喵喵飯店

 朝日が上り始めた時間帯、伊瀬貝商店街の一角にある中華料理店『喵喵飯店』には人影があった。

「ふう……準備かこんなトコロカ」

 片言の日本語で呟いた大陸系の顔の男リュウランは朝の仕込みを終えて背伸びをする。若い頃は苦でも無かったが歳を取るにつれて段々と辛さを感じていた。


『にゃおーん』

「お、オハヨウ虎助。飯カ?」


 虎助と呼ばれた猫はリュウランに擦り寄る。この甘え方はご飯が欲しい合図。虎柄の皿に猫缶を開けそこにこれでもかと鰹節をまぶした。


『にぁあ〜』


 嬉しそうな鳴き声と共に大きく尻尾を振っている。リュウランは虎助の頭を撫でて下準備の続きへと戻る。具材を切ってボウルへ開け、拉麺用の葱を刻み、じっくりと出汁の出たスープの味を確認した。


「ウン、今日もカンペキ。さて後ハ……」

「店長〜!おはようニャ〜」

「オ、来たカ」


 正面のガラス戸が開き赤い髪の少女が立っていた。頭頂部には自在に動かせるふわふわの耳、腰あたりからは二股に分かれた尻尾が揺ら揺らと揺れている。


「おはよウ。チゥチィ。今日も早いネ」

「当たり前ニャ〜。それに今日は店長が欲しいって言ってたのを連れてきたニャ〜」


 疑問符を浮かべているリュウランにチゥチィは耳を伏せる。怒っていると感じたリュウランは必死に記憶の引き出しを探して思い出そうとする。


「えェー……ト。確カ猫が欲しいだったカ?」

「全然違うニャ!人手ニャ!ひとで!」


 ヒトデ?あの5本足……とボケを思いつくがこれ以上やると顔に引っ掻き傷は増えてしまうと感じ取ったリュウラン。


「あー……そうだッタナ」

「そうニャ!今日連れてきたから面接するニャ。ユィユィ、こっちに来るニャ」


 そうチゥチィが言うとガラス戸の向こう側から名を呼ばれた背の高い女性が顔をのぞかせる。


你、你好こ、こんにちは……」

这让我很吃惊。これは驚いた。 我不相信你和我说同样的语言……俺と同じ言葉を話すなんてな……

 

 異世界でも大陸の言葉が使われているのだとリュウランは関心とともに驚きを覚えるが、チゥチィの話によるとユィユィの故郷のみで使われている所謂方言や訛りだそうである。


「フゥム……大陸共通語日本語は話せるのカ?」

「ス、少しなラ……」

「なラ採用ダ。ちょうド、猫の手モ借りたいトコロだったからナ。開店まデチゥチィかラ色々と教えテもらってくレ」


 ユィユィがチゥチィから軽い指導を受けいる間、◯◯は最終の下ごしらえをする。


「さア、開店ダ。ユィユィハ解らないコトがあったラ、すぐオレかチゥチィに聞くんダ。イイネ」

「了解したニャ~」

「わ、わかりました!」


 正午のチャイムが鳴る一時間前に喵喵飯店の可愛らしいデフォルメされた猫がプリントされた赤い暖簾を掛けて開店となる。すぐに席は埋まらないがチャイムがなると、周辺で働いている土方の作業員やサラリーマンで席が埋まり始めた。


