異世界酒造

 国鉄伊瀬貝駅か少し離れた住宅地の中に突如現れる巨大な建物があった。日本酒や焼酎などの和酒からクラフトビールやウイスキーの洋酒等幅広い酒を醸造している伊瀬貝酒造の拠点であった。その入口で頭まですっぽりとフードで覆った男と小学生のような少女が言い争いをしていた。


「お嬢ちゃん。ここは子供が来る場所じゃないよ。おじさんがお巡りさんのところまで連れて行ってあげるよ」

「私を子ども扱いするんじゃないよ若造!こう見えてもアンタの倍は生きてるよ!」

「そんな冗談はヨシコちゃんだよ。さぁおじさんと一緒に行こうねぇ……」


 フードの男が少女に手を伸ばした所で腕を捕まれて足を払われると見事なまでの一本背負いで男を投げ飛ばす。地面に叩きつけられた男はというと頭をぶつけたのか道路で横に伸びていた。なんの騒ぎかと通行人やら酒造の従業員が集まってきたが少女の姿を見ると白髪の従業員が声をかけている。


「何の騒ぎかと来てみたらバカレーナさんか。今日はどうしたんですか」

「うむ。ちょっと新作ができたからサナダに飲んでもらおうかと思ってきた」

「社長ですか?今日は事務所にいるかと思いますよ。ところで横になってるコイツはどうしますか」

「ケーサツにでも突き出してくれ。私をユウカイしようとした男だからな!全くどいつもこいつも私を少女だと思ってる輩しか出会わないぞ!少しは酒造の連中を見習ってほしいものさ」


 酒造の従業員は苦笑いをうかべていたがバカレーナと呼ばれた少女、いや女性は不機嫌そうに伊瀬貝酒造の事務所へと向かっていた。勢いよく事務所のドアを開けると開口一番に叫ぶ。


「サナダはいるか!」


 事務所全体が一瞬シーンと静まりかえるが真田らしき男がバカレーナへ近づいてきた。


「はい私が真田……ってバカレーナさんじゃないですかお久しぶりです」

「うむ!久しぶりにだな。今日は酒を飲んでも大丈夫か?私のつくった酒の味見をして欲しいのだ」

「大丈夫ですよバカレーナさん。今日は会議とかも無いので大丈夫です。品筆管理部も呼びますか」

「ぜひ呼んでくれたまえ!さて早速飲むか」

「ハハハ、まだ始業前ですよ。応接室の方に和酒と洋酒それにちょっとしたつまみも用意してありますから少し待ってて下さい」

「昔から気が利くな!新酒はあるか?」

「ええありますよ。しっかりと分けてありますので楽しんでくださいね」


 感謝するぞと事務所を後にしたバカレーナ。事務所では嵐が去って行ったように呆然とする者と苦笑いする者等反応はまちまちであった。


「社長、さっきの女の子……やけに仲が良さそうでしたけど何かあったんです?」

「ああ佐藤さんはバカレーナさんと会うのは初めてだったかバカレーナさんはいま居る社員の中だと最古参のうちの一人だよ」

「えっ⁉最古参って、醸造部の伊東さんと営業部の三浦さんと同期ってことですか。あの子一体……いくつなんです」


 中途採用で入社した事務員の佐藤はありえばいといった態度を取っている。取締役の真田雄志はその証拠として社員が写っている古ぼけた写真を佐藤や事務所にいた社員たちに見せた。


「これは……移転してきた当時の写真ですか」

「そうだよ。ここに写ってるのが伊東さんで、こっちが三浦さんそしてウチの親父に……いたいた。ほらここ、バカレーナさんが写ってる」

 

 先代、真田総一朗の隣にバカレーナの姿があり佐藤他この写真を見たことのない事務員たちが凝視しつづけていた。


「親父の話だと戦後間もない頃から付き合いがあったらしい。代替わりするころに自分で酒が作りたいと辞めていったけど時々ああやってウチに顔だして俺に味見させるんだ。最初の持ってきたさけ酒はなぁ……」


 そのままバカレーナの思い出話になり事務員たちは興味深そうに聞き入っていた頃、当の本人はというと


「ヘックチ!誰か私のこと噂してるんかねぇ」


 湧き水日本酒の一升瓶から直飲み(サナダがいうにはラッパ飲み)をしながら鮭皮の炙りを齧って楽しんでいたバカレーナ。小背ドワーフ族の彼女は鍛冶や工芸の技術等はからっきしではあるが、酒にはめっぽう強く醸造といったことに長けている異端と呼べるドワーフであった。


「お待たせしました。バカレーナさんこちら品筆管理部の上田さんと沢村さんです」

「品筆管理部の上田ですどうぞよろしく」

「同じく沢村です」

「うむ。今日はよろしく頼むぞ」


 一升瓶を空にしようかとしているとドアがノックされ取締役の真田雄志と品筆管理部の上田・沢村両名が応接室を訪れていた。三人の前にバカレーナが持参した瓶を取り出して封を切る。アルコール飲料特有の匂いとさわやかな緑のほのかな香りがし始める。


「バカレーナさんこれは……」

「うむ!バクソイモで作った醸造酒を蒸留してみたのだ。風味付けに世界樹のと呼ばれる葉っぱを取り寄せて香り付けてみたぞ!分類でいえば杜松子酒ジンと呼ばれる酒になるのか……?毒ではないぞ私が試飲して大丈夫だったからな!」


