チートスキルは基本どれもヤバい


 まさに落雷のような一撃が砲身に直撃し、甲高い金属音が鳴り響くが、大砲そのものには傷一つ付いていない。一体どんな構造をしているのか、アンジェラには全く分からないが、恐ろしく頑丈な金属を使われているという事だけは分かる。

 しかも大砲と同じ金属が船全体を覆うようにして使われているようで、目の前の敵と戦いながら戦艦を破壊するのは、事実上不可能であることを意味していた。


「来るとしたら君しかいない……そう思っていた」


 まるで最初から戦艦ヤマトを壊すことなど出来ないことが分かっていたと言わんばかりに、船への攻撃に対しては全く無警戒だったシラトリと改めて対面し、アンジェラは油断なく片刃剣を構える。


「これでも長年ラーゼムに居たからな。あの街を出入りする冒険者や、衛兵隊に領邦軍のスキルは把握している。この高度まで登ってこれるスキルを持っているのは、君だけだ」


 部下の衛兵たちだけではなく、領主の管理下にある領邦軍や、スキルの情報開示の義務がない冒険者のスキルまで把握していると豪語しているあたり、やはりシラトリには相手のスキルを見抜くスキルを宿しているのだろう。

 ……尤も、正確には搭載している・・・・・・と言った方が正しいのかもしれないが。


「殺す前に少し聞きたい」

「……何?」

「なぜ君は私の前に立ちはだかる? ドラゴンが力を失って数百年……君は例外的に力を取り戻してはいるようだが、それは尋常な事ではない。決して楽な道などではなかっただろう。……そうまでして力を得て、なぜ格上の私と戦いに来た? かつてドラゴンを仕留めた兵器を幾つも作り出した、この私に」


 ある種、傲岸とも言える物言いだが、そう言えるだけの実績を感じさせる言葉だった。

 実際、グライアから教えてもらったシラトリ・ショータの伝説にも、ドラゴンの軍勢を退けた兵器を作り出したとか、そういう類の逸話が残っている。彼の言葉がハッタリによるものではないのだろうということは、簡単に察せられた。


「先祖の無念を晴らすためか? それとも、ドラゴンが淘汰された原因であるチートスキルを持つ者を殺して復讐心を満たしたいが為か?」

「……お前が、私から奪おうとしてるからだ」


 本性を出してから、シラトリが一切嘘を言っていないのが【電心】のスキルで分かる。向けられる殺意も、世界を滅ぼそうとする憎悪も、力を失う以前のドラゴンを仕留める力があるという言葉も、それら全てが純然たる事実であると。だからこそ、アンジェラはこの場に立っている。 


「……この世界は私の生きる場所で、強さを極めるための修行場。それを奪うって言うなら、私が戦う理由には十分」

「愚かな。こんな無価値な世界を守る為に戦うというのか」

「……お前がどう思っても関係ない」


 シラトリはこの世界を滅ぼすために、アンジェラはこの世界で生きるために戦う。元より、分かり合えるはずもないのだ。

  

「……ドラゴン舐めんな、チート共」


 理解できないとばかりに肩を竦めるシラトリだが、アンジェラは戦意を緩めない。それを察したシラトリは、全身に流れる膨大な魔力を滾らせた。


「良いだろう……なら、私による世界滅亡の最初の犠牲者として死んでいけ。この【創造】のスキルによってな!」


 その瞬間、シラトリの周辺に無数の魔導銃が突如として現れる。誰の手にも握られていないにもかかわらず、空中に浮かんでいる魔導銃の銃口はどれもアンジェラに向けられていた。


「……【纏雷】……!」


 全身に激しい雷を纏い、身体能力を活性化させた瞬間、一斉に発砲される魔導銃が放った魔力弾は、一発一発が鉄をも貫通するような威力と共にアンジェラに向かって飛んでくる。

 無数の弾丸が交差し合う、常人では一瞬でハチの巣にされる十字砲火の中を、アンジェラは小さな体を目一杯活用しながら身を屈め、捻り、時に片刃剣で魔力弾を打ち落としながらシラトリとの距離を詰めようとした。


(……元々魔導技師だってことと、スキルの名前からして、多分何もないところから物を作れるチートスキル……! それを使って、握らなくても弾を打てる魔導銃を作ってるんだ……!)


