エピローグ
とある建物の裏側。薄っすらと差し込む日の光で照らされたその場所で、男たちの秘密の会合が行われていた。
「ば、馬鹿な……! これは既に絶版となった性なる書物……! こんなお宝、本当に貰っても良いのか……!?」
「いいよ。誰にも読まれないまま死蔵するよりも、君のような紳士に読まれた方が、性書も喜ぶはずだ。ほら、君にはこれを」
「なにぃっ!? これは大人気性女のプレミアム写真集じゃないか! もはや値段の付けようがない性典を譲るなんて、正気か……!?」
「ふふふ……マイフェイバリット性書はちゃんと確保してるから問題ないよ。……本当は人に渡すのも惜しいんだけど、荷物整理はどうしても必要だし、君たちのような性書の価値が分かる男の中の男たちにこそ受け取ってほしいんだ」
「へっ……お前って奴は真の篤志家だな。まったく、頭が下がるぜ」
「ふっ……よしてよ。それより、早く性書をしまった方がいい。女性に見られたら大変だからね」
……異世界人より性なる書物……性書がもたらされて早数百年。主に男たちの間で絶大な人気を誇る性書を配り終えた少年は大きなリュックサックを背負い、同胞たちから感謝の視線を受けながら表通りに出ると、ちょうど今まで世話になった人物と出くわした。
「おっ。奇遇だな。もう行くのか?」
「えぇ。ついさっき、友人たちにも別れの挨拶が出来ましたし、これから街を出ようかと」
「そうか。寂しくなるな」
「……これまで本当に、色々とお世話になりました。碌に恩返しも出来ずにこの街を後にするのは心苦しいですけど……」
「バァカ、気にすんじゃねぇよ。自分の進みたい道を見つけられたんだろ?」
力強い手で少年の肩を叩く男は、どこまでも朗らかで豪快な笑みを浮かべ、これから旅立つ少年を祝福する。
「……だから行ってこい。悔いは残すんじゃねぇぞ」
「……はいっ! 行ってきます!」
=====
戦いから一週間後。ラーゼム近郊の森には、戦艦ヤマトだった鉄屑の山が出来上がってきた。
シラトリが今わの際、最後の力を使って戦艦ヤマトを自壊させたのである。本人曰く、死んだ後でまで自分の力が誰かに利用されるのが嫌だったらしい。
結局アルケンタイド王国、ひいては世界そのものを滅ぼしかねないチートスキル持ちの野望は、実質的な被害が一つもなく終息を迎えることとなった。精々、空に巨大な船が浮かんでいるという騒ぎがラーゼムで起こったくらいで、事の詳細が公表されることはない。
三百年の時を超えて現れたシラトリの事も、その彼が扮したシグルという人物のことも、王国にとって……あるいは、アイゼンハルト家や多くの魔導技師たちにとって都合のいいように誤魔化されることとなった。
ちなみに、テリーとロンベルは横領の罪で監獄に送られ、後継者争いの憂いも完全に無くなったラーゼムは無事に平穏を取り戻したと言えるだろう。
「さて、改めて……此度の君の活躍、心から礼を言わせてもらう。領地と、そこに住まう民を救ってくれてありがとう」
「……気にしなくていい。私は私のやりたいようにやっただけだから」
アイゼンハルト家の屋敷。その食堂では人知れず国を救い、使用人から次々と出される料理を豪快に食い尽くすアンジェラが、ヨーゼフからの謝礼に対して適当に応じる。今の彼女からすれば、滅多に食べられないご馳走の方が重要なのだ。
「……それにお礼ならもう貰ってる。薬もご飯も用意してくれたし、新しい剣もくれたし」
アンジェラの傍らには、鈍い鋼色に輝く抜き身の片刃剣が机に立てかけられている。元々持っていた剣は戦いの最中で折れ、戦艦ヤマトの外装から即興で作り出した剣があったのだが、あんなその場凌ぎの雑な造りの剣をラーゼムの救世主に渡すなどとんでもないと、事件の仔細を伝えられた数少ない人物……冒険者ギルドの技術部部長と支部長を兼任することとなったドロイと、アンジェラの剣の整備をしてきたマクベスが共同で作り出した、高い強度と電気伝導率が両立した合金から鍛えた、新しい片刃剣を譲り受けたのだ。
希少な鉱石もふんだんに使ったので、値段にすればかなりお高いのだが、それを支払ったのがヨーゼフであり、それだけで報酬としては十分過ぎた。
「それにしても、今でも信じられんな。まさか君のようなドラゴンがこの世に居るとは……怪我はもう大丈夫なのかね?」
「……完治してる。休み過ぎて鈍ってるから、早く修業したい」
「つい一週間前に屋敷に運び込まれた時は今にも死にそうだったというのに……一体君の体はどうなってるんだ? スキルではないのだろう? その回復力は」
