噛ませ犬、退場。そして……
「はぁ……はぁ……ま、まだなのか……!?」
「ぜぇ……ぜぇ……つ、着きましたよ、テリー様……!」
夕日が落ちかけ、もうじき夜になろうとしている時刻。ラーゼムの街から少し離れた場所にある深い森の中、生い茂る草木以外には何も存在せず、ただ荒い息遣いだけが聞こえてくるその場所に、突如としてテリーとロンベルの二人が姿を現す。
二人の手には迷彩柄のヘルメットが握らていて、辺りに誰も居ないことを軽く確認すると、彼らは蔓が這い、苔が生えた岩の前に立つ。テリーはその岩から苔と蔓を払い除けると、そこにはフクロウと稲を象った紋章が刻まれていた。
しかもよく見れば素材もただの岩ではないようで、平らな表面は明らかに加工されているのが分かる。
「コレだ……! 間違いない! 我がアイゼンハルト家の家紋が刻まれた石碑!」
「テリー様、これが例の……?」
「そうだ! これこそがアイゼンハルト領を叔父上の手から奪い返し、私を栄光へと導く石碑だ! コレさえあれば、叔父上の子飼いである領邦軍も……いや、アルケンタイド正規軍も敵ではないかもしれんな!」
とんでもない大口を叩くテリーに、ロンベルは今でも信じ切れないという気持ちを抱きながら、懐に忍ばせた物の感触を確かめる。
この石碑の正体はロンベルも事前には聞いている。その上で確信しているのだ。テリーの目論見通りに行けば、確かに領邦軍程度なら物の数ではないだろうし、複数名のチートスキル持ちを要する正規軍が相手でも対抗できるだろう。
それどころか、アイゼンハルト領が国から独立し、アルケンタイド王国と敵対してもどうにかできる可能性がある、とんでもない代物なのだ。
(……だが同時にとんでもなく胡散臭い)
そもそもテリーがこのようなものの存在を知った経緯も分からないのだ。ただその正体だけを教えられ、小心者の割には欲深いロンベルは、それが嘘ではない可能性に怯え半分、期待半分でここまで着いて来てしまったに過ぎない。
テリーが曲がりなりにも伯爵位の継承権を持っている相手であり、一年前以前の自分の悪事を知っているから、なし崩しにここまで協力しているだけだ。
(もしこれで大したものでなかったら、これまでの鬱憤を晴らして今度こそ夜逃げてやる……!)
懐のナイフを服越しに撫でながら、ロンベルはとりあえずテリーの動向を窺うことにした。
テリーは自分に殺意が向けられているのにも気づかず、意気揚々と袋から大量の光り輝く石……高純度の魔石を取り出す。
「いいか、この石碑は封印だ。アイゼンハルト家の血を引く者の魔力を注ぎ込めば、封印は解かれる仕組みになっている。……だが、その為には大量の魔力が必要だからな。こうして回復手段を用意する必要がある」
「な、なるほど。危険を冒してでも購入した甲斐がありましたね」
「い、言っておくが、私の魔力量が少ないという訳ではないぞ!? この封印を解くには、それほどの魔力が必要なのだ!」
「は、はぁ」
曖昧に返事をしながら、内心では「絶対に嘘だ」と、ロンベルはテリーに白い目を向ける。
魔力というの筋肉と同じだ。使えば使うほど量が増え、使わなければ衰える。大したスキルも持っておらず、訓練と付くものが大嫌いなテリーの魔力量は一般人以下なのだ。
「……よし、これで封印解除だ!」
全ての魔石をつぎ込んで魔力を石碑に注ぎ込むと、石碑は光の粒子となって地面に吸い込まれる。
その直後、軽い地鳴りと共に地面が開き、地下へと続く巨大な階段が姿を現した。
「は、はははははは! やったぞ! これで人生大逆転だ! 行くぞロンベル!」
「ま、まさか本当にあるというのか……?」
まだ安心はできないが、これほど大掛かりな魔道具によって隠された階段だ。この下に何かがあると期待しない方がおかしい。
初めてテリーの言葉に信憑性が出てきたロンベルも笑みを浮かべながらテリーの後を追いかけようとしたその時、妙な音が後ろから聞こえてきた。
「……? テリー様、何やら妙な音が……」
「あぁ? なんだ、この音は……? まるで誰かが叫んでいるような音が後ろから――――」
しかもその音はどんどんと近づいて来る。そう感じて後ろを振り返った瞬間――――。
「……ぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!?」
「……ていっ」
【磁力付与】によって空間に磁場を生み出し、まるで森の上空を飛ぶようにして移動してきた、悲鳴を上げるマクベスを肩に担いだアンジェラは、テリーたちを見つけるや否や、物理法則を無視した鋭角な角度でテリーたちに向かって急速落下し、テリーとロンベルは蹴り飛ばされた。
「……キノコ頭の方、ちょっと浅かった」
「あぁああああ! あぁああああああ! 地面だ! 地面だよぉおおおおおお! 生きてるよぉおおおおおおおお‼」
アンジェラによる疑似的な飛行から解放され、地面に下ろされたマクベスは安心したように泣き叫びながら、「もう離さない」とばかりに地面に頬ずりをする。
そんなマクベスと、気絶して動かないロンベルに背を向けて、一撃で意識を狩れなかった自分に反省しながら、痛みに喚いているテリーに近づいたアンジェラは、彼の頭を踏みつけ、片刃剣を目の前でチラつかせる。
「ひ、ひぃいいいいいい!?」
「……一応生け捕りにしてほしいって言われたから殺さないけど、これ何?」
アンジェラは地下へと続く石階段に視線を送りながら、興味本位でテリーに尋ねる。
