チキュウで言うところの電磁抜刀術的な


 凄まじい雷光を身に纏いながら向かってくるアンジェラを見たシラトリは、その姿に再び巨大な怪物……千年前に存在していた、この世界最強の生物だったドラゴンの姿を幻視する。地上で気圧されたあの時、自分が感じていた悪寒の正体はこれだったのだと。

 自傷することが前提の身体強化はチートスキルとは呼べないが、その出力だけで言えば間違いなくチート級……あのまま油断しきっていれば、ただでは済まなかっただろう。


(だが……それがどうした……!?)


 負けられないのだ。妻と娘を奪った理不尽を、当たり前のように強いる醜く残酷な異世界に鉄槌を下し、二人の無念を晴らすまでは。

 限界を超えた身体強化の反動をアンジェラが受けた隙を見逃さず、魔導銃を創造して照準を合わせるシラトリ。間合いを詰めるよりも先に一発撃たれるのはアンジェラも自覚していた。最悪、一撃を受けながらでも左肩を切り裂いてやると怯まずに前進するが、突然アンジェラの足元が爆ぜた。


「かかったな、私の地雷に……!」


 それは、反撃も許さないほどの連撃を受けながらも、シラトリが執念で生み出した超小型の地雷魔道具。その小ささ故に威力こそ低いが、それを気付かず踏んでしまったアンジェラの体は上空へと浮かんだ。

 今のアンジェラは肉体だけではなく、魔力も限界だ。磁力による空中機動などしている余裕すらない。そしてそこに追い打ちをかけるようにシラトリが魔導銃を発砲、その魔力弾をアンジェラは片刃剣で弾くが――――


「……っ‼」


 甲高い音を立てながら、片刃剣が折れた。鉄すら貫通する魔力弾を数えきれないほど弾いた弊害が、この最悪のタイミングで訪れたのだ。


「これで終わりだぁああっ‼」


 もはやアンジェラに打つ手はない……シラトリは今度こそ止めを刺すべく、銃口をアンジェラの頭を目がけて向けた。誰もがアンジェラの敗北を確信するような場面であり、シラトリも自分の勝利を確信して疑わなかった。


 マクベスがアンジェラに向かって、漆黒の片刃剣を投げ渡すまでは。


 自分に向かってくる新しい片刃剣を【電心】のスキルによってマクベスの行動を把握していたアンジェラは、空中で剣の柄を掴む。それを見たシラトリは、思わず銃口を引く指を止めてしまう。

 この戦いを目で追えるような力を持っていないマクベスが、ここしかないと言わんばかりのタイミングで剣を作り出し、アンジェラに投げ渡すなど想像もできなかったのだ。


 実際、マクベスは二人の戦いを目で追って、アンジェラの剣の損耗具合を見切ったわけではない。だがアンジェラの片刃剣を整備していたのはマクベスなのだ。

 激しい戦いによって剣の耐久度が限界を迎えていると悟ったのは技師としての直感であり、戦艦ヤマトの外装から新たな剣を作り出し、丁度良いタイミングでアンジェラの手に渡すことが出来たのは運に依るところが大きいが……これは奇跡であっても偶然ではない。


「勝ってよ……アンジェラ……!」


 絶体絶命の危機の中にあっても尚、決して瞳から闘志を消さない少女に向かってマクベスは語り掛ける。 


(……チートスキルに敵う訳がないと、本気で思っていた)


 絶望が覆されていく……そんな言葉がスッと心の中で浮かび上がるような光景を見て、マクベスは以前アンジェラが語った野望を聞いた時、率直に思ったことをもう一度心に浮かべた。

 スキルがものをいうこの世界では、チートスキルを持っている者こそが主役。普通のスキルでチートを超えることなんてできないと疑っていなかったし、最強になるなんて現実が見えてない戯言にしか聞こえなかった。

 

(必死になれば現実が覆せるなんて、都合のいい夢だと思っていた)


