人の皮を被った鋼


(このヘルメットと同じ、透明化のスキル……!?)


 シグルの現れ方から、そう直感したマクベス。そしてそれは、シグルこそがテリーたちを誘導した人物である可能性が高いということを示唆していた。


「……何時から私が怪しいと思っていた? これでも私は衛兵隊の隊長だ。テリーたちを追ってラーゼムから飛んで行った君たちの後を付け、この場まで来たとは考えられないか?」

「……初めて名乗った時に嘘吐いてるって分かった。その後に出てくる言葉も嘘ばかり。自分の名前を言うのに嘘を吐くなんてよっぽどの理由でもない限りしない事だし……それに」


 まるで明確な敵を前にしたかのように、アンジェラはスッと目を細める。


「……そんな殺気を隠す気もない奴、警戒しない方がおかしい」


 そう聞いたマクベスは初めてシグルに強い警戒心を抱き、ジリジリと後ろに下がった。

 いきなり現れてどうして殺されなければならないのか……恐らく口封じか、アンジェラたちが邪魔だから、あるいはその両方だろうが、マクベスは未だに信じられなかった。

 シグルの評判は接点の薄いマクベスの耳にも届いていた。親切で義理堅い、仕事熱心で民衆の立場に立てる、街の治安を守る衛兵の鑑のような男であると。

 そんなシグルがテリーたち小悪党を利用し、強大な魔道具を我が物にしようとしているなど、理由が思い浮かばない。


「……それに、お前の体どうなってるの? 明らかに変なんだけど」


 そんな疑問に、能面のようだったシグルの表情が変わる。


「……どうやら君のことを過小評価し過ぎていたらしい。経緯は不明だが、かつての力の一部を取り戻したとはいえ、所詮はドラゴンであると。なるほど、微弱な電流を察知するなんて、額面通りに捉えれば役に立たなさそうな【電心】のスキルも、応用すれば嘘や害意を見抜くスキルになるのか」

「えっ!? ちょ、何で……!?」

「…………」


 戦いを生業にする者は、自分のスキルを他人に教えることなど基本的にない。

 スキルは戦いの中核となる力であり、その詳細を敵に知られるということは、絶大な情報アドバンテージを与えることに他ならないのだ。

 だからアンジェラも自分のスキルの詳細は誰にも教えていない。共に行動をしているマクベスにもだ。それ以外の者にはスキルの事など、会話の内容にすら出さなかった。それをどうしてシグルが詳細どころかスキル名すらも知っているというのか。


「その他のスキルは【纏雷】に【磁力付与】、【雷竜の息吹】……ついでにそこの彼のスキルは【道具作成】に【魔石生成】か…………何とも懐かしい・・・・な」 


 相手のスキルを見抜くスキルか……アンジェラはシグルの言葉から察知する。

 敵のスキルを細かく知ることが出来るなど、使い方次第ではチートスキルと言って差し支えのない力だ。これだけでもシグルが只者でないことが理解できるが、わざわざ自分のスキルの一端を教えるような言動をとるなど余程の大間抜けか、あるいは相当の自信があるのか……恐らく後者だろうと当たりを付け、アンジェラは剣を構えたまま身を低くした。


「大したものだ。一度弱小種族にまで貶められて尚、そこまで力を取り戻したことは驚くべきことだが、君がラーゼムに来てから伝え聞いた闘いの記録も含めた情報を踏まえた上で、敢えて言おう」


 まるで上から命令するかのように、シグルは小柄なアンジェラを指さしながら冷酷に告げる。


「たとえ完全に力を取り戻そうと、ドラゴン如きに私が負ける要素は欠片もない。邪魔だから大人しく死んでくれ」


 その言葉が引き金となり、全身を激しく帯電させたアンジェラは、マクベスの目には映らないほどの速さで間合いを詰め、そのままシグルの首を刎ね飛ばした。

 大口を叩いた割にはあっけなくやられたシグルの首は地面に落ち、コロコロとボールのように転がるが……不自然なことに、首の断面からは一滴の血も流れていない。

 

(……まだ、死んでない……!)


