第3話

 どこまでも続いている白い砂浜。そこにあるのは波の音だけだった。


 砂浜に倒れる人の姿。金髪に青い服、エルであった。船から海に投げ出され、気を失って流されてしまったようだ。


 持っていたはずの剣はどこにも見当たらない。


 そこへ、レースで顔を深く覆った白い服を纏った女性がやって来る。彼女は気絶しているエルを見つけるなり、近寄って屈んでその姿を観察する。


「あらぁ~?」


 エルにそっと触れ、生きているのかどうか状態を確かめ始めた。



 ***



 独特な柄の描かれたものが置かれた大きな部屋の中央に天蓋付きの大きなベッドがある。そこにはきれいに整えられたエルが横たわって寝ている。


 その横には白い服を纏った、黒髪で褐色の肌の女性が椅子に座ってエルの様子を眺めている。


「……んっ」


 エルは意識を取り戻したようで、目を覚ました。目を開けると、見知らぬ景色が入ってくる。見たことのない部屋に自分が生きているのかどうか分からなくなってしまった。


「目が覚めたぁ~?」


 女性の声を聞き、生きていることを自覚したエル。しかし、見覚えのない笑顔の彼女にエルの警戒心は強まった。


「……ここはどこだ?」


「ここは私の国よぉ~。砂浜に倒れてた貴女をぉ~私が介抱してあげたのよぉ~」


「そうか……。わざわざありがとう」


「いいえぇ~。それよりもぉ~……」


 彼女は突然真顔になり、エルに顔を近付ける。


「貴女、どこへ向かっていたのかしら?」


「っ……」


 態度の豹変ぶりと顔の近さに驚き、エルは出す言葉を失ってしまった。


 そんなエルをからかいながら、女性はゆっくりとさらに近付いていく。


「ねぇ、私に教えて?」


「っ……は、離れろっ!!」


 顔を真っ赤にしながらエルは彼女の肩を押して強引に引き離す。妖艶な美しさも相まってか、同性であるはずなのにエルの鼓動は速くなっていた。


「あらぁ~。恥ずかしがらなくてもいいのにぃ~」


 彼女は表情と口調を戻し、ベッドから降りてエルを見つめた。


 他に人がいなくなった感触を確認し、エルは視線を彼女にようやく向ける。


「オレは、あんたみたいな破廉恥な行動をする変なやつにオレのことを言うつもりはない」


「失礼ねぇ~。せっかく貴女を助けてあげたのにぃ~。それにぃ~、私にはセリアって名前があるのよぉ~」


 セリアは少々怒ったように話す。ふと名前を耳にしたエルはちらりと彼女の方に視線を向ける。


「……オレはエルだ」


「んもぉ~。せっかく可愛くしてあげたのにぃ~。冷たいわねぇ~」


 その言葉にピクリと反応したエル。ようやく自分の格好に目を向ける。


 今まで可愛いとは無縁の格好をしていたエルが纏っているその服は、薄いレースを重ねたスカート風の白い寝間着であった。雑に束ねられていた髪も丁寧に切り揃えられており、少々輝いている。


