第6話 大切なもの

 いつもは優しい微笑みを浮かべているアズレリア姫。

 だが、目の前にいる彼女の灰色の瞳から、ポロポロと大粒の涙が落ちていた。


 「殿下……?」

 「あの金庫の中にはね、私の大切なものが入っていたの」


 アズレリア姫の大切なもの……。


 「BLですか」

 「違う」


 大真面目に答えたのだが、姫はぶんぶんと首を振った。

 BLじゃないもの……これだけアズレリア姫が動揺するってことは、よほど大切なものが入っていたのだろうか。


 「あの本があったから、私は物語を描くようになったの」

 「……」

 「あれがなかったら、今の私はなかったのよ……」


 泣きながら、ポツリポツリとこぼす姫様。

 これほどまでに訴えるということは、金庫の中にあった本は彼女にとって唯一無二のもの。

 確かに自分を変えた、希望を与えてくれたそれは、命よりも大事なのは分かる。

 

 「分かりました。俺が金庫を見つけてきます」

 「え?」

 「殿下の大切なものなのでしょう。それに俺はなんでもするって言いましたし」


 厳重警戒している宝物庫に入った侵入者は普通に見過ごせない。

 金庫を取り返すついでに、犯人も捕まえよう。

 

 「見つけるって、どうやって?」


 涙は止まったものの、完璧姫らしくなくキョトンとつぶらな瞳を向けるアズレリア姫。

 彼女の疑問は最も。

 俺はこの宝物庫に出入りするようになったが、金庫の特徴は覚えていない。

 

 ――――――――だけど、追跡はできる。


 俺に剣の才能は全くなかったが、魔法は違った。

 騎士学校に通っている頃の先生にはよく「魔術師になった方がすぐにトップを狙えるぞ」と言われたほど、俺と魔法の相性は最高だった。

 なぜ魔術師にならなかったのか、というのはひとまず置いておいて、俺は追跡魔法を展開した。


 「俺が絶対に見つけてきます。殿下は俺の帰りを待っていてください」


 そう姫様に告げると、俺は颯爽と宝物庫を出て、街へと向かった。


 


 ★★★★★★★★




 執事服から一転、身軽な服に着替えた俺は、街の屋根の上をかけていた。

 地下室で姫様のデッサンに付き合っていた時点ですでに夜。


 街はすっかり暗闇に包まれ、街灯や家から漏れる光だけが見える。

 道をちゃんと歩いてもいいのだが、それだと追跡魔法を認識できない可能性があり、障害物の少ない屋根の上をかけていた。


 執事になった今、使う機会なんてそうそうないだろうと思っていた追跡魔法。

 通常、事前に物へかけておくことで、使用できるその魔法。


 しかし、今回は先に展開していなかったし、俺も金庫の特徴をしているわけではなかった。


 そのため、『宝物庫にあったもの』という条件を入れた追跡魔法を使い、金庫の居場所までの道を光の粉で示した。

 金の粉は俺を導くように、街の中心地へ伸びており、僕はそれをたどって、屋根をかけている。


 相手も隠形魔法を使っているのか、指し示す光の粉の道はぐらついていた。

 でも、相手は凄腕の魔導士ではない。このくらいなら発見できるな。

 

 そうして、辿り着いた3階建てのアパート。

 金の粉の道はその最上階の部屋へと導き、豪快に窓を割って部屋に入る。

 もの一つない生活感が全くないその一室。


 そこにいたのは1人の男、いや少年がいた。

 彼の足元にはアズレリア姫の金庫と思わしきもの。

 少年は無理にでも金庫を開けようとしていたのか、バールを手にしていた。 


 「お前か、アズレリア姫の金庫を盗んだのは」

 「……」


 暗くて顔はよく見えないが、彼の身長は俺よりもずっと低い。

 ゆえに、少年と判断。


 「っ!!」


 こちらに気づいた少年は手にしていたバールをこちらに投げるが、俺はパシリと掴む。

 

 「っ!!」


 バールを投げたくらいでは何の攻撃にもならないと分かっていたのか、少年は胸から杖を取り出す。

 

 でも、杖を使おうとした時点で負けなんだよ――――。


 俺は無詠唱杖なしで、ちょっと手を伸ばしただけで魔法を展開。

 少年の杖に操作魔法をかけ、彼の手から杖を吹き飛ばす。


 「じゃあな、泥棒さん」


 同時に別の魔法を展開。光魔法で作った2つの光の輪が少年を囲み、手足を拘束した。

 それでもジタバタと動くので、睡眠魔法をかけた。


 これで捕縛完了。金庫も無事だな。

 ひと段落し、ようやく少年に近づけた俺は、一応彼の顔を確認。


 「うわぁ…………これまた綺麗な顔してんな…………」


 まつ毛は長く、すらりとした高い鼻。

 女物の服を着てしまえば、100年に一度の美少女になってしまうぐらい、かわいらしい顔を持つ美少年。先ほどの戦闘態勢とは一転、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っているから尚更美しい。


 姫様がこの子を見たら、「私の物語BLに登場させたい!」とか言って喜びそうだ。

 

 そんなことを考えながら、俺は大人しくなって地面に倒れた少年を左で担ぎ、右手で浮遊魔法を展開して金庫を浮かせる。


 「任務終了~っと。さぁ、帰りますか」


 意外とあっさりと犯人を捕まえた俺は、金庫と犯人の少年を抱えて、王城へと戻った。

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