 その違和感に真っ先に気が付いたのは他でもないアンジェラだった。斬った時の手応えで尋常ではない肉体をしていることを察知し、即座に第二撃目を放とうとしたが――――。


「……がっ……!?」


 上空からアンジェラに向かって、三発の小さな魔力弾が降り注いだ。

 悪寒を感じて咄嗟に身を捻って回避したが、一発掠ってアンジェラは血を流す。……岩を粉砕する風に手を突っ込んでも切り傷で済む肉体硬度を誇るアンジェラがだ。

 その事実と着弾して砕けた地面から、魔力弾の威力がとんでもなく高いことが分かる。当たり所が悪ければアンジェラも即死する威力だろう。そんな魔力弾が凄まじい轟音と共に上空から連射され、アンジェラは慌ててシグルから距離を取り、マクベスの盾になるように移動する。


「いきなり首を斬られたのは想定外だった。少しはやるようだが……それでも、やはり私の勝ちは揺るがない」


 ……普通、背骨がある動物というのは首を落とされれば生きていられない。例えチートスキル持ちでも、相応のスキルが無ければ即死だ。

 そんな常識を打ち砕くかのように、首を落とされたシグルは平然と喋り出したばかりか、首の断面から無数の金属パーツが連なったような物が伸び、離れた頭と結合……そのまま何事も無かったかのように首を繋げてしまった。


「……どうやら、人間どころか生き物を止めてるっぽい」

「そんな呑気に言ってる場合!?」


 心底絶望したかのような悲鳴を上げるマクベスだが、アンジェラも頭を抱えたいところである。首を刎ねても生きているどころか、剣に伝わっている高電圧にも堪えている様子がない。一体どういうことかと思ってマクベスはアンジェラの背中に隠れながらマジックタブレットを操作すると、信じられない事実が判明する。


(なんだ、これ……? 魔道具の反応と生命反応が、完全に重なっている……!?)


 こんな反応は制作者であるマクベスも初めてのことだったが、彼の優れた知性はこの不可解な反応の原因を即座に導き出した。


(首を斬られてもあんな風に元通りにしたことを考えれば……し、信じられない! あの人、自分の体の殆どを魔道具に改造している!)


 ゴーレムという、人の形を模した自立型戦闘用の魔道具が存在するが、シグルの体はまさにそれ。肉体を大部分を魔道具に置き換えるなど、現代の魔導技術では不可能なはずだが、シグルは間違いなくゴーレムに近い存在となっているのだ。

 だから首を刎ねただけでは死なないし、心臓や頭を破壊しても同じだろう。そして破壊された部位を修復するあの力の正体は……恐らく、【道具作成】のスキルの応用によるもの。


(極まった魔導技術に、シラトリ・ショータの魔道具の行方と、封印解除方法を知っている…………まさか、この人って……!?)


 シグルの正体に半ば確信めいたものを抱くマクベスとは対照的に、間違いなく何らかのチートスキル持ちのシグルをどうやって倒そうかと集中するアンジェラを前に、シグルは天空に向かって手を翳した。


「勝ち目がないと分かったならとっとと終わりにしようか」


 アンジェラが空を仰ぎ見ると、青い空の向こう側に一際強く輝く赤い光が見えた。その光はどんどんと輝きを増していき――――。


「穿て、サテライトキャノン」


 シグルの言葉と共に、大きな雲を蹴散らして地面に向かって伸びる光の柱が天から落ちてきた。

 鳴動する大気に、あの光が尋常じゃない一撃であると察したアンジェラは、迷わず手札を切る。


「……【雷竜の息吹】!」


 アンジェラの口から天空に向かって迸るのは、かつてドラゴンの代名詞とも呼ばれた破壊の息吹……極大の雷の奔流が、光の柱とぶつかり合う。

 拮抗した際に生じた衝撃によって地面が割れ、木々が吹き飛ぶ中、アンジェラは渾身の魔力をスキルに込め、光の柱を相殺するのに成功した。


「ドラゴンのブレスとは、懐かしい物を見させてもらった。最後に見たのは三百年ぶりくらいになるが、一撃で城を吹き飛ばす私の衛星砲を相殺するとはな」

「……三百年……?」

「やっぱり、彼は……!」


 今度こそ確信したとマクベスが顔を歪ませたその時、アンジェラの体が少しだけ傾きかけた。急激な魔力消費による、貧血に似た症状が体に現れたのだ。


「【鑑定】した通り、どうやらさっきのスキルは連発厳禁のようだな。今の君の魔力量だと一日一発が限度……二発撃てばもう戦えなくなるってところか」


 シグルの言葉に、アンジェラは表情を変えないまま、心の中で悪態をつく。

 指摘の通り、【雷竜の息吹】はアンジェラの切り札とも言うべき威力を誇っているが、その分魔力消費が激しすぎて、二発撃てば完全に魔力が空になる。本来なら確実に敵に当てれる状況でしか使えないスキルなのだ。