「なっ……。おい、オレの服はどうした!? それに、オレの剣も!!」


「服は今洗って乾かしてるところよぉ~。剣は私が見たときにはなかったわよぉ~」


 セリアの言っていることは事実である。エルにはそれが分かっているが、それでも自分自身では納得がいっていない。


「くそっ……」


「エルぅ~、私のお願いを聞いてくれたら貴女のお願いを聞いてあげてもいいわよぉ~」


「本当か!? 頼む!!」


「えぇ~。交渉成立ねぇ~」


 セリアはエルの頬を両手で包み込む。何事かと思うエルに顔を近付いていき、軽く唇を重ねる。


 突然の行為にエルは固まり、次第に顔が赤くなっていき、何をされたのかはっきり自覚したときには耳まで真っ赤になっていた。


「なっ、なっ、何やってんだよ!!」


「うふふぅ~。交渉成立ってことよぉ~」


「……お、おう」


 完全には納得のいっていないエルであるが、ここの文化であると自分に言い聞かせてどうにか落ち着かせようとした。


「それでぇ~、まずは何かしらぁ~?」


「他の服をくれ。オレは動きやすい服の方がいい。それから剣も」


「分かったわぁ~。ちょっと待っててねぇ~」


 ひらひらと舞うように歩くセリアは部屋を出ていった。


 ようやく一人になったエル。ふぅ、と息を吐いて部屋を見渡す。エルがあまり目にしてこなかった模様が数多く見られ、未踏の地に足を踏み入れたということに改めて気付かされる。


 ベッドにいてもしょうがないと足を床に下ろして立ち上がり、全身を軽く動かす。特に負傷した箇所はなく、特に問題なさそうであった。


(しかし、簡単に言ったがあいつのお願いって一体……)


