実は結構加減してました(アンジェラ)


「畜生! 畜生ぉおおお‼ あのメスガキがぁあ……私をこんな目に合わせやがって……いっ!? だだだだぁああ……!? ぐ、ぐぅうううう!?」

「テリー様! 傷に障ります!」


 冒険者ギルド内にある診療所の医務室のベッドの上で、うつ伏せになりながら尻を天井に突き出し、股間を抑えるという間抜けな姿を晒しているテリーは、自分をこのような目に遭わせたアンジェラに恨み節を零していた。

 公衆の面前で股間に蹴りを喰らってから既に一日。電撃と衝撃をまともに食らった股間の痛みは未だに引いていない。


「わ、私は時期伯爵家当主なのだぞぉおお……!? その私をこのような目に遭わせておいて罰しないとは……これだから叔父上の息が掛かった無能共はぁ……!」


 辺境伯の座を巡る権力争いにおいて、ラーゼムの有力者たちを始めとした住民の支持率、王家からの評価、それら全てが叔父であり、伯爵代行でもあるヨーゼフが絶対的有利であると示しているのが、誰の目から見ても明らかな現実だ。

 人望は皆無に等しく、寄ってくるのは甘い汁を啜ろうとする目先の利益に目の眩んだ者ばかり。更には領主としての能力すらもない……それを知った上で、テリーは自分が領主の座に就けると信じて疑っていない。


「分かっているな、ロンベル支部長……! もし私を裏切るようなら……!」

「も、勿論ですとも! 私はテリー様に忠誠を誓っておりますゆえ‼」


 そんなテリーに付き従う冒険者ギルドのラーゼム支部長であるロンベルは、三年前に支部長に就任してから二年にわたって前領主一家の悪事に手を貸してきた。

 依頼料や素材売却金の着服に、一部の冒険者を私兵にしての暴力事件。証拠不十分のためにお目こぼしを貰っているが、いずれもギルドの本部や王国政府にバレれば処罰されるような事ばかりを。

 だが一年前、前領主が追放され、ヨーゼフが街を取り仕切るようになってからというもの、明らかに風向きが悪くなった。


(クソ……このバカ息子め! どうして私がこんな奴に何時までもペコペコ媚びを売らなきゃならないんだ……!? さっさと手を切りたいのに……!)


 引き出せる旨味が少ない奴に何時までも媚びを売っていても無駄。職員や冒険者たちの視線も厳しいし、本当なら着服した大金を持って早く夜逃げしたい。


(だが……それをやればもっと大変なことになる)


 何せテリーはロンベルが犯した悪事を多く知っているのだ。下手にテリーを切り捨てて逃げようものなら、どんな情報をバラまかれるか分かったものではない。せっかくお咎めなしでいられたのに、一転して指名手配犯になるなど冗談ではない)


(それに、こんなバカ息子でも神輿にすれば良い思いが出来る可能性もある。ここはしばらくの間我慢だ……そうすれば、夜逃げなどというリスクを負わなくてもいいようになる筈……! 一年前と同じように、美味しい思いが出来る)


 この情勢下において、ロンベルもまたテリーが伯爵位を継げる可能性があると思っていた。それも前領主と同じ轍を踏むこともなく、だ。  

 その時が来れば、また以前のように……いいや、その時以上の権威を傘に着て利益を貪ることが出来る。それを信じて今日も性格の悪い主の癇癪に付き合っていたのだが、そんなロンベルの元にギルドの職員が慌てた様子で医務室に飛び込んできた。


「た、大変です支部長! い、今複数名の冒険者が支部長を呼べと怒鳴り込んできて……!」


   ===== 


 ラーゼム近郊の森に居付いた盗賊団が殲滅されたという情報が出回り、一週間。街は驚きと喜びが交じり合った喧騒に包まれることとなった。

 その影響を主に受けたのは独自の情報網を持つ行商人たちで、盗賊たちの略奪を見越して大掛かりな準備を進めており、その影響をもろに受けたラーゼムの店はどこも慌ただしい。

 それと同時に、領邦軍すら手を焼いた盗賊団をたった一人で壊滅させたという魔物狩りの噂がラーゼムに広まっていた。

 