空中で崩壊する戦艦ヤマトからマクベスを担いで飛び降り、残り僅かな魔力で【磁力付与】を発動させて地面に着地したアンジェラだが、その時点で気絶。急いでアイゼンハルト邸に搬送され、回復薬を抱えた医師の治療を受けた時は、死んでいてもおかしくない重傷だと言われたのだが……一週間ほどで完全に完治。罅割れた骨も、ズタズタになった肉体も、綺麗さっぱり治って痕も残っていない。
「ところで、聞いた話によると君は武者修行の途中らしいが……次に行く場所は決まっているのか?」
「……特に決まってない。とりあえず行ったことのない場所に行ってみようかなって思ってる」
「ふむ……それでは、王都に向かってみてはどうだろうか?」
ヨーゼフの提案に、アンジェラは首を傾げる。
「王都には、チートスキル持ちたちによって構成された、国王陛下直属の特殊部隊が本拠を構えている。そこに入ることが出来れば、地位も名誉も強さも手に入るだろうが、どうだね? その気があれば紹介状を書くが? 君の実績があれば入隊も可能だろう」
それはアンジェラにとっても魅力のある話だった。今回の戦いで分かったことだが、やはり強さの限界を超えるには自分よりも強い者と戦うのが手っ取り早い。アルケンタイドを大国にまで押し上げたチートスキル持ちたちと身近な場所で磨き合えるなら、今よりも強くなれるのは確かだろう。
「……ううん、止めておく」
しかしアンジェラはヨーゼフの申し出を断った。
世界は広い。この世には、まだ見ぬ力を持った強者たちが大勢いるのだ。軍隊に所属してしまえば行動が制限され、そういった者たちと出会う機会を見逃してしまうだろうし、何よりも――――。
「……私は国で一番じゃなくて、世界で一番強くなりたいから。この国で満足できなくなったら、仕事とかほっぽり出して旅に出たくなると思うし」
「剛毅な事だ……我が国有数のチートスキル持ちたちをも超えると言ってのけるか。流石はグライア先生の最後の弟子といったところか」
突然話題に出てきた師の名前に、アンジェラは目を瞠る。なぜ自分がグライアの弟子だと知っているのかと視線で問いかけると、ヨーゼフは苦笑しながら答えた。
「私も若い時、横暴な兄と長子相続という古い慣習に固執する父に嫌気がさして王都に飛び出したんだが、そこでグライア先生から政治、経済、運営学などを教わってな。分野違いではあるが、私と君は兄妹弟子なのだよ。だから先生の病気や訃報の事も、最後の弟子である君のことも伝わっいて、初めて会った時には「君がそうだ」と確信していたよ。率直に言って最弱と呼ばれるドラゴンをここまで鍛え上げられる人がいるとすれば、グライア先生しかいない」
「……うん。そうだね」
アンジェラもヨーゼフも、あるいは第一線で活躍しているチートスキル持ちたちも、グライアが居たからこそ大成した。互いに返しきれない恩を受けた師の姿を思い浮かべていると、ヨーゼフは本物の妹に向けるような優しい視線でアンジェラを見送る。
「確執や恩義に囚われることなく、己の信念を貫き、思うが儘に進むといい。グライア先生も、きっとそれを望んでいるだろう」
「……言われるまでもない。初めからそのつもり」
師匠なら本当にそう言いそうだと、アンジェラは薄っすらと微笑みながら荷物を背負い、抜き身の片刃剣を肩に担ぎながら屋敷を後にした。
そして次に向かったのはラーゼムにある教会、その裏手にある大きな墓地だ。綺麗に並んでいる墓石の内の一つ……シラトリと、彼の妻が眠っているという古い墓石の前に立つと、アンジェラは首から下げているロザリオを握って、静かに死者を悼む。
「良かった……ここに居たんだ」
そうしていると、背後から近寄ってきた人物……大きなリュックサックを背負ったマクベスが、息を乱しながらアンジェラの隣に立った。
「……マクベスも墓参り?」
「まぁね。僕もラーゼムを出ることにしたから、最後の挨拶をと思って」
……今二人の前にある墓石には夫婦の名前が刻まれているものの、その片割れであるシラトリの遺体が収められたのはつい数日前の事だ。
三百年前、ヨーゼフの先祖は親友の遺体を見つけられたなかったので、彼の妻を埋めて形だけ夫婦の墓にしたそうだが、ようやく二人を一緒の墓に居れることが出来、先祖の無念も晴らせたとヨーゼフが言っていたので、こうして墓参りに来たのである。
「僕が……僕がもっと早く、娘さんの事を教えていたら、違う結果になっていたと思う?」
