第5話

 公演を終えると、いつもの日常が戻ってきた。エルは兵士たちを特訓したり、セリアの護衛を手伝ったり、楽しく日々を過ごしていた。


 そんなある日、セリアは執務室で真剣な面持ちで書類を眺めていた。そこへエルがやって来た。


「どうしたんだ、セリア?」


「……エル、今から帝国へ向けて出発するわよ」


「いよいよか……」


 ようやく願いが叶うと聞き、エルの口元は思わず緩んでいた。


 しかし、セリアは喜ぶことはなく不安が表れている。エルはそれにも気付かないでいた。


「私たちは物資を運ぶために帝国へ向かう。貴女は私の護衛として同伴する。分かったわね?」


「おう。分かったぜ」


「出発のための準備をお願い。船での移動になるわ」


 それだけを話してエルはセリアの元を去っていった。嬉しそうな姿を眺めるセリアの表情は、晴れることはなかった。



 ***



 エルが兵士たちの元へと向かうと、既に出発に向けて準備を始めていた。


 全員が向かうわけではないようだが、リドが仕切って全員が協力して作業をしている。


「オレは何をすればいいか?」


「エルか。だいたい終わってしまっているので、先に船に乗っていてくれ。誰かについて行けば分かるはずだ」


「おう」


 そのままエルは歩いていた兵士について行った。


「あれ、エルさんも帝国へ行かれるんですか?」


「ああ。それがオレの願いだからな。ようやく叶うんだ」


「へぇ~。帝国で何するんですか?」


「魔法を滅ぼすんだ」


 兵士は驚いた様子で話を聞いていたが、すぐに納得したようだ。


「頑張ってください」


「おう。それが終わったら、ここに戻ってきてもいいかなって考えてる」


「ほんとですか!? 俺、エルさんとまた一緒にいられるの嬉しいですよ。いつか、エルさんに勝ちたいです」


「ほう。それは楽しみだな」


 そう楽しげに話しているうちに、王宮の敷地を抜けていた。街中に入るとエルの会話は少し治まったものとなったが、楽しげに話していた。


 そんな光景を見つけ、通りすがりの者たちが気さくに話し掛けてそこから少し会話が広がっていく。


 短い会話を何度か繰り返しているうちに、ようやく港へと辿り着いた。そこには立派な船が停泊している。セリアが乗船するということで、国王に相応しいものを選んだのであろう。


 もう運ばれている荷物もあり、誰かが船上で指示を出している。


 エルは兵士と一緒に船に乗り込む。


「エルさん、お疲れさまです」


「リドに言われて先に来たんだが、何かやることはあるか?」


「特にありません。整備は専門の者が行い、荷物の運び出しは我々が行います。出航の間までご自由にしていてください」


「そうか。なら、オレは船に乗っているとするか」


 そしてそのまま船の前方へと進む。遙か先には広大な海が広がっている。


 その光景を眺めるために設置されたような椅子があった。エルはそれを見つけると、背中にある剣を前に移動してゆったりと腰掛ける。


 頭から足まで包み込んでもらうように身体を預け、上を向いて目を閉じるエル。あまりの心地よさにだんだんと意識が遠のいていく。


 しばらくすると、エルは完全に眠ってしまった。



 ***



 幼い少年少女が、花畑の広がる教会の前を走っている。


『まって、リュガ』


『ここまでおいで、エル』


 エルと呼ばれた少女は、白いワンピースを纏い、肩より下まで伸びる金髪を靡かせながらリュガを追いかけている。必死に追いかけているが、彼女は全然追いつかない。


 すると、強い風が吹いてきてどこからかページをめくる音が聞こえてくる。


 目の前の景色は一転し、陽が少し熱い季節。教会の前には白い花が一面に咲いている。


 その中央には、成長してあどけなさが少し抜けたエルが立っている。


 向かいにはエルよりも背の高いリュガがおり、じっとエルのことを見つめる。


『あ、あのね、リュガ……』


 その続きを言おうとした途端、空から何かが降ってきて二人を囲んだ。


『くっ……。逃げるぞ!』


 エルの手を引いて逃げようとしたその瞬間、後ろからリュガの胸を何かが貫いた。


『リュガ!!』


 握っていた手を離して倒れていくリュガ。貫いて黒いものは徐々に空気中に溶けていくように消えていき、ぽっかりと開いた穴からは赤い液体が溢れ出る。


 バタリと地面に倒れると、その衝撃で辺りを赤く染めていく。エルは自らが汚れることも構わずに、リュガの身体に触れる。しかし、エルの呼び掛けに応えることもなく、身体を動かすことはなかった。


