昔のチート持ちが遺したもの


 そのままアンジェラたちはラーゼムに戻り、ギルドで魔物の素材を換金してから帰ろうとしたその時、作業着姿の男が声をかけてきた。


「マクベス? マクベスじゃねぇか!」

「あ、部長! お疲れ様です」


 状況を察するに、ギルドの人間でマクベスとは顔見知りらしい。だがどういう関係なのか分からず、アンジェラはマクベスの服の裾をつまんで引っ張る。


「……誰?」

「ギルドの技術部部長の、ドロイさん。僕の元上司だよ」

「嬢ちゃんが今有名なドラゴンの娘かい? 噂は聞いてるぜ、よろしくな!」


 手を軽く上げながら挨拶するドロイに、アンジェラは軽く会釈する。


「出所直後に挨拶して以来ですね。あの時は本当にお世話になりました」

「そう何度も頭下げなくてもいいっての。将来有望な魔導技師が濡れ衣着せられて黙ってられるかってんだ」


 豪快に笑いながらマクベスの背中をバシバシと叩くドロイ。話を聞く限り支部長……というか、テリーとはそりが合わなかったらしいが、技術部内では上手くやっていたらしい。二人の間には余所余所しさがあまり感じられない。


「それで、どうした? もしかして、破門を免除されて戻ってきたか?」

「いや、そういうわけじゃ……実は今、アンジェラの元でお世話になってて――――」


 マクベスがアンジェラと行動をしている経緯を話すと、ドロイは「そうかそうか!」と嬉しそうにアンジェラと向き合う。


「嬢ちゃんは見る目があるみてぇだな! マクベスは良い腕してるだろ!?」

「……うん。武器これもマクベスに直してもらった。最初の時より切れ味がいいし、いつも綺麗にしてくれる」

「そうだろう、そうだろう! マクベスは装備の修繕一つとっても他とは違ってな! 技師の腕は三日サボれば客にバレるなんて言われるが、この様子だと腕は鈍らせてねぇみてぇだな」

「ん、んん。いや、それほどでもないですよ?」


 元とは言えど、上司に褒められて気分を良くしたマクベスは照れながら謙遜する。


「違いの分かる嬢ちゃんに仕事を貰ってるみたいで安心したぜ……それに比べて、ロンベルの野郎ときたら」

「支部長、何かあったんですか?」

「あったもなにも、マクベス。オメェも関わってることだぜ?」


 一体どういうことなのかと、アンジェラとマクベスは顔を見合わせながら首を傾げる。


「ギルドの技術部には、毎日大勢の冒険者たちが装備の修繕に訪れるが、マクベスが来てから一年の間で、オメェの腕前は冒険者たちの間でも評判になっててなぁ。実は結構な数の冒険者から指名受けてたくらいなんだよ」

「……そういえば、なんか僕だけやたらと仕事を任されてたような……あ、そういうことだったんですか? 聞いてないんですけど?」

「若い内から期待ばっか向けられる奴ほど潰れるのも早いからな。もうちょい経験詰んでから伝えようと思ってたんだよ。後お前、調子に乗りやすいところあるしな。自信過剰になって腕が鈍るのも勿体ない」

「そ、そんなことはぁ~……」


 思い当たる節があるのか、マクベスは盛大に目を泳がせた。

 実際、自信過剰になれるだけの才覚と、若さに伴わない腕前があるだけに、慢心してしまう可能性は否定できいない。


「そこに来て一週間前の破門だろ? 俺はよぉ、いずれお前の王都のギルドに推薦しようと思ってたんだよ。お前ならあっちでもやっていけるってな。それをロンベルの馬鹿が台無しにしやがったんだ。ただでさえ【道具作成】のスキルは貴重だっていうのに」

