反撃の狼煙


 触れる者を滅する光の柱が、短い間隔でアンジェラ目がけて何発も何発も落ちてくる。攻撃範囲も広く、大きく飛びのかなければ回避も難しいし、その合間を埋めるようにして、横から無数の魔導銃が放つ弾丸がアンジェラを襲うのだ。


「……ッッ!」


 縦と横からの殲滅攻撃。あまりに激しすぎる猛攻を対処するために、体力も魔力も大量に消費しなければならなくなったアンジェラは、致命傷となる胴体や頭への防御を徹底することにした。

 細かい傷は完全に無視。多少体に穴が開く程度の攻撃も、動きを阻害しない程度なら無視しながら戦い続け、瞬く間に傷だらけになり、体の至る所から血を流している。

 

(……魔力の底が見えない……!)


 普通、これだけの数の魔力弾を発射するには相応の魔力を消費しているはずだし、スキルによって生み出された魔導銃や衛星砲を維持するためにも魔力を使っているはず。にも拘らず、シラトリは全く消耗している様子が無いのだ。

 

(……これが三百年生きたチートスキル持ちの底力……魔力切れまで持ちこたえようと思ったけど、難しいか……!)


 シラトリが消耗しきるより前にアンジェラの魔力と体力が尽きる。そういう自信があるからこそ、シラトリは後先を考えていないかのように魔力を使い続けているのだろう。

 まるで軍勢から遠距離攻撃をされているにも等しい中、それでもアンジェラは僅かな隙を見つけては再び距離を詰め、シラトリの背骨に当たる部分を胴体ごと真っ二つにする。


「何度言えばわかる? 君の攻撃など、全てが無駄だということが!」

「……っ!」


 しかしシラトリは驚くべきことに、下半身と上半身が泣き別れした状態からでも攻撃して来た。離れた半身同士を即座に繋ぎ止め、手のひらから伸ばした光の刃を振るってアンジェラの肩を裂き、自分の体を巻き添えにする形でアンジェラに集中砲火を浴びせる。


(……攻撃を受けるのを無視して攻撃を……!)


 不死身ともいえる体を持っているからこそできるカウンターだ。

 即座に回避行動に移れたために致命傷を受けることなく態勢を整えることが出来たが、それでも何発か弾が掠って血は流れるし、再び距離を開けてしまった。これはアンジェラにとって、ある意味攻撃を受けるよりも致命的だ。


「不便なものだな、融通の利かないスキル……まともな遠距離攻撃の手段がないというのは!」


 そんなこと、他の誰でもないアンジェラがよく知っている。

 スキルの都合上、アンジェラは遠距離攻撃手段が限られているのだ。【纏雷】は雷を自分の体に纏うだけ。【雷竜の息吹】は燃費最悪。【電心】も直接的な攻撃手段にはなりえないし、あらゆるものに磁力を付与できる【磁力付与】も、自分以外の生物に対しては効果がない。

 もちろん、相手が身に付けている服飾品なら話は別だが、このスキルは磁力を付与する対象の座標を指定する必要があり、動き続ける敵に使うには高い集中力が必要となる。


(……コイツ……! ちょっとずつ銃の数を増やしてる……!)


 故に、手数が少しずつ増やされて回避に余裕を奪われ続けている今、相手の服を引っ張って空に放り出す……などと言ったことが出来ない。先ほどのように銃口の向きを磁力で変えるなどといった小技も使えないだろう。


(……とりあえず、物陰に隠れないと……まともに呼吸もできない……!)


 幸いにして、この船には陰となる場所が多い。アンジェラは後ろに跳び退きながら迫りくる魔力弾を弾き、あちこちに設置されている大砲の後ろに隠れて荒くなった呼吸を整える。

 周囲を全く気にせず攻撃してくるだけあってか、大砲もかなりの強度を誇る金属で出来ているようて、シラトリの魔力弾を受けてもビクともしていない。上から降ってくる光の柱には注意しなくてはならないが、最低限一呼吸するだけの時間はある……が、その僅かな救いをも潰すかのように、シラトリは新たな兵器を創造する。


「爆ぜろ、ミサイルランチャー」


 シラトリの両脇に現れたのは、それぞれ穴が六つほど空いた巨大な箱のようなものだった。一体どのような魔道具なのかはアンジェラには分からなかったが、絶対にヤバい物であるということは伝わってきて即座に離脱した瞬間、箱に空いた全ての穴から一抱えの大きさの魔力砲弾が不規則な軌道を描きながら飛んでくる。


(……デカくて威力はありそうだけど、遅い……避けられる)


 どんな攻撃なのかは分からないが、距離さえ開ければ驚異ではない。そう思って魔導銃による掃射を掻い潜りながら回避しようとしたが、魔導銃から放たれた魔力弾と違い、箱から放たれた魔力砲弾はアンジェラを追尾してきたのだ。

 それでも速度はアンジェラの方が速い程度。上手く振り切ろうと思った矢先、魔力砲弾同士がぶつかって大爆発を引き起こした。


「……がはっ……!?」 


 連鎖的に十二発の魔力砲弾が炸裂し、凄まじい衝撃波と熱波をまき散らして、一瞬飛んだアンジェラの意識は壁へと叩きつけられて、幸運にも覚醒する。

 あれだけの威力で、敵を追尾するという性質上、悠長に物陰に隠れていても爆破に巻き込まれるし、逃げ遅れだろう。この戦艦ヤマトの甲板には大砲などよりも遥かに巨大な、建物らしきものも存在しているが、中に入る扉が見当たらない上に、シラトリ自身もアンジェラほどではないが素早い。攻撃範囲も踏まえれば、逃げ場や隠れ場などもない。

 

(……早く立て……! 一瞬で態勢を整えろ……! 攻撃を掻い潜って、あいつを――――っ!?)


 激痛と疲労を訴える体に鞭を打ち、強引に立ち上がろうとした瞬間、アンジェラの額から垂れてきた血が彼女の視界を奪う。今の爆撃で頭を怪我して出血していたのだ。

 アンジェラの直観力は五感と【電心】のスキルを組み合わせて初めて発揮されるものであり、シラトリの猛攻を見切る為には必要不可欠。直観力を支える要素が一つでも欠ければ速攻で殺される。それを見抜いていたシラトリが、そんな絶好な機会を逃すはずもなかった。


(随分と手こずらせてくれたが、これがチートスキルと、そうでないスキルの絶対に埋まらない差だ。その若さでそこまで鍛え上げたのは大したものだとは思うし、チートスキルさえ備わっていれば勝負は分からなかったが、それが現実だ。恨むのなら、チートスキルを与えられずに生まれてきた自分を恨むんだな)


 チートスキルを持たずにここまで戦い抜いたアンジェラを憐れみながらも、シラトリは無慈悲に一斉攻撃を開始する。

 血が入り込んだ両目を拭う暇すら与えられない、無数の魔導銃による一斉掃射と空から降ってくる光の柱、そして炸裂する魔力砲弾が、アンジェラを消し飛ばさんと向かってくる。

 五感の中で情報を最も集める視覚が潰され、直観力も上手く働かない。分かるのは、死をもたらす攻撃が迫ってきているという事実のみ……そんな暗闇の中、アンジェラは両腕の力も借りながら、まるで獣のように跳び退いて攻撃を回避した。


「ちょこまかと……潔く諦めろっ!」


 まさかここにきてまだ抵抗してくるアンジェラに驚きながらもシラトリは追撃を繰り返すが、アンジェラはその全てを回避してのけたのだ。

 魔道具に改造されたシラトリの目には、高速で動き回るアンジェラの状態を正しく認識していた。両目は血で沁みて固く閉ざされ、全身は傷だらけ。常人ならば身動き一つとれないはずだ。

 にも拘らず、アンジェラはこれまでと変わらない……否、今までよりも明らかに回避力が上がっているのである。


(馬鹿な……あの状態で……この土壇場で成長し、私の攻撃に順応しているというのか……!?)


 時間が経つにつれて、どんどん被弾率が下がっていく少女にシラトリが驚愕する一方で、アンジェラは自分自身の変化に戸惑っていた。


(……真っ暗で何も見えない……それでも視える。なんでか分からないけど、感じるんだ……あいつの攻撃の軌跡が……攻撃がどのタイミングで放たれるのかが……!)


 極限状態にあってこそ、スキルの力は限界を超える。

 大抵の生物には、魔力を探知する機能が備わっていない。それはドラゴンであっても同じ事だ。魔力を探知するには相応のスキルなり魔道具なりを使わなくてはならないのだが、今のアンジェラは放たれた魔力の塊である攻撃の数々。その攻撃を放つシラトリが生み出した兵器に魔力が貯まる流れすらも感知していた。

 感知の正体は【電心】のスキルによるもの。魔力が放つ僅かな電磁波を正確無比に捉えていたのだ。その精度は視覚情報を補って余りあるほどであり……涙で血が流し出され、視界を取り戻したアンジェラには、さっきまで絶望を感じさせるほどの猛攻が、まったく別の光景に見えた。


「ごぱっ!?」


 満身創痍になりながら接近していたのが嘘みたいに、流れるような動きで攻撃を掻い潜って距離を詰めたアンジェラの雷撃を纏った跳び蹴りがシラトリを蹴り飛ばす。

 身体能力が劇的に変化したわけではない。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、直感に続く第六の感知能力を得たことで、飛び交う魔力弾をより正確に把握し、シラトリが生み出した数々の兵器が、どのタイミングで攻撃を放つのか、それが分かるようになったアンジェラは、何度も何度もシラトリに雷撃を纏った攻撃を与えた。


