とあるチートスキル持ちの話


 世界を滅ぼしたい……そう考えるようになるのに、大層な理由なんて必要なかった。

 なんて事のない話だ。ある日突然異世界に転移したシラトリが、右も左も分からない過酷な異世界で何とか生き抜き、後の妻となる最愛の女性と巡り合い、幸せに暮らしていたのだが、幸か不幸か彼には発展した故郷の世界の詳しい技術知識と、それを再現するスキルが宿っていた。


 初めは故郷よりもずっと不便な生活を楽なものにしたいがために生み出した魔道具だったが、何時しかそれは世界中で当たり前に使われるほど広まり、シラトリは世界の歴史に名を刻むほどの名誉を手にした。

 妻との間に娘も生まれ、順風満帆な生を謳歌していた彼は、このまま平穏に人生を全うすることを信じて疑っていなかった。自分はこのまま緩やかに異世界に骨を埋めるのだろうと、そんな最期を夢想していたのだ。


 だが出る杭は打たれるもので、そんなシラトリを良く思わない者たちは大勢いた。

 それは貴族だったり、他の魔導技師だったり、有用性のないスキルしか宿していないものだったりと、突然現れて次々と成功を収めていくシラトリに対して嫉妬を向ける者たちばかりだ。

 しかし彼はそのことを深刻には受け止めていなかった。成功者が嫉妬を集めるのはどの世界でも同じだったし、味方をしてくれる者たちも数多く存在していたから。

 だがシラトリはこの異世界が、平和な故郷と違って人の命が軽いものとされる場所であることを失念していた。その失念こそが、彼を地獄へと叩き落す。


 シラトリのスキルと知識を妬み、恐れた者たちによって、妻子が殺されたのだ。

 ある日、仕事から家に帰ってきた時のことだった。荒らされた玄関に驚き、急いでリビングに向かうと、そこには血を流してピクリとも動く様子のない妻と、その妻に守られるようにして、やはり動く様子のない血塗れの娘の姿があった。

 慌てて駆け寄り、医者の元へ連れて行こうとした。だがその直前に隠れていた暴漢たちによって、剣で背中から一突き……激痛に朦朧とする意識の中、背中を刺した者を見てみると、それは確かに見覚えのある顔ぶれ。何時もシラトリの陰口を叩いていた、浅ましい異世界人たちの姿だ。


 ――――強いスキルに飽かせて俺たちの活躍の場を奪う卑怯者を成敗してやったぞ


 その嫉妬と名誉欲に塗れた者たちの醜悪な声と顔は、決して忘れることはないだろう。妻子を奪われ、自分の命すらも踏み躙られて絶望の底へと叩きつけられたシラトリは、トドメとばかりに魔物が蔓延る断崖絶壁の下に広がる樹海へと投げ捨てられた。

 目障りな者がいるのなら、たとえ法を犯してでも排除しようとする。命の価値が低い、このテンプ・レチートではよくある悲劇だ。


 だが、だからと言って納得できるかどうかは話が別。少なくとも、シラトリにとって妻と子を奪われたことは、何にも耐えがたい事だった。

 不本意にも親も兄妹も元の世界に置いてきて、異世界へとやってきた。どれだけ帰りたいと願っても帰れない。そんな孤独の中で出会った救いこそが妻であり、そんな彼女との間に生まれた血を分けた家族こそが娘だったのだ。

 それを理不尽に……ただ強いスキルを持って活躍しているからなどという、逆恨みを甚だしい理由で奪われて、その憎しみを消すことなど出来るはずがない。


 平和な故郷で培ってきた倫理観や、貴族という後ろ盾に甘えて自らが強くなる道を選ばなかったことを、これほど後悔したことはない。

 この世界ではスキルが全て。そんな価値観によって生まれた歪みが家族を殺したというのなら、こんな世界滅ぼしてやる。妻も娘も居ない世界に価値などあるものかと、シラトリは刺し傷と、落下の衝撃によってグチャグチャになった体をスキルの力で魔道具として再構築させた。

 もちろん、簡単なことではない。人間を魔道具に変えるなど彼が知る技術には無かったし、彼が十全に動けるようになり、以前は持ち合わせていなかった戦闘能力を身に付け、人里を拠点としたのはここ数年のこと……死亡したと公にされてから三百年近く経ってからだ。


 それでも、シラトリは暗い樹海の片隅で諦めることなく自らの体を弄り続けた。死んでしまった妻と娘の顔と、それを奪った者たちへの憎しみを三百年積み重ね続けて。

 妻子を殺した者たちが既に死んでいようが関係ない。彼は自らの足で再び立ち上がり、戦うための力を身に付け、世界を滅ぼすことで妻と娘の仇を討とうと動き出す。ラーゼムの衛兵隊として出世したのも、アイゼンハルト家の者と接点を持ち、戦艦ヤマトの封印を解かせる為の手段の一つだ。

