第4話
エルの手解きを受け、リドを筆頭に兵士たちはめきめきと強くなっていった。エルは一度見た動きはどんなものでもあっという間に覚え、兵士一人ひとりの癖を完璧に覚えて個別に指導をしていくこともしていた。
それ以外にも、セリアの護衛を行ったり兵士に案内されて街を歩いたりと、充実した毎日を送っていた。
皆と過ごす時間も悪くないと思っているエルの顔には、自然と笑顔が増えていった。
そうしているうちに数日が過ぎていった。エルはいつものように兵士たちの集まる鍛錬場へと向かおうと部屋で準備をしていた。
コンコンッ──
「エルぅ~。おはよぉ~」
手に何かを持っているセリアが部屋へと入ってきた。着替え途中だったエルは、きちんと着替えてからセリアの方を向く。
「何だ?」
「今日はねぇ~、外に出てやってもらいたいことがあるのぉ~。兄さまたちには私が伝えておくから大丈夫よぉ~」
「おう。で、どこへ行けばいいんだ?」
「はいこれぇ~」
持っていたものをエルに差し出す。小さな紙に地図のようなものが書かれている。
「じゃあよろしくねぇ~」
ひらひらと手を振りながら、セリアは去っていった。
エルはいつもの青い服の上から二振りの剣を背負い、部屋を後にした。
***
何度か訪れた王宮の外、エルは初めて一人で来た。地図を見ながらすたすたと歩いていく。人混みは避けられている順路であるが、人がある程度いるところを何度か通っていく。
数日の間にセリアの横にいる人としてエルの姿に見覚えのある者もいるようで、エルの姿を見かけるなり手を振ったり会釈をしたりする者もいた。その度にエルは笑顔で手を振る。
それを繰り返しながらひたすら進んでいくと、大きな白い建物が現れた。
「ここか……」
唯一の劇場であるこの建物は、まだ人はあまりいないが入り口では宣伝のためか派手な格好をした者が立っている。
エルはその人に近付いて話し掛ける。
「おい。女王陛下に遣わされて来た」
「よ……ようこそお越しくださいましてありがとうございます!!」
エルの顔を見るなり、驚きと喜びの表情を浮かべてエルを劇場の中へと案内する。慌ただしく準備をする人たちがあちこち動いている。
その中を通り抜けて、関係者のみが入れるところへと入っていく。そこには華やかな衣装や小道具が並んでおり、手入れをしている者もいた。
途中の廊下を曲がっていくと、広い部屋へと案内された。衣装を纏った数人の者と裏方の者が集まっており、何やら困った表情をしていた。
「皆さん、セリア様の遣いの方がいらっしゃいました!」
その声で一斉にエルの方を向く。エルの顔を見るなり、皆驚きと喜びの表情を浮かべてざわざわと盛り上がる。
同じような態度を取られ、エルは問いただそうとしたが、案内をした者はいなくなっていた。
「お、おい……」
するとそこへ、赤い色をしたこの国の男性衣装を纏った背の高い男性がエルに近寄る。
「初めまして、エル様。私はこの劇団の座長を務めておりますユグドと申します。お越しくださってありがとうございます」
「オレは女王陛下に言われて来ただけだ。で、用件は何だ?」
「はい。実は本日の夜に我々の特別公演を行うのですが、主役の者が怪我をしてしまい出られなくなってしまいました。この公演は国を祝うためのもので、困っているところをセリア様に相談しましたら、エル様が非常に似ているとのことで、代役をやっていただければと思います」
「事情は分かったが、オレは演じることなんてやったことない素人だ。そんなオレに代役が務まるのか?」
「セリア様からは、一度見た動きは完璧に覚えられると伺っております。主役の者が声をやりますので、台詞を覚えることはありません」
自分の情報が思いがけないところで出回っており、エルは思わず舌打ちをする。しかし、それは目の前のユグドに対してではなく、自分のことを勝手に言ったセリアへのものだった。
「いいぜ。引き受けるぜ。あんまり期待はしないでくれよ」
エルの言葉に一同は喜び、お互いに手を合わせていた。
「ありがとうございます!! それでは、今から準備の方に取り掛からせていただきます。こちらへお越しください」
そう言って、部屋の奥へと案内させられた。後ろには数人の女性がついて来る。
部屋の中にさらに個室があり、ユグドを先頭にそこへと近付いてノックする。
「入るぞ」
「あ、はい!」
中から女性が返事をして入ってくることを促す。エルによく似た女性が鏡の前に座ってこちらの方を向いている。右腕と右足には包帯をぐるぐると巻いている。
「エル様、こちら主役のミルカです」
「は、初めまして、エル様。ミルカと申します。この度は私の代役をお引き受けいただきありがとうございます」
「改めて、オレはエルだ。動きだけだがしっかりと代役を務めよう」
エルが手を差し出し、二人は握手する。ミルカはエルのことを見てそっと微笑む。
「ユグド団長からエル様のことを伺ったときからずっとお会いしてみたいと思っていました。本当にそっくりですね」
「そんなことは……」
「頑張ってください!」
そしてそっと手を離される。ユグドに案内されて隣の椅子に座る。
「それでは、頼んだ」
一言だけ残してユグドは部屋から去っていった。部屋には女性だけが取り残され、裏方の者たちはバタバタと動き始める。
二人が化粧箱を持って戻ってくる。そのままエルの髪と顔を整え始める。突然のことに驚きつつも、舞台に立つためには着飾る必要があると理解はしていた。
「エル様、この間に舞台の映像をご覧ください。練習中の風景ですが通しで行っているので問題ありません」
そう言うとミルカは透明な水晶玉を取り出し、エルの前に置く。すると水晶玉の真上に映像が浮かび上がる。
魔法の力により映像を映し出しているようで、エルの機嫌は少し悪くなる。それでも頼まれたことなのでどうにか堪えて映像を眺める。
徐々に舞台が明るくなり、純白のドレスを纏ったミルカが扮するキャラクターが現れる。役を演じているだけのはずだが、その姿はまるで祈りを捧げているように美しかった。
静かに映像を眺めるエルの化粧は着々と進んでいた。全く表情を変えず、じっとして映像を見続けていた。
半分くらい過ぎたところで、エルは空腹を訴えた。化粧が崩れる心配があり、食事はドリンクタイプのものであった。普通の人では一杯であるが、エルは全く足りなかったようで五杯飲んでいた。その食欲に一同は驚きながらも、着々と準備を進めていた。
長時間に及ぶ公演の練習映像は、エルの化粧と食事が完全に終わった頃に終了した。
「エル様、いかがでしょうか?」
「なかなか面白かったな。オレも動きは覚えた」
「嬉しいです。エル様の準備が整いましたら、通しで練習を行います。改めてよろしくお願いします」
「ああ」
二人が話していると、裏方の一人が衣装を持ってきた。映像に出てきた純白のドレスと靴である。
エルに着替えるように促すと、立ち上がって服と靴を脱がせる。整えた髪の毛を崩さないように慎重になりながら三人で着せていく。
そうして完全に着替えたエルの姿は、舞台に立っていたミルカと瓜二つであった。その姿に一同は見惚れていた。
「エル様、とても素敵です……」
「ありがとう。オレはこういった衣装は着慣れてないから違和感しかないが、頑張るとするよ」
コンコンッ──
「ユグドだ。舞台の準備は整った。そちらはどうだ?」
「ユグド団長。エル様の準備は終わりましたよ」
ドア越しにユグドの声が聞こえ、ミルカがそれに応える。入ってきて大丈夫だと確認すると、ユグドは入ってくる。エルの姿が視界に入るなり、全身を確認して思わず見惚れていた。
「か……完璧です……」
「なら、オレは見た目だけじゃなくて動きも完璧にしなければな」
「よろしくお願いします。それでは、通しで練習を行いますので舞台の方へお願いします。ミルカ、君も頼んだ」
「はい」
ミルカは裏方の女性に支えられながら立ち上がり、ユグドを先頭にゆっくりと歩き出した。
大部屋に戻り、個室とは反対側の部屋の奥へと向かう。ドアのない廊下は真っ直ぐ長く伸びている。そこそこ明るい廊下は徐々に暗くなっていく。