『そん、な……』


 突然の出来事に頭の中が真っ白になり、動くことができなくなっていた。


『魔法ってもんは愉快なもんだな』


 エルの後ろから声が聞こえた。声のした方へ振り返ると、黒い格好をした少年と青年がそこには立っている。


『あんたたちが……』


 一瞬で頭の中が怒りで染まり、リュガの腰に下がっていた剣を抜いて斬りかかる。しかし、エルの攻撃は簡単に躱されてしまい、そのまま二人は姿を消してしまった。


『リュガ……』


 エルは剣を握っていない左手で長い髪を束ね、その下へと剣を当てて一気に上へと力を込める。


 風が吹くと靡いていた髪はパラパラと落ちていき、あっという間に散らばっていった。そして、リュガの腰からベルトと鞘を抜いて剣を収める。


『オレは……魔法なんて、滅ぼしてやる!!』



 ***



 エルはハッと目を覚ました。あまり思い出したくない記憶が蘇り、あまり気分が良くないようだ。


 船は既に出航しており、心地よい風が髪を揺らす。


 額に手を当てて忘れようと必死になっていたそのとき、エルの耳に刃が交わる音が聞こえた。


「はあぁ!」


 身体を起こし、椅子の上から覗いて音のする方を見る。そこには、リドに向かって兵士が攻撃をしている様子が見える。リドも兵士も剣を持っている。


 兵士は剣を振ってリドに攻撃を仕掛けようするが、いとも簡単に躱されてしまった。そして隙ができた瞬間にリドは兵士に刃を向ける。


「私の勝ちだな」


 兵士はサッと立ち上がり、剣を収める。リドへ一礼してから、他の兵士たちが見守る場所へと戻っていく。


「誰か他に私と戦う者はいないか?」


 声高らかにリドは相手を求める。兵士たちはほとんどリドと戦って負けたのか、誰も前に出ることはなかった。


 エルがしばらくそれを眺めていると、身体が戦いたくてうずうずしてきたようだ。エルは立ち上がって皆の元へと近付いていく。


「次はオレが相手になろう」


 鞘から剣を抜き、剣を向けてリドに勝負を挑む。


「エルか。相手にとって不足なし!」


 リドは本気を出すようで、剣をぎゅっと握り込んで構える。


 そこへ剣を二本出すエル。ゆっくりと足音を響かせて歩く。


 再び相見える二人の戦いに、周囲の空気は自然と静かになっていく。


 あと少しでエルが甲板に足を付けるというところで、スッとリドが動き出した。


 エルはそれを待っていたかのようにその場を思い切り蹴り、リドに向かって突撃状態になる。身体を捻った勢いでリドに斬り込もうとする。


 しかし、リドは攻撃を受ける直前で身体の前に剣を持ってきてエルの攻撃を防ぐ。


 一際大きい金属音が鳴り響き、兵士たちは興奮する。誰かが思わず声を出すと、それに釣られて声がどんどん出てくる。


 そんな歓声に包まれながら戦う二人の顔には、笑みが浮かんでいる。


 距離を離したエルは、その距離を保ちつつ少しずつ動いている。しかし、離れても離れてもリドが近寄ってくるためなかなか思い通りにはいかない。


 すると、痺れを切らしたエルが急にリドとの距離を縮めていく。


