お部屋探し

池口聖也

戯曲【お部屋探し】

【お部屋探し】


登場人物


女(受付)

男(客)


上手側に扉。下手側に事務机と椅子が一つ。

事務机の前に大きめのトランクがある。

机の上には本が広げて置いてあり、パソコンと写真立てが置いてある。

上手正面奥に、棚に陳列されている物件情報が整理整頓されて置いてある。

その手前に、立ちながら物が書ける背の高いテーブルが置いてある。

女が事務机の椅子に姿勢よく座り、目をつむって微動だにしていない。

男が登場し置いてある物件情報を無造作に見始める。


男「(しばらくして女に何か聞きたげに)すいません」

女「・・・」

男「あの、すいません・・・」

女「・・・」


男はあきらめたといった感じで、再び物件情報を無造作に見始める。

しばらくの間。


女「寝てませんよ」

男「え?」

女「寝てないんですよ。私は」

男「いやでも・・・」

女「何ですか?」

男「完全に寝てた気が・・・」

女「寝てませんよ。その証拠にあなたがさっき資料を見ている時、元の位置に戻さなかった所をしっかりちゃんとこの目で見ているんですから」

男「え?」

女「あなた、そこのア行の資料を見てカ行に、カ行の資料をア行に戻したんですよ。そして今もサ行をタ行に、ちゃんと元に戻しておいてください」

男「あ・・・すいません」


男が資料を戻す。


女「何故です?」

男「え?」

女「何故私が寝ていると思ったんですか?」

男「いや、二度呼んでも返事がありませんでしたし・・・」

女「それだけで、私が寝ているもんだと思ったんですか?」

男「え・・・はい」

女「あなたは自分が声をかけて二度返事が無いだけで、人間は寝ているもんだと思うのですか?」

男「だって、目もつぶっていたから・・・」

女「なるほど。じゃ目をつぶって、二度声をかけても返事が無かったら、あなたはどんな人間でも完全に寝ていると思う訳ですね?」

男「誰でもそう思うと思うのですが・・・」

女「誰でも?」

男「えぇ」

女「先ほども言いましたけど、私は薄目をしてあなたがファイルを適当に戻したのを見ているんですよ」

男「あぁ・・・え?薄目をしていたんですか?」

女「はい」

男「何故?」

女「薄目をすると良く見えるので」

男「あ、目が悪いんですね?」

女「いえ、特には悪くないです。悪くはないんですよ。この前の健康診断では視力が0・1無いと言われましたが目は悪くないんです。大体なんであんな視力検査なんかで、私の目の良し悪しが決まるんですか?一体誰が決めたんです?」

男「僕に言われても・・・」

女「それより、おわかりになりましたか?」

男「え・・・あぁ、寝ているとか言って、すいませんでした」

女「違います。あなたの物事に対する考え方が間違っているという事です」

男「・・・考え方ですか?」

女「えぇ」

男「でも、普通は二度も声をかけて返事が無くて目をつむっていたら、寝ていると思いますよ」

女「そんな事はありません」

男「そんな事ありますよ。普通の人は寝ているか、僕の事がよっぽど嫌いで無視しているか・・・僕のこと嫌いですか?」

女「別に」

男「それならやはり寝ているとしか思いませんよ」

女「一ついいですか?」

男「何です?」

女「私は目をつむっていた訳ではありません。薄目をしていたんです」

男「どっちでもいいですよ。とにかく僕には目をつむっていたように見えたんですから」

女「良くはありませんよ。事実、私は薄目をしてあなたが資料を適当に戻したのを見ているんですから。(写真立てに)ねぇ、樹里ちゃん」

男「そうですけど・・・大体何で二度も声をかけたのに、返事をしてくれなかったんですか?」

女「待っていたんですよ」

男「え?」

女「あなたが寝ているんですか?と声をかけてくれるのを待っていたんです」

男「何故です?」

女「最近の人は、自分から人と繋がろうとする事が少なくなったと本に書いてありましたから。知っていますか?人との繋がりが深くなるとオキシトキンという脳内物質が分泌されて免疫力がアップするらしいですよ。でも私はそれも違うと思うんです。例えば自分が飼っているペットと本当に心が繋がっていればオキシトキンは分泌されると思うんです。実際私がそうでしたから(写真立てに)ねぇ」

