第29話 癒される心
十五分ほど馬車に揺られながら、俺はティリスに子供がそうするように抱き着いていた。
初めてスキルを使用したことで、その時は大して気にならなかった消去する、という行為がどれほどの効果をもたらすのか、被害を与えるのか。それを目の当たりにして、毒気を抜かれていたからだった。
「……こんなことになるなんて思わなかった。もう嫌だ」
弱音を吐く俺に、意外にもティリスは厳しい。
「御主人様」と前置きを置くと、「イニス様は自分で望まれずにギフトを開けてしまいました。ですが、冒険者になる、という選択はイニス様がなされたものです。冒険者になってしまったら……もう一人前。その気概がないと、戦いでもっと悲しいことを目の当たりにすることになりますよ、イニス様」
なんだよ、慰めてくれたっていいじゃないか。
「心を決めてかかってください。御主人様」とティリスは俺が「うん」と肯くまでじっと俺を見つめて離さない。嵐の夜に太陽を呑み込んだ雨雲のような色のその瞳をいつまでも見続けることができるなら、それも悪くないと思った。
こいつの瞳の中には怒りとか、悲しみとかそういったものは感じられない。
あるのは固い決意だ。俺にもっと強くたくましく生きて欲しいと願う、先輩冒険者の期待だ。不安や恐怖といったものもなんとなく垣間見えた。それは俺のスキルが彼女のスキルを消去してしまわないかという、そういった原始的な恐れだろう。
あと、やっぱり希望。それと、尊敬の眼差しが強すぎて、俺は目をあわせ続けると居心地が悪くなった。ティリスも冒険者だ。自分を越えた他者の強さに、純粋に憧れるのかも。奴隷の彼女が仕える主の俺が、これからどんな生き方をしていくのか。そんな期待もひしひしと感じていた。
「ティリスは悲しんでくれないのかよ」
俺は自分の心が定まらず、誰かに寄り添って欲しい時にこんなことを言われ、期待感を寄せられ困っていた。
父上に追い出されたあのときによく似ている。誰も、この心境は理解してくれないのだ、とふてくされそうになった。
侍女は俺には使えない清浄魔法とやらで汚れた車内の吐しゃ物なんかを清めて浄化し、どこかに霧散させていた。壊れた椅子や調度類は、回復魔法であっさりと元通りにして見せた。気を狂わせたヴォフルには神経系を回復させる治療魔法を施して、魔法と物理的に――彼の衣類などを利用して――拘束してしまった。
脅威が無力化されたのを確認してから、俺から離れていた彼女はぎゅむっとその豊かな胸の中に俺を抱きしめてくれた。
「っ、おい!」
「悲しんでおります」
後頭部が痛い。力が入り過ぎていますよ、ティリスさん。
どうもこいつはあれだな、一々、やることなすこと、前時代的で大袈裟だな。さすが元貴族……追放されて奴隷になったのは俺よりも若い頃、か。本質的にそういった性格なのか、それとも前の主人がこんな大袈裟な素振りをする人種だったのかもしれない。
それはさておき。
俺の頭部を力の限り抱き寄せると、頭を撫でてくれた。ぽたぽたと幾つもの温かい何かが、俺の頭頂部に落ちてくる。
……泣いている? 俺のために? どうして?
不思議だった。
俺は忌まわしい破滅のスキル持ちだとして、故郷を追われついさっきまでお前と共にトラブルに首を突っ込んでいた男だぞ?
消去者が発動するだろうと甘い確信だけを試すために、お前を盾にしようとしたそんな男だぞ。
どうしてそんなやつの為に――涙を流す?
「申し訳ございません、イニス様。こんなことに巻き込んでしまいました。護衛を命じられていたティリスの不覚でございます。ひいては、スキル発動などというイニス様の最も成されたくないことまで――すべては、ティリスの責任です。戻られましたら、処分なり、売るなりおすきになさってくださいませ」
いや、それはなんか違う!
俺の為に泣いてくれるのは嬉しいし、ここで涙を互いに流して……から、でいいか。
俺も泣きたいし。こんな美少女に抱かれながら、癒されるなんてこと、これからはまあ、あまりないだろう。
そう決めると俺は泣いた。ティリスも泣いた。
わんわん泣いた。互いにどちらの声が大きいかを競争するかのように泣いた。御者は後から続いてやってきたのが泣き声だったのだ。さぞかしびっくりしただろうな。
俺はひとしきり涙を流すと上を見た。俺を抱きしめたまま、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている侍女の顔はどこか間抜けだった。とても可愛らしくて、逆に守らなければならない家臣だという、そんな義務感が生れてきた。
ティリスのエプロンで顔を拭くと、さっさと腕の中から抜けだした。それから自分のハンカチで侍女の顔を拭ってやる。ついでに、俺が彼女を抱きしめていた。
今から思い返すと、なんてマセた子供だったんだ……恥ずかしくなる。
「イニス様」
「俺はもういい。その顔、ちゃんとして。目の周り真っ黒だよ」
マスカラが涙ではげ、うっすらと施されていた化粧も全部、落ちてしまっていた。
「あ、やだっ……」
始めて見せる、奴隷という身分を感じさせない反応だった。そういえば、ティリスが化粧をしているのを見たのは、今日が初めてだったか。旅の間は、そんな必要性が無かったしな。
彼女の顔に触れないようにして、頭を抱きしめ、二度三度、撫でてやる。侍女はそれが恥ずかしいのか慣れていないのか、途端、人形のように固まってしまった。
「俺の為に泣いてくれて、ありがとう。まあ、その……頑張る」
「はい、御主人様。それでこそ、私の御主人様です」
俺が手渡したハンカチで軽く顔を撫でながら、ティリスはそう言った。
こっちに向いたその顔は、目の周りを黒く縁取りされたアナグマみたいで、つい笑ったら思いっきり、わき腹をつねられた。
ぐえっと俺がうめくと、その隙になにがしかの魔法を使ったのだろう。
まるで瞬間芸のように、ティリスの顔は元通りに戻っていた。
撃滅の消去者(イレイザー)~破滅のスキルを授かったせいで王都を追われるも、あらゆる攻撃を無効化するだけで超絶レベルアップ~ 和泉鷹央 @merouitadori
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