 今まで近付いていたリドは、今度は距離を取る。予想外の動きをしてエルを驚かせようとしていた。


 リドが離れてしまったことにより、エルの攻撃は勢いをなくした状態になってしまった。エルは右手の剣をぎゅっと握りしめて構えながら進んでいく。


 ようやくリドもエルに近付いていき剣を振り上げる。


 隙だらけの攻撃にエルは一気に近付いて攻撃を仕掛ける。


 しかし、リドの振り上げていた剣は突然下からのものになる。


 その反動でエルの右手にあった剣は弾かれる。


「あっ……」


 くるくると回転しながら、エルから離れていく。一瞬ちらりとそちらへ視線を向けていると、目の前にはリドの剣が迫っていた。


 勝利を確信したような笑みを浮かべて剣を振り下ろすリド。


 油断した表情をしていたエルは急に顔を引き締め、鋭い眼差しで左手を振り上げる。その手に握られた剣は音を立てながらリドの剣とぶつかり、あっさりと弾き飛ばしてしまう。


 そしてそのままリドの手から離れていき、リドを驚かせる。


 エルは少し屈んで右脚でリドの脚を引っ掛ける。完全に気の緩んでいたリドを床に倒すと、刃をリドの首元に向ける。


「ハハッ、エルだけは本当に敵わないや」


「初めて戦ったときよりも腕を上げたな。だが、まだまだだ」


 横たわったまま両手を上げて降参を認めるリド。その勇姿を讃え、兵士たちから拍手が送られた。


 エルは左手の剣を鞘に収め、リドの手を引っ張って立ち上がらせる。そのままそれぞれ、飛んでいった剣の元へと行って拾い上げる。


 二人が再び近付いて次は何をするかと話していたそのとき、低い金属音が響き渡る。



 カンカンッ──



 そこに立っているのは、調理器具を持ったセリアであった。


「みんなぁ~、食事の準備ができたわよぉ~」


 セリアの手料理が食べられるとあり、兵士たちは大喜びでセリアの元へと駆け寄り、整列して船の中へと入っていった。エルとリドは後から入っていく。


「あいつ、料理できるんだな」


「ああ。たまに息抜きでやってるみたいだ。今回のような遠征のときは、だいたい作ってくれる。なかなか美味いぞ」


「ほう、それは楽しみだな」


 期待を胸に抱きながら中へと入っていった。


 立食形式の食事は、船旅とは思えない程様々な食事が用意された。エルを歓迎したときを思い出し、皆は思わず盛り上がりながら食事を始めた。


 エルは早速セリアの料理を口にする。今まで食べていた料理とは味付けが異なっているが、エルの好みに合っていたようでいつもより手が早く動いていた。


 感想を直接セリアに言いながら、満足するまで食べ続けた。


 その後、全員で和やかに歓談しながらあっという間に時間は過ぎていった。オレンジ色だった空はすっかり暗くなり、そろそろ到着に向けて交代で身を整えて仮眠をとる準備をした。


 セリアとエルが最初に準備を終え、同じ部屋に入っていった。


 動いて疲れたのか、エルはすぐに眠ってしまった。



 ***



 深い霧の中、エルは辺りを見渡しながら前へ進んでいく。しかし、自分が進んでいる方向が分からなくなってしまい、その場に立ち止まってしまう。


(オレは、なぜこんなところに……)