男「・・・あの、いいですか?」

女「何です?」

男「僕は部屋を探しに来たんですが・・・」

女「そんな事はわかっていますよ」

男「それについて聞いてもいいですか?」

女「いいですけど、今日は予定が入っておりまして内見は出来ませんがよろしいですか?」

男「内見出来ないんですか?」

女「はい」

男「何故です?」

女「だから予定が入っておりますので」

男「あ、他に内見の予定が入ってるんですね?大丈夫です。僕は今日一日空いていますから、いくらでも待てますよ」

女「そうではなく、私の個人的な予定です」

男「個人的?」

女「はい。個人的に出かける用事がありますので」

男「あぁ、それでトランクですか」

女「えぇ、まぁ」

男「そうですか・・・」

女「どうしますか?明日なら内見も出来ますが」

男「(少々驚いて)明日は大丈夫なんですか?」

女「えぇ。何か?」

男「いや、荷物が大きいので、てっきり旅行か何かに行くもんだと・・・」

女「お墓です」

男「お墓?」

女「えぇ。今日はこれからお墓参りに行くんです」

男「・・・お彼岸でもないのに?」

女「はい」

男「・・・あ、どなたかの命日なんですか?」

女「違います」

男「・・・じゃ、法事か何かだ・・・」

女「いえ」

男「でもそれじゃ・・・今日でなくても・・・」

女「何ですか?」

男「いや、お墓参りはいつでも出来るし・・・今日でなくてもいい気が・・・」

女「(急に興奮して)何を言ってるんですかあなたは!今日でなければダメなんです!大事な報告があるんですから!あなただって大事な報告はすぐにでもしたいでしょう?例えばあなた、あなたがずっと家族に支えられて何年も司法試験かなんかを受け続けて、やっと受かったらどうします?すぐにでも報告したいでしょう?」

男「そ、そうですね・・・すいませんでした」

女「(平静に戻り)どうしますか?内見をご希望なら明日にでも来てください。(ドアを差し)お帰りはあちら」

男「いえ・・・あの、じゃあ質問だけいいですか?」

女「どうぞ」

男「えっと・・・じゃ(物件の資料を見ながら)この物件について詳しく聞きたいのですが・・・」

女「どの物件です?」

男「(資料を見せながら)これ」

女「すいませんが、良く見えないので行の文字と右から何番目にあったかを、教えてください」

男「はい・・・えっと(数えながら)ア行の一、二、三・・・五番目と、マ行の一、二、三・・・・・七番目です」

女「初めの物件は、最寄り駅はJR阿佐ヶ谷駅で駅から徒歩六分。住所は杉並区阿佐ヶ谷東三丁目の二階建てアパートの1DKの風呂トイレ別の物件。次の物件は、最寄り駅は井の頭線の三鷹台駅で住所が武蔵野市、井の頭南町五丁目の二階建ての1Kの風呂トイレ別の物件ですね?」

男「(驚いた表情で)はい」

女「聞きたい事とは何ですか?」

男「この二つの物件の隣に救急病院ってありますか?」

女「救急病院?」

男「はい」

女「少々お待ちください」

女「(パソコンを打ちながら)無いですね」

男「え?」

女「無いです」

男「そんな・・・」

女「隣に救急病院がある、1DKか1Kの風呂トイレ別の物件をお探しですか?それだけなら他にもあると思いますよ」

男「いえ、それだけじゃなく、他にも条件はあるんです」

女「どんな条件ですか?」

男「全部言いますか?」

女「えぇ」

男「ちょっと多いんですが・・・」

女「言ってみてください」


女は男が条件を言い始めると同時にパソコンを打ちはじめる。


男「えっとまず、駅から十分以内で風呂トイレ別。二階角部屋で家賃六万円以内。オートロックで築年数は十年以下。震度七まで耐えられて、歩いて三分以内にドラッグストアーか、もしくはコンビニがある。そして隣に救急病院があって、徒歩5分以内に法律事務所がある。あとは・・・ってやっぱり多いですよね?」

