アトリエ・メドリー
――ガサガサッ
「♪~」
巨大な蛇が大きく長い胴体をぬらぬらと動かし鼻歌を歌いながらとある場所へと向かっており、その背中には布で包まれた石の塊が載っていた。
「全く……平等法が成立したのに、密猟を働こうなんて馬鹿馬鹿しいわ。そうよね密猟者さん?」
「…………」
石になった密猟者を背負いながら半人半蛇、
「メドリーさんおはようにゃ!……?その背中は何にゃ?」
「うふふ、キャロちゃんおはよう。背中のモノが気になるの?これはね家の近くにあった新しい作品の材料よ。見てみる?」
「え、遠慮しとくにゃ。それよりも変幻術使わなくて良いのかにゃ?」
「そうだったわね。
メドリーが呪文を唱えると半人半蛇の蛇の部分が変化し人の足へと変わる。
「ふう……なんでわざわざ変幻術使わないといけないのかしら」
「しょうがないにゃ。『あっち』の世界じゃ亜人なんて居ないしキャロなんかは誤魔化せるにゃ。にゃけどメドリーさんたちは難しいから変幻術を使うしか無いにゃ」
「解ってはいるんだけどね……」
言葉を続けようとしたが汽笛の音とともに
「席が空いてて良かったわ。立ち乗りで伊瀬貝向かうのはちょっと大変だからね」
『たしかにそうにゃ。立ち乗りで職場に向かうのはちょっと嫌だにゃ」
列車が動きだしてから少しするとふらふらと通路を歩く少女が二人の前に現れた。
「あの……もしよろしけれ合席してもいいですか?」
「ええいいわよ。キャロちゃんの隣にこれ置いてもいいかしら」
キャロが快諾するとメドリーが荷物を移動させて隣に少女を座らせた。メガネを掛けた少女は眼をつむったまま恐る恐る座席へと座る。その髪はうねうねと動いており先端には蛇の頭がメドリーに向かってシャーと威嚇をしていた。その一部始終を見ていたメドリーは
「ちょっとごめんなさいね貴女名前は?」
「はい、……ええと、私は、サメルと、言います」
片言の共通語で答えたサメルに対してメドリーは変幻術を唱える。すると先程まで勝手に動いていた蛇髪はぴたりと動きを止めて落ちつき次々と枝分かれをし緑色のショートカットへと変化する。煩かったと不思議がるサメルにメドリーは自分のスペアの眼鏡を掛けさせた。
「わっ!……これは?」
「私のスペアの眼鏡よ。これで眼を開けても大丈夫だと思うから」
そうは言うものの不安しかないサメル。必死に抵抗をしていたがグイグイと押してくるメドリーとキャロに屈しゆっくりと眼を開ける。
その視線の先には自由に動いている二人の姿があった。
「なんで……大丈夫なの?」
「その眼鏡はね貴女や私の魔眼を防げるようにつくってもらった特注品よ。今は私のスペアだけど後で貴女専用の眼鏡もつくってあげるわ」
サメルはどうしてメドリーが自分自身に対して優しく接してくれているのかが理解できていなかった。故郷を失い町を転々としつつライグの町にたどり着いた彼女にとってこの優しさは何か裏があるのではないのかと勘ぐってしまうのも無理はない。そしてそのことを正直に質問してしまうのも彼女の悪いクセである。
「あの……どうしてメドリーさんたちは私にやさしくしてくれるんですか?もしかして私はこれから売られるんですか」
メドリーとキャロは目を合わせてから苦笑いを浮かべる。サメルはやはり自分は売られるのだと確信し怯えていた。
「売るなんて『あっち』の世界だと犯罪よ。それに貴女には私の仕事を手伝ってもらおうかと考えているのよ」
「仕事……ですか?|
「あら。誰が人族の仕事と言ったの?
そう唱えるとメドリーの両足はくっつき蛇のものへと変わる。サメルは驚き謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい
「いいのよ。それよりも手伝ってほしいことなんだけど」
「私みたいな人でもできますかね」
自己意識の低いサメルであったがメドリーは大丈夫と笑い
「私ね『あっち』でアトリエを開いているの。そこで人手が足りなくてね、そこで貴女には住み込みで働いてもらいたいのよ」
で、でも……と困惑し返答に困っていると車掌が巡回に来る。
「サメルさん。どうですか?貴女の願い叶えられそうですか」
「いえ……まだ解りません。だけどこの列車に乗ったこと後悔はしていません」
「おやそうですか。もうすぐ終点ですので貴女の未来に幸あらんことを」
車掌はそう言い残し巡回の続きを始める。
『え~次は終点、伊瀬貝~伊瀬貝~今日も国鉄伊瀬貝線をご利用いただきましてありがとうございました~』
車掌が隣の車両へと移っていくと乗客たちは次々と降りる準備を進める。メドリーと〇〇、そしてキャロも荷物をまとめていると
「まだ決めかねてるのなら今日は私の仕事を見学してもらおうかしら。それからは何日か見学兼お手伝いをしてから決めても遅くはないとは思うけどどうかしら」
「じ、じゃあそれでお願いします」
サメルは了承した。伊瀬貝駅に到着するとメドリーは定期券を〇〇は往復の乗車券をそれぞれ見せて改札から出る。ここでキャロとはお別れだ。
「じゃあねキャロちゃん。また夕方に」
「バイバイにゃメドリーさん。サメルちゃんもしっかりと学ぶんだにゃぁ~」
「え、は、はい!」
キャロと手を触り合って別れるとメドリーとその後ろをてくてくとついていく〇〇。見たことのない景色に眼を奪われ寄り道ばかりしそうになりながらもたどり着いたのは古い一戸建ての喫茶店を改造し窓際に彫刻が並べられたおしゃれな建物であった。
「わぁ……!」
