第17話:包囲


「だっ、ダインスレイヴだ!!」


 何人かが、慌てふためいて疾走はしる、その指揮官を見る。意味が、解らなかった。いったい何を、言っているのか?


「ダインスレイヴ、ダインスレイヴだ!! リプロスの ……… サーベル使いだ!!」


 その指揮官の一人は、命からがらに、声を振り絞る。


 ――― ダインスレイヴ、


 ――― リプロス、


 ――― サーベル使い、


 検問の、戦闘員達の脳裏に、一つずつ、言葉が落ちていく。そして不意に、その記憶と情報の、深い沼の中で、化学反応が起きて、閃光ひかりとともに、一つの言葉が浮かび上がる。それは、肉親から、兄弟から、先達から、語り継がれ、共有された、民族の記憶 ―――


「塹壕戦の悪魔」


 古参も、新参の兵士も、その言葉を知っていた。見た者は、知っていたし、未だ見ざる者も、話には聞いていた。


 検問全体に、緊張が疾走はしった。


「あのバラックを包囲しろ!!」


 誰かが叫んだ。

 それが合図になって全員、銃を手に疾走った。


「包囲しろ、早く」「四人だ、うち二人はまだ子供だ」「子供でも油断するな、ダインスレイヴだぞ」「全員、軽機関銃を持て、ライフルじゃダメだ」「眼を離すな、モノ凄いスピードで疾走ってくるぞ」「不死の走獣、奴らは疲れたりしない」「武装解除したのか?」「なんでサーベルを持ってるんだ?」「なんでりににってダインスレイヴにサーベルを許したんだ?」「ライフルじゃダメだ、二発や三発じゃ死なないぞ」「軽機関銃だ、三十発全弾ブチ込まなきゃ死なない」「命中しても油断するな、撃たれてもサーベルを振り回して暴れるぞ」「早く包囲しろ、疾走って向かって来ちまうぞ!!」


 蜂の巣を ……… ような騒ぎ。


 バラック小屋を中心に、遠巻きに疾走り回る足音。軍靴ぐんかが、砂礫されきを蹴る音。弾倉を、軽機関銃に挿す音。コッキングハンドルを引いてリロードする音。薬室に弾丸が、装填される音。


 そして、


 静寂が、


 荒野を支配した。


 聞こえるのは、風の音だけ。包囲が、完了したのだ。ここまで約 ――― 三十秒、さすが、と言わねばなるまい。ここは中近東・地中海地域。有史以来、片時も、戦闘の絶えざる土地なのだ。


 **


 ひんやりと暗い、静まり返った室内。


 グリフィスは振り返り、ルナを見た。心配だった。ルナは頬肌ほおを濡らし、大きなみはったまま、呆然と立ち尽くしていた。心が、考えることを拒絶している、そんな様子だった。


「ルナっ! ………」


 グリフは、ルナに駆け寄るも、すぐに立ち止まった。


 少女のような優しげな眼差しを涙に揺らめかせ、子供のように頬肌ほおを濡らすルナ、――― しかし、暗がりの中、近付いてみると、褪せた栗色の髪は返り血に赤黒く濡れて、白い頬肌ほおにも点々と鮮血が散って、砂色の戦闘服も血だらけだった。そして、白い手に固く握られた、血塗りのサーベル ―――


「ルナ ………」


 そうだ、グリフは思い出す。ルナはもう、少女じゃない。か弱くとも、今はショックに戦慄わなないていても、ダインスレイヴに於いて軍齢に達した男子は、すべて「戦士」なのだ。護るべき存在、ではない。


 闇夜に行き迷う少女のように怯えて立ちすくむ、そんなルナに、なんて声を掛ければいいか、分からなかった。


「ルナッ!! ―――」


 高い、少女の声がして、横からフランチェスカが、走ってきて、ルナを抱き止めた。自らの頬肌ほおが、血に赤く汚れるのも構わずに。


「ルナ、ルナ、大丈夫か? ルナっ!」


 まばたきも忘れ、ただ眼をみはるだけだったルナは、ハッと感情を取り戻し、口を戦慄わななかせて、急に泣き出した。


「わたし ……… んっ、ぼくっ ……… ぼくっ!」


「おまえは悪くないッ!! ———」


 叱るような大きな声で、フランは言った。泣き顔のルナの、その頬肌ほおを両手で包んで。そして、フランも、やがて一緒に泣いてしまった。


「おまえのせいじゃないッ!! ルナ、おまえのせいじゃない ………」

















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