第7話 創作の道は続く

 犯人と金庫を無事王城へ持って帰った俺は、すぐさま宝物庫へと向かった。


 「ありがとぅ………いゔぁん、本当にありがと………」


 金庫を見た途端、泣きじゃくり、俺にしがみつく姫様。

 いつもの凛々しい姿からは想像できないほど、感情を巻き散らかしていた。


 とりあえず犯人は地下室へぶち込み、金庫の中が大丈夫か確認することになり。


 「パスワードは変えるから見てもいいわよ」

 

 俺も姫様と一緒に金庫を開けることになった。


 「ええっと……SHUJINKOUHA、SOUUKENI、KAGIRUっと!」

 「随分と長いパスワードなんですね」

 「うふふ。ローマ字読みしてみなさい」

 「ローマ字?」


 ええっと。


 「しゅじんこうは、そううけに、かぎる…………主人公は総受けに限る……って、なんてものをパスワードにしてるんですか」

 「え? やっぱり主人公は受けでしょ? もしかして、イヴァンは主人公攻め派だった?」

 「アズレリア様、二次創作にも手を出してんすか」


 そう聞くと、アズレリア姫は「えへへ」と笑ってごまかす。

 オリジナルBL作っている上に、二次創作までしているなんて、なんて姫様だよ。


 そうして、パスワードを入力すると、カチっと鍵の開く音が響く。

 取っ手を掴み、開けるとそこにあったのは8冊の本。

 

 単行本よりも一回り小さい文庫本があった。


 これって…………。


 「どうしたの、イヴァン。ぼっーとしちゃって」

 「…………あ、いや。姫様の大切なものが意外だったので」

 「意外? そう?」

 「ええ」


 アズレリア姫の金庫にあった本は、ヨハネス・ツインテールの「今日も勇者は王城に押しかけてバカをする ~姫の心は俺がいただきます~」。

 5年前に出版されたまだ未完結の計8巻のライトノベルだった。

 その表紙には筆者のものであろう大きなサインが入っていた。


 「イヴァンもやっぱり知ってるのね。これ」

 「はい」

 「まぁ、大人気作品だもの、知らないはずもないわよね」


 ああ、この作品を俺が知らないはずがない。

 だって、これは――――。


 そう言いかけたが、ぐっとこらえて言葉を飲み込み、姫様に違う質問を投げかけた。


 「殿下、これを読んで、創作しようと思ったんですか」

 「うん。だって、これ面白いもの!」


 太陽のような眩しい笑顔を浮かべて、はっきりと答えるアズレリア姫。

 彼女の語りは止まらず、その本の魅力を永遠と話し始める。


 そっか。面白い、か………………。


 「イヴァン、さっきからどうしたの? 呆然としちゃって」

 