「……それはもう誰にも分からないけど、多分大して変わらなかった。剣を通じて伝わってきた怒りは、それほど大きかったから」
それは直接戦ったアンジェラだからこそ感じた直感。きっと言葉だけでは止まれないところまでシラトリは来ていた。三百年の怨念によって培われた力を、真っ向から打ち砕いたからこそ、マクベスの言葉が届いたのではないかと、アンジェラはそう思う。
「あの人は、天国で家族に会えたかな?」
「……それは間違いない。きっと会えてる」
結局のところ、シラトリが大きな悪事を為す事はなかった。主目的は強くなる為だったが、体を張って止めたのだから、地獄には行かずに天国で家族と再会できればいいと、アンジェラは紛れもない強者であったシラトリに最大の敬意と共に冥福を祈る。
「……そういえば、ラーゼムを出るって言ってたけど、それって前に言ってたギルド本部に行くっていう?」
墓参りを終え、アンジェラが思い出したかのように問いかけると、マクベスは心底照れ臭そうに「え~、あー、そのぉ……」と、長々と唸る。そしてようやく何かを決心したかのように口元を引き締めると、勢いよくアンジェラに頭を下げた。
「お願いがある! 僕も君の旅に同行させてくれないかな!?」
そんな意外な言葉に、アンジェラは目を瞠る。横領の疑いも晴れ、悪徳支部長も監獄送りになった今、マクベスが冒険者ギルドに復職するのは簡単なのだ。にも拘らず、アンジェラの過酷な旅についてこようとする理由が分からない。
「初めて君の目標を聞いた時、正直「何言ってんの?」って思った。チートスキルも無しに、世界最強になんてなれっこないって」
それを聞いても、アンジェラに怒りが湧くことはなかった。自分の選んだ道が如何に困難であるかなど自覚しているし、マクベスの言葉も事実といえば事実だ。
「でも一週間前の戦いを……どんな絶望的な危機にも諦めない君を見て、考えを改めさせれた。君なら本当に、この世界の頂点に行けるかもしれないって」
だからマクベスはもう疑わない。それほどまでに、アンジェラの戦いに惚れ込んでしまった。
「その時、僕にも新しい目標が見えた。一人の魔導技師として……あるいは一人の剣匠として、この世界の歴史に名を刻む大仕事。いつか世界最強になる君に相応しい、世界最高の剣をこの手で作り出す。その為には、君という戦士を良く知らないとダメなんだ!」
マクベスは顔を上げ、決して譲れない野心を灯した瞳でアンジェラを真っ直ぐに見据えながら告げると、再び頭を下げて頼み込む。
それは、自分の野望を理解してくれるのは師匠以外に居ないと思っていたアンジェラにとって、心の底まで響く言葉だった。誰もが不可能と断じるような困難の道を、傍で応援してくれる……自分でも理解しがたい感情を必死に抑え込みながら、アンジェラはゆっくりと口を開いた
「……私は、あまり世渡りが上手い方じゃない」
「……うん」
「……料理だって得意じゃないし、魔道具だって上手く使えない。武器の整備もできないし、強い奴を敵に回すこともあるだろうから、付いて来たら絶対に苦労すると思う」
「……うん。分かってる」
普段はビビりでヘタレなくせして、ここぞという時には引き下がらないマクベスに、アンジェラは言い訳染みた言葉を止める。
苦労することを匂わせて諦めさせた方がマクベスの為だとか、自分に出来ないことを代わりにしてくれる便利な人材を確保するとか、そう言うのは全部建前だ。
何の力も無くてもいい。本当はただ、弱くて臆病でも、勇気と優しさを持った彼と一緒に旅がしたい。それこそが、この旅で初めて出会った仲間に対する、アンジェラの偽らざる本音。
「…………私も、マクベスと一緒がいい」
……こうして、最弱種族と成り下がって尚、チートスキル持ちを打ち破ったドラゴンの少女と、臆病で弱虫だが、才気溢れる魔導技師の少年、二人の旅が始まった。片方は最強の頂を、もう片方は至高の領域を目指すという、途方もない行く末を目指して。
後にアンジェラは自身の代名詞となる剣技、【雷絶一閃】と共に、天下にその武勇を轟かせることとなるのだが、それはまだ誰も知らない物語。
ドラゴン舐めんなチート共~チートスキルを持った人間たちがドラゴンを淘汰した後の世界で始まる、合法ロリドラゴン最強への道~ 大小判 @44418
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます