アクセラレート

 今、私は過去一の強敵を前にして何故かワクワクしている。

 ワクワクしているが、負けても良いと思えるほどの戦闘狂ではない。第一護衛の最中でもある。


 だから、今は何が何でも勝たなければならない、のだが……、


 どうするべきか。

 精密さが求められる小さな《聖域セイクリッド・スフィア》では、発動時間が長くなるためおそらく避けられる。

 かといって、大きな《聖域》で大雑把に囲めば取りあえずは拘束出来るが、この相手には何をしでかすか分からない怖さがある。


 グレイスもしっかり耐えているようだが、この世には霊能具という霊能者の天敵がいる。長期戦は危ない。


 だったら、選択肢は一択。

 ――短期決戦で相手を戦闘不能にする。


 相手は類稀たぐいまれなスピードの持ち主。それなら有効な技は一つだ。


「ふう……」


 私は全身に霊力を行き渡らせた。

 地面を蹴って一気に加速し、相手に短剣を振らせる間もなくその頬を殴りつける。


「ぐおっ⁉」


 男は吹っ飛ぶが、受け身を取ってすぐに立ち上がった。


「すげえな! これが《自己強化アクセラレート》ってやつか……!」

「感心している暇はないわよ!」


 続けて男を殴り飛ばす。

 男も相当鍛えているようだが、これならいけそうだ。


 しかし、四発目から調子が狂い始めた。

 相手が速くなったわけでもないのに、私の進行方向に短剣が現れるのだ。

 それを避けているうちに男自身も体勢を立て直すため、ダメージを当てられない。


「くそっ」


 思わず悪態が洩れる。

 このままじゃこっちが先に体力切れをする。


「おいおい、こんなもんか? 魔術師さんよ」


 対する男はニヤニヤと上機嫌だ。


「うっさいわね」


 こっちの動きは完全に読まれている。

 かといって、おそらくかなりの達人であろうこの相手を、殴り合いに関しては素人の私があざむけるとは思えない。


「まあ、こっちもそんなに時間はねえからな。今度はこっちから行くぞ!」


 男が斬りかかってくる。

 何とか避ける事は出来るが、それだけで反撃に持ち込めない。


 それでも何とか隙を作ってこちらから仕掛けるが、向こうにも避けられる。


 ここまで戦って、私は確信した。

 今の私達は、全くの五分五分だ。


 思わず笑いが洩れる。


「何笑ってやがる」

「いえ」


 私はゆっくりと首を振った。


「貴方の経験と運動神経を駆使した体術は見事なものだと思ってね」

「そりゃ、どーも」


 少しだけ息切れしているものの、男は余裕そうな笑みを崩さない。


「本当に、良い経験になったわ」


 私は深呼吸をした。

 全身に、さらに霊力を注ぎ込む。


「これ滅茶苦茶疲れるからやりたくないんだけど」


 足に力を入れる。

 男が目を見開いた。


「私の《自己強化》には、もう一段階あんのよ!」


 地面を蹴り、一気に加速する。


「くっ!」


 男がこちらの動きを読んで反応するが、それでは遅い。


「はああああ!」

「がっ……!」


 その顔面を殴り、次いで腹に蹴りを入れる。

 男の手から離れた短剣を蹴飛ばし、その腹に左手を押し当てる。

 発光した左手から発射された《霊弾スピリット・バレット》で、男は吹き飛んだ。


 素早くその元へ向かうが、受け身も取れなかった男にもはや戦う体力は残っていなかった。


「こりゃ、無理だ……」


 そう呟きながら薄っすらと笑みを浮かべ、男は気を失った。


 その瞬間、身体の力が抜けて私は地面に膝をついた。


「待て!」


 グレイスの声が聞こえる。

 振り返ればもう一人の男が走り去っていくのが見えたが、とてもそれを追う気にはなれなかった。








 後に駆け付けたシエラの軍に確認を取ったところ、あの時通りで現場検証を行っていた隊員全員が行方不明だという事、その時の現場検証により病院に運び込まれた者はいない、という事が判明した。