 通常、魔導銃というのはグリップを握った者の魔力を吸い、弾に変換して打ち出す武器だが、今弾丸を連射している無数の魔導銃は手で握るというプロセス自体がない。初めから手で握らなくても弾を打ち出し、空中に浮かべて遠隔操作ができる仕様の物を生み出しているんだろう。まさに使い方次第では軍隊をも単独で壊滅せしめるチートスキルだ。


(……わざわざ三百年も前の船を掘り返して、新しいのを創造しようとしなかった当たり、何らかの制限はありそうだけど……!)


 その制限も恐らく、この戦いにおいては関係ないだろう。

 一発一発が親指程度の大きさの魔力弾なのに、それら全てが酷く重たい一撃であることが、片刃剣を通じて伝わってくる。掠るだけで鋭い痛みが走り、血が流れることから、直撃すれば致命的なダメージを受けることは想像するに容易かった。

 しかしそれでもなお、アンジェラは致命傷を受けずに凌いでいるばかりか、着実に距離を詰めてきているのだ。それに気が付いたシラトリは内心で疑問に思う。


(……? おかしいな。彼女のスキルの中に、この弾幕を凌げる類の物はなかったと思うが)


 自分自身の肉体を魔道具の塊に改造したシラトリは、元から備えていたスキルに加え、相手のスキルを見抜く魔道具を自身の体に搭載している。それによってアンジェラが持つスキル名と、その能力を知ることが出来たのだが、いずれも飛び交う無数の弾丸を回避することが出来るスキルはなかった。


(つまり彼女は、自分自身の技量で十字砲火を掻い潜っているという事か)


 アンジェラのスキルの一つである【電心】の応用は、何も相手の嘘を見抜くだけではない。相手の中に流れる生体電気の僅かな違いを見極め、相手が抱いた害意や、相手がスキルを発動する際に生じる生体電気の乱れを感知し、敵の攻撃を事前に察知することが出来る。

 この方法では相手の攻撃を予兆を読むことは出来ても、どのような攻撃が飛んでくるかまでは分からない。しかし、【電心】による先読みと鍛え抜かれた五感を活用して、開拓が進んでいない大自然の中で実戦訓練を長年積んできたアンジェラは、野生の感とも呼べる危険察知能力を会得し、自分の意識外から飛んでくる攻撃にも対応できるようになった。


(生身の肉体のように、電気信号で体を動かすように改造したのが裏目に出たが、問題はないな)


 全身を魔道具に改造しているシラトリが相手でも、百種類を優に超える数の魔物を相手に生体電気を読み取ってきたアンジェラは、経験則に基づいてシラトリの行動の予兆を読み取っている。おかげで攻撃を凌げているが、それも時間の問題だ。

  

(……呼吸を整える暇もない……! 一瞬でも足を止めたら速攻でぶっ殺される……!)


 シラトリが放つ弾幕は、アンジェラ一人を殺すには過剰なほどだ。スキルも、目も、耳も、足も、肌から感じる直感も、どれか一つでも意識を割くのを怠れば瞬殺される。そして自分自身も生物である以上、いずれ限界が訪れる。時間を掛ければ掛けるほど不利になるであろうことを予見しながら、アンジェラは十字砲火の中に僅かな隙間を見つけた。


「……おぉおおおおっ!」

 

 隙間と呼ぶには余りに小さい、しかし確かな活路を見逃さず、踏み込む足に全身全霊の力を込めて爆発的に加速し、飛び交う弾を体に掠めながら、アンジェラは遂にシラトリを剣の間合いの内側に収める。

 当然、間合いを詰められたシラトリは手近に浮かぶ魔導銃の照準をアンジェラに向けて発砲しようとするが、突如としてその魔導銃がシラトリの意思とは無関係に動き、創造主であるシラトリに銃口を向けた。


「何!?」


 アンジェラが魔導銃に対して磁力を付与し、無理矢理銃口の向きを変えたのである。突然の事態に発砲するの止められず、魔導銃から放たれた弾丸で頭を撃ち抜かれたシラトリ。その絶好の機会を見逃さず、アンジェラは彼の胸を深々と切り裂いた。

 普通の人間なら心臓も肺も両断される深手。加えて剣に伝導する高圧電流。頭に受けた一撃も含めれば、並の生物なら三回死んでいる。


「磁力で射線をずらすとは器用だな」


 だが地上で首を刎ねた時と同じく、電圧に堪える様子もない上に、頭に開いた風穴も、深々と切り裂かれた胸部も、まるで無数の金属片が繋ぎ合うようにしてすぐに塞がってしまった。


「だが心臓や頭を潰せば私を殺せると思ったか? 生憎、そんなところを攻撃されたところで私は止まらない!」


 咄嗟に腕を盾にしたアンジェラにシラトリの強烈な前蹴りが炸裂し、アンジェラの小さな体は軽々と吹き飛ばされて、甲板から空に向かって放り出される。

 全身を魔道具に変えたことによる影響なのか、筋力を増強させるタイプのスキルでも宿っているとしか思えない怪力だ。シラトリは空中に蹴り飛ばされたアンジェラに向かって再び十字砲火を見舞う。


「これで決まりだな。空中なら先ほどのような回避力はあるまい」


 翼を持たない生物は空で身動きが取れないし、普通ならこれで勝負は決する。例え磁力で浮かぶことが出来るアンジェラでも地に足を付けた時ほどの回避能力はないだろう……そう半ば確信していたシラトリだったが、アンジェラはまるで目に見えない足場を踏みしめるかのように、空中を走り回って魔力弾を回避していた。

 

「このようなことまで出来るのか……!」


 アンジェラのスキルの数は凡庸で、それ故に少ないスキルの力を突き詰めてきた。それは【電心】のみならず、【磁力付与】もそうである。

 無数の弾丸の雨に晒されるという極限状態にあってもなお、状況に合わせた適切な強さの磁力を自分自身と空間に与え、くっつく力と反発する力を自在に切り替えることで、空中でも地上と何ら変わらないどころか、上下左右を自在に跳び回り、回避能力を一気に向上させたのだ。


「……覚悟っ」


 だが空中に居てはこちらの攻撃も届かない。弾幕を掻い潜り、再び甲板に再び降り立った瞬間、強力な踏み込みと磁力によって爆発的に加速し、再びシラトリに接近を開始するアンジェラ。今度は頭から股にかけて真っ二つにしてやると、片刃剣を大上段に構えるが……ふと、世闇を照らす強い光がアンジェラを照らした。

 それを察知した瞬間、猛烈な死の予感を感じ取ったアンジェラは攻撃を中断し、身を捻りながら光から逃れようと回避した。


「……がっ……!?」


 その直後、光の柱が天から落ちてきて甲板に直撃する。寸の所で回避したため、アンジェラには直撃しなかったが、避け損ねて服の一部が燃え、肌が焦げた。規模は小さいが、間違いなく地上でも見せた光の一撃だ。


「大気圏外に浮かぶサテライトキャノンは、短い充填だけで連発が可能なのだよ。その分威力は下がるが……ドラゴンの鱗程度、容易く貫通するぞ」


 避けた時にバランスが崩され、その隙を見逃さないとばかりに魔導銃が連射される。それを転がりながら何とか回避して体勢を立て直したが、弾丸の一発がアンジェラの脇腹を貫通した。

 幸い、内臓は傷付いてはいないようだが、分かりやすいくらいに血が流れて服が赤く染まる。下手をすれば失血多量で死にかねない傷だ。


「今一度言おう……ドラゴン如きに負ける要素はない。とっとと死んでくれ」


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