やっぱりお前らが犯人か
ぐったりとした様子で自分の家のリビングにあるのソファに腰かけたロンベルは、盛大な溜息を吐く。
ここ連日の間、装備の整備を任せていた優秀な魔導技師を冤罪で追い出したことで冒険者たちから怒りを買い、その説明や対応に追われていたのだ。本当なら逃げ出したいところだったが、相手は自分よりも肉体的に、あるいはスキル的に強い者ばかり。性格も荒くれ者が多いので、下手に逃げれば間違いなく袋叩きだ。
そんな訳で、今日も今日とて怒鳴り散らす冒険者たちにペコペコと下げたくもない頭を下げ、ようやく落ち着いて家に戻ってきたのだが――――
「まったく何をやってるんだお前という奴は! 冒険者どもの怒鳴り声のせいで酒が不味くなっただろうが! あんな連中はさっさと黙らせろ、まったく!」
自宅で我が物顔で寛ぎ、酒瓶に直接口を付けながら中身を呷るテリーに、ロンベルは青筋を立てる。
(一体誰のせいでこうなったと……!)
元はと言えば、テリーが浅い理由でマクベスをギルドから追放し、冒険者たちの反感を買ったのが原因なのに、まるで自分には無関係だと言わんばかりの態度だ。一発殴って怒鳴り散らしてやりたかったが、それをグッと堪え、「申し訳ありません」と頭を下げるロンベル。
(落ち着け……もう賽は投げられたんだ。大丈夫、このバカに付いて行けば私も甘い汁を啜れる)
自分にそう言い聞かせながら、苛立ちを吐き出すようにロンベルは軽く息を吹く。
「ふん……まぁいい。それより、目当ての物は買い揃えたんだろうな?」
「は、はい。恐らく、これだけあれば足りるかと」
そう言いながら部屋の収納棚の中に隠されていた箱をロンベルが取り出し、その中身を見せると、テリーは満足気に頷く。
「よし! よし! これだけあれば事足りる! これでようやく、忌々しいこの街の連中や叔父上を目に物言わすことが出来るぞ! そうと決まれば早速――――」
意気揚々とテリーが立ち上がった瞬間、玄関扉が激しい音を立てながらノックされる。
「ひぃっ!? な、何だ!?」
『おい、今テリーの声が聞こえたぞ』
『テリー! ロンベル! 衛兵隊だ! 中にいるのは分かっている! 大人しく扉を開けろ! さもないと強行突破する!』
衛兵隊が剣呑な雰囲気を発しながら家までやってきた……その理由に心当たりがあったテリーは腰を抜かして後ずさる。
『ちなみに逃げれると思うなよ! この家は既に包囲している! 大人しくしておけ!』
「ひ、ひぃいいいいいい!? え、衛兵が! 衛兵が来たぞ!?」
「お、落ち着いてください! こういう時の為に
ロンベルが収納棚の奥から更に物を取り出すと、テリーは顔を引き攣らせながらも安心の笑みを浮かべた。
「そ、そうだな……コレさえ、コレさえあれば連中を出し抜ける……!」
=====
「先日の横領の一件、調査の結果、容疑者としてロンベルとテリーの名前が挙がった」
部屋に通して開口一番、ガンドはアンジェラたちにそう告げた。それを聞いたマクベスは驚くというよりも、納得いった様子で聞き入れる。
「盗賊団の一件の影響でラーゼムに留まっていた行商人たちから話を聞けてな。ロンベルが日を分けて、給金面からも生活面からも手を出すとは思えない高価な品を購入している。これは何かがあると思って、ギルド職員や行商人の協力の元、テリーとロンベルには秘密で金庫の金に印をつけて罠を張っていたんだが、案の定印をつけている金でギルドの運営とは関係のない品を買っていることが判明した」
ラーゼムの店からではなく、行商人から物を買い取ったのは、ロンベル自身が自分の評判が良くないことを自覚しているからだろう。ただでさえ横領をしているし、足の付きやすい店で物を買うにはリスクが高すぎる。
「まぁ、日頃の行いが行いですし、そんな事だろうと思いましたけど……それじゃあ、二人は捕まったんですか?」
そう聞き返すと、ガンドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて項垂れる。