ラーゼムを拠点に魔物狩りをしていたアンジェラはこの辺りにも来たことがある。その時にはこのようなものもなかったので興味が出るのは当然だ。それはマクベスも同じようで、地面にへばり付きながらも、その視線はテリーに真っすぐ向けられている。
「……こ、これは……我が伯爵家が失った、シラトリ・ショータ所縁の魔道具がある、隠し倉庫だ……っ」
観念したのか、あるいは自分の股間を潰したアンジェラに剣を突き付けられたことがトラウマになったのか、テリーは怯えながらも存外素直に答える。
「シラトリ・ショータの……って、まさか敵国からの進軍を退けたっていう、あの!?」
それを聞いてアンジェラは先ほどドロイから聞いた話を思い出す。政治関連については興味もなかったが、軍団を退けるというチート級の魔道具には興味があって、そこだけ真剣に聞いていたのだ。
「……でもその魔道具ってなくなって、どこに行ったのか分からないって言ってなかった?」
「そのはずだけど……なんでテリーが在処を知ってるの?」
「だ、誰がお前なんかに教え――――」
アンジェラは無言のまま、テリーの目に当たる擦れ擦れの所に、地面が軽く陥没するほどの力で剣を突き刺すと、彼はみっともない悲鳴を上げながる。
「言う! 言うから刺さないで! わ、私の部屋……叔父上に追いやられて使ってる伯爵家の離れの部屋に、ある日突然手紙と魔道具が一緒に置いてあったんだ! この場所にシラトリ・ショータの魔道具が封印されてるって! 封印の解き方も! それさえあれば伯爵家を取り戻せると思って! 本当の事だからもう痛いことしないでぇえええかぺっ!?」
「……何それ。凄い怪しい」
聞きたいことを聞いたアンジェラは、軽く電撃を発してテリーを気絶させる。
叔父に伯爵家を奪われそうになった前当主の息子の元に、突然強大な魔道具の在処を示す手紙が送られてきたなど、怪しいを通り越して作為的なものしか感じない。そんな上手い話をホイホイと信じてしまったテリーの浅はかさには呆れる。それほど追い詰められているであろうことは想像もできるので致し方ない部分もあるが、それでも可笑しな話だ。
(……でも嘘は言ってなかった)
【電心】によってテリーの生体電流の流れを読んでいた為、彼の言動が演技ではないのは確かだ。
アンジェラはマクベスと一緒に眉を顰めていると、テリーのポケットから紙がはみ出ているのが見えた。それを手に取ってマクベスと確認してみると、やはりと言うべきか例の手紙だ。魔道具が隠された場所を示した地図や、アイゼンハルト家の血を引く者が大量の魔力を注ぐことで封印を解除できること、そしてテリーを持ち上げるような美辞麗句がところどころに書かれている。
(でもこれには、肝心の魔道具そのものに関する情報が記されていない。手紙に誉め言葉を散らすことでテリーをその気にさせたってこと……?)
マクベスが石階段を調べてみると、確かに特定の魔力に反応する類の封印であるのは分かった。ここまで大掛かりな封印を作ってまで隠した以上、確かにこの奥に魔道具があると言われれば信憑性もある。
だがそんな大層に守っている魔道具を、浅慮で性格の悪い、前領主のバカ息子に渡そうとする意味が分からない。少なくともテリーは、この手紙を書いた人物に報いる様な性格ではなさそうだ。
(それに手紙と一緒に置いてあったっていう魔道具……あのヘルメットの事?)
マクベスは試しにヘルメットを装着し、魔力を流してみると、彼の姿が風景に溶け込むかのように消えた。
「……姿を消す魔道具? それで衛兵隊の目から逃れたってことか」
「みたいだね。でもそうなると、手紙の主はテリーたちが衛兵隊に捕まりそうになることを想定していた……ひいては、封印を解かせようとしてたってこと?」
手紙の主はアイゼンハルト家の者だけが解ける封印の場所を教え、逃げることに長けた魔道具を渡した。それらが導き出す答えとしてすぐに思いつくのは――――。
「……魔道具を奪い取ろうとしてたとか? 私が逆の立場ならそうすると思うし」
アイゼンハルト家の血を引く者しか封印を解けないなら回りくどい手段を取るだろう。その場合、一番利用し安そうなのはテリーだ。
歴史に記された通りの魔道具なら欲しがりそうな者は大勢いるだろう。だが件の魔道具は失われて三百年近く経つ代物だ。封印の場所だけならいざ知らず、その詳細な解き方までどうやって知ることが出来たのかが謎過ぎる。
「…………手紙を書いた奴、実はちょっと心当たりがある」
驚きに目を見開くマクベスを尻目に、アンジェラはまるで何かを察知したかのように、突然片刃剣を構えて臨戦態勢に移る。
「……初めて会った時、変な嘘を吐いた奴がいる。なんでそんな嘘吐いたのかなんてどうでもよかったから無視したけど、今この場所に居るってことはそういう事なんでしょ?」
誰も居ない、森の木に向かって話しかけているようにも見えるアンジェラ。少なくともマクベスにはそこに誰かがいるようには見えない。しかし、アンジェラの【電心】のスキルは確かにそこにいる人物の生体電流を感じ取っていた。
「……出てこい。衛兵隊長のシグル」
何もない空間から滲み出てくるかのように突然現れた人物……アンジェラとマクベスが釈放された時に知り合ったシグルは、初めて出会った時に見せた温和な雰囲気など欠片も感じさせない、能面の如き表情でアンジェラを見据えていた。
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