



「なにこれ?」


「それはあなたの望んだ」


「そうじゃなくてどうしてこんな変なコトに

 なってるの」

 

 と言ってもホームベースはとぼけるばかり。


「頭おかしくなりそう」


「何故です?これがあなたにとって自然な世界なのに」


「ふざけんなよ」


 何もかも良くわかんないわたしは紳士的なホームベースに対してそう言い返すくらいしかできなくてもどかしい。


「ほら走らないと遅刻して野田くんに会えませんよ」

 

 野田くん!そうだ、彼に会わなきゃと走るけど、自動販売機から飛び出す紙パックが自分の頭にストローを刺してわたしに手招きしてくる。

 誰が吸うかそんなもん!と、いつもよりも遠回りの道を選ぶ。

 通りゃんせが聞こえたので止まったけれど、横断歩道の車を覗くとはみんな大きくなったセミやらカブトムシになってて、そこら中でガッチャンガッチャンぶつかってもう大渋滞。車の間を通ってまたパニックになりながらめっちゃ走る。


 学校の近くにあった線路はカンカン信号がうるさく鳴った後にかんじょーせん的なマルになって町をぐるっと囲む。電車の中の淡水魚たちはこれでよかっためんどくないしと喜びながらピチピチして回転に逆らえずに窓から吹き飛ばされてった。


「ねぇ、いい加減にしてよ!町がこんなになってんのわたしはこんな世界望んでない!」


「せっかちですねぇ。ですが、少し説明しましょうか。あなた、野田くんのこと以外どうだったいいって昨日思いましたよね」


「そうだけどそれとこれとでは」


「おっと、線路が遠くに行ったお陰で説明する前に学校に近道してしまいましたね。大変喜ばしいじゃないですか、野田くんに会えますよ」


 校門を通ると、かきゃって音が鳴って足元をよく見ると靴が赤く汚れてた。それはつくいキョートーの顔した貝。ねぇなんでこの貝キョートーの顔してんのよと聞いても、ホームベースはもうお分かりでしょう?的態度だったので仕方なく野田くんがいないかと教室に向かうしかない。

 そんで教室に入ると枯れたサルスベリの花びらだけがいつもみてぇな机椅子黒板ロッカー壁を覆い尽くしてた。


 わたしは今日の授業はないことを知った。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「おいどうなってんだよなぁ」「は」

 と思って声の方を向くと廊下に絶賛片思い中の野田くんの声をしたヒヤシンスがいました。

「なんでお前だけ大丈夫なの」「どうしてヒヤシンスでしゃべれんの」「質問に答えてよ。ま、気づいたらこんな。みんな花やらわらびやら貝やら魚やら虫やらになって叫んで消えちゃったけど」「野田くんは大丈夫なんだね」「全部お前のせいじゃないか?」はぁ?「だってお前だけぐちゃぐちゃで羽みたいなの生えてるけど、ギリ人だし」「他にも大丈夫な人」「いねぇよこんな狭い町の避難所この学校だけだし、そもそもいてももうこれねぇよ」と言って指したたのは意味ない生き物たちがみんな笑っては割れたり枯れたりしてくわたしの町。

「わたし関係なくねなんもしてないしそんなこと言っちゃう人だったっけ野田くんて」「そんな言い合いしてる場合じゃな」と言うと目の前で見た事ないくらい楽しそうに踊ったかと思ったら何も話さなくなってしまいました。

 あらあらと言うホームベースを思いっきり掴もうとするけど擦り抜ける。


「やっぱりあなたに愛なんてなかったんですね」


「どういう意味」


「あなたが好きだったのは野田くんじゃあなくて、小学生みたいに拙い片思いがたまらない自分自身だって事ですよ」


「そんなことないよホントに野田くんが」


「ちょっと彼があなたを疑ったらただただ無意味な配列のような記号な存在になったじゃないですか?つまりですよ?」



「私が作ったのはあなたにとっての愛が全ての世界です。それなのにあなたときたらいくらなんでも他人に無関心がすぎるし、好きだった人間だって疑うし。もうこの世界は無意味なものになってしまいましたね」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 混乱する頭を回し直すためにも話返す。


「確かに前みたいな世界は正直好きじゃないよ。月みたいに記憶みたいに、わたしを必ず世間として追い回すから。けど、そんな無関心って訳じゃないしそんなぶっ壊したいなんて」


「嘘をおっしゃる。あなた、野田くん以外クラスメイトの名前知ってます? 」


「そりゃ知ってるよ友達ならまいちゃんでしょ、らくがきちゃんに」


「それなら去年同じ中学校だった友達の名前と顔覚えてますか?」すぐさま言い返そうとするけど意外に思い出せない。一緒に買い物とかプリクラとか撮った思い出はあるんだけど……。


「でもみんなそうなんじゃないの? 」


「はい、みんなそうです。俗にお伝えするならばパンピーへの愛がなさすぎるんです。周りの事なんて本当はどうでもいいのだから、これが当然の帰結ですよ」


「じゃあなんでわたしがこんなことになってるの、ただ野田くんと一緒にいたかっただけなのに」

 

「自分が好きな人間も付き合いたいだなんてエゴじゃなくてなんなんでしょう?こうありたいだなんて他人に押し付けて」


「そんな」


「でも安心してください。そうやって1番押し付けがましい人間を中心に世界は回ってるんだよ」





「つまり愛を中心に世界は回っているんですよ」




♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「そういえば、あなたの名前も愛で英語ならIですね。だからこそ私を引き寄せてきたんですかね」


「そんな無責任な」


「ともかく望みは叶えました。私は失礼致します」

 


 と言って消えちゃった。


 窓の外に響く破壊音、静寂に包まれた教室、ポツンと置かれたヒヤシンス。


 わたしにはもう、泣くことしかできない。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 どんだけ時間が経ったか。

 時計が止まっていたので気づかなかったけど、ヒヤシンスになっていた野田くんは他のクラスメイトみたいに枯れてないことに気付く。


 もしかして、とわたしは野田くんだったヒヤシンスを持って家に向かってまた走る。走る。走る。


 もうなにもかもがごちゃごちゃになったわたしの町。これ全部わたしのせいなの?


 家はもう泥みたいに溶け始めていて、急いで鍵を開ける。


「お父さん、お母さん!」


 そこにあったのはまだ鮮やかな二輪の朝顔。


 あの口の悪い家族もわたしを疑った野田くんにもまだ、わたしへの愛も、わたしからの愛も残っていた。だからこそ土もないのに綺麗に咲き続けてるんだと思う。


 だからこそ、残った三輪の花の事を思い泣き続けなければならない。愛が永遠ならば枯れるはずなんてないからだ。


 本当の愛ってきっとこんな単純なものであって欲しいしそれ以外はもうクソ喰らえだ。


 そんなこんなで、滅びゆく世界の中心でいつまでもわたしの泣く声は途絶えることなく響き続けた。









 いつまでも






 いつまでも






 いつまでも

















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愛を中心に世界は回る! 呉 那須 @hagumaru

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