女「(手を止めて)ちょっと」

男「え?」

女「余計な言葉はいりませんから、ちゃんと条件だけをおっしゃってください」

男「あ、はい・・・あとは玄関と窓の方角が北東と南西以外の所です」

女「条件はそれだけですか?」

男「はい」

女「この条件以外はダメ・・・」

男「えぇ」

女「・・・残念ながら、この条件の物件はありません」

男「え?」

女「ありません」

男「そうですか・・・」


男がうなだれる。

しばらくの間。


女「何故ですか?」

男「え?」

女「初めの方の条件は大体わかりますが、何故、救急病院が隣に無いとダメなんです?」

男「隣に救急病院がないと急な病気の時に心配だからです」

女「あなたは何か持病でも持っているんですか?」

男「いえ、特には・・・」

女「玄関と窓の位置の方角が北東と南西以外というのは?」

男「それは北東は鬼門で南西は裏鬼門なんで、心霊現象が心配なんです」

女「そうですか。じゃ法律事務所も?」

男「えぇ。何かの事件に巻き込まれた時に心配だから・・・」

女「どうしたんですか?」

男「え?」

女「どうしたんですか?あなたはいったい」

男「何がです?」

女「だいぶ重症ですよ」

男「重症?」

女「えぇ。やはりあなたの物事に対する考え方は、とんでもなく間違えています」

男「またその話ですか?そんな事はないと思いますよ」

女「いえ、間違えています」

男「間違えていませんよ。さっきはあなたが寝ていると思ってしまいましたが人間誰でも小さな間違いはあるでしょう?それに僕は若干心配症のところはありますが、ごくごく普通の事だと思いますよ。誰でも病気や心霊現象は怖いですし」

女「(ため息)まったく最近の若いのときたら(ぶつぶつ言う)・・・」

男「何か?」

女「いえ、もういいです。とにかくここにはあなたの言う条件の物件はありません。どうしますか?お帰りになりますか?条件を増やしますか?」


少々の間。


男「・・・今なんて?」

女「何です?」

男「今なんて言いました?」

女「ですから、ここにはその条件の物件はありませんので、お帰りになるか条件を増やすかと聞いたんです。ちなみに(ドアを差し)お帰りはあちら」

男「ちょっと待ってください。条件を増やせばあるんですか?」

女「何がですか?」

男「いや、この条件の物件が」

女「(パソコンを見て)ありますよ。二件ほど」

男「本当ですか?」

女「えぇ」

男「あの、ぜひ条件を増やしてください」

女「わかりました。では、そちらの超お勧め物件のファイルのサ行の十六番目と十七番目の資料をごらんください」

男「超お勧めって凄いですね」

女「ご覧になればわかると思いますが、この二つの物件は救急病院をはさんでの物件です」

男「(資料を見ながら)本当だ」

女「あなたの条件は全て満たされていますよ」

男「すごい・・・で、ここには書いていないですが、増やす条件って何ですか?」

女「はい。十六番目の物件はペットが付いてきます。そして十七番目の物件には家政婦が付いてきます」

男「え?ペットに家政婦?」

女「はい」

男「凄いじゃないですか!」

女「超お勧め物件ですから」

男「どうしよ。どっちもいいな・・・(女に)実は僕ペットを飼いたくてしょうがなかったんですよ」

女「そうですか。では十六番目の方にしますか?」

男「いえ・・・ちょっと待ってください。家政婦がついてくるのもいいな・・・色々とお世話をしてくれるんだもんな・・・(女に)でも家政婦ってお金がかかるんですよね?毎月いくらぐらい払えばいいんですか?」