「あいつらもグルだった、という事か」


 マテオが溜息を吐いた。

 隣のヴィクトリアの腕の中で眠るソフィアの頭を撫でながら、マテオがこちらを見る。


「また助けてもらってしまったな、リリーさん」

「それが護衛の仕事ですから」

「そうか」

「はい」


 淡々とした口調を意識しつつも、私自身も自分の出来に満足感を覚えていた。

 《自己強化》でも対応してくる生身の人間がいる事も知れたし、課題も明確になった。

 言ってしまえば、収穫の多い戦いだった。


 それに、これは声を大にしては言えないが、単純に彼との戦闘は楽しかった。

 相手がそもそも戦闘好きだったというのもあるのだろうが、恨みなどの介入しない純粋な戦闘は爽快だった。

 ラノベやアニメでもそういうシーンが好きだから、余計にそう感じるのかもしれない。


 他の四人には見られないようにしながら、一人私は微笑んだ。




――――――――




 私が『魔術師』として顔を知られている事やマテオの存在もあり、こちらが疑われる事はなかったが、それでも事情聴取などに時間を取られ、解放される頃にはすっかり帰る時間になっていた。


「それでは、娘を頼むぞリリー、グレイスさん」

「オーロラさん達にもよろしく伝えてね」

「はい」

「それでは」


 二人も気を付けて、という言葉を背中に受けながら、私とグレイスは都の入り口へ歩き出した。

 マテオとヴィクトリアはどちらも明日都で仕事があるため、二人は都に残るのだ。


 ソフィアは先程両親と別れの挨拶をして力尽きたのか、今は私の背中で眠っている。


「遅いぞー」

「すみません。お待たせしました」


 ぶー垂れるオーロラ達に謝りながら馬車に乗り込む。


「事情は帰りながら説明します。取りあえず今は――」


 出発しましょう、と言おうとして、私は左手を振り向いた。

 そこから強烈な視線を感じたような気がしたのだが、誰もいない。


「リリー、どうした?」

「……いえ」


 こちらを覗き込んでくるグレイスに首を振ってみせる。


「何でもありません。出発しましょう」








「おお、あの子鋭いね。危なかった」


 赤髪で右目の隠れた青年がおどけた仕草で肩を竦める。

 それを見て溜息を吐く紫色の髪を腰まで下ろした若い女に、青年は尋ねた。


「あの子で間違いないんだよね? 彼が言っていた天才少女って」

「ええ」


 女が頷く。


「容姿や身体的特徴も一致していますし、あの二人を相手にあの強さ。まず間違いないでしょう」

「そっかー。あんなに可愛い子を実験台にしないといけないのか。萎えるなぁ」

「ならやめればいいのでは?」

「そういう訳にもいかないのが、この世界の非情なところさ」


 青年はやれやれ、とまたもや芝居がかった所作で肩をすくめた。


「だって、実験も出来て将来の不安の種も潰せる一石二鳥のチャンスなんだから」

「はいはい。そんな事より、そろそろ準備をした方が良いのでは? 一応、時間的余裕は持っておくべきでしょう」

「そうだね。行こうか」


 青年は俊敏しゅんびんな動作で立ち上がると歩き出した。


 ものの数分で古びた建物に到着した青年は、建物の最奥にある部屋に入ると、部屋の奥にある扉を開けた。

 そのまま地下へと続く階段を降りる。女もそれに続いた。


 地下は牢屋が並んでいる。

 二人は一番奥の牢屋まで来ると立ち止まり、その中に声を掛けた。


「こんにちは」

「……あ?」


 中には二人の男が四肢を鎖に繋がれており、一人は長髪、一人は短髪で、今返事をしたのは短髪の方だ。

 その二人の目に、光はない。


「誰だ? お前」

「貴方達を助けに来ました」

「……何?」


 二人が目を見開く。

 青年はポケットから鍵を取り出し、牢屋の鍵を解除した。


「貴方達を捕らえた連中は今、誰もこの場にいません。今の内に逃げましょう。僕達が外に連れ出して差し上げます」


 そう言いながら、青年は二人の鎖も素早く外した。

 二人は呆けた表情をしていたが、自由に動かせる手足を見て、ようやく自分達が解放された事を実感したのか、喜色を浮かべた。


 しかし、長髪の男はふと何かに気付いたように、いぶかしげな顔になる。


「あんた、何者なんだ?」


 その問いに、青年はニコリと笑って答えた。


「この世界の救世主さ」

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