第16話:灼眼


 銀髪の男は走った。


 全力疾走だった。バラック小屋から、二番目に走り出た。


 その銀髪の傭兵崩れを訊問じんもんしていたラゼル軍曹が、一番最初に走り出し、その後を追うように、男もバラックの出口を目指して走った。


 そうさせたのは、長く戦場で培ったカンだった。ほとんど反射的に、一目散に逃げた。この検問から逃れるには、まさに絶好の機会だったし、逆に、このタイミングを失すると、もう逃げる延びるのは難しい、そう感じたのだ。


 そして、

 その予感は正しかった。


 **


 七秒の間に、五人が殺害された。それも、サーベルで斬り殺されて死んだ。さらに、その五人のうち四人までもが、遺体に、首が無かった。


 先に白人の傭兵崩れを訊問していた連中が、バラックの出口に殺到する大きな足音を背後に聞きながら、その場に取り残された武装組織の二人は、眼をみはったまま立ち尽くしてしまう。


 六十センチ程度だろうか、刀身は短めだったが、地鉄の分厚い幅広の、重そうな曲刀だった。人間の肉を斬り、骨を断つための機能を追求した、まさに人斬り包丁、と呼ぶべき凶器だった。


 四人のうち三人が、血を滴らせて黒く光るサーベルを手に下げ、そのうちの大人二人の眼が、こちらを向いた。その四つの瞳が、薄暗い小屋の中で、


 赤く、光って見えた。


「うっ」


 武装組織のメンバーの一人が、短く喉奥から声を発して、黙った。口を「う」の形にしたまま固まって、しかし一秒後、


「うわあああァァアアーっ!!」


 と、声を振り絞って親指で安全装置を外し、軽機関銃を構えた。


 しかしその刹那に、銃を把持はじした両腕とも斬り落とされ、気が付くと首までもが、異常な角度にかしぎ、次の瞬間、胴体から離れて落ちた。水平に振り抜いたトラビスのサーベルから、血液が飛沫しぶきとなって飛んだ。


「あっ、ああっ、あああああっ!!」


 残った最後の一人、七人目は、持っていた軽機関銃を投げ棄て、背中を向けて走り出した。部屋の中央付近、出口寄りにいた。四、五歩走れば部屋の外に、八、九歩で小屋の外に出られる ……… 筈だった。


 グリフィスは黙ったまま大きく横向きにステップすると、右腕を大きく振りかぶり、握っていたサーベルを、その背に向かって思いっ切り投げ付けた。体勢が崩れて倒れそうになったが、構わなかった。力の限りに投げた。


 重い曲刀が風を巻いて唸りながら、縦に、凄まじい速度で回転し、それが両手で宙を掻いて逃げる戦闘員の背中に、ドッ、と音を立てて突き立った。


 胸板から、貫通したサーベルの刃が突き出て、男は声も無く廊下に倒れ伏した。全力疾走してきた勢いのままに、傷んだ木板の粗末な床に、その全体重を、したたかに叩き付けた。


 そして、その瞬間 ———


 バラック小屋の出口の扉が、外側から開いた。


 **


 その三十がらみの男は、検問の指揮官のうちの一人だった。男が見廻りをしていたのは、単にヒマだったからだ。しかし、指揮官だからといって一人軍用車で昼寝やすんでいては、様々な出自を持つ荒くれ者を統率する上で、問題があった。


 砂塵舞う街道の、少し外れに建てられたバラックの辺りを歩いていると、その入口を出てすぐの場所に薄汚れたパコール帽が落ちていた。不審だった。しかもその帽子には、見覚えがあった。確認しようと歩み寄った、その時 ———


 バラックの中から、悲鳴が上がった。そして何が倒れるような、大きな物音。


「ちっ、馬鹿が ………」


 殺しちまいやがった、そう思い、男は舌打ちをした。訊問のために何人かが入って行くのは見ていた。身分不詳の傭兵崩れと、武装していた民兵のグループ。訊問中に歯向かわれて腹を立て、一人くらいは殺してしまったのに違いない。


 武装組織とは言え、人間じんかんにある。他の勢力との付き合いだって、当然ある。立場だってある。無闇に誰でもしていい、という事にはならない。武力抗争に発展する事だってある。注意しなければならない。


「おい、いったい何の音だ?」


 塗装の剥げたドアを開け、男は言い放つ。しかしその声は、同時に起こった大きな物音に、掻き消されでしまった。


 バラックの中、暗い奥の方から、仲間の兵士がこっちに向かって前のめりにスッ飛んで来て、自分の足元でブッ倒れたのだ。


 倒れた、というよりは、床に全身を叩き付けられた、という表現が適切かも知れなかった。何箇所かは骨折したに違いない程の、凄まじい音。


 指揮官は、凝然となった。うつぶせに倒れて動かなくなった戦闘員の背に、サーベルが突き立っていたからだ。


 そして、その武骨な造りのサーベルには、見覚えがあった。肉厚で幅が広い曲刀。サーベルにしては長めのつかも、特徴的だった。


 短く息を吸い込んだまま、呼吸が止まった。


 バラックの奥、洞窟のように暗い室内に、血のにおいが霧のように立ち込め、その中に血刀を下げた人影が四つ、こちらを向いて立っていた。そして、その四人の眼が、赤く光り、暗闇の中から、こちらをうかがっていた。


 指揮官はウェールズ侵攻にも現地レジスタンスとして従軍した、歴戦の戦士だった。


 ——— 赤い人外じんがい、灼眼のサーベル使い、


 もはや、まぎれも無かった。


 指揮官は思わず後ろにり、脚がもつれて転んでしまったが、すぐに起き上がり、四肢で地面を何度も掻いて、検問の方へ、猛然と走り出した。そして、仲間に向かって、大声でこう叫んだ。


「だっ、ダインスレイヴだ!!」
















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