 考えても状況が理解できないことに苛立ち、ぎゅっと手を握りながら上を見る。


『目覚めよ……』


 すると、低い声が響く。エルに話し掛けているようなその声に、エルは再び周囲を確認する。


『誰だっ!?』


『望むのであれば、力を与えよう』


『はっ、力だ? だったらオレに、魔法を滅ぼす力をくれ』


『良かろう……』


 霧の中から赤い玉が六つ現れる。エルを囲むようにして浮かぶそれらは、音もなくエルに近付いてエルの中へと入っていく。


『ぐあっ……』



 ***



「……ル、エル、大丈夫?」


 ハッと目を開けると、船の天井と心配するセリアがエルの視界に入ってきた。全身が汗に濡れてべっとりとしていた。


「セリアか……。大丈夫だ」


「本当? 随分とうなされているようだったわよ」


「もう大丈夫だ」


 上体を起こしてから立ち上がり、エルは窓の外を確認する。すっかり陽は昇り、遠くの方に陸の影が見える。


「しばらくしたら着くわ。身支度を整えておいた方がいいわよ」


「おう」


 いつもの調子を取り戻し、部屋を出て行くエル。その姿を眺めながら、不安な表情を浮かべるセリアはぎゅっと手を握る。


「大丈夫よ……」


 ボソリと呟いていつもの表情に戻ったセリアは、追い掛けるように部屋を出て行った。



 ***



 バタバタと準備をし、身支度を整えて朝食を終えると、あっという間に帝国へと到着した。兵士たちは積み荷を下ろしていく。


 一方、エル、セリア、リドは三人だけで行動していた。


 多くの者が集まるということもあり、三人が歩いていても注目されることはなかった。エルが今まで来た場所よりも人通りは多く、あちこちで魔法の力が稼働している。


 視界に入ってほしくないものがそこらじゅうにあるせいで、エルはあまり気分が良くないようだ。


「……もう少しよ」


 エルにそっと話し掛けて落ち着かせようとする。


 少し効果があったのか、エルの呼吸が少し落ち着いた。


 石でできた城が近付くにつれ、道の舗装に石が増えていく。それと同時に、家も人も減っている。


 大きな石の門をくぐると、ほとんど人がいなくなった。時折兵士のような格好をしている者が歩いているが、セリアの国の兵士とは違いあまり元気のない様子であった。


 エルは再び呼吸が荒くなっていく。セリアだけではなくリドも何度か声を掛けるが、落ち着くことはなかった。


「エル、無理はしないで……」


「へ、平気だ……。少し落ち着かないだけだ……」


 そう言って無理矢理身体を動かしながらついて行く。額には汗が浮かび上がり、辛そうという言葉以外思い浮かばない様子のエル。願望を叶えるために、どうしてもと二人の元から離れようとしない。


「おや、セリア様ではありませんか?」


 中性的な声がしたとともに、黒い格好をした青年と少年が現れた。セリアの姿を見つけるなり、二人は頭を下げる。


 声がしたと思い、エルは二人の方を見る。顔を見た途端、エルの目が見開かれた。


「お……お前らは……」


 エルの頭の中には昔の記憶が一気に思い出された。


 目の前で仲の良い者を殺したときと変わらない張本人の姿。記憶の中と目の前の姿が一致する。


「エル!!」


 次の瞬間、エルはセリアが制止する声を無視して右手に剣を握り、一気に近付く。獣のような闘争心を剥き出しにして斬り掛かるが、青年がそれを素手で受け止める。


「何のつもりだ?」


「お前らのせいで、あいつは、あいつは死んだんだ!!」


 受け止められてびくともしない剣から手を離し、エルはもう一本の剣を抜く。見えない速さで抜かれた剣は、剣を受け止めた腕を瞬時に切り落とす。


 ぼとりと落ちた腕は地面に落ち、ようやくエルの剣から手を離す。


 斬られた本人からも腕からも血は流れず、腕を一本失ったというのに青年は痛みを感じていないようだ。


「……ああ、教会の少女か」


「あ~、思い出した~。ねえ、俺にもやらせてよ」


 二人はエルのことを思い出したようでエルをじっと見る。


 少年は手に力を集中させて黒い刃を作り出している。一瞬でエルの剣と同じくらいになったそれは、エルを目掛けて飛んでいく。


 目の前に迫ってくるそれを剣であっさりと斬る。真っ二つになると黒い粉を飛ばしながら跡形もなく消えていく。


 斬る動作から瞬時に前へ移動する動作へと切り替えたエル。しかし、エルを阻むために黒い刃は次々とエルに向かってくる。


 両手でそれを斬りながら少しずつ近付いていく。視界は徐々に黒くなっていく。


「あはは、そんなんで俺たちに近付けるの?」


 少年の挑発にエルの怒りはどんどん増し、エルの動きが速くなっていく。


 ようやく剣の届く距離に届き、エルは少年に斬り込んでいく。だが、その攻撃はあっさりと躱されてしまう。


「くそっ……」


 再び少年へと近付こうと脚に力を入れたそのとき、エルの身体を衝撃が走った。


「がっ……」


 エルを挟み込むように立っていた青年が、少年よりも大きな力の魔法を発動し、エルの身体をその力で貫いていた。


 エルは全身の力が上手く入れられず、倒れ込んでしまう。


「ちょっと~、俺がやりたかったのに~」


「危険を察知した。処刑に値する」


「あはは、そうだね~」


 バタリと倒れたエルは全身から血を流している。力も入らず、意識が混濁する中で、エルは一つのことだけが頭の中にしかなかった。


 上手く言葉を発することができない中でも、口を動かしながら何度も何度も呟く。


 そして大きく息を吸うと、ようやくそれが出てくる。



「魔法なんか……滅んでしまえ!!」

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Ruin Curse【期間限定全公開】 まつのこ @simca_ac

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