「情けない話だが、逃げられた。衛兵隊で二人がいるロンベルの家を囲んで逮捕に乗り出したのだが、奴らは衛兵たちに感知されることなくその姿を消したのだ。勿論、扉や窓が開いた形跡すらもない。家の中にいたのは間違いないはずなのに、強行突撃したころには影も形もなかった。これが一時間ほど前の出来事だ」
「姿を消すとか、そういうスキルを持ってたんですかね?」
「いや、テリーにもロンベルにも、そういった類のスキルは宿っていない。隠していたという可能性もなくはないが、魔道具の力を借りたと考えるのが妥当だろう」
「……状況は分かった。要するに、あのキノコ頭を捕まえればいいの?」
一通り話を聞き終えたアンジェラは、率直に聞く。
「キ、キノコ……まぁその通りだ。以前盗賊退治の時に調書をした際、マクベス殿の魔道具が人探しや魔道具の探知に極めて有効であると聞いたのでな。マクベス殿がテリーとロンベルの捕捉、アンジェラ殿が護衛、捕縛をしてほしいのだ」
「……報酬は? タダじゃやりたくないんだけど」
「明細はまだ決まってはいないが、ヨーゼフ様から預かった権限によって、横領犯逮捕の報酬は確約しよう。少なくとも、犯罪者を捕縛した際の相場は出すと約束できる」
「……分かった。それで良い。マクベスは?」
「ちゃ、ちゃんと守ってくれるなら僕も協力するよ。お金欲しいし。……でも」
マクベスはおずおずとガンドに話しかける。
「逮捕とかしちゃってもいいんですか? 支部長はともかく、テリーは伯爵家の人間……ヨーゼフ様の甥ですよね? しかもまだ一応継承権を持ってる……」
「これはまだ発表されていないことだが……此度の遠征で国王陛下より正式に伯爵に任じられたヨーゼフ様は、既に通信魔道具の圏内にまで戻ってきていてな。テリーの逮捕に関しては既に確認が取れている。継承権を完全に失い、罪を犯したテリーを何の問題もなくヨーゼフ様の裁量で裁くことが出来るのだ」
そう言いながらも、ガンドの表情にはうっすらと陰っていた。
ガンドは昔からラーゼムの領邦軍に努めていた人物であり、テリーの事も生まれた時から知っている。いけ好かない前領主の息子であり、悪事を働いたテリーであったとしても、思うところがある。しかし、もう何もかも遅いのだ。
「ヨーゼフ様がテリーをギルドで働かせたのは、更生の機会を与えるためだった。貴族として生きれば間違いなく住民からの反感が爆発し、破滅するであろう甥に、平民として食い扶持を稼がせて生き永らえさせる道を与えた。そしてそれを全て台無しにしたのは、他でもないテリーなのだ。ならばもう仕方があるまい」
手に職も無ければ、住民たちからも忌み嫌われているテリーが、今後もラーゼムで暮らしていくのには無理がある話だ。だからこそヨーゼフは世界各地に支部を持つ冒険者ギルドの事務員として教育させ、やがては他の領地にある支部に転勤すれば、人並みの幸せは掴めるだろうとテリーを突き放した。
だが前領主であった兄の影響は想像以上に残っており、ロンベルを始めとした数名と悪事を働いてしまっている。もう後には戻れないのだ。
「……わかりました。そういうことなら」
もう遠慮する必要はない。そう判断して部屋を出ようとしたアンジェラたちだったが、その直前にアンジェラがガンドに話しかける。
「……そういえば、あいつら何買ってたの?」
「ん? あぁ。正直我々も、なぜテリーたちがあんなものを買ったのか判断しかねるんだが……」
顎に手を添えて考え込むような仕草をしながら、ガンドはまるで意味を理解しかねるかのような口調で言葉をひねり出す。
「魔力の補充などに用いられる、高純度の魔石だ。消費した魔力を回復させる希少で高額な品だが、碌に自身の魔力も鍛えていないあの二人が使ったところで、大したことは出来なさそうなものなのだがな……」
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