 よほど腑抜けた顔をしていたのだろう。

 姫様は心配そうな表情を浮かべて、俺を見ていた。


 「いや、なんでもありませんよ」




 ★★★★★★★★




 王城から少し離れた街のアパート。

 その一室は俺が借りている部屋。

 仕事を終え、帰ってきた俺は、いつもならすぐにベッドに直行。


 だが、今日はベッドに飛び込まない。


 ベッドとは反対側の窓側にある机へと向かう。


 机の隣には床から天井までの高さがある棚。

 そこにびっしりと並べられているのはライトノベル。少年物のライトノベルだ。

 色んな先生の作品があるが、唯一全て揃っていたのはヨハネス・ツインテール先生の作品。


 机に溜めていた手紙の山から、1通の手紙を手に取る。

 封を開け、入っていたのは何枚もの便箋。

 一番上にあった紙の右上には、「ヨハネス・ツインテール先生へ」の文字。


 そして、最後の紙の一番下にあった送り手の名前は「ゴリエ姫」。


 これ、姫様からのものだよな……………。


 語彙力が低下した文章に対して、底抜けに美しい文字で書かれたその文章。

 これまでアズレリア姫の文字を見てきたから分かる、手紙の送り手の正体。


 俺がずっと書かない間も送られてきたファンレター。

 最後に発売された8巻の出版日から、徐々に減っていく手紙だったが、「ゴリエ姫」さんだけは毎月のように送ってくれていた。


 でも、所詮感想をくれたのは1人だけ。次を待っている読者は数人しかいないだろう。

 感想の手紙で酷い時には「つまらない」とでかでかと紙に書いて送ってきたやつもいた。

 当然俺の心は折れ、筆を、キーボードを叩かないようになった。


 『だって、面白いもの!』


 その姫様の言葉。

 至って普通の感想。ひねりもない単純な言葉。

 「面白い」とだけ言われても、他の人はピンとこないだろうし、「どう面白いの?」という疑問が浮かぶことだろう。


 だが、俺にはかなり響いていた。


 「続き、書いてみるか…………」


 机と向かい、ずっと働かせていなかったパソコンを起動。

 初めはゆっくりとした手の動きだったが、徐々にペースを上げカタカタとタイピング。

 

 面白いと言われたとなら、先を読みたいと言われたのなら。

 書いてあげないとな――――。



 

 ★★★★★★★★




 「イヴァン! 見て見て!」


 その日も呼び出されていた俺は、姫様の宝物庫に来ていた。

 自分の職務を終え、趣味に全力集中していたアズレリア姫は、俺が部屋に入った途端、駆け寄ってきて、持っていたそれを見せてきた。


 「ついに! ヨハネス・ツインテール先生の新作が出たのよ!」

 「もう読んだんですか?」

 「ええ! これから3週目に入るところよ!」


 いつになくハイテンションな姫様。

 彼女の灰色の瞳は眩しいぐらいに輝いていて、俺は思わず口角をあげてしまう。


 「どうでした? 最新巻は」

 「もちろん、面白かったわ! 女の子のね、新キャラが登場したんだけど、もうその子が面白くって! 可愛い妹系お姫様なのに、戦闘時は物理で全部乗り切ってさ――――」


 感想を聞いた途端、熱く語り始めるアズレリア姫。

 彼女の口は止まること知らず、しまいには「俺に読んで欲しい」と布教され始めた。

 

 「いつか読みますよ、忘れた頃にでも」

 「…………? もしかして、イヴァンももう読んでた?」

 「まぁ、そうですね」


 曖昧な俺の回答に、姫様はキョトンと首を傾げた。

 だが、すぐに意識はヨハネス・ツインテール先生の新刊に戻り、それを空高く上げる。


 「ツインテール先生、もう書いてくれないと思っていたけど、待ってみるものね! 次も書いてくれるかしら?」

 「あの終わり方なら次巻もありますよ」

 「そうよね!」


 あなたような熱いファンがいるのなら、きっと書いてくれる。それは間違いない。


 「確か、ファンレターを送っていたんですよね? また手紙を送ってみてはどうです?」

 「ええ、そうするわ!」


 机に向かい、便箋を取り出すと、姫様はすぐさま書き始めた。

 彼女の筆に迷いなく、流れるようにスラスラと書いていく。1分もしないうちに書き終え、「後で郵便に出してちょうだい」とその手紙を俺に託す。


 「私も頑張りたいな! ぅんん――――ん!! 俄然やる気出てきた!」


 声漏れをしていないか気になるほど、大きな声の姫様。

 彼女の瞳には迷いなく、宝石や太陽よりも眩しい光を放っていた。


 「よぉーし! 次の話、描くわよ! さぁ、イヴァン、背景をお願いね!」

 「はいはい」


 こんな熱いファンがいてくれたのに、なぜさっさと書いてあげなかったのだろう。

 次も早く書いてあげないとな。


 そうして、次の構想を頭の片隅で練りながら、俺は自分専用となったアシスタント机に向かった。




 ――――――――




 第1章終了! 次回から2章に入ります! よろしくお願いします!

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アズレリアの宝物庫 ~完璧姫は最高に腐ってます!~ せんぽー @senpo

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