女「いえ、ここの家政婦は物件のオプションですのでお金はかかりません」

男「そうなんですか?」

女「はい」

男「凄い物件ですね!」

女「超お勧め物件ですから」

男「どうしよ・・・なおさら迷っちゃいますね」

女「どうぞ、ゆっくり考えてください」

男「いや、でもやっぱりペットの方にします」

女「そうですか。では内見は後日という事で、とりあえずそこにある仮契約書類にご記入ください」

男「はい」

女「それと必要なくなった資料は元の位置に戻しておいてくださいね」

男「はい。(資料を戻しながら)実は僕ね、昔社宅に住んでいまして子供の頃から犬を飼うのが夢だったんですよ。犬が大好きで・・・」


男が立ちテーブルで仮契約書に書こうとするが、何か思いついたかのように手を止める。


女「どうしました?」

男「あの、ちょっと疑問に思ったんですがペットって猫ですか?僕は猫アレルギーなんです」

女「違いますよ」

男「そうですか。よかった」

女「虫です」

男「え?」

女「虫です」

男「虫?」

女「はい」

男「虫って・・・」

女「虫です」

男「あの・・・ペットじゃないんですか?犬とか猫とか・・・」

女「虫です」


間。


男「・・・虫ってペットじゃないですよね?」

女「何を言ってるんですか?ペットですよ」

男「いやでも普通、ペットって犬とか猫じゃ・・・」

女「違います。先ほどから申していますように、あなたのその普通ではどうとか言う考え方が間違っているんです。犬も猫も虫も生き物ですからペットとなりえるんです。最近では何とかっていう、おもちゃもペットにする時代なんですよ」

男「まぁそうですが・・・」

女「どうしますか?この物件にするんですか?」

男「いや、ちょっと待ってください。やはり家政婦の方にしようかな・・・」

女「そうですか。では、その隣にある書類に・・・」

男「あの、聞いてもいいですか?」

女「何です?」

男「家政婦というのはあれですか?普通の・・・ごく一般的な家政婦ですか?」

女「すいませんが、ごく一般的な家政婦というのは?」

男「だから、あの、家のことをしてくれる?」

女「えぇ。掃除、洗濯、食事の準備などを気が向いた時にしてくれます」

男「気が向いた時?」

女「はい。気が向いた時に掃除、洗濯、食事の準備をしてくれます」

男「気が向いた時なんですか?」

女「だからそうですよ」

男「でもそれじゃ、家政婦じゃない気が・・・」

女「何故?」

男「いや、家政婦って家事を仕事にしていると思うんですよ」

女「そうですね」

男「だから気が向いた時じゃ、なんか普通の主婦みたいな感じで、家政婦とは言えないと思うんですが・・・」

女「あなたは冷たい方ですね。九十五歳になる人生の大先輩にまだ毎日働かせるつもりですか?」

男「は?九十五歳?誰がですか?」

女「その家政婦です」

男「九十五歳なんですか?」

女「えぇ」

男「それじゃ・・・」

女「大丈夫ですよ、住み込みですので」

男「住み込み?」

女「ようは、家政婦の住んでいる部屋にあなたが住むという事です」

男「いや、ちょっと待ってください。一緒に住むって・・・部屋一つですよね?」

女「何か問題でも?」

男「いやいや、大問題じゃないですか」

女「あぁ、大丈夫ですよ。ご心配なく。もう九十五歳ですので、とっくにあがってますから」

男「そういう事じゃなくて・・・いや、やっぱりいいです」

女「何ですか?言いたい事があるなら遠慮なく言ってください」

男「じゃ言いますけど、もうそうなると家政婦でも何でもないですよね?」

女「何がですか?立派な家政婦でしたよ昔は。今はちょっと認知が入って、たまに徘徊したりしますけど・・・」

男「認知?認知ってまさか・・・ボケてるってことですか?」

女「人生の大先輩に対してなんて事言うんですかあなたは!そりゃ九十五まで生きれば少しは認知症にだってなりますよ。あなただってその歳になればそうならない保障なんてどこにもありませんよ」

男「だから、そういう事じゃなくて・・・しかも徘徊って・・・」

女「大丈夫ですよ。徘徊したときの為に、いつも首に自分の名前と連絡先入りのネックレスをつけていますから。しかも誕生石のサファイア入り・・・あぁ、あれですよ。一緒に住んでいるからって、このネックレスを売ろうなんて事したらダメですよ。これが無いと彼女帰れなくなるんですからね」

男「もう、どうでもいいですよ・・・それよりおかしいじゃないですか・・・」

女「何がです?」

男「(いきり立って)何がじゃないですよ!何もかもがおかしいですよ!あなたは僕が間違っていると言いますが、あなたの方が絶対に間違っている。冗談じゃありませんよ!」

女「どうしたんですか?急にいきり立って」

男「いきり立ってなんかいませんよ!誰だってこうなりますよ!だってそうでしょ?ペットが飼えると思ったら、ただの虫だっていうし、家政婦だって期待したら、九十五歳のぼけ・・・認知症の老人だっていうし。何で部屋借りて老人の介護しなくちゃいけないんですか?冗談じゃないですよ!」

