第一号

「な、なあ」


 短髪が青年の背中に声を掛ける。


「何?」

「本当にこの道で合っているのかよ?」

「大丈夫だよ」


 青年は自信ありげに答えるが、男達の表情は晴れない。

 何故なら、彼らは今下へと続く階段を下りているからだ。


 地下牢から出してくれる。そう言った青年が何故下に向かわなければならないのか、男達には理解出来なかった。


 それをみかねたのか、青年の半歩後ろを歩く女が溜息を吐いて口を開いた。


「この道は連中の緊急脱出ルートで、一度下がってから上に登るような仕組みになっています。この道なら彼らも普段は意識して使わないようにしているそうなので、時間は掛かりますが安全は保障されます」

「そ、そうなのか」


 二人はホッと息を吐いた。

 女の淡々とした口調は、二人を納得させるには十分なものだった。


 二人は気付くべきだった。その時、青年の口元がニタリ、と緩められた事に。




 さらに階段を下りたり長い廊下を歩いたりすると、一行は広場に出た。

 その奥には上へと延びる階段。


「おい。もしかしてあれが?」

「そう。あそこから登れば地上に出られる。ちょっと様子を確認してくるから、三人は待ってて」


 そう言い残し、青年は階段を素早く登っていった。

 残されたのは、男二人と女一人。


 まず、短髪が女に話しかけた。


「なあ、あんた。名前は?」

「ごめんなさい。教えてはいけない事になっているの」

「そ、そうか」


 沈黙が流れる。

 男達は、異性とどう接すればいいのか分からないのだ。


 その沈黙を破ったのは、必死に会話を探していた男達ではなく、溜息を吐いた女だった。


「ここでただ待っているのも嫌ですし、少しゲームをしましょう」

「お、いいな!」

「やろうやろう」


 渡りに船とばかりに、男二人はその提案に乗った。


「で、何をするんだ?」

「そうですね……」


 思案気な顔で周囲を見回した女は、二人の背中側にある壁を指差した。その壁は、下の部分と下から二メートルほどの部分に出っ張りがあった。


「お二人ともその壁に寄ってもらえますか? 実際に一度やりながら説明します」

「ああ、分かった」


 二人はさして疑問も抱かずに壁に移動する。


「ここか?」

「はい。それで、その頭の上にある出っ張りを掴んでください。それがスタートの姿勢です」

「お、おう」


 変な指示だとは思いつつも、二人はその指示に従った。


 次の瞬間、男達の手足は、何かに拘束されたように動かなくなった。

 いや、拘束されたように、ではない。実際に拘束されたのだ。女の作った《聖域セイクリッド・スフィア》によって。


 二人の四肢は出っ張りに固定されていた。


「なっ⁉」

「何だ、これは⁉」


 男達は慌てて身体を動かそうとするが、自分達を拘束する球形の結界はびくともしない。


「お、終わった?」


 タイミングよく、奥から青年が現れる。


「お、おい! これはどういう事だ⁉」


 短髪が怒鳴った。


うるさいなあ」


 青年は小指で自分の耳を掻いた。

 そして小馬鹿にしたような笑いを含んで続けた。


「君達馬鹿すぎー。こんなに簡単に騙されてくれるとは思わなかったよ。あーあ。せっかく考えたプランの殆どが無駄になっちゃった」

「やはり馬鹿は罪ですね」


 それに女も同調する。

 それ見て、男達は完全に自分達の立場を理解した。


「でめえら、騙しやがったのか!」

「ふざけんな!」

「いやー、これは流石に騙された方が悪いと言わざるを得ないよ。不審な点だって沢山あったし」


 青年は広場を歩き回りながら解説をした。


「まず、この場に連中が一人もいないって状況。連中が全員でお出かけする訳がないから、もし本当に全員がいないんだとしたら、残っていたメンバーを僕達が倒してないとおかしい。でも、君達は争うような音は聞いていないだろう? 流石に複数人を相手に無音で倒しきるのは難しいよね。次に、僕がすたすたと階段を上っていった事。何か身内しか知らない罠があってもおかしくないのに、そんなに自信満々に歩けるものかな?」

「いえ。それに関しては罠の事まで頭が回らなかっただけかと」


 女が無機質な声でツッコミを入れた。


「あっ、そっか! ごめんごめん」

「てめえら……!」


 あまりの屈辱に、男達は顔を真っ赤にして体を震わせた。


「最後は彼女のゲームをしよう、っていう提案とその内容だよ。逃げている立場なら、ゲームではなくまず警戒が先だろう? それなのにいびつな壁際で手を上げる、なんて指示にもやすやすと乗っちゃって……本当に、馬鹿は困るよ」

