第15話:斬刃


「女、なんだろ?」


「いえ、あの、男です、おとこ ……… なんだけど」


 信じられる、ハズが無かった。だってすべてが、肌も、髪も、顔立ちも、声だって、この子が女性であることを、主張して止まないのだ。ただし、胸が無いことを除いては。


 バラックにいる全員の注意が、その迷彩の男と、ルナとに集まった。しかし、トラビスと、グリフィスだけは、やや下を向いたまま、視線を周囲に走らせ、室内にいる戦闘員の、その位置を確かめた。


 一瞬、トラビスとグリフの視線が絡んだ。トラビスが微かに、うなずいたように見えた。


「見え透いたうそだ」


 迷彩の前をはだけた武装グループの男は、ルナの白いうなじを見て、次に砂色の戦闘服の、その胸の辺りを凝視する。


「あのっ、ホントにぼく、おとこ ……… なんだけど」


 ルナは困ったように眉を寄せて、つい涙眼なみだめに、なってしまう。自らが男であると主張するのが、——— つらかった。


「じゃあ、これは何だ?」


 そう言い様、男は左手で、ルナの薄い胸を摑んだ。


 ――― ここからは、一瞬の出来事だった。


 **


 トラビスは腰のホルスターからサーベルを抜き放つと、抜いたまま一人の首を、そして振り抜いて返すその太刀筋のままに、もう一人の首を、斬り落とした。ルナと迷彩の男とを間近に見ていた二人だった。


 ここまで三分の一秒、


 ——— ピーーン、


 と細く、高く、刀身とうしんが鳴った。刃が、軽々と頚椎けいついつ、その瞬間に発した、金属音。


 ゴトンッ!


 と落ちた首が床を叩くよりも早く、グリフは、眼の前で突如展開した状況に理解が追い付かず、呆然と突っ立っていた一人のくびを真横に薙ぎ払い、続けてサーベルを縦に返して振りかぶり、もう一人の頭部を真上から断ち割った。


 ここまでで、一秒。


 重くて硬い物が床に落ちる音がするのと、首を刎ねた傷口が血を噴くのとは同時だった。


 壁にルナを追い詰める男は、その十三歳の胸にあるべき膨らみが無いことに、わずかに首を傾けかけるが、背後で起こった硬い二つの物音に、膨らみを捜してまさぐる手を止めて、後ろを振り返ろうとする。


 つ、と離れる男の手を、

 ルナは、パシッ、っと、

 音がするほどにしっかりと摑む。

 そしてその手を、

 大きくて熱い男の手を、

 まだ子供のように柔らかな自分の胸に、

 強く、

 ぎゅっと、押し付ける。


 男は振り返るのを止め、

 少女に、

 いや今は男性と明らかになったその美しい少年に、向き直る。


 ルナの行為の意味をどういたのか、下卑た笑みに口角を吊り上げる、その男の眼に映ったものは、


 大きな両眼いっぱいにみなぎった涙を、上気した頬肌ほおにたくさんこぼしながら、その眼を厳しく細めて一生懸命にこちらを睨む、


 まだいとけなさの滲む、

 少女のような顔だった。


「フーッ! フーッ!」


 と吹子ふいごのように胸を喘がせて息をしている。まるで、追い詰められた小動物のように。


 ここまで、五秒。


 男は、

 右手に軽機関銃を下げており、

 左手でルナの胸に触れていて、

 しかも、

 その手をルナの左手に摑まれてしまっていて、

 両手が塞がっていた。


「ん?」


 意外な程に激した感情を見せる少年の様子に、

 男は、微かに違和感を覚えた。

 嫌な予感が胸中を掠める。


 男は笑みを止め、真顔になった、


 ——— 刹那、


 ルナは、

 右手でサーベルを、

 腰のホルスターから、

 上に向かって引き抜いた。


「あっ!」


 右手で引き抜かれたサーベルは、

 白い、光の帯となって、

 水もたまらぬ速さで鞘疾走さやばしり、

 男の左手首に吸い込まれて行く。


「あっ! あっ!」


 慌てるも、

 すでに遅きに失していた。


 左手を引っ込めようとするも、

 ルナの薄い胸に、

 ガッチリと固定されていた。

 しかも右手は重い銃を下げていて、

 逃れる術が無かった。


 そして、

 鋭く研ぎ澄まされた光の帯が、

 男の褐色の手首に、

 より深く吸い込まれ、

 遂に、

 左手が、

 手首から切り離されてしまう。


 ごう、

 男は無意識に、

 大きく息を体腔に吸い込む。


 悲鳴が、

 胸の奥で、

 爆発しようとしているのだ。


 しかし、

 その悲鳴が咽喉から発せられることは無かった。


 ルナは、

 手首を切断し、

 頭上に振り抜いたサーベルを、

 一瞬だけ、

 手を緩めて柄を離し、

 慣性を使って空中でサーベルの刃を下向きに返し、

 同時に左足を、

 追い詰められていた壁に擦り付けながらズザアアアーーッ!!と右に、

 体勢を崩しながらも思いっ切り引いて、

 左手を無くして前のめりになった、

 男の、くびを、


 真横から、


 一刀のもとに、斬り落とした。


 高く、頭上に振りかざされた分厚い地鉄のサーベルの刀身に、体勢を崩したその勢いのままに全体重を載せて。


 ここまで、七秒。


「あ、………」


 ルナは、サーベルを両手に握ったまま、表情を失くして立ち尽くした。血の迸り流れる死骸を、ぼんやりと眺めながら。






































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