 引き受けてからようやく冷静になり、セリアの言っていたことを考える。


 部屋からして王族であることは事実のようである。ここまで広くて豪華な部屋は、使い込まれている雰囲気もあるがとてもきれいにされている。そう簡単にできることではない。


 部屋を細かく確認しながら全体をうろうろとしている。半分くらいしたところで、足音が聞こえてくる。


「エルぅ~、おまたせぇ~」


 白い服を手にしたセリアが戻ってきた。エルは何事もなかったかのようにセリアの元へ近付いて服を受け取る。


「すまない。借りるぜ」


「やり方分かるぅ~?」


「大丈夫だ」


 服を受け取ってベッドの前に立ち、着ている服をベッドに脱ぎ捨てる。程よく筋肉で引き締まった身体が露わになり、部分的に身体を見れば性別が分からないであろう。


 まずは足から服に通していく。セリアのようなゆったりとした衣装ではあるが、男性衣装のようでズボンの裾が足首にぴったりとくっつくように狭められている。


 腰紐をしっかりと結び、次は腕を袖に通す。思ったよりも薄めの生地でできており、エルの胸を覆う布がちらりと透けていた。それでも特に気にした様子はなかった。


 両脇に垂れた紐を結んでようやく身支度を終える。


「似合ってるわねぇ~」


 セリアがエルの格好を褒めながら靴を差し出す。無言で受け取ると、足の感触を確かめる。


「ぴったりだな。なぁ、髪を結ぶものはないか?」


「あるわよぉ~。でもぉ~、下ろしてる方が可愛いわよぉ~」


「……よこせ」


 言われ慣れない言葉に戸惑い、顔を赤くするエル。そんな様子でからかった反応を楽しんだセリアは素直に黒いエルのゴムを渡す。


「はぁ~い」


 読めない態度に不快感を覚えながら、さっと髪を結んでいく。いつものようにすっきりとまとめられた髪のおかげか、エルの表情も少しだけ明るくなる。


「お着替え終わりねぇ~。剣はこっちよぉ~」


 そう言ってセリアはエルの手を掴んで部屋の外に歩き出す。


 部屋の外は壁があまりなく、外の光が直接入り込んでくる設計になっている。部屋の中の装飾品に似たものがあちこちに飾られている。


 しかし、セリアが纏うものはそれらとは異なっていた。おそらく、王としてのものであるだろうとエルは考えていた。


 そんなことを考えながら、セリアに連れられて右へ左へと廊下を進んでいく。意識を集中させていないエルはまるで迷路を歩いているような感覚になっていた。


 しばらくすると、壁が白く染まっている場所にやって来た。そこは他とは雰囲気が異なっており、部屋の前にドアがない。


 すると、部屋の前に誰かが壁にもたれ掛かっている。エルが今着ている服と同じものを纏った長身の彼は誰かを待っているようだ。


「兄さまぁ~」


 セリアはその人物へ声を掛けながら手を振る。それに気付いた彼は二人の元へと歩み寄る。


「女王陛下、こちらの方ですか?」


「そうよぉ~。それとぉ~、普通にしていいわよぉ~」


「……そうか。分かった」


 セリアにかしこまっていた態度は急に親しいものに変わった。そして後ろにいたエルの方を向く。


「俺はリド、セリアの兄だ。俺はこの国の軍隊の総隊長をしている」


「オレはエルだ。兄貴のあんたが総隊長とは不思議なもんだな」


「ハハッ、よく言われる。セリアは俺よりも国を統べる才能がとてもあるからな。だから女王陛下というわけだ」


「でもねぇ~、兄さまはとても強いのよぉ~」


「ほう。それは手合わせ願いたいものだな」


「随分と自信があるようだ。こちらからも手合わせ願う」


 二人は握手をして自然と約束を交わす。エルは久々に手応えのありそうな人と手合わせできることに、内心喜んでいた。


「じゃあぁ~、エルが剣を選んだら兄さまと手合わせねぇ~」


「そうだな。エル、この武器庫の中から好きなものを持っていってくれ」


「おう」


 リドに促されてエルは部屋の中へと入っていく。部屋を見渡すばかりに様々な武器で埋め尽くされている。斧、槍、弓、銃、剣。きちんと手入れされている上に種類ごとに丁寧に並べられている。


 エルは目を輝かせながら部屋全体を眺める。ここまで並んでいるものは見たことないのであろう。


 剣以外のところは簡単に眺め、剣をじっくりと眺める。大小様々な形のものが揃えられており、エルの目はあちこちに移動している。


 特に気になったものは手に取って確かめてみる。しかし、納得のいかない表情をしてすぐに戻してしまう。


 それを何度か繰り返しているうちに、柄頭にエルの瞳のような赤い玉の埋め込まれている剣を二本見つける。元々エルが持っていた剣に形も非常に似ている。


 一本ずつ重さや握り心地を感じ取りながら何度か確かめていく。


「なあ、この二本でいいか?」


「ああ、いいぞ」


「よし、早速これで手合わせだ!」


「兄さまぁ~、私も見学していいぃ~?」


「せっかくだから見ていってくれ。皆の士気も高まるだろう」


 ついて来い、とリドが先頭になって部屋を出て行く。その後ろにエルとセリアがついて歩き、再び廊下を歩いていく。


 すたすたと行くと、屋根のない、土がしっかりと固められた広い場所に出てきた。そこには防具を身に着けた兵士たちが互いに剣を交えて鍛錬を行っている。


「そこまで! 整列!」


 他の兵士より立場が上であろう兵士が声を掛け、皆が一斉に剣の動きを止める。剣を鞘に収めて整列する。そして先程まとめた兵士が敬礼をすると、他の兵士も一斉に敬礼をする。