「てめえ、ぶっ殺すぞ!」


 短髪が喚くが、青年は笑いを浮かべて両手を広げ、そこに近付いて行った。


「良いよ。やってごらん」

「んの野郎!」


 男達は必死にもがくが、それが無駄な努力である事は誰の目にも明らかだった。


「うんうん。滑稽だねー」


 青年は短髪に更に顔を近づけ、その顔に右手をかざした。


「うわっ、口臭いね」

「てめえ! 絶対ぶっ殺してや――」


 短髪の言葉が不自然に途切れる。

 代わりに、ゴトッ、という音が広場に響いた。


「ひっ……!」


 長髪が情けない悲鳴を上げるが、それも仕方ないだろう。

 その音は、短髪の頭が身体から離れて地面に落ちた音だったのだから。


「危ない危ない」


 短髪の首を《霊刃スピリット・ブレード》で落とした張本人は、一瞬でそこから距離を取っていた。


「もう少しで汚い返り血を浴びるところだったよ」

「それよりどうです? 捕獲は成功しましたか?」


 女の視線の先では、短髪の身体の周囲が《聖域》で覆われていた。

 男は髪で隠れていた右目でそこを見て頷いた。


「大丈夫。ちゃんといるよ」

「良かったです」

「じゃあ、次の段階だね」


 青年の視線の先には、身体を震わせてあらぬ方向を見ている長髪の男。

 青年はおもむろに長髪に近付くと、その頬を殴った。


「いっ……!」


 長髪の目の焦点が合う。

 青年はその目を真っ直ぐ見ながら告げた。


「大丈夫。君は貴重なサンプルだから、殺したりはしないよ」

「サン……プル?」

「そう。だから殺さない、というより殺したら駄目なんだよ」

「本当……なのか?」


 相手は今しがた殺人という罪を犯した男だが、極限状態で垂らされた『自分は殺されない』という希望の糸に、長髪はしがみついてしまった。


「じゃあ、いくつか質問に答えてもらうね」

「あ、ああ」

「まず、あの男との関係は?」

「友人……だ」

「いつから?」

「ガキの事から」

「なるほど。じゃあ、次は――」


 青年はそれからも、短髪の男について質問を重ねていった。それも、無神経な言葉を織り交ぜながら。




「じゃあ次に、彼の家族に一番伝えたい事は――」

「黙れ!」


 ついに我慢の限界が来て、長髪は怒鳴った。

 自分は殺されないという甘い考えの補助もあり、青年の言葉に対する怒りが恐怖を超えたのだ。


「何で? 折角の楽しい時間なのに、何故君は怒っているのさ?」

「何故……だと?」


 長髪の怒りは、頂点に達しようとしていた。


「ダチが目の前で殺されて、その上ここまで馬鹿にされたんだ……! キレねえはずねえだろう!」

「おお、格好良いねえ!」


 青年は大声で笑い、長髪を指差した。

 長髪の中で、何かが切れた音がした。


 その瞬間、青年は右手を短髪の身体に向け、女はその周囲の《聖域》を解除した。

 青年の右手から、霊力の塊が放出される。

 するとそこに、半透明の姿をした人間が出現した。霊だ。


「てめえ、何を……⁉」


 怒鳴る長髪の口に、霊が入り込んだ。

 すぐに男の目からハイライトが消える。


 次の瞬間、長髪の身体から触手が生え、青年と女を目掛けて触手が繰り出される。

 女はそれを《聖域》で防ぎ、男はそれを身軽にかわして、今度は長髪に右手を向け、霊力の塊を放出する。


「がっ……!」


 それは瞬く間に長髪の身体に入り込んだ。

 同時に、触手が身体の元に戻っていく。


「成功したね!」

「そのようですね」


 喜色を浮かべる青年とは対照的に女の反応は薄いが、青年にそれを気にした様子はない。


「記念すべき憑依人間第一号君! 付いてきたまえ!」


 青年が手招きしながら階段を上れば、長髪もそれに続いた。

 青年は女を振り返った。


「じゃあ、君は本部に戻っておいて」

「了解です。お気を付けて」

「はいよー」


 青年は親指を突き立て、長髪と共に再び階段を上り始めた。




 二人は間もなくして地上に出た。

 周囲には木々が生い茂っている。


「ここはハイダ森っていうんだ」


 青年はそう長髪に言いながら、右目で周囲を見回した。


「おっ、来てる来てる」


 男がある方角を見つめ、長髪を手招きした。


「あっちの方角に霊能者がいる」


 その方角を指差しながら、青年は告げた。


「そいつらを、殺せ」


 殺せ。

 その言葉を聞いた瞬間、長髪は青年の指差す方向へ駆け出した。


「本能ってやつだねえ……」


 青年は、その後ろ姿を見ながらのんびりと呟いた。

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光闇 ―最強だったら友達を救えるけど、最凶じゃないと世界は救えないんだよ― 桜 偉村 @71100117

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