吸いたい女

結騎 了

#365日ショートショート 105

 ガジュマルの緑は、今日もとっても鮮やか。う~ん、いい香り。やっぱり観葉植物はいいわね。この立派な鉢に、にょきっと生えている姿が素敵。心が洗われる気がする。うんん、本当に洗われているんだわ。だってこのガジュマルからは、新鮮な酸素が湧き出ているもの。水が土の栄養をたっぷり吸い上げて……。やがて酸素になり、それが肺に流れ込む度に、幸せを感じちゃう。

 好きな息って、ずっと吸っていたくなる。でも私のじゃだめ。ある時にふと分かるのよ。自分の鼻がくんっと反応して、ああ、って気づくの。この息、私が好きな息だわ、って。今でも忘れない。大学ですれ違った幸雄くん。彼の口から吐かれた息は、まさに運命の出会いだった。無我夢中で彼を追いかけて同じサークルに入ったの。幸運にも、テニスサークル。競技を終えた後の、幸雄くんの息ったら。肩を上下させて、ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、って。あれはたまらなかったなあ。平気なふりしてタオルを渡したけれど、頭の中はずっと火花が散っていたわ。もう、くらくら。

 でも、彼が私の思いに応えてくれなかったのは、残念だったな。隙を見せたらのこのこ部屋まで付いてきたくせに、息の話をすると、失礼にも気味悪がって……。こんなにあたなのことを思っている人、他にいないんだから。幸雄くんの息をずっと吸っていたいって、ずっと、本当にずっと、ずっとずっと、思っていたから。だから、ちょうど植え替えの途中だったのは、まさに運命ね。

 ね、幸雄くん。う~ん、いい香り。やっぱり観葉植物はいいわね。

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