 その先にはエルたちが立っている。三人は兵士たちに近付いていく。


「皆の者、鍛錬ご苦労。今からこちらの者と私が戦う。彼女はこの国の者ではないので、我々にはないような戦術もあるかもしれないので、しっかりと見ておくように」


「私も見てるわねぇ~」


 セリアも見ることに兵士たちはざわざわとしていたが、すぐにそれはなくなって気持ちを切り替えた。


 エルとリド以外は端へ避けて見学する。セリアのために椅子が用意され、彼女は座って見ている。


 落ち着いたところで二人は正面に向き合って立つ。リドは隠すように持っていた剣を服の中から取り出す。細く長い剣は彼の体躯に合わせて作られたように違和感が一切ない。


 その姿で少しは手応えがありそうだ、と感じたエルの口元がにやける。


 剣を一本だけ抜き、その鞘ともう一本は腰に引っ掛けて構える。


 じっとしている二人の邪魔をしないように、他の誰もが静かに見守っている。そこに聞こえるのはそよ風だけである。


 風が止むと同時にエルが動き出す。リドの実力を測るためにあえて正面から向かっていく。


 小細工なしの攻撃を、リドはいとも簡単に受け止める。刃が交わる音が響き渡る。


 互いに距離を取り、次の攻撃を窺いながらじりじりと移動していく。


 今度はリドが仕掛けてくる。素早いが必要最小限の動きをするその攻撃に、兵士たちも思わず興奮する。


 しかし、エルは舞い散る花のように軽く受け流していく。そしてリドの死角に剣が入るとするりと刃を懐に入れようとする。


 ギリギリのところでなんとか受け止めて攻撃を防ぐ。思わず焦りが顔に表れ、それをエルはしっかりと捉える。


 エルはすかさず次の一手を仕掛けようとしたが、迫り来る気迫に危険を感じたリドが大幅に下がったせいで叶わなかった。


 チッ、と舌打ちをするエル。だが、その顔には決して獲物を逃さないと強く思う獣のような笑みが浮かべられている。


 早く終わらせなければ自分がやられてしまう。そう思ったリドの中には焦りが生じ始めている。


 気が緩んでいる隙に再びエルが近付いていく。それに応じるようにリドも剣を構える。


 エルは一撃で決めようと大きく剣を振りかぶる。


 そこに隙が生まれたと思ったリドは攻撃を仕掛けようと剣を動かしていく。


 あともう少しというところで、突然エルが動きを変える。それに対応しようとリドは剣を持ち替えようとした。慌てて油断しているところを狙い、エルはリドの剣を思い切り弾く。