 上田と沢村はその話を聞き少し引き気味な態度を取っているが真田はその反応とは真逆の反応を示していた。


「ほう世界樹の葉ですかゲームとかでよく見られるやつですよねそんなものよく手に入れられましたね」

「知り合いの伝手で手に入れたのだ。何でも世界樹の管理をしているとか言ってたのだがな詳しくは知らん。だが世界樹の葉は本物だ。これだけは保証できるぞ」


 真田は興味深々でジンが入れられた瓶を見つめている。バカレーナは試飲用のコップに少し分けて三人の前へと差し出す。真田が鼻をコップに近づけて嗅ぐと一般的なジュニパーベリーの香りではなく森の中にある甘味のような嗅いだことのない不思議な香りがした。


「甘い香りは……これが世界樹の葉特有の香りですか。まるで山に実った甘い果実のような、ですが不思議です心が落ち着くような心地のよい感じがしますね」


 さて、味はと、グラスを回しながら少し口を含む。喉が焼けるような度数の高さがあるものの身体に憑いていた疲れ、もしくは悪いものがストンと落ちたような感じがしていた。


「コホッ……かなり度数が高いですね。しかしその高い度数を差し引いてもこれは旨い。二人もそんなに恐れないで試飲してみたらどうですか」


 品質管理部の上田と沢村は恐る恐る口へと運ぶと二人も同じように疲れや悪い憑き物が落ちたようにすっきりとした表情をしており、先ほどまでとはうって変わりしきりにバカレーナへ詰めかかっていた。


「バカレーナさん!これどこで作ったんですか⁉ウチで売り出しましょう!必ず売れますよ」

「上田の言う通りですよ!こんなに旨くてこんなに薬効のあるジン……いや薬酒はトップ取れますよ!ぜひウチと契約を!」


 詰め寄る二人の圧によってすぐさまバカレーナは応接室の隅に追いやられて縮こまってしまう。傍から見れば少女に詰め寄る成人した男女、年齢的には成人済みであるがいかんせん見た目が完全に犯罪である。ほかの社員い見られぬうちに止めておこうと真田が止めに入った。


「はい二人ともそこまで。今日は試飲だけで契約を結ぶつもりはないよそれにこの酒は普通の値段で売れるようなものじゃないと思うよ」


 えっ?と驚く二人とは対照的にバカレーナはやはりといった感じで真田を見ている。


「やっぱりアイツ、総一郎の息子には叶わんな。この酒に使われている世界樹の葉は商人たちからは『幻の薬草』と呼ばれてる。使えばたちまち病は姿を消し怪我もすべて無かったように直してしまうという秘薬中の秘薬、取引するなら国を一つ動かすほどの金塊が必要になるぞ!」

 

 真田は息子がロールプレイングゲームをプレイしていたので納得をしているようだが上田、沢村の二人はいまいちピンと来ていないようであるが真田が過去に取引された金塊の重さを金額に計算しなおして二人に見せると目が飛び出そうになるほど驚いていた。金の値段が高騰している昨今で高層マンションの上層階の一フロアを余裕で購入できる金額であり伊瀬貝酒造の資本金よりも遥かに多い。


「そ、そんなものを酒に使ったんですか⁉」

「そうですよ!私だったらそれ売って会社辞めて悠々自適な暮らしをしますよ」


 品質管理部の二人から非難囂々であるがバカレーナはしっかりと反論をした。


「私は作りたいから酒を造ってるの。お金儲けのためじゃないし何なら私は『あっち』で美味しい酒が飲みたいから作ってるのよ」


 趣味で作っていると言われてしまえば二人は文句を言える立場では無くなってしまった。


「そうですか……それならば仕方がありません。ですがバカレーナさんにこの旨いジンをより美味くなる手助けをしましょう。それにまだ試飲してほしいボトルはあるんですよね」

「うむ!だがあれが一番上物だったからほかの瓶は見劣りしてしまいそうだけども大丈夫か?」

 

 そしらの方が安心できると二人の品質管理部は笑うがその判断が誤っていたと気づかされるのはそう遅くはなかった。異世界の果実を醸造した醸造酒は飲める味をしていたがその他の酒が問題であった。髪蛇族の髪蛇が入ったメデューサ酒やマンドラゴラと呼ばれる植物を使った養命酒、ドラゴンの鱗を漬けたハブ酒のような強壮酒などもあり度数が高すぎてまともに飲めないのはまだかわいい方でひどいものだと口から炎が出るようになったり、口に触れた瞬間全身が麻痺して動けなくなるなど散々な結果になる酒もたくさんあった。


「これで全部は飲んでもらったぞ!どうだった感想は?」


 視線の先には疲労困憊で机に突っ伏している真田、品質保証部の上田、沢村の二人。沢村に至っては茶色のポニーテールが緑色へと変わり瞳も蛇目のように変化していた。治るのかと心配していたが真田が診療所に行くことで話が付けられた。


「以前よりは味も度数も落ち着いた酒がありましたが……正直いって私たち人間が飲めるような物が少ない気がしましたね」


 隈のできた顔で真田は答えるがその声に覇気は感じられない。しょんぼりとしていたバカレーナであったが真田は何とか声色を明るくすると一本のボトルを手に取る。


「ですがこのワイン……いえ葡萄酒は一番良い出来だと思いますよ。これならウチで少し売っても大丈夫だと思いますね」

「ううむ。度数が低くて私にとっては水と変わらないけどこのぐらいが一番美味いのかやはり酒造りは難しいな……売るとしたらどれぐらい欲しいんだ」

「そうですね。だいたいこのくらいあれば……」


 真田が気に入った酒の商談をしている。その脇では気絶した品質管理部の沢村がぶつぶつとつぶやいている。


「……私の髪と眼治るのかなぁ……」


 そのつぶやきに答える者はなくバカレーナと真田の商談は進み『バカレーナの秘蔵酒』としてシリーズ販売されることが決まるしかし一人で作るのには時間がかかるためバカレーナ醸造工房を立ち上げることになる。

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