「おーいッ、チゥチィちゃん支那そば2つと、白飯2つ!それと餃子も付けて」

「はいニャ~、ユィユィは拉麺をテーブル4番にお願いニャ~」

是、是的ーは、はいー。お待たせしまシタ。え、えっと……ら、拉麺?デスーッ!」

「違うニャー!もっと丁寧に置くニャー!シャーッ!」「ふえぇ、ゴメンナサイィ!」

「あははっ、新しい子かい?初々しいねぇ……」


 昼時の目まぐるしさに眼を回しそうになりながらリュウランとname、ユィユィは乗り越えて一段落する。


「ふゥー……今日モなんとか捌ききったナ」

「そうだニャ~」

「叹……はじメテばっかリで疲レましタ……」


 ぐったりと項垂れているユィユィと未だピンピンしているチゥチィ。


「ハハハ。少し待っテナ。今まかない飯作っテやるからナ」


 中華鍋を手にしたリュウランであったが、店の黒電話がけたたましく鳴る。ユィユィはまだ取ることができないのでチゥチィが受話器を手に取った。


「はい。喵喵飯店ですニャ~。はい、わかりましたニャ~。今すぐお持ちいたしますニャ~」


 受話器を置くとリュウランに注文を伝える。どうやら出前の注文のようだ。


「診療所からの出前ニャ~。拉麺3つと炒飯ニャ~。よく行くからユィユィも連れて行くニャ~」

「わかっタ。ユィユィは今かラ配達に行く準備をしロ」

「收到。準備しまス……」


 中華鍋を振り回し、麺の湯切りをすませスープと馴染ませれば出前用の拉麺と炒飯が出来上がる。それをジュラルミン製の出前箱2つに詰め込め準備完了だ。


「ヨシ。準備いいゾ。くれぐれも慎重ニナ」

「わかってるニャ~。ほらユィユィ行くニャ~。」


 器用に二股となった尻尾で出前箱を持つチゥチィは慣れたように建物の窓や出っ張りを伝い喵喵飯店の屋根へと上がる。遅れてユィユィも自慢の尻尾を使いながら屋根へと登った。

 駅前商店街は比較的同じ高さの建物が多い。天気は快晴、絶好の配達日和である。


「さァ行くニャ~!しっかりとついてくるニャ~尻尾でしっかり出前箱をささえるのがコツニャ!」

「えっ、ついていくッテ……道を歩けバいいのニ」

「それじゃあ退屈ニャ。出前はスリルを楽しむものニャ!」


 ユィユィの質問をよそにチゥチィは駆け出す。遅れること数秒、ユィユィも慌てたようにして追いかける。様々な凸凹、隙間がある屋根を華麗に飛び越えていく。勿論出前箱をひっくり返したりすることはない。


「何だ!?忍者か?」

「いやアレはUMA未確認生物じゃないか!?」

「ありゃ喵喵飯店とこのお嬢だ!……後ろの子は見たことが無いが」


 屋根の下、商店街の住人や商店の主たちはいつものこととあまり騒ぎ立ててはいないが買い物客たちがちょっとした騒ぎをおこし、駐在の警官たちが駆けつけた。


「そこの忍者ーっ!大人しく降りてきなさい!」

「私はニンジャじゃないニャ~!急いでいるからまた後でニャ~」

「对、对不起……。後で説明スルので」


 二人は警官の言葉を反応こそすれど止まることなく屋根を伝い配達へと向かう。止まらない少女二人に対して新米の警官は慌てて追いかけようとする。


「先輩!すぐに追いかけないと!」

「大丈夫だ瀬川。この町だと日常茶飯事だ」

「何言ってるんですか!いいです僕だけで追いかけますので先輩は後で追いかけて来てください!」


 そう残すと瀬川と呼ばれた新米警官は駆け出す。止めようとした先輩警官であるが聞く耳を持たずそのまま走り去ってしまった。

 

「行っちまったな……さ、俺もゆっくり追いかけるとするか。っとサンちゃん。コーラ4つもらおうか」

「あいよっ。全く玄さんも大変だねぇ。準備するからちょいと待っててな」

「教えがいがあるってもんよ……おっ済まねえな。」

 

 買い物袋にコーラの硝子瓶を詰め込んだ玄さんと呼ばれた先輩警官はゆっくりと歩き出す。その足取りはしっかりとしていた。

 

 ◆ ◆ ◆


「ついたニャ~。ここが診療所ニャ~。……はニャ?ユィユィは何処ニャ~?」


 駅前商店街の通りから少し離れ一本曲がった住宅街。その一角に榎田診療所があった。遅れること数分、疲れ切った表情のユィユィが榎田診療所に到着する。

 

「お疲れさまニャ~。ここの診療所はよく出前を頼まれるから道を覚えておくニャ~」


 道なき道をどう行けばいいのとツッコミをしたくなるがこの先輩に聞いてもまともな答えが帰ってこないことが容易に予想がついてしまっていた。


(後デ、リュウランに聞いておコウ……)

 

 そう心の中で誓う。

 

「どうもーっ!喵喵飯店ですニャ〜」


 二人揃って診療所の扉を開けると、今は丁度昼休みのようで来診者の姿は無いが、受付兼事務所には人が集まっているようである。チゥチィの声に反応して受付からドクターらしき人物が顔を出した。


「おっ、待ってたよ。拉麺と炒飯だったね。後ろの子は新人さん?」

「そうだニャ~。ほら挨拶するニャ~」

你、你好こ、こんにちは。今日かラお世話ニなっているユィユィでス」


 頭を下げる。ドクターらしき男はにこやかな笑顔を浮かべている。


「これからよろしくね。お代と……はいこれお小遣いね。美味しいものでも買って食べてね」

『センセー。早く食べましょー。お腹ペコペコですー』

「今行くよ。それじゃどうもね」


 出前を無事に渡しおえ、診療所を出た2人を待ち構えていたのは汗だくになりながら走ってきていた新米警官瀬川の姿であった。


「ぜーっ、ぜーっ……き、君たち。す、少し話を聞かせてもらおうか」


 息も絶え絶えになりながら話す瀬川と怪訝そうな表情を浮かべた二人。一定の距離を保っていると先輩警官の玄が何事も無かったように合流してきた。


「おーおー、やっとるねぇ。ほい差し入れ。これ飲んで一息つけろ」


 袋から取り出したのは瓶コーラ。見知っていたチゥチィと瀬川は素直に受け取るが両方とも初めて見るユィユィは警戒心から手に取ろうとはしない。


「あーそうか初めてか。これはコーラっていう飲み物でな……」


 玄は懐から栓抜きを取り出して王冠を取る。炭酸の抜ける音でユィユィはビクっと身体を縮こませてしまった。


「大丈夫。少し飲んでみな」


 同じようにして瓶を開けると玄は口につけて喉越し良くのんでいく。瀬川とチゥチィも少し形は違えど美味しいそうに飲んでいるように見えた。

 ゴクリ、一度息を飲み込んでから意を決して口に含むユィユィ、しゅわしゅわとした炭酸に驚いて瓶から口を離す。毒!?と身構えたがそんなことはなく、口の中にはコーラの甘さがのこっていた。


「こレ、シュワシュワする。けど、もっト……」


 ちびりちびりと飲んでいたユィユィだがいつの間にか瓶の中身は空になっていた。どうやらお気に召したようである。


「っプハーッ!玄さんごちそうさまニャ~!元気一杯。さっ帰るニャ~」


 またするすると屋根へと上がって行くチゥチィ。未だ飲み終えていないコーラ瓶を持ちながら注意をするが、聞く耳を持たない。


「大丈夫ニャ~。お巡りさんのおじさんはそこで見ているといいニャ~」

「んだとこの……俺はまた26だ!結婚だってしてないんだからな!」


 ニャハハ~と笑いながら屋根伝いに走り去っていくチゥチィを追いかけていく26歳の瀬川。玄とユィユィはムキになった二人から置いていかれてしまった。


「哎呀……行ってしまいましタ」

「全くだ。ところで喵喵飯店に帰る道はわかっているのか?」


 ユィユィは黙って首を振る。


「まったくなのガキンチョ共は……ついてこい。送って行こう」


 チゥチィと瀬川が追いかけっこをしている間にユィユィは無事に喵喵飯店へとたどり付くことができ、玄と共にリュウラン特製まかない拉麺にありつけた。

 一方チゥチィはというと瀬川との逃走劇に熱が入り、店に戻ったのは夕暮れ前であった。当然リュウランは雷をチゥチィに落として数日間まかない無しとなったのは言うまでもない。

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急行伊瀬貝線 嵯峨もみじ @kolaltuta

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