廊下の先は舞台と繋がっており、幕の上がった舞台に演者と裏方が揃っていた。エルたちの姿を見つけると、嬉々とした表情がその場に広がっていく。
「ミルカの代わりを務めてくださるエル様の準備が整った。皆、通しで練習を始めてくれ」
はい、と揃った返事をする一同。それぞれ自分の持ち場に移動する。
「エル様よろしくお願いします」
「おう」
ミルカも付き添われて移動し、それを見守りながらエルも舞台の中央へと移動した。
***
通し練習を終え、しばしの休憩を挟んで本番公演が行われた。
公演にはセリアとリドが観客席で眺めており、エルは公演が始まってすぐに二人の存在に気付いた。
一瞬気を反らしたエルであったが、すぐに役の動きに入り込んだ。エルとミルカの二人の表現は観客の心を掴んでいき、公演は大盛況で幕を閉じた。
全ての片付けを終え、一段落したところで皆での打ち上げが始まった。
思い思いに感想を述べていき、エルのことを褒める者は多かった。
照れながらもエルはいつものペースで食べていき、皆を驚かせているところで誰かがやって来た。
「皆さんお疲れさまぁ~」
セリアがリドを伴ってやって来た。国王の登場に、エル以外の者は頭を下げる。
「そこまで畏まらなくていいわよぉ~。それよりもぉ~、今年の公演も素敵だったわぁ~。また来年も楽しみにしてるわねぇ~」
そう言われ、皆は喜びを露わにしていた。
それを眺めていたエルは、彼女が国王として慕われているということを改めて実感していた。
しばらく話し込んでいると、自然とセリアたちも溶け込んでいき、打ち上げを楽しんでいた。
話し疲れたのか、エルは山盛りの食べ物を持って端に寄って皆が楽しんでいる姿を見ながら食べていた。それに気付いたリドがエルの元へと近付いていく。
「エル、お疲れ」
「おう」
「慣れないことであったがご苦労であった。演技をしている姿もなかなか良かったぞ」
「そりゃどうも。オレは普段の姿の方がやっぱり落ち着くがな」
他愛もない会話をしながら、二人で皆の姿を眺めている。
「なあ、セリ……女王陛下って皆に好かれてるんだな」
「ああやって民と間近に接しているからな。あれも一種の才能だ」
「で、リドは女王陛下をお守りするために日々苦労をしてってか?」
「ハハハ。そうだな。でも、俺は陛下も皆も笑顔で幸せでいられるのであれば、どんなことも苦にならない」
「二人ともぉ~、そんな端っこでどうしたのぉ~?」
セリアが二人の元へと近寄る。ニコニコとしており、やけに上機嫌だった。
「別に、何でもないですよ。オレ、疲れたんでそろそろ帰っていいですか?」
「そうねぇ~。そろそろいい時間だし帰りましょ~」
エルは残っていた食べ物を一気に食べ切り、近くのテーブルへと皿を戻した。三人は揃って出口の方へと向かう。
「私たちはそろそろ帰るわねぇ~。これからもよろしくねぇ~」
セリアが手を振りながら皆の元を去っていく。その姿を見ながら皆頭を下げて見送っていた。
外に出るとひんやりとした空気が肌を包み込む。公演も終わり、劇場に用のある者はいないため三人だけで歩いている。
「エルぅ~、舞台での格好も素敵だったわよぉ~。動きも完璧だったわねぇ~」
「ありがとうございます」
「またあんな感じの格好してほしいわぁ~」
「……勘弁してくれ」
二度とドレスを着たくない意思が強すぎたのか、エルは小声で本音を漏らしていた。しかし、セリアにはそれも分かっていたようで、特に何も言わず小さく笑っていた。
「フフフ……。毎年あの公演はお願いしているけれど、私が小さい頃、国王になる前から続いているのよ」
「ほう。そんな大きな出来事に、よく素人のオレを主役で出したもんだな」
「私は貴女のことをとても信頼しているのよ。まだ出会って数日しか経っていないけれど、とても真っ直ぐだもの。それに、やれば出来ると思っていたわ」
「そうか……。ならば、オレはどんどんセリアの期待に応えなければな」
終始和やかな雰囲気で三人は話しながら、王宮へとゆっくり戻っていった。
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