「ぐっ……舐めるなぁああああああああああっ‼」


 それに対してシラトリは更に大量の兵器を生み出し、物量で対抗する。魔力弾が更に激しく飛び交い、空から光の柱が乱射され、砲弾が爆炎を巻き起こす、まるで大軍による一斉攻撃もかくやと言わんばかりの猛撃の中、アンジェラは燃え盛る自分の命と、シラトリの強さを噛み締めていた。


(……強い……! これまで殺し合った誰よりも……!)


 ただスキルが強いだけではない。シラトリが放つ一撃一撃、その全てに確かな練度を感じた。

 直接的な攻撃性の無い、物を創り出すスキル。それをここまで鍛え上げて得たであろうその強さに、アンジェラは尊敬の念すら抱いた。


(……これがチートスキル持ちの本気か……!)


 殺し合いの中、走馬灯のように思い返すのは、グライアとの修行の一幕。彼女の伝手で、チートスキルを持つグライアの息子と一戦交えた時の事。

 今よりも未熟だったアンジェラは何もできないまま敗北し、チートスキルの強大さを思い知らされた。他のスキルとは一線を画するその力が自分にもあればと、何度も何度も考え、憧れすら抱いた。


(……それでも、自分のスキルが嫌だなんて思ったことは一度もないっ‼)


 チートには及ばない力だったからこそ必死になれたし、ここまで強くなることが出来た。初めからチートスキルが宿っていて、何の痛みも苦しみも乗り越えなければ、尋常ならざる執念を持ったシラトリを相手に食い下がれなかったと、心から思う。

 母が生み、師が呼び覚まし、一生を共に歩んで、最強の頂へと駆け上がるこのスキルたちこそが、アンジェラの誇りだ。


 絶対に負けられない……境遇も思想も何もかもが違うが、同じ感情を抱いたアンジェラとシラトリの戦いがどんどん激化していく最中、突如戦艦ヤマトの主砲が動き出した。

 魔力が放つ電磁波を感知できるようになったアンジェラは、主砲に途方もなく大量の魔力が充填されるのを感じ、もうじき発射されるのだと理解する。

 

「私が君との戦いに集中すれば、ヤマトの修理が中断される……そんな妄想でも抱いていたか?」


 ある種の達成感を宿したかのように、シラトリは口角を上げた。


「生憎だが、ヤマトは必要な分だけの魔力を充填しておけば、自動的に修復し、貯蔵した魔力を増幅させ、攻撃を開始する。大方、他のチートスキル持ちが来るまでの時間稼ぎが出来ればと思ったのだろうが、そんなことは最初から無駄だったんだよ」


 ヨーゼフたちの目論見は最初から潰えていたのだ。それを知ったアンジェラは更に激しい攻撃を繰り返すが、ここぞとばかりに大量の遠距離攻撃で牽制するシラトリ。自分自身を攻撃されるのも、主砲を攻撃されるのも防ぐような射撃だ。


「さぁヤマトよ、この憎き世界を穿て! 狙いは国土中央に位置する王都! 目障りなチートスキル持ちたち諸共、アルケンタイド王国を滅ぼすんだ‼」


 眩いほどの光が砲口に収束して、一気に溢れ出そうとする。そして今、一国を一撃で滅ぼす悪魔の兵器が火を噴く…………はずだった。


「…………………………はぁ?」


 シラトリは何もしていないのに、突然主砲から魔力が抜かれていき、活動が停止したのだ。

 アンジェラの仕業ではない。戦艦ヤマトをどうこうできるスキルもないし、例え出来たとしても、戦いの中でそんなことをしている暇もなかったはずだ。シラトリは【道具作成】のスキルを発動し、その力を応用して戦艦ヤマトに異常がないかを感知する。

 そして見つけた。巨大な主砲の傍で、目では見えない何かが主砲そのものに直接干渉をしているのを。


「そこにいるのは誰だ!? 姿を現せ‼」


 一丁の魔導銃から放たれた弾丸が、姿を消した何者かに直撃。しかし、響いてきた音は肉が弾け飛ぶ音ではなく、硬質な何かが砕けるような音だった。


「ひいいいいいいっ!? み、見つかった!? う、撃たれたぁああっ‼ 助けてアンジェラァァ~~~ッ‼」


 まるで風景から滲み出てきたかのように現れたのは、主砲とマジックタブレットを金属線で繋げ、砕けたヘルメットの破片を髪に付けて、血と涙と鼻水を垂らしながら大泣きするマクベスだった。


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