誤解されがちな剣術だけど


『修復や活動の自動化……シラトリの作った魔道具の中に、そんな機能が付いてる物もあったって、師匠から聞いたことがあります』


 時は遡って、戦艦ヤマトに突入する前。マクベスはアンジェラたちに言い聞かせるように説明を開始した。


『もしもあのヤマトにもその機能があれば、シラトリ技師と戦うだけじゃ戦艦ヤマトは止まらない。国中枢のチートスキル持ちたちがその存在に気付くのは、首都が破壊された後です』

『だがあの戦艦はマジックタブレットとやらでは止めることが出来ないのだろう?』

『そうです。遠隔操作で停止させるには機能が足りない……でも、僕自身がヤマトに乗り込み、【道具作成】の効果圏内に入って、マジックタブレットとスキルを応用して直接干渉することが出来れば、攻撃兵器を停止させることは出来るかもしれない』


 若干自信なさげなマクベスの言葉に、ヨーゼフは顔色を変える。


『それは本当か!?』

『もちろん、絶対に成功するなんて言えないです。まずは構造を解析して、シラトリに気付かれないように干渉をしないといけない。それが出来たところで本当に兵器の稼働を止められる保証もありません。それでも、やらないよりかはマシです。幸い、テリーたちが使ってた隠形のヘルメットがあるから、成功率は多少上がるだろうし』


 未知にして高度な技術がつぎ込まれているであろう魔道具なだけあって、自分の知識と技術でどれだけ対抗できるか分からない。それでも、ただ座して死ぬくらいなら最後の最後まで抗いたい……マクベスはアンジェラの顔を真っ直ぐに見下ろしながら告げる。


『だからアンジェラ、僕をあの船まで連れて行ってほしい。そして戦ってシラトリの注意を引き付けてくれ。そうしたら、僕があの戦艦を止めて見せるから』

『……マクベス』


 毅然と言い切るマクベス。その姿を眺めながら、アンジェラは冷静に指摘した。


『……足、凄い震えてるけど』

『人が折角カッコつけてるのに水差さないでくれるっ!?』


 マクベスの足は、それはもう激しく震えていた。生まれたての子馬よりも激しく、何なら膝が左右に分身しているように見えるくらいにガクガクと。


『し、しししし仕方ないじゃんっ‼ 怖いものは怖いんだから‼ 僕ただの技術者だよ!? 何だってチートスキル持ちと、それに挑もうとしてる奴との戦いの傍で兵器を弄らなきゃいけないのさ!? できる事なら、今すぐ地面に穴を掘ってほとぼり冷めるまで隠れていたいよ‼』


 優先順位を言えば、ヤマトそのものを停止させるよりも先に、搭載された兵器の数々から無力化させなくてはならない。その為には甲板に直接乗り込み、主砲を始めとする兵器に直接手で触れて干渉しなければならない。

 そうしなければあの魔道具を止めることが出来ないと、魔導技師としての感が告げている。だがそれはアンジェラとシラトリの戦いのすぐ傍で作業をしなければいけないという事だ。流れ弾の一発でも喰らえば、あるいはシラトリがマクベスの存在に気付けば間違いなく死ぬのは、言い出した本人が誰よりも理解していた。


『で、でも……! でも僕にだって故郷やラーゼムに友達がいて、部長やアンジェラ、お世話になった人がいっぱい居る! その人たちが皆死んじゃうなんて……そんなの我慢できるわけないだろっ!? だ、だから怖くても僕だって戦う! 文句あるかコンチクショウッ‼」 

 

 半泣きになりながら、やけくそになって叫ぶマクベスだったが、その言葉を嗤う者は一人としていなかった。

 ここにいる者……いいや、この世界で生きる者は皆そうだ。眼を背けたくなるような絶望を前にしても戦わなくてはならない。たとえどれだけみっともない姿を晒すことになろうとも、それがこの世界で生きるという事なのだから。


『……わかった。マクベスをあの船まで連れていく。でも命の保証はないから、そこら辺は自分でどうにかして』

『うぅ……わ、分かった……頑張る……頑張るよ……!』


   =====


 アンジェラに担がれ、戦艦ヤマトが浮かぶ高度まで登ってきたマクベスは主砲とは反対側……船の後方甲板で降ろされた。

 これでシラトリがマジックタブレットのように周囲の生物の動きを捕捉することが出来たのなら詰んでいたが、生物の魔力を探知する魔道具は、まだ一部の魔導技師しか作り方を知らない最新技術。結果的に、シラトリはマクベスの行動を見逃す羽目となった。

 そして戦闘開始を告げる甲高い音……アンジェラが主砲を攻撃したと同時に行動を開始。アンジェラに集中せざるを得なくなったシラトリの目を掻い潜り、一国を滅ぼす主砲の活動を停止して見せたのである。


「ねぇ僕の頭どうなってんの!? 脳味噌はみ出てない!? 血がいっぱい出て痛いよぉおおおおお‼」

「……掠っただけだから大丈夫。直撃だったら頭ごと吹っ飛んでた」

「全然大丈夫じゃないよ!? あああああああああああ今乗り込んだことをすっごく後悔してるぅうううううう‼」


 泣き喚くマクベスを見て、シラトリは信じられない気持ちになった。

 ヤマトに使われている技術はロストテクノロジーなんてものではない。シラトリの頭の中にしか存在していない、故郷の世界が由来の高度な技術とこの世界の魔道具技術が融合した、未発表技術の結晶なのだ。

 当然、既存の魔道具技術の常識の範疇を逸脱した技術ばかり……それをあんな若造がこの短時間で解析し、停止させるまでに至ったなど誰が予想できるだろうか。


「だがヤマトのコントロール権は未だ私の手の内にある! すぐに干渉を弾いて発射してくれるわ!」

 

 マクベスに掌握された主砲のコントロールを奪い返そうと、自身も戦艦ヤマトに干渉をするシラトリだったが上手くいかない……マクベスの魔道具に対する干渉力が、シラトリのそれを上回っているのだ。


「小賢しい真似を……! だったら直接撃ち抜いてやるっ‼」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 無数の魔導銃を一斉にマクベスに向けるシラトリ。それに気付いて更に泣き喚くマクベスだったが、マジックタブレットの操作を止めない。

 少しでも主砲への干渉を怠れば、コントロールを奪き返されてしまう。そうなれば再びコントロールを奪える保証がない。マクベスは自分の命と、地上にいる者たちの命を天秤にかけながら、必死に指を動かす。

 そして空中に浮かぶ魔導銃から一斉に魔力弾が放たれようとした瞬間……シラトリの視界が凄まじい勢いで回転した。


(…………?)


 続いて鳴り響く打撃音。シラトリは自己改造に伴って痛覚を捨てているが、今まさに自分がアンジェラから攻撃を受けたという事だけは理解できた。

 だがシラトリはマクベスを狙いながらも、アンジェラを視界から外していなかったのだ。そもそも何の戦闘力もないマクベスなど、余所見しながら殺せる……いくつかの魔導銃の照準をマクベスに向けながらも、依然として強い警戒をアンジェラに向けていた。


(だが今……奴は私の目にすら留まらない速さで近づいて、私を蹴り飛ばし――――)


 そう考えている内に、再び凄まじい衝撃がシラトリを襲い、彼の体を上空へとかち上げる。そこでようやく、シラトリはアンジェラの姿を視界に捉える。


「……ありがとう。お前の強さが、私をこの領域まで押し上げてくれた」


 自身の肌を焦がすほど激しい雷を身に纏い、淡い空色の髪を振り乱すアンジェラの、負の感情が一切存在しない、シラトリの強さに対する純粋な敬意を宿した瞳がやけに印象的だった。


「……【纏雷】、許容上限超過二百パーセント……!」


 凄まじい衝撃と共に胴体を真っ二つにされ、今までとは比べ物にならないほどの電流がシラトリを襲う。攻撃を受けた瞬間に体は修復されるが、その瞬間にまた一撃を喰らって吹き飛ばされ、その先に先回りをしたアンジェラにまた吹き飛ばされてを繰り返すシラトリ。


(速すぎ……っ!? 防御が……体の復元が……道具の創造が間に合ってな……っ!?)


【電心】に続いて進化した【纏雷】による、限界を超えた怒涛の連続攻撃。反撃をすることはおろか、受け身を取ることも出来ない。

 破壊されても瞬時に元通りになる体の復元すら追い付かない。しまいには床に触れることすら許されず、空中に留められるように吹き飛ばされ続けるが、シラトリはされるがままになりながらも、痛みを感じない体を活用しながら必死に頭を動かし、打開策を考え続ける。


(ただの打撃や斬撃で私を殺すことは出来ない……だからこれは無視してもいいが、この電圧は不味い……!)


 シラトリの体は高い耐熱性に防水性、絶縁性を兼ね備えているが、今アンジェラが纏っている電圧はシラトリの絶縁性を超過するほどだ。

 このままでは不味い。そう感じたシラトリは攻撃も防御も捨てて、自身の左肩に対して【創造】と【道具作成】を発動……それを見ていたアンジェラは、ある確信を抱いた。


(……やっぱり、急所はそこか……!)


 全身を魔道具に改造し、一見不死身にも見えるシラトリだが、魔道具である以上活動には魔力が必要不可欠。それも永続的に動くなら、相応の魔力源が必要となるだろう。

 恒常的に稼働する魔道具の動力源は一般的には魔石が使われるが、これは消耗品だ。使えば使うほど小さくなり、やがて消えてなくなってしまうし、何らかの事情で魔石の供給が出来なければ、それはシラトリにとって死を意味するも同然だ。


 魔力は生物の肉体からしか生成することは出来ない……それを切らすリスクを冒すくらいなら、初めから魔力を生み出すために必要な肉の部分を残しておいて、魔石切れの心配を無くした方がいいと、アンジェラは感じていた。

 そう考えたのはシラトリも同じだったのだろう。一つの限界を超えた今の【電心】のスキルは、左肩の残っている小さな肉が生み出した魔力から発せられている電磁波を捉えていた。


(……でもコイツ、左肩を徹底的に守ってきている……!)


 アンジェラの動きについてこれなくなり、何時左肩に被弾するか分からないから……と言うだけではない。シラトリの目が、未だに勝利を確信しているのが分かる。


(……限界を超えた【纏雷】は長く続かない……もう少ししたら、私は動けなくなる……!)


 今の【纏雷】の出力は、アンジェラの肉体の許容上限を大幅に超えているのだ。動く度に骨は軋み、筋肉は千切れ、凄まじい電圧が自分自身の肉体を焼くほどに。

 それが分かっているからこそ、シラトリは【創造】と【道具作成】で自分自身の体を作り替え、左肩を装甲で覆い、より電圧に強くしている。アンジェラが自滅するのを待っているのだ。


「……っ!? ~~~~~っ!」


 早く勝負を決しなくてはならない。そう思って更なる連撃を重ねた矢先、全身に鋭い激痛が走り、手足の皮膚が破れて血が噴き出る。心臓や肺が今にも爆発しそうな感覚に、アンジェラは声にならない悲鳴を漏らしながら体勢を崩し、その隙をシラトリは見逃さずに【創造】を発動する。


(……限界……もうこんな早く限界が……!?)


 元々、アンジェラは立っていることが不思議なほどにボロボロだった。そんな状態で自滅するほどの出力で発動させた【纏雷】は、想像以上の速さでアンジェラを蝕んだのである。

 素早く態勢を整えて接近を試みるも、シラトリはすでに魔導銃を生み出し、アンジェラに銃口を向けている。間合いを詰める頃には攻撃してくるだろう。

 対して、アンジェラは既に限界を超えている。恐らく渾身の一撃を放てるのは残り一回……それで倒せなければ、もはや勝機はない。


 ――――こんな技、実戦で使うもんじゃないよ


 痛みと疲労で意識が朦朧としてきた時、走馬灯のようにアンジェラの脳裏によぎるのは、グライアとの修行の一幕。偶然伝え聞いた、抜刀術と呼ばれる東洋の剣技をどうにか使えるようにならないかとグライアに相談した時、彼女は実戦では使うなと釘を刺してきた。

 剣を抜く動作と斬る動作を淀みなく一体化させた抜刀術は、その流麗さから神速の剣技であると誤解されるようになったが、その本質は納刀状態からの不意打ちに関する技術であり、その剣速は抜刀状態から普通に斬るよりも格段に遅いのだ。

 鞘走りによって加速するなどというとんでもない理論を言い出した者もいたらしいが、普通に考えれば鞘と刃の摩擦で剣速はかえって遅くなるし、アンジェラが真似しようとしても腕の短い彼女では成立しない。そもそも敵の前で剣を鞘に納めること自体が自殺行為だ。


(……だから師匠は抜刀術を禁じ手とした。でも……)

 

 確かに普通の抜刀術は実戦向きでもないし、アンジェラの体格では会得すること自体出来ない。だが、禁止されてきたからこそ、今まで見向きしてこなかった領域に目を向けたこの瞬間、アンジェラの剣技はその先を拓いた。


(……私は今、ここで……師匠の教えを打ち破る……!)


 忠実に師を教えを守ってきた剣を打ち破り、新たに自分だけの剣技を完成させる……その答えを得たアンジェラは、雷光の尾を引きながら真っ直ぐシラトリに向かっていき、直感の赴くままに構えを取る。

 前傾姿勢になりながら、片刃剣を自分の体で隠すように横に構えるその姿は、奇しくも師匠に禁じられた抜刀術のそれに酷似していた。


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