「部長……!」


 不満気に吐き捨てるドロイに、マクベスは密かに感動した。破門されたのは悲しかったが、そこまで評価してくれた人がいたという事実に救われた気分だ。


「ま、そのせいでロンベルも大変な目に遭ってんだけどな」

「……何かあったの?」

「破門される直前、かなりの数の修繕をお前に任せただろ? あれ全部マクベスを指名して預かってたやつなんだよ。中には高ランクの冒険者のもあってな、お前が破門されて三日くらい経った頃、そいつを筆頭にマクベスの顧客が全員ロンベルんとこに怒鳴り込んだんだよ。預けた装備の修繕はどうなってんだってな。あん時のロンベルの真っ青な顔は見物だったぜ。いつまでのテリーに媚び売ってるからああなるんだ」


 冒険者とギルドの間には信頼関係がなければ、冒険者ギルドという組織は成立しない。今回ロンベルがしたことは、私怨によって冤罪をでっちあげ、冒険者たちが頼りにしていた魔導技師を追放し、仕事に支障をきたすという、冒険者たちの信頼を裏切る行為だ。これでただでさえ低かったロンベルの評価はさらに下がる事だろう。


「テリーがマクベスをやっかんでたのは周知の事実だからな。どうせテリーに言われてロンベルがホイホイ従ったんだろ。この悪事がバレてヨーゼフ様が正式に伯爵位に就けるようになればいいんだがなぁ」


 ドロイは悩ましげに腕を組みながら眉根を寄せる。


「どうかしたんですか?」

「……ラーゼム中から伯爵位に就くことを待望されてるヨーゼフ様だが、ちょっと慎重になり過ぎちゃいねぇかって思ってな」


 そう言われて、マクベスも心の中で同意した。

 幾ら他の貴族からの妨害を受けているとはいえ、テリーの不祥事と能力の無さは誰もが知っているところ。ヨーゼフが正式に伯爵位に就くのは時間の問題だった。


「だが前領主だったテリーの親父が追放されてから一年。それまでヨーゼフ様は代行の地位に甘んじてた。いくら他の貴族からの妨害もあったからって言っても、所詮は余所の領地からの干渉だ。領地の事を考えれば早く当主を決めた方がいいのに、そんな一年も正式に伯爵家を継げないなんてあるのかって、街中で噂されてんだよ」

「それは……確かにそうですね」


 他の貴族からの妨害と聞いて、漠然とそういうものだと受け止めていたが、ドロイの話を聞いてマクベスも考えを改める。

 

「国王陛下は善政を敷いてることでも有名ですし、とっとと王都に出向けば辺境伯として正式に任命されてそうなものですしね。まぁ王都まで遠いし、調整とか準備とかを考えれば一年という期間も妥当だったんじゃないかって思いますけど……」

「……ここだけの話なんだけどよ」


 ドロイは改まった様子で周囲に誰も居ないかを確認し、小声で話し始める。


「ヨーゼフ様が一年もの間、正式に伯爵位を継ぐための活動をしてこなかったのは、魔導技師たちの間でまことしやかに囁かれてるシラトリ・ショータ所縁の品が関係してるって噂だ」

「それって確か、アイゼンハルト家に代々伝わってるっていう、正体不明の魔道具のことですよね?」


 今から三百年前。まだドラゴンたちが力を失う前の時代に現れた異世界人、シラトリ・ショータとアイゼンハルト家の祖先は親友同士だったらしい。

 当時はアルケンタイド王国も混乱が続いていて、この地も諸外国から激しく攻撃されていたのだが、シラトリ・ショータはかつてこのラーゼムを治めていた友人に一つの魔道具を贈ったという。

 魔道具そのものと詳細は長い時間の中に失われてしまったが、その魔道具一つだけで侵攻してくる敵国の軍勢を退けることが出来る類のものらしく、今の世に現れれば新しい戦争の火種にもなりかねない代物なのだとか。


「具体的にどんな魔道具かはわからねぇが、歴史として多くの連中の知識に残ってるくらいだ。その魔道具は実在したんだろうよ。で、ヨーゼフ様は伯爵位に就く為の活動よりも前に、それを探し出し、余計な不安の種を取り除こうとしてたんじゃないのかっていう噂が立ってるわけよ」