 宙を舞う剣は回転しながら落ちていき、ガシャンと音を立てて地面で止まった。


 国で一番強い総隊長であるリドの剣が弾かれ、興奮していた兵士が一気に静かになる。


 リドのことをしっかりと見据えたエルは、刃を何も持っていない彼に向ける。


「……はっ、総隊長様もこの程度か」


「参った。私の完敗だ」


 エルは静かに剣を収める。嬉々として戦った相手であったが、自分の実力よりも劣っていることが分かると一瞬で表情は冷めていった。


 静寂に包まれる中、突然一人の拍手が響いた。セリアであった。


「素晴らしかったわぁ~」


 二人に笑顔を向けながら小走りで二人の元へ寄っていく。


「エルぅ~、貴女のその実力を見込んでぇ~、私からのお願いねぇ~。私の近衛兵になるのとぉ~、総隊長含めたみんなを鍛えてほしいなぁ~」


「おう。いつまでだ?」


「ずっとよぉ~」


「はぁ!? オレにずっとここにいろって言うのか? オレは帝国へ行きたいんだ!!」


 エルは大声でそう叫ぶ。セリアもリドもそれを聞いてきょとんと目を丸くする。


 はぁはぁ、と荒い呼吸をしながら、思わず叫んでしまったことを後悔するエル。それでも、帝国へ行きたいという思いは変わらないでいた。


「うふふぅ~。分かったわぁ~。私が帝国まで連れて行ってあげるわよぉ~」


「ほんとか、セリア!?」


「えぇ~。でもねぇ……」


 セリアはエルへ近付き、顔をエルの耳へと近付けていく。


「私と兄さま以外の前では陛下とお呼びなさい。分かったかしら?」


 いつもの態度と豹変して冷たく話し掛ける。


 これが本気であると悟ったエルは、思わず背筋を伸ばす。そして小さく呟く。


「はい……陛下」


「……じゃあぁ~、これからエルにいいこと教えてあげるわねぇ~。それじゃあぁ~、移動しましょ~」


 エルの手を取り、この場を去ろうとする。リドがかしこまって頭を下げると、他の兵士たちも同じように頭を下げる。


「鍛錬頑張ってねぇ~」


 兵士たちにひらひらと手を振りながら二人はこの場を去っていく。


 来た方向とは反対の方向に進んでいく。似たような廊下が再び続いていく。


 エルは歩きながらセリアのことを考えていた。


 時折見せる冷たい態度。それが国王であることを他の者に示すために取っているものなのか、あれが本当の姿であるのか。


 どちらにせよ、彼女に逆らってもいいことは何一つないという結論に至った。


 二人は角を曲がり、長く真っ直ぐな廊下を歩く。徐々に廊下は開放感がなくなっていき、外との壁が増えていく。


 大きなドアの前には灯りが点いており、まるで別の空間であることを示している。


 セリアはそのドアを開けていく。


 その中にあるのは大量の本。とても高いところまで棚があり、下から上まで所狭しと並んでいる。


 広い図書館の中は人がまだらで、ゆったりとした空間となっていた。


 そこへ入ってきたセリアの姿に気付くなり、人々は手を止めてセリアの方へ頭を下げる。慣れている様子でその中を歩いていくセリアを、エルはじっと見つめる。


「なぁにぃ~?」


「別に……」


 セリアは特に気にした様子もなく、歩きながら一冊の本を取ってどんどん奥の方へと進んでいく。


 最後の本棚を抜けると、部屋が区切られて個室がずらりと並んでいる。いくつか使用中の部屋もあり、赤い文字で書かれた札が掛けられている。


 キョロキョロと探しながら行くと、ようやく空いている部屋を見つけた。セリアは表の札を裏返してドアを開ける。


 中は小さな個室で、四人分の椅子とテーブルが置かれているだけである。


 エルはドアを閉めてセリアと向かい合うように座る。


「広い場所だな」


「そうよぉ~。あちこちの文献があるのよぉ~」


 そう言いながらセリアは取った本を差し出す。


「貴女が嫌う、魔法のことについての本だってあるのよ」


「……なぜオレが魔法が嫌いだと?」


「貴女、兄さまと戦っているときに剣だけで戦っていたわ。それから、帝国へ行きたいと言ったとき、随分と嫌そうな顔をしていたわ。魔法において中枢であるはずの帝国へ行きたいというのに、その表情。嫌いとしか思えないわ」


「てっきりオレの心を読んだのかと思ったよ」


「うふふ。私は魔法は使えないわよ。この国ではあんまり魔法を使える人はいないわね」


 セリアは本を開いてエルの前に示す。そこには地図が描かれている。


「今いる場所はここよ。で、帝国はここ。結構離れてるからあまり魔法の影響を受けていないと思うわ」


「オレはそんなことはどうでもいい。オレは魔法を滅ぼしたいんだ」


「あら。随分大きいこと言うわね。でも、残念ながらそれは分からないわ。魔法の歴史は長いのよ」


「チッ……」


「……そこまで毛嫌いして、何かあったのかしら?」


 エルの態度でセリアは疑問をそのまま口に出した。しかし、エルは答えることなく黙り込んで彼女から視線を逸らす。


「……まあいいわ。人には言えないことだってあるものよね。応援するわ」


「セリアは魔法が滅んでもいいのか?」


「別に私はどうなってもいいわ。この国が平和で、みんなが幸せならば」


「そうか。ならば、オレは滅ぼすまでだ」


 セリアに向かって堂々と宣言するエル。それを聞いて笑顔になったセリアは、そっと本を閉じた。


「頑張ってねぇ~」


 穏やかないつもの口調に戻ったセリア。エルに伝えたいことは全て伝え終わったのか、本を持って立ち上がる。


「部屋に戻ろぉ~」


 エルはセリアの後ろについて立ち上がる。部屋を元の状態に戻し、二人は出ていく。


 そのまま中を歩いていると来たばかりのときと同じように、セリアを目にした人々は頭を下げていく。


 受付に本を返して図書館を後にし、来た方向へと戻っていった。



 ***



 部屋に戻ったエルはシャワーを浴びて汗を流した。部屋の中に設置されているそこは、部屋に劣らない造りであった。


 心地よい気分でシャワーを浴び終わると、ベッドに着替えが二着用意されていた。片方は寝間着のようで、もう片方は先程まで着ていた男性衣装と全く同じものであった。


 エルは男性衣装の方を手に取り、そちらを着る。一度着て慣れたようで、あっという間に着替え終わる。


 窓から差し込む光が強いものとなっており、エルの視界に入ってくる。そこへ向かい窓を開けると、テラスになっていた。


 外に出ると火照った肌を冷やす心地よい風が吹いている。そこに広がるのは、国民が暮らす街である。


 エルが今いる王宮は高い場所に建てられており、遠くの方まで見渡すことが可能であった。空を見上げれば、オレンジ色と青色が混じり合っていた。


 そんな景色に思わず見惚れ、


「こんな風景は魔法では創れないな……」


 ぽつりとそう呟いていた。


 しばらく風を浴びていると、ドアが開けられて誰かが入ってくる。


「エルぅ~」


 セリアの声が入り口の方から聞こえる。自分が呼ばれていることに気付いたエルは、声のする方へ行く。


「なんだ、セリア。勝手に入ってきて」


「あらぁ~、そこにいたのねぇ~。ノックはしたわよぉ~。それよりもぉ~、夕食の準備ができたから案内するわぁ~」


 入ってきたドアを出ていくセリアについて行くようにエルも歩き出す。


 夕日の影響で昼間とは違う雰囲気の廊下であるが、それもまた美しい景色である。


「そういえばぁ~、外の景色どうだったぁ~?」


「魔法で創られていない素の景色、非常に素敵でしたよ」


「ありがとぉ~。私も街の景色が好きなのよぉ~。そのうち誰かに街を案内させるわねぇ~」


 そんな他愛もない会話をしながら二人は歩いていく。


 先程とは違う順路で歩いていき、しばらくすると階段を下りていった。下の階の方が天井の広い構造となっており、雰囲気も明るめとなっていた。


 建物の奥の方に向かうと、離れのような建物へと入っていく。入り口には何も飾られておらず、少し暗めの壁があるだけである。


 セリアには似つかわしくない場所のようであるが、そんなことは気にした様子はなく軽い足取りで進んでいく。


 建物の最奥らしい場所には、簡素な大きいドアがあった。セリアはそのドアを開けると、リドを筆頭に兵士たちがこちらを向いて待ち構えていた。


『ようこそ!』


「えっ……?」


 エルに向けられた言葉は当人には何のことだか理解されず、戸惑いだけを与えていた。


「な、なんなんだ、一体……」


「うふふぅ~。貴女のために歓迎パーティーをやることにしたのよぉ~」


「えっ、まっ、理解ができない」


「エル、私たちは貴女のような強い者が女王陛下の近衛兵になってくれて非常に心強い。そのための感謝を込めてこのようなパーティーを行うことにしたのだ。ただ楽しんでいってくれればそれでいい」


「……そういうことか。それならば、存分に楽しんでいこう」


 エルはリドと握手をかわしてから、二人の間に入りながら兵士たちの中に加わった。


 グラスを片手に乾杯を行うと、立食形式で様々な料理が並べられており、各々が好きなものを好きなだけ取っていく。


 いつもの調子で遠慮することのないエルは、全ての料理を皿の上に山盛りに盛る。リドも兵士たちも驚いていたが、あっという間に平らげてさらに驚きを与えた。


 それでも食べたりないようで、追加で盛っていく。そうしているうちに、兵士の中でも大食いの者と食べ比べの勝負に発展していった。


 最初は遠巻きに見ているだけであった兵士たちも、気付けばエルと自然と話すようになっていた。


 そんな光景を見たセリアとリドは、話さないながらも安心した様子でいた。


 静かに見守っている一方で、エルと兵士たちはどんどん意気投合していき、盛り上がりは一層大きいものとなっていく。離れているセリアたちの姿を見つけるなり、エルは二人も巻き込んでいく。セリアには多少の気遣いはあるものの、リドに対してはまるで格下のような扱いである。


 それでも、親睦を深められたと実感できたリドは一緒になって盛り上がっていく。


 この盛り上がりは夜遅く、兵士たちの就寝が近くなるまで続けられていった。

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