と声をあげるサメル。その瞳には初めて見た美しい彫刻像たちが写り込んでいる。ファーストインプレッションに成功したと良い感触を感じていたメドリーに促されるようにして建物の中へと入ると好奇心旺盛な瞳はさらに加速していた。騒いでいると気配を感じとったのか奥からぬるりと黒い影がサメルの前へと現れ立ち塞がり
「ひっ……
「人に向かって何て言い草なのかしら……私がウイッチなら貴女も作品にして上げますわぁ~!」
ひぃ~とメドリーを盾にするサメル。ボサボサの伸び切った長髪の何かは不気味な笑い声を出しながらゆっくりと近づいていく女性に対してメドリーはあきれたように声をかけ
「マヤ、私の弟子候補をあまりいじめないでもらえるかしら。じゃないと私が貴女を作品にするわよ」
「それも本望ねぇ、大きな公園に展示を……ってそうじゃなくて!メドリー先生の弟子⁉じゃ私の妹弟子ってことね。よろしく私は摩弥って言うの。貴女名前は何ていうの?」
「わ、私はサメルって言います。あのマヤ……さん、妹弟子ってなんですか」
「あぁ!もしかして『むこう』の人?妹弟子っていうのはね……」
マヤと呼ばれた女性はサメルと直ぐに意気投合、とは違うが仲良く出来そうであったのでほっと胸をなでおろすメドリー。彼女のアトリエができて初めての作品を作り込んでいた時忍びこんだのがまだ学生であったマヤを事故とはいえ魔眼を使って石化させた唯一の人物である。その時は慌てて診療所へと駆け込み事なきを得た。
石化が解除されてからマヤは何かに目覚めたようにメドリーを先生と呼び学生を卒業するとすぐにアトリエへと居を移し彫刻作りに打ち込むようになってしまっていた。
「ハイ二人ともスキンシップはそこまで。私が見つけてきた素材、見たくはないの?」
「先生どうして早く言ってくれないんですか!さサメル早く観に行きましょう」「は、はい」
「全く……テーブルを準備して。そこに上げるわ」
既に先輩風を吹かせるマヤと舎弟感溢れるサメルは協力してテーブルを準備させ整うとよっと軽々しく持ち上げて寝かせると厳重に包んでいた布を解いていく。
「今日の素材は何だろうねサメル。私は山賊の一人だと思うんだけど」
「えっ?彫刻ってを素材にしてるんですか?」
「そうよ。だけど私や貴女を素材として密猟する犯罪者達よ『こっち』の人じゃないから法律は適用外。はい今回の素材よ、どうかしら」
梱包された布から現れた石像が姿を現して二人はじっくりと覗きこむと目元を隠し口元を覆った密猟者の石像であった。
「女性の石像!これは腕が鳴りますねぇ!このままでも味がありますけど今回はどういった風にするのですか先生!」
「そうねぇ……まずは目元と口元を覆ってる物を外して……麦わら帽子とワンピース、夏のヒマワリ畑だったかしら?が似合う彫刻にしましょうか」
「いいですねぇ!絵になります。私とサメルと共同で担当してもいいですか⁉」
「ええ構わないわよ。でもしっかりと教えながらこなしてね」
了解ですボス!と言わんばかりに若干レズっ気のあるマヤが張り切っている。先ずは石化した目隠しと口元を覆うスカーフを身長に剥がすべく工具を準備、サメルはマヤに教えながら手伝いをしていた。
「こっちは任せても大丈夫そうね……さて、私は私で作品を完成させないとね」
そう言い二人から少し離れた場所にあった作りかけの彫像へと向かうメドリー、裸体を晒していた雄型の彫像にしては貧弱な彫像はどこかも解らない視線を虚空に向けていた。
「全く……マヤも雌型の彫像ばっか作らないで雄型も作ってくれればいいのに」
と愚痴をこぼしつつ粘土をこねサーッと彫像に塗りつけていく。盛るべき所には粘土を重ねつけるようにぬりつけで小山を作りくびれをつけるところは粗削り粘土で成形をする。次第に雄型だった彫像雄雌型を経て雌型へと変化していく。夢中に作業をしていたのかメドリーが気がつく頃には日は傾き時計を見ると一六時を回っていた。次の
「マヤー、サメルー、今日はもう終わりー!私とサメルは帰るよー!」
「はいっ、わかりましたー先生!お疲れ様でした」
「お疲れ様……っとあら綺麗に仕上がってきてるじゃないのこれはマヤが?」
そこにあったのは胴体こそまだ未完成であるものの首から上は目隠しや口元を覆っていたバンダナ、フードが取っ払われ麦わら帽子を被っていた少女の彫像となっていた。
「これですか?私は何もしていませんよ。私は石の服を剥ぎ取って身体の方を整えいただけですよ頭を整えたのはサメルです」
「は、はい!初めてやってみましたけどどうですかね?」
ぐるりと一周してみてみると麦わら帽子特有の網目から見える木漏れ日がしっかりと再現されており表情の方をみても整形をしっかりとしていたのか微笑みを浮かべているように出来上がっていた。
「サメルすごいわね。マヤだって上手だったけど貴女も十分上手ね。どう楽しかった?」
「とっても楽しいです!」
「あら良かったわ。ところで朝の返事だけど……肯定と捉えていいのかしら」
「はい!明日からもよろしくお願いします!」
「よろしくねサメル。さ今日はもう帰る時間よ片付けをしてね」
「私の方でやっておきますよ先生」
「あら助かるわね。サメル」
この後マヤとサメルの合同作品『真夏の麦わら少女』という彫刻は美術館に寄付されてちょっとした時の人となるのはそう遠くはなかった。
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