 そしてどんなスキルも魔力ありきで力を発揮する。魔力を失ってしまえば、アンジェラもただ人間離れした肉体強度を持つだけの生物に過ぎないのである。


「つまり、二発目を撃たせれば君は戦う術を持たない」


 空に再び赤い光が灯る。アンジェラに二発目の【雷竜の息吹】を使わせようと、再び光の柱を落とそうとしているのだ。


「さぁ、これで終わりだ――――」


 街を吹き飛ばすと豪語する一撃。打ち消すには【雷竜の息吹】しかない。そうすれば勝負が決したも同然となる。シグルの勝ちは確実……だった。


「っ!?」

「……へ……? な、何? 攻撃を、止めた……?」


 シグルは突然攻撃を止めたことで、完全に絶望しきって腰を抜かしていたマクベスは困惑しているが、アンジェラの後ろで尻餅をついていた彼からは見えずとも、絶望的な状況Dでも真っ直ぐに殺意を向けてくる少女の姿に、シグルは巨大な怪物の影を見た気がした。


(気圧された……この私が……?)


 確信めいた直感があった。あのまま光の柱を放っていれば、手痛い反撃を受けていたと。根拠はないが、漠然とそう思わされたアンジェラの気迫に、シグルは考えを改める。


「……止めだ。このまま君と戦っている間に、他のチートスキル持ちに来られては厄介だ。手順を変更させてもらう」

 

 そう告げた瞬間、激しい地鳴りと共に地面から……丁度石階段の真下辺りから、巨大な何かが地面を持ち上げ、上空へと飛び出してきた。


「テリーが持っていた手紙を読んだか? 我ながら・・・・融通の利かない造りにしたものだからアイゼンハルト家の者の魔力が必要だったのは確かだが、別に封印解除に足りない魔力を補う為に高価な魔石を買うように誘導したわけではない。何せ動かすのも千年振りだからな。コレの初期起動に必要な魔力を補う為の物だったんだよ!」


 上空に昇るにつれて覆いかぶさっていた大量の土砂が落とされ、ソレは全貌を露にする。

 地面から飛び出してきたのは、全長にして二百メートルは優に超えるであろう、巨大な鉄の船だった。側面には無数の砲門が取り付けらていることと、一際目を引く巨大な砲台が搭載されていることから、あの船が軍艦であるというのが見て分かる。


「空中魔導戦艦ヤマト。私の故郷・・・・にかつて存在していた軍艦をモチーフに作り出した決戦兵器だ。こいつの主砲から放たれる一撃は先ほどとは比較にならない……フルチャージして放てば、一撃で国をも滅ぼすだろう」


 そしてこれが、今なおこの地の伝説に語り継がれる、一国の軍隊をも退けた魔道具の正体だ。

 シグルは足の裏と背中から勢いよく炎を噴出させて空を飛ぶと、そのまま魔導戦艦ヤマトの方へと飛んでいく。そんなシグルを呼び止めるように、マクベスは叫んだ。


「待て……! 待ってください! よりにもよって、どうして貴方がこんな事をしたんですか!? 人を騙して、こんな兵器まで呼び起こして何をしようとしてるんだ!?」


 それは信じられないというよりも、信じたくないと言わんばかりの声。純粋な憧れが泥だらけにされ、傷付いた少年の叫びだった。


「答えろっ! シラトリ・ショータッ!」


 そんな問いかけを背中に浴びたシグル……という偽名を使っていた、三百年前にこの世界に現れたチート異世界人、シラトリ・ショータは何の感情も感じさせない、冷たい声で答えた。


「なんて事はない。この醜い異世界、テンプ・レチートを滅ぼしてやりたいだけだ」


 それだけ言って、シラトリはヤマトと共に遥か上空へと昇っていく。それと同時に、木々の間から複数の足音や声が聞こえてくる。


「おぉ、お主たち! これは一体どういう事なんだ!?」

「……ガンドと……後ろのは?」

 

 現れたのはガンドと、彼を先頭にした鎧姿の軍人たちだった。その最後尾には、仕立ての良い服を身に付けた上品そうな男性の姿があり、この状況下では少し浮いた雰囲気を放っている。


「彼らは私の部下でもある領邦軍で、その後ろにおられるのが……」

 

 領邦軍に守られるようにして前に出た貴人はアンジェラの前に立つと、真っ直ぐに彼女と視線を合わせながら毅然とした態度で話しかける。


「この度、アイゼンハルト家の家督を継いだヨーゼフだ。ガンドから聞けるだけの事情は聞いているが、そこに転がっている身内の恥と……我々の常識を超えた、空に浮かんでいる巨大な船について、話を聞かせてほしい」

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