第18話:包囲2


 グリフィスの眼の前で、フランチェスカは横からルナを抱き止めた。罪悪感と恐怖感とに押し流されそうなルナを。


「悪いのはお前じゃない、ルナ、お前は悪くない、………」


 十三歳の二人を前にして、十七歳のグリフは、何も言えなかった。言ってやれなかった。グリフは、下を向いた。


「あっ!」


 しかし、不意のフランの素っ頓狂な声に、グリフとルナは、視線を上げた。


「何だよフラン?」

「どうしたの?」


 顔を上に向けて、宙空の一点を見つめていたフランは、はっとグリフの方を見て、


「早くここから逃げないと!」


 グリフはハッとした。しゃっくりに泣き止む、子供のような表情のルナ。


「合格」


 トラビスの声。全員が、その短く髭を刈り込んだ隊長の方を見た。


「遅すぎ、だけどな」


 とトラビス。彼はこちらに背を向けてしゃがみ、床に置き去りになった銃火器類を漁っていた。銀髪の、傭兵崩れの男が、持ち込んだ物だった。武装解除されていた。代わりの武器を、調達しなくてはならない。


「ほらっ」


 トラビスはフランに向かって、ライフルを放った。そして続けざまに軽機関銃を、グリフの胸に投げてよこした。銃を投げるなんて、いつもなら決して無いことだった。


 ルナにも銃を持たせたかったが、後はショットガンと、馬鹿でかい対戦車ライフルしか無かった。あった筈の何挺かはきっと、訊問されていた傭兵崩れの男が、逃げる際のドサクサに、引っ掴んで行ったのに違いなかった。


 放物線を描いて飛んできたライフルを、空中で器用にキャッチすると、フランは慣れた手付きで点検し始めた。安全装置、弾倉、装填ボルト、銃床、銃把、そして銃身、——— 片眼を瞑ってライフルを構え、銃身に歪みが無いこと確認する。


「慣れたもんじゃねえか」

「狙撃手のムスメっス」


 そして、ゆっくりと、銃口をトラビスに向けた。


 片眼を瞑った、スナイパーの貌。そして口には、残忍な笑みが、浮いていた。


 えっ、


 ルナとグリフは慌ててしまう。だって、いくら何でも悪フザケが過ぎる!


「ねえっ、フランっ!」

「そろそろ出て来いよ、バレてんぞ、………」

「えっ?」


 はっとして、真っ直ぐな銃身の、その指し示す方向を確かめる。その延長線は隊長トラビスの僅か左、バラックの出口の方、湯沸かしの為の小さなキッチンに向いていた。


「また合格」


 トラビスも、スライドアクション五連装のショットガンを、扉のない湯沸かしの、その物陰に向けた。


「両手を上げて出て来い」


 しかし、沈黙。………物音ひとつ、しない。


 フランチェスカは、すでに指を掛けていた装填ボルトをゆっくりと引いた。トラビスも、スライドポンプを引く。静かで、しかし硬い金属音。撃つぞ、という直截的なメッセージ。


「待ってくれ!撃たないでくれ、………」


 アフガンストールに民族衣装の男が、湯沸しから姿を現した。両手を、肩の上の辺りに挙げていた。


「何もしない、う、撃たないでくれ、………」

「銃を床に置け」とトラビス。

「ゆっくりだぞっ!」とフランチェスカ。

「調子に乗るなフラン」

「………」


 男は肩からスリングを外し、そのスリングにぶら下げたまま軽機関銃を、床に置いた。カラシニコフ・AK47、だ。


 怖らくは生まれ付いてのゲリラ兵士であるその男は、にも関わらず恐怖に、動顛していた。


 戦乱の中で生を享け、ゲリラ兵士の子として育ち、長じて自らも戦闘に明け暮れ、その手で人を殺め、仲間が死ぬのも見てきた。


 そんな戦乱の時代の申し子と言えども、「サーベルで人が斬り殺される」のを見るのは、衝撃的で、耐え難い体験だった。


「撃たないでくれ」


 男は、血溜まりの惨状を眼の当たりにすると、手を上げたまま後退った。そして短く、後方のバラック出口を見た。


 ———サーベル突き立つ味方の亡骸、


 しかしそれでもこちらを伺いながら少しずつ後退る。


「止めておけ」


 銃口を僅かに降ろして、トラビスは声を掛けた。


「何もしない、逃してくれ」


 しかし男は身体の向きを返すと、開け放たれた出口に向かって、猛然と走り出した。


「よせっ!!」


 声を上げるフランチェスカ。そして、———


 男が屋外に走り出た瞬間、夥しい銃声が、待ち構えていたように周囲から一斉に巻き起こり、バラックの薄い窓ガラスを震わせ、そして、すぐに止んだ。


 静寂が、再び周囲を支配した。バラックは、完全に、包囲されていた。






















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る