女「だから、さっきから言ってるように、あなたのその考え方自体を変えなければ・・・」

男「もういいですよ。その話は・・・・・・それよりどうしよう・・・」


男が頭を抱え考え込む。

しばらくの間。


男「あの・・・」

女「何ですか?」

男「やはり、ペットの方にします」

女「そうですか」

男「はい。でもちょっとその前に確認なんですが・・・」

女「何です?」

男「ペットと言うのは生き物ですよね?」

女「えぇ」

男「生き物というのは、いずれ死にますよね?」

女「はい」

男「もし、その物件についてくるペットが死んでしまったら、それはもうしょうがないことですよね?」

女「まぁ、そうですね」

男「そうですか。それを聞いて安心しました」

女「あなた・・・まさかこの物件に住んで、すぐにペットを殺そうとしていませんか?」

男「え?ま、まさか、そんな事ないですよ」

女「そうですよね。それは無理ですよね」

男「無理?あぁ、人として僕が虫も殺せないとそうおっしゃりたいんですね?」

女「それはわかりませんけど、全て殺すなんてね・・・」

男「全て?」

女「えぇ」

男「どういう意味ですか?」

女「一匹ではありませんから」

男「一匹じゃない?」

女「はい」

男「何匹居るんですか?」

女「さぁ・・・でもたくさんいると思いますよ」

男「たくさん?」

女「えぇ。それもかなり・・・なんせ一匹見つけたら、その何十倍、何百倍もの数が存在すると言われてますし・・・普通にかなりの数を確認できるという話しですからね」

男「え・・・それってまさか・・・」

女「何です?」

男「ちょっと待ってくださいよ。それは絶対ペットじゃないでしょうよ・・・」

女「ペットです」

男「(深く悲しみのため息をつき)ダメだ・・・もうダメだ・・・」

女「何がダメなんです?たくさんのペットがいるんですよ?いわば家族がたくさん居るのと同じなんですよ?素晴らしいじゃないですか」

男「・・・もういいです・・・」


男が出て行こうとする。


女「ちょっと」

男「何ですか?」

女「あなたが探している物件は、どこへ行っても無いと思いますよ」

男「そうですね・・・もう何件も探しましたから・・・」

女「これからどうするんです?」

男「さぁ・・・あなたには関係の無いことですよ・・・」


男が再び出て行こうとする。


女「死ぬんですか?」

男「は?」

女「あなたは部屋が見つからないくらいで死ぬんですか?」

男「死にはしませんけど・・・」

女「けど何です?大体あなたは何故今回部屋を探しているんですか?」

男「もうあの家には住みたくないんです・・・」

女「あの家って、今住んでる家のこと?」

男「えぇ」

女「何故?」

男「あの家には霊が住んでいるんです。毎日毎日金縛りにあったり、夜洗面所の鏡に映ったり・・・もう気が狂いそうなんですよ。きっと窓から入ったんです。ちょうど北東にありますから」

女「なるほど。大体わかりましたよ」

男「何がですか?」

女「あなたが病院の隣や法律事務所の近くに物件を探しているのも、そういう事があったんですね?例えば急な病気になって、病院が近くに無くて辛い思いをしたり、何かトラブルに巻き込まれたか、実際はなくてもテレビか何かで、そういったトラブルに巻き込まれた人の話しを聞いたりして、怖い思いをしたとか」