 たとえ親友の子孫を利用し、滅ぼすことになったとしても、シラトリはもう止まれない。自分が死ぬか、世界を滅ぼすその時まで。


   =====


「そうか……そんなことがあったのか。荒唐無稽な嘘と信じたいが、空に浮かぶ巨船を見る限り、そうではないようだな」

「くっ……何たることだ……! まさかシグルが……!」


 アンジェラたちから話を聞き終えたヨーゼフとガンドは、沈痛な面持ちを浮かべながら空に浮かぶ魔導戦艦ヤマトを仰ぎ見る。


「元々、発見すれば争いの火種になりかねないと思って、爵位相続を後回しにしてでも捜索していた魔道具だったが、まさかこのような場所に隠され……我が先祖の友であったシラトリによって利用されてしまうとは……シグルとして長く共に居ながら気付けなかったのは、私の不明によるものだな」

「それは仕方ないですよ……まさか三百年前に死んだはずの人が生きてたなんて、誰も思いませんし」


 マクベスのフォロー通り、三百年前のチート異世界人が実が現代まで時を経て、その力で今度はこの世界に仇をなそうとするなど、こんな事態を誰が予想できただろうか?

 よしんばヤマトが発見されても、それを動かす方法を知る者も既にいないはずだった。その人物が三百年の時を超えたなど考えられるはずもない。


「……今は失態の事を考えても仕方ない。前向きに行動をしよう。マクベス君、確認するがあの船が攻撃を開始するまでに時間がかかるのは、間違いないのだな?」

「あ、はい。……それは確かかと思います」


 やや不安が残る口調だが、マクベスは確信を持って返事をする。


「高性能で多機能な魔道具ほど繊細なものです。軽く全体を見ただけでしたけど、あの船も三百年地下に埋まってただけあって経年劣化がかなり目立っていましたし、空に浮かぶ時も軋むような音が聞こえてきました。何より、こうして事情を説明している間も攻撃してくる様子が無いのが、修理に集中している何よりの証拠かなって……」

「となると、まだ時間的猶予があるという事か。問題は、どのくらい時間が残っていて、その間に何が出来るかだが……」

 

 心底悩まし気にヨーゼフは眉根を寄せて頭を回す。

 アルケンタイドが誇るチートスキル持ちたちへの応援要請をするために、既に通信魔道具を持たせた使いの者を王都へと走らせたが、ラーゼムが辺境の地であることが祟った。通信魔道具が繋がる圏内に入るまでに半日は掛かるだろうし、その間攻撃を受けないなど望みが薄すぎる。

 通信魔道具を作るのにも数種類の希少金属をふんだんに使う為、貴族や王族、一部の豪商などしか持っていないし、仲介して王都への連絡を繋ぐのも、結果的に掛かる時間は変わらない。


(もしかしたら、それを踏まえたからこそ、ラーゼムで活動したのかも……)


 流石のチートスキル持ちも、あの戦艦ヤマトのような準備も無しに同類を相手にするのは避けたいはずだ。破壊活動を目的としていると思われるシラトリが、通信が取れにくい辺境の地で暗躍するのは考えてみれば当然のことかもしれない。


「例のマジックタブレットとやらで、なんとかならないのか? それは遠くにある魔道具にも干渉できるのだろう?」

「すみません……流石にあんな高度で複雑な魔道具を遠隔操作で停止させるのは無理です」


 元々、マクベス個人の財産で作り出された代物だ。より高性能にする為に必要な希少金属も使われていないし、魔道具作りで一時代を築き上げた伝説のチートスキル持ちの作品をどうこうできる性能は持ち合わせていない。


「とにかく、全ての住民を街から非難させるしかない。ギルドへの応援を呼び掛けて――――」

「……ねぇ、思ったんだけど」


 緊迫した状況下、平時と変わらない静かな声と共に、アンジェラは空に浮かぶ巨船を指さす。

 

「……あそこにいる奴を私がぶっ殺したら、もう何の心配もないんじゃない? 私、空飛べるし」


 空間を含めたあらゆるモノを磁化させる【磁力付与】を応用すれば空も飛べる。そんな言葉に周囲が動揺する中、ヨーゼフは冷静にアンジェラの案を実行した際に起こる事態を想像する。

 イレギュラー的にスキルに目覚めた弱小種族のドラゴンであるアンジェラだが、尋常ではない力を持っているシラトリを相手にして勝てる可能性の方が低いということは、戦士ではないヨーゼフですら簡単に想像できた。


(だが時間稼ぎ……上手くいけば、船を破壊することが出来るかもしれん)


 最低でも国からの応援が到着するまでの時間を稼いでくれるだけでも儲けものだ。あまりにも頼りない戦力だが、飛行が出来るスキルの持ち主は少ない。あの高さに浮遊する船に乗り込むことが出来る人材を探す時間も考慮すれば、今この場でアンジェラ一人をシラトリの元に送り込んで戦わせた方がいい。ヨーゼフは一人の統治者として、冷徹に判断を下した。


「分かった……王家からこの地を預かる貴族として、君にシラトリ・ショータ打倒を正式に依頼する。報酬は後払いになるが、生きて帰ってくれば奮発すると約束しよう」

「……交渉成立。それじゃあ、早速行ってくる」

「ちょ、ちょっと待った!」


 何ら迷うことなく戦艦ヤマトに乗り込もうとするアンジェラの肩を、マクベスは慌てて掴む。


「そんな無茶だよ! 死にに行くようなもんだ! 分かってる!? 相手は間違いなくチートスキル持ちだよ!?」

「……何を今さら。そんなの分かってる」

「分かってたら戦いに行こうなんて思わないでしょ!? チートスキルを持ってる人間に、チートスキルを持ってないアンジェラが敵うはずないじゃないか!」

  

 それはアンジェラの野心を知っていたからこそ口には出すまいとしていた言葉だった。だがもう言わずにはいられないと、マクベスは無謀な戦いに臨もうとするドラゴンの少女を諫める。


「普通のスキルはどう足掻いてもチートスキルには敵わない……アンジェラだって、チートスキルの強さを知ってるはずだ。これまでの歴史で国を救ったり滅ぼしたりして歴史に名前を刻んだのも、君の先祖たちを駆逐したのも、皆チートスキル持ちじゃないか……!」

「……うん。知ってる」

「実はチートスキルを隠し持ってたとか、そういうオチじゃないんだろ? もしそうだったらとっくに使ってる」

「……うん。私のスキルはマクベスに見せたので全部。もう他にはない」

「さっきの戦いだって、君はシラトリに押されてるように見えた……アンジェラの夢を否定するようなことはしたくないよ。でも、世の中にはどうしようもない力の差っていうのがあるんだ」

「……うん。分かってる。あいつは今の私よりも強いって。……でも戦う」


 静かだが、決して揺らぐことのない強い声と共に、アンジェラはマクベスの目を真っ直ぐ見据えた。


「……本気で最強を目指すなら、チートスキル持ちは絶対に越えないといけない。だからこの戦いは、私にとってチャンスでもある。ここで死ぬようなら私はその程度だったってこと……だから今、私の命を試金石にしてチートに挑む」

「そんな…………どうして。……どうして今なんだ……!?」


 自分が何を言ってもアンジェラは揺るがない。そう察したマクベスは、項垂れながら必死に声を絞り出す。

 確かに落ちぶれた弱小種族とは思えないほどの力がアンジェラにはある。だが、チートスキル持ちを相手に勝てるような力が備わっているようには、どうしても見えないのだ。


「逃げて隠れればいいじゃないか! 王都からチートスキル持ちが応援にやってくるまで隠れて生き延びてさ! それでまた修行してもっと強くなってから他のチートスキル持ちに挑む! それで良いじゃんか!」


 その悲痛な声を聴きながら、アンジェラは背伸びをし、腕を上げてマクベスの頭を撫でた。まるで親が子供もあやすかのように、優しく。


「……マクベスは優しいね」


 アンジェラにも分かっていた。マクベスがこうまでしてアンジェラを引き留めようとするのは、例え短い間であったとしても共に過ごした仲間を見殺しにするような真似は出来ないという、彼の普通の優しさ故であるという事を。


「……それでも戦わせてほしい。私はもう、隠れるのは疲れた」

 

 村を襲われたあの日。アンジェラは瓦礫の下でガタガタと震えながら隠れていただけで、家族も友人も居場所も全て奪われた。そんな過去とグライアの出会いを経て強くなることを誓ったアンジェラにとって、危機を前に逃げ隠れるだけの選択は死んでも我慢ならないものなのだ。


「……逃げて隠れて、誰かが助けてくれるのを待つ生き方なんてとっくに捨てた。私の未来は、私の手で切り開く。……だから私は、誰よりも強くなりたい。もう奪われるだけの生き方なんて嫌だから」


 そう言われて、マクベスはとうとう何も言えなくなってしまった。


(あぁ……またこの目だ)


 本当なら何を言われても止めるべきだというのは分かっている。だが宝石のように透き通った紫の瞳の奥に灯る意志の炎を見る度に、矮小な自分の言葉など届かないということ突き付けられるのだ。


「……わかった。そこまで言うならもう止めないよ。でもその代わり――――」


 それから数分後。マクベスの言葉を全て聞き終えたアンジェラは、スキルによって生み出された磁力に引っ張られながら空を駆け昇った。

 戦って死ぬためではない。この残酷な世界で、明日も生き抜く力を手にするために。


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