 だがそれは間違いだったと、目の前で繰り広げられる戦いを見て、考えを改める。

 ここに居たのだ。運命と現実に抗い、チートスキル持ちを追い詰めるまでに至った少女が。乱獲されまくった挙句、弱体化しまくっても尚、この世界の絶対強者に立ち向かい、勝利を奪おうと駆ける最弱種族ドラゴンが。こんな奇跡を見て、考えが覆らないわけがないのだ。


「――――世界最強に、なるんだろ!?」


 チートが無くてもチートに勝てるのだと信じさせてくれた少女は、少年の言葉に応えるかのように剣に激しい電流を伝わせるが、そんな希望を打ち砕くように、シラトリの魔導銃の引き金を引く指に力を込めた。    

 どう足掻いても被弾する方が速く、剣の切っ先も掠らない間合いの外側からの攻撃。しかも魔力は枯渇寸前で、地雷魔道具によって空中に打ち上げられた上に足まで怪我をした……そんな状況にあっても尚、アンジェラは空中で再び構えを取る。

 そして放たれる止めの一撃。アンジェラの頭を真っ直ぐに撃ち抜く軌道を描く魔力弾が放たれると同時に、アンジェラも最後の一閃を放つ。

 授かった剣技を手に旅路を行き、自分だけの強さを追い求めて手に入れた、その技の名は――――。

  

「……【雷絶一閃】っ‼」


 その一撃が繰り出された時、シラトリは何が起こったのか理解できなかった。事の全容を理解できたのは、アンジェラが生きたまま床に落下し……自分自身の体が、右脇腹から左肩にかけて両断され、音を立てながら倒れてからだ。


(私の方が速かった……コンマ一秒未満、ほんの初速の差で、奴の剣が振り抜かれるよりも、私の弾丸が奴を貫く方が速かったはずだった……なのに、間合いの外から斬られたというのか……?)


 アンジェラの一撃の正体は、デコピンの要領で放たれたことで初動から最大速度で放たれた神速の一閃。

 激しい電流が迸る剣全体を磁力の結界で覆うことで溜めを作ってから解き放ち、反発する磁力の通り道に刃を乗せることで更に加速。磁力を鞘に見立てて電磁加速する一撃は音速を遥かに上回る速度で放たれ、雷の如き電撃を纏う鋭利な切れ味を誇る衝撃波……所謂、飛ぶ斬撃を生み出し、飛来する魔力弾と装甲で覆われた左肩を両断し、更には戦艦ヤマトの強固な外装にも巨大な傷を刻んだのだ。

 斬撃を飛ばすスキルは数あれど、身体強化の副次的効果でそれを為すことが出来る者はそう居ない。どうやら自分はとんでもない奴を相手にしてしまったようだと自嘲気味になっているシラトリに、アンジェラはフラフラになりながらも立ち上がり、剣先をシラトリに向ける。


「警戒する必要はない……君の勝ちだ」


 常識を超えた魔道具と化した自分の体を動かすには、膨大な魔力が必要となる。その魔力源となる肉片が切られた以上、シラトリに出来ることは何もない。あと少しすれば、活動を完全に停止することになるだろう。せいぜい負け惜しみを口にするのが関の山だ。


「これが時代の流れというものか……三百年も経って最初に戦った若者たちに敗れるとは。特にあの少年……彼さえいなければ国一つくらいは滅ぼせたというのに……」

「……シラトリ技師」


 決着がつき、アンジェラの元へと駆け寄ってきたマクベスは、沈痛な面持ちでシラトリの最後を見守っていた。憑き物が落ちたというよりも、絶望が一周回って無感情になったかのような、魔道具開発の黎明期を築き上げた憧れの人物……その生き様と死に様を、その目に刻み込むように。


「いずれにせよ、私はこれで終わり……何とも下らない、無意味な人生だった」

「…………」


 あまりにも空虚なその言葉に、勝者であるアンジェラから放たれる言葉はなかった。なぜ三百年も生き延び、なぜ世界を滅ぼそうとしたのか……それを推し量ることなど、彼女にはできなかったからだ。

 だが理由など大げさなものではない……父として、夫として、家族として、決して譲ることのできないものがあったというだけの事。アンジェラ自身にも身に覚えのある怒りこそが、シラトリを突き動かしていた。


(……ただ妻と娘の仇を討ちたかった。死んでしまった二人の無念を、どんな形でもいいから晴らしたかったのだ)


 そして思いついたのが世界滅亡。世界に消えることのない怒りを刻むことで、妻と娘が生きていた証を残したかった。その為に不可能にも近い自己改造を三百年かけて乗り越えたのに、結果としては誰一人殺すことが出来なかった。これが滑稽な人生でなくて何だというのか……シラトリは絶望と共に意識を闇の底へと落とそうとした時、マクベスはシラトリの傍らに膝をついた。


「それは違う……それだけは、何があっても違いますよ」


 するとマクベスは、おもむろに作業手袋を外して手の甲をシラトリに見せつける。そこには、白鳥はくちょうをモチーフにした刺青が刻まれていた。


「シラトリっていう名前……貴女の故郷であるチキュウの文字で白鳥って書いて、そう読むんですよね?」


 そんな言葉を聞いた時、シラトリの目は限界まで見開かれる。

 何気ない知識にも聞こえるそれは、この世界では誰も知る由もないもののはずなのだ。わざわざ世間に公表したこともないし、周囲への影響力が強いかつての友人であった、アイゼンハルト家の先祖にも聞かせたことが無い。

 この世界でそんな知識を知っているとすれば二人だけ……三百年前、家族の団欒の中で何気なく聞かせた、妻と娘だけのはずなのだ。


「偉大なる僕らの始祖に、改めて名乗らせていただきます」


 もう誰も語り継ぐ者が居なくなったはずの、自分の名前の由来を知っている少年は何者なのか。シラトリは何も考えず、ただマクベスの言葉に耳を傾ける。


「僕の名前はマクベス・ローガーデン。シラトリ・ショータの息女、シラトリ・ユウナから伝統と技術を受け継いだローガーデン魔導技師一派、その末席に座る者です」


 そして、シラトリはついに言葉を失った。ただただ信じられなかったのだ。

 しかし、シラトリは妻子の死を確認しておらず、誰も知るはずもないシラトリの名の由来を知っているというのは、そういう事なのだと否応が無しに理解させられる。


「貴方がこの世界に来たから魔道具技術に革新がもたらされた。貴方の娘が居たから僕らは仕事も夢を得ることが出来たんだ! 貴方の人生は無意味なんかじゃない……! 貴方が遺した薫陶を受け継いだシラトリ・ユウナが開いたローガーデン一派こそが、その証明なんです! だから、どうか……っ‼」


 自分が描いてきた軌跡を否定するようなことは言わないでほしい。シラトリの娘はこの世界に生きた証を刻み、二百五十年に渡って多くの魔導技師たちを導いたのだから。

 マクベスの決死の叫びを聞き届けたシラトリは、唯一動かせる右腕で顔を覆う。涙腺など復讐に無意味な器官など捨てて、彼の目から涙が流れることはもう二度とない……しかし、必死に何かを堪えるような顔を手で隠す彼は、どこか泣いているようにも見えた。


「……そう、か……! あの子は……生きていたのか……っ‼」


 ただそれだけ。たったそれだけの事実が、荒れ果てたシラトリの心をどうしようもなく満たした。

 愛する我が子が生き抜いていたことを知った……それだけで暗闇に閉ざされた三百年が報われたのだ。危うくその生きた証を、憎しみに囚われて世界ごと消し去ろうとしていた自分を止めてくれる者が現れて良かったと、今ならそう思える。


(これも全て、君の導きなのか……? なぁ……妻よ……!)


 走馬灯の最後に思い浮かべるのは、家族と過ごした宝石にも勝る時間。

 この世界を生き抜いた証を刻んだ娘と、その娘を身を挺して守った妻を誇りに思いながら、シラトリは永遠の眠りに就く。その表情は、絶望が希望に転じたかのように安らかなものだった。


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