男「そうなんです・・・」

女「言っておきますが霊なんて居ませんよ」

男「え?」

女「この世に霊なんていやしません」

男「何を言っているんですか?居ますよ」

女「いいえ。絶対に居ません。何を根拠に居ると思うのですか?」

男「だって、それって常識じゃ・・・」

女「常識?」

男「えぇ。テレビでもそういう番組がたくさんあるし・・・」

女「それがバカだっていうんですよ」

男「バカ?」

女「失礼・・・とにかくあなたは世間の間違った情報に流されすぎです」

男「何で霊が存在するって事が間違った情報なんですか?」

女「それは、霊なんてこの世には存在しないからです」

男「だから、何故存在しないんですか?」

女「霊というのは霊魂と言うくらいだから、魂ですよね?」

男「そうです」

女「この世に未練を残した魂や、恨みつらみで死んでいった魂。そして自分が死んだかどうかもわからずに死んでいった魂などなど・・・」

男「そうです」

女「だったら、この地球上全ての空間にぎゅうぎゅう詰めになるはずですよ」

男「え?」

女「世間では人間の霊だけが取り上げられていますが、動物にも魂がありますよね?」

男「はい」

女「植物にも音楽を聞かせれば育ち方が違うと言われていますので、魂はあると考えられる」

男「・・・そうですね・・・」

女「だったら、霊能者にはもう無限大というほど膨大な数の霊魂が見えているはずですよ」

男「え?」

女「例えばこの部屋一つとっても、無数の生き物が死んでいます。この前私が潰した蛾なんて、それはそれは未練を残して死んでいったことでしょう。それなのに何故都合よく人間だけの霊や、多くても数個の霊しか見えないんですか?おかしいじゃないですか」

男「そういわれて見れば・・・」

女「理由は簡単ですよ。それは、ただそれによってお金を儲けたいからです。特別な人にしか見えないもの。そして死という誰でも敏感にならざるをえないことをうまく利用して、都合のいい商売をしようとしているんです。元来そういうものを利用してお金を儲けようなんてとんでもないことなんですよ」

男「なるほど・・・でも僕も霊を見たことがあるんです。何度も・・・」

女「それはあなたの思い込みです。もしくは霊が絶対に存在するという前提で暗示にかかってるだけ」

男「そうかなぁ・・・」

女「そうですよ。あと、あなたは病気になる事が心配だといいましたが、それも大きな間違いなんです」

男「え?そんな事はないですよ。病気になるのは誰でも嫌ですよ」

女「何で病気になるのが嫌なんですか?」

男「それは・・・痛かったり、苦しかったり・・・死んじゃったりするから・・・」

女「でも、人は誰でも病気になりますし、死にますよね?」

男「え?まぁ・・・」

女「だったらしょうがないじゃないですか」

男「いやいや、しょうがないって言ってもやっぱり嫌ですよ」

女「何が嫌なんです?」

男「だから痛かったり苦しかったりするからですよ」

女「でもそれは多かれ少なかれ誰にでも訪れる事なんですよ」

男「そんなこと言ったって、だったらどうすればいいんですか?」

女「冷静になって考えてみてください。あなたは急な病気が心配だといいましたが、すぐに救急車を呼べばいいじゃないですか。十分かそこらで来てくれますから。そして病院で点滴なり何なり処置をしてもらえばいい」

男「まぁ、そうですが・・・」

女「全ての病気に対して、何らかの処置をしてもらえる世の中ですよ。何が嫌なんです?」

男「・・・」

女「ようはあなたの心に病気は怖いという概念が染み付いているだけなんです」

男「そうは言いますけど・・・だったら死ぬのはどうです?」

女「何ですか?」

男「死ぬのは誰でも怖いですよね?だから病気も怖いんだし・・・」

女「だから怖くないって言ってるでしょう」

男「死ぬのも怖くないんですか?」

女「怖くないですよ。だって死ぬのは夜眠りに入るのと一緒なんですから」

男「え?」

女「よく考えてごらんなさい。死ぬのは様々な理由がありますが、結局は意識がなくなる事なんですから眠るのと同じ事でしょう?」

男「そうですが・・・事故とかにあったり・・・痛くないですかね?」

女「あなた、こんな経験はありませんか?いきなり物がぶつかって来たり、強い衝撃を受けた時に、その瞬間は神経が麻痺した感じになって痛みを感じない。そして後から段々と痛くなるという経験が」

男「あ、あります。」

女「事故死なども、その瞬間は何も感じなくそのまま息絶えます。痛すぎると人間は痛みを感じなくなるんです。そういう風に出来ているんです。だから病気で死ぬときも、最後は痛みや苦しみは感じないはずなんです」

男「そうなんだ・・・でも死ぬと二度と起きませんよね?」

女「え?」

男「眠るのと一緒だと言いますが、死ぬと二度と意識は戻りませんよね?」

女「その肉体ではね」

男「どういう意味です?」

女「あなたは何?人は死んだら永遠に終わりだと思っているんですか?」

男「え?」

女「過去現在未来と生命が繋がっていると思っていないんですか?」

男「どうなんでしょう・・・人生一度きりと良く言われていますから、一度きりなんじゃないですかね・・・だから皆死ぬのが怖いんだし・・・」

女「(ため息)まったく、どこまで頭が悪いんでしょう・・・だったら何故、人は様々な環境に生まれてくるんですか?生まれつき貧乏の家に生まれたり、金持ちの家に生まれたり、健康に生まれたり不健康に生まれたり・・・納得行く説明を理論的にしてください」

男「・・・それは・・・」


間。


女「あなたじゃ無理だわね」

男「・・・はい」

女「いいですか?過去に何らかの原因があるから、現在この世でさまざまな環境に生まれて来るんですよ。例えば前世に泥棒だとこの世では貧乏の家に生まれてくるように・・・」

男「あぁ、なるほど・・・」

女「だから、病気になる事も死ぬ事も本来は自然の法則のようなもので何も怖がる事ではないんです。急病の時には救急車を呼べばいいし、死ぬのが怖くなったら、あぁ眠るのと同じなんだなと思えばいい」

男「そうか・・・」

女「あなたは世の中のくだらない情報にグラグラと揺らいでしまう欠点がありますね。あとなんでしたっけ?」

男「あぁ、はい。トラブルに巻き込まれたくないので弁護士に・・・」

女「弁護士に頼めば大丈夫だって言うんですか?」

男「はい。だってこの国は法治国家だし、弁護士は法律のスペシャリストですから」

女「何が法治国家ですかくだらない」

男「え?でも日本は法律で成り立っているんですよ」

女「法律なんかじゃ、何も解決なんてしませんよ」

男「そんな事ないですよ」

女「法律は立証できる物や事柄がないと裁けないじゃないですか。証拠が無いと裁けません」

男「あ・・・」

女「あと、現在の法律の最大の欠点は生命を平等には扱っていないという事です」

男「どういう事です?」

女「例えば、人を殺すと殺人罪という重い罪に問われますが、犬や猫を殺しても器物損壊罪という罪で、殺人罪とは比べ物にならないほどの軽い罪にしか問われないんです。これって、不平等じゃありません?」

男「・・・確かに・・・」

女「あなた、犬が大好きだとおっしゃってましたね?」

男「えぇ」

女「ペットにするのが夢だと・・・」

男「そうです」

女「もしあなたが天涯孤独の身で家族同然のように飼っている犬を誰かに殺されたとします。あなたはどう思いますか?」

男「え・・・凄く悔しいです」

女「悔しい?それだけ?」

男「え?」

女「もっと想像してみてください。あなたには誰も居ないんですよ。誰も・・・家族も友人も恋人も・・・」

男「・・・はい・・・」

女「あなたの話を聞いてくれる人も、癒してくれる人も居ないんです・・・ちゃんと想像しました?」

男「・・・はい。ようはたった一人の家族なんですね?」

女「そういう事です。その家族をくだらない男に殺されて、しかもその相手を警察に訴えたら器物損壊罪にしかならないと言われ、しかもそいつがペットなんていくらでも代わりがいるんだからそんな大騒ぎすることではないだろう?的な事を言ってきたらどうします?」

男「そんな事言われたら・・・さすがに僕だって何をするかわかりませんよ。ペットだって家族なんです。家族には代わりなんていやしませんから」

女「その通りです」

男「それを罪にもならず、そんな言い方されたら絶対に許せません」

女「本当に、家族を殺したのに器物損壊罪だなんて・・・ふざけんのもいい加減にしなさいよ!」

男「え・・・」

女「あ、失礼・・・とにかく、トラブルに巻き込ませたら法律なんかには頼らず実力行使で行けばいいんです」

男「・・・そうなんだ・・・」

女「でもあれですよ。実力行使の時には絶対に証拠を残してはいけません。少しでも証拠を残せばくだらない法律で裁かれてしまいますから」

男「なるほど・・・わかりました」

女「やっと、おわかりになりましたか。良かったですね。で、どうしますか?」

男「え?」

女「病院、法律事務所、窓の方角の条件を無くして物件を探しますか?この条件が無ければ、結構まだありますよ」

男「あぁ、そうか・・・でも・・・」

女「まだ何か?」

男「あの、病院と法律事務所はいいんですが・・・」

女「何です?」

男「どうも心霊現象の方はまだ心配で・・・だから一応方角だけは条件に入れてもらえませんか?」

女「嫌です」

男「え?」

女「嫌ですよ。ここまできたら、私としては方角も外したいと思っています」

男「何故です?」

女「意地と慈悲です」

男「意地と慈悲?」

女「えぇ。せっかくあなたの考えをここまで変えたのですから、最後まで私が責任を取らせていただきます」

男「いやいや、もう十分ですのでこの条件でお願いします」

女「絶対に嫌です」

男「そんな・・・」

女「あなた、今私の話を信じないと必ず後悔しますよ」

男「え・・・どういう意味です?」

女「今この瞬間に私の話を信じて、三つの条件を外して部屋を探さないと必ず後悔します。いえ、後悔する間もないかもしれません。だから言っているんです」

男「言ってる意味が良くわかりませんが・・・」

女「いいから、とにかく私を信じなさい!絶対に霊なんて居ないんですから」

男「そんな事言っても・・・」

女「大体何故まだ心霊現象が心配なんですか?先ほどの私の話に何か間違いがありましたか?」

男「いえ・・・でも、やっぱり実際にこの目で見てるから・・・」

女「・・・思い込みで見えたとは思えない?」

男「はい・・・あと、思ったんですが・・・」

女「何です?」

男「人間には人間の霊しか見えないんではないですかね?」

女「と言いますと?」

男「人間には人間の霊しか見えない。だから、動物やその他の霊は見えないんです・・・」

女「なるほど」

男「実は、僕には信頼できる友人がいまして、その人は霊能者なんですけど、その人に相談した時に僕は凄い霊感が強いらしくて、玄関や窓がこの方角意外の所に住まなければ解決しないと言われたんです」

女「そうですか・・・その霊能者が嘘をついているとはどうしても思えないと・・・」

男「・・・はい」

女「その霊能者との付き合いは長いんですか?」

男「えぇ、まぁ」

女「よっぽど信頼している・・・」

男「・・・そうですね・・・」

女「しょうがないですね・・・私とあなたは今日会ったばかりの初対面ですからね・・・」

男「・・・すいません・・・」


間。


女「あなたが見ている霊は人間の霊なんですか?」

男「え・・・まぁ・・・」

女「あなたも人間の霊しか見たことがない・・・」

男「はい・・・」

女「霊はこの世に未練を残した魂や恨みつらみで死んでいった魂。そして自分が死んだかどうかもわからずに死んでいった魂ですよね?それも人間の・・・」

男「そうです」

女「あなたはこの部屋でも霊は見えますか?」

男「え?この部屋ですか?」

女「はい」

男「いや、特には見えません」

女「何も感じない?」

男「そうですね・・・何も感じません」

女「そうですか。じゃ、やはり霊は存在しませんね」

男「どういう意味です?」

女「こちらへどうぞ・・・」

男「え?」

女「そこのトランクを開けてください・・・」

男「え・・・トランクをですか?」

女「えぇ」

男「何故です?」

女「霊が居ないという事を証明します」

男「え・・・」


男が机の前にあるトランクを恐る恐る開ける。


男「うわっ!これは・・・」

女「死体です。しかも私を怨みながら、まだまだ生きていたいとこの世に未練たらたらでしかも一瞬で死にました。だから自分が死んだかどうかもわからない死体です・・・」

男「え・・・じゃあ・・・」

女「はい。もし本当に霊魂が存在し、あなたに霊感があるならば、こいつの霊が見えているはずなんです。見えないにしても、何かを感じとるはず・・・」


少々の間。


男「本当に霊なんて居ないんだ・・・」

女「えぇ」

男「・・・あの、色々疑ってしまってすいませんでした」

女「・・・」

男「何かホント・・・ありがとうございました。色々楽になりました」

女「・・・そうですか。それはよかったですね・・・」

男「はい。あの凄い恐縮なんですが、やはり方角の条件も外して物件を探してもらってもいいですか?」

女「すいませんが・・・それはもう無理です・・・」

男「え・・・何故です?」

女「証拠は・・・完全に消さなくてはいけませんから・・・」

男「え?」


女がピストルで男を撃つ。

男が倒れる。


女「だから言ったでしょう?後悔する間もないって・・・例え初対面でも真実はすぐにでも信じるものですよ・・・ちょっと信じるのが遅かったわね。ほんのちょっぴり・・・(写真立てに)ごめんね樹里ちゃん。ちょっと片付けて行くから、遅れるわ・・・」


暗転。

幕。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お部屋探し 池口聖也 @seiyaikeguchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