第5話 きっかけ

 俺、イヴァン・カーター。17歳童貞。

 完璧姫こと第1王女アズレリア姫の専任執事っす。


 現在、宝物庫の地下で、東洋の女性用の服を着せされて、セクシーなポーズをさせられておりますが、俺はまごうことなき執事です。

 モデルでも、アシスタントでもございません。ええ、執事です。


 「イヴァン、その格好いいわね……あ、でも、そのまま動かないでいてちょうだい」


 俺の正面で椅子に足を組んで座って、スケッチを取るアズレリア姫。

 姫様は時折こちらを見て、黙々とペンを動かしていた。


 俺はというと、東洋の服キモノの女物を着せられ、東洋の床材タタミというものの上に座らされている。

 服は着ているとはいえ、肩を出して座り込んでいる状態。


 このタタミの上は心地いいが、この格好本当に恥ずかしい。

 キモノは青色で蓮の花が描かれていて、普通に綺麗なんだけど、自分が着るんじゃなくて、女性に着せたい。ぜひともアズレリア姫に着てほしい。


 ……あぁ、早く脱ぎたい。そして、普通に男物を着てみたい。

 一方、アズレリア姫は鼻歌をしながら、楽しそうにシャシャっと鉛筆を動かしていた。


 「それにしても、イヴァンはスタイルがいいわね。筋肉もそれなりにあるし。鍛えてるの?」

 「今はそんなに鍛えてませんが、まぁ、ちょっとは動いてますね」

 「ふーん、そうなの。じゃあ、そのまま鍛えていい筋肉に仕上げちゃって。その筋肉を私が描いてあげるわ」


 なるほど、アズレリア姫は筋肉フェチでもあったか。


 「それで、この格好はいつまでしておけばいいんです?」

 「私が描けるまで」

 「そんなぁ」


 暇だな……。

 ずっとこのポーズは精神的にきつい。

 早く終わってくれ。


 同じ態勢でいるのも暇なので、俺は適当な話題を姫様に振った。


 「殿下はなぜBLを描くようになったんです?」


 すると、アズレリア姫はスケッチしながらも、答えてくれた。


 「そうね……BLは成り行きで描き始めたのに近いかも」

 「成り行きでですか?」

 「ええ、でも、自分で物語を書こうと思い始めたのは数年前ぐらいから。ある本に出合って、それを読んで『ああ、自分もこんな作品を書いてみたいな』と思って、小説を書いてたんだけど……小説の方は才能がなかったみたい」


 アズレリア姫も初めは小説を書いていたのか……そうだったのか。

 てっきりいきなり漫画を描いているのかと思ってた。


 「それでね、『じゃあ、漫画ならどうだろう?』と思って漫画描いてみたら、そっちで売れちゃって。で、BL本を読むようになってからは、BLを描き始めたって感じね」 

 「え、ってことは初めからBL漫画は描いているわけではなかったと?」

 「ええ、そうよ。最初は私が当時好きだったジャンルを描いてた。少年漫画系を描いてたわね」


 そうだったのか。

 お姫様が少年漫画を描くのもすごいとは思うが、そこからBLを書き始めるのもなかなか。


 「そのね、小説とか漫画とかの物語を書くきっかけになった小説があったんだけどね、その作品ってとっても面白くって、でも、最近は出版頻度が少なくなっちゃって……」

 「それはあるあるじゃないですか」

 「そうだけど、小説界隈では人気の作品だし、重版もしてるし、スピンオフ作品もあるし……なのに、2年ぐらい音沙汰ないの」

 「……」

 「でも、その作品本当に面白いの!」

 「殿下を夢中にさせたんですね」

 「ええ! あの作品がなかったら、今の私はいないって感じよ!」


 うーん。この人を夢中にさせるとは、よほど面白いんだろうな。


 そうして、おしゃべりしながら作業をすること1時間後、アズレリア姫はようやくスケッチを終えた。

 結局、俺はいろんなポーズをさせられた。


 「服とかはそのタタミの上に置いておいて。これから、作業するから。片付けはその後にして」

 「……了解しました」


 モデル仕事を終えて束の間、次の仕事が舞い込んできた。

 これから、また俺は男の裸をみないアシスタントをしないといけないのか……。


 だが、断れるはずもなく、俺ははいつもの執事服に着替え、キモノをたたんでいると、上からキャーと悲鳴がした。

 何事だと思い、俺はすぐに階段を駆け上がり、姫の所に向かう。


 幸い、アズレリア姫に怪我もなく、侵入者がいる様子もなかった。


 「悲鳴が聞こえましたが、どうされたんですか?」

 「ああ……」


 アズレリア姫は珍しく動揺していた。

 瞳は揺らし、震える口に手を当て、呆然、放心状態。


 いつも完璧な(いや、完璧じゃない時もあるけど)姫様が狼狽するとは……本当にどうしたのだろうか。


 そんな姫様の瞳は机の下に向いていた。


 うーん、机の下に何かいるのだろうか。

 あ、もしかして、Gさん?

 ……ほほぅ、あれで騒ぐとは、殿下はやっぱり乙女ですな。


 ゴキちゃん退治のため、俺は箒を取りに行こうとした。

 だが、服を引っ張られ、後ろに倒れそうになる。

 背後には俺の服を引っ張るアズレリア姫。


 「ゴキブリ、死んじゃいました?」と問うと、返ってきたのは「ゴキブリなんて元からいないわよ」というもの。


 「では、どうしたのです?」

 「そ、それが……イ、イヴァン………どうしよ……」

 

 いつも冷静沈着完璧姫なアズレリア姫の瞳は大きく左右に揺れていた。

 今にも泣きそうだった。


 「私の金庫がなくなっちゃったの……」

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