「なるほど……確かに魔導技師としては興味がそそられますね。アンジェラ、君はどう思う?」


 いきなり話を振られたアンジェラは小さく欠伸をしてから、一言。


「……心底どうでも良い。それよりお腹減った」

「……うん、だよね。知ってた」


 アンジェラは元々、ラーゼムどころかアイゼンハルト領の住民ですらない流浪の旅人だ。政治云々など端から興味もないし、そんな話題の為に食事が遅れるのは不満なのである。


「ははははは! そりゃつまんねぇ政治の話なんぞ退屈だよな! 昼飯時に長話しちまって悪かったな、嬢ちゃん。まぁマクベスよ、ヨーゼフ様が戻って来さえすれば、お前もギルドに戻れるはずだ。それまで腐らずに腕を磨いとけよ!」


 愉快そうに笑いながら去っていくドロイを見送り、改めてアンジェラたちはマクベスの家へと向かう。

 

「……マクベスは、ヨーゼフっていうのが戻ってきたらギルドに戻るの?」

「え? まぁ、そうするかな。収入も安定してるし、部長の言葉が本当ならギルド本部に推薦してくれるかもだし」

「……そっか」


 何気なく答えて来るマクベスに、アンジェラは少しだけ寂しい気持ちになった。

 ギルドに戻るということは、マクベスは規約によってアンジェラの武器の整備をしなくなるという事だ。彼の腕前を買っていたアンジェラからすると、冒険者にでもならなければ惜しい人物の協力を得られなくなるし、何よりもアンジェラとの契約を続行する意味がマクベスにはなくなる。


(……元々、少しの間の付き合いだったつもりなんだけどな)


 彼と組んでまだ半月も経っていないが、マクベスがマジックタブレットで魔物や盗賊を見つけ、片刃剣を綺麗に整備してくれたおかげで、アンジェラは何時もよりも快適に戦うことが出来たし、多くの戦闘経験を得ることが出来た。

 作ってくれたカレーも美味しかったし、あまりものを知らない自分に色んなことを教えてくれたことも嬉しかったが……何よりも、マクベスと共に冒険するのは、ずっと一人で旅をしてきたアンジェラにとって本当に楽しいものだったのだ。

 戦うためのスキルを持たないのに、何だかんだで魔物が生息する地域までついて来てくれたマクベスのことを、アンジェラは気に入っていた。できる事なら――――

 

(……ううん、それは言わないでおこう)


 ギルドという一つの場所に根を下ろし、魔導技師として高みを目指そうとしているマクベスと、流浪の旅を続けて強者を探し、世界最強を目指すアンジェラとでは道が交わらないだろう。

 金に困った彼に仕事を与えたのはアンジェラだが、マクベスの人生はマクベスのものだ。恩を盾に選択を迫るようなことはしたくない。

 だからマクベスとはこの街で別れる。それで良いのだとアンジェラは自分を納得させ、隣にいる彼に悟らせないように歩き続けた。


「……マクベス。今日はカレーが良い」

「今日はっていうか、今日もでしょ? 僕は子供の頃から食べ慣れてるからいいけど、いい加減飽きない?」

「……北とか西とか東とかに行ったら食べれなくなるから、今の内に食い溜めしとく」


 せめて大好物になったカレーを目一杯食べてから旅立とう。そうアンジェラが開き直ったところで、マクベスの家が見えてきた時、後ろから声を掛けられた。


「おお、お主たち! 今帰ってきたのか? 丁度良かった!」


 鉄鎧を身に纏った髭面の男……領邦軍の総司令官ガンドは小走りでアンジェラたちの元へと駆け寄った。


「……どうしたの? そんな慌てて」

「……ここでは話せない。すまないが、マクベス殿の部屋で話させてくれ」


 ガンドは軽く息を整えながら、真っ直ぐにアンジェラたちに視線を向けながら小さな声で告げる。


「魔物狩りのアンジェラ殿、並びに魔導技師のマクベス殿の両名に、ヨーゼフ様の代理として依頼したいことがある」

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