 曰く、小さいのにとんでもなく強いドラゴンの娘。

 曰く、天才幼女。

 曰く、出自不明だけど凄い子供。


 ……当の本人が聞けば「あ゛?」とドスの効いた声を出しそうな評判だが、街の住民からは好意的な声が多い。

 そんな噂の渦中にある少女、アンジェラは今……マクベスを肩に担いで森の中を駆け抜けていた。


「ぎゃあああああああああああっ!? ぎゃあっ!? ぎゃああああああああああああっ!?」

「……マクベス、うるさい」

「そ、そんなこと言われたってぇええええええええっ!?」

 

 すぐそばから聞こえてくる耳障りな悲鳴に、アンジェラは顔を顰める。

【纏雷】を足や目に集中して発動させることで、岩や木の枝、崖などと言った不安定な足場ばかりの深い森の中をパルクールさながらに駆け抜けるアンジェラの肩に担がれたマクベスは、絶賛恐怖体験の真っ最中なのである。


「……うん、見つけた。マクベスの言う通りの場所」

「よ、よかった……と、とりあえず降ろして……」

 

 そして森を駆け抜けていた理由……その目的を見つけ出すと、アンジェラはマクベスを地面に降ろし、その目的へと片刃剣で斬りかかった。

 

「ガアアアアアアアアアアッ!」


 突然現れた、激しい電撃を纏う武器を担いだアンジェラに、標的である魔物は咆哮を上げる。

 ビッグフェイス……胴体と見合わない大きな頭と、巨大な顎が特徴的な犬ような見た目をした大きな魔物だ。

 そんな怪物にとって、小さなアンジェラなど一口で吞み込める手頃なエサでしかない。本能に従い、その巨大な顎で嚙み砕こうと大口を開けて跳びかかってきたビッグフェイスだが……アンジェラは焦ることなく体を限界まで低く伏せて、帯電する片刃剣をビッグフェイスの喉に向かって下から突き刺した。


「■■■■■■■ッッッ!?」


 喉を貫かれ、全身に凄まじい電撃が駆け巡って、声にならない悲鳴を上げるビックフェイス。アンジェラはそのまま空いた手でビッグフェイスの顔を掴み、その巨体を背負い投げして地面に叩きつけ、その勢いに乗せて首骨を破壊。あっという間に敵を仕留めた。


「……デカいだけの犬でちょっと物足りないけど、うん。もうちょっと上手くやれそうって分かっただけでも満足」

「デカいだけの犬って……冒険者ズギルドじゃ、高い危険度を誇る魔物なんだけど」


 未だに震える膝を支えながらゆっくりと近づいて来るマクベスに、アンジェラは意外そうな表情を向ける。


「……そうなの?」

「並の冒険者じゃ、数十人規模で挑んでも皆殺しにされることもあるってくらいだからね……あんなあっさり倒したけど、肉体的にはかなり頑丈なんだ」


 ギルドの魔導技師として、数多くの魔物の素材に触れてきたからこそ分かる。このビッグフェイスが評判と遜色のない力を誇る危険な魔物であるということを。

 だからこそ、それを一方的に仕留めるアンジェラの実力に、マクベスは未だ驚きを隠せないわけである。


「……それは多分、マクベスのおかげでもある。貰った時より切れ味が良くなってるし、電気も強くなってるって、ここ最近使ってて分かったからかなり満足」

「武器を活かすも殺すも全て使い手次第なんだけど……その誉め言葉、素直に受け取っておくよ。……まぁ修繕前が酷かったっていうのもあるだろうけど。よくあれで戦えてたね」


 付着した血を払い、分かりにくいが上機嫌に片刃剣を眺めるアンジェラ。

 実際、損傷を起こす以前の状態よりも切れ味が上がっている。今となってはマクベスと縁を結べて良かったと素直に思える。

 

「そして最近アンジェラに付いて行ってよく分かったことがある……マジックタブレットの探知機能は、早急に改善しなければならないと!」

「……? 特に困ったことはなかったと思うけど……マクベスがうるさい以外」

「立場が逆になったら分かるよ! 自分の意志と関係なく高速移動させられる気持ちが! しかもただでさえ小さいアンジェラに担がれてるから何度地面に顔面が当たりそうに――――」

「小さい言うな。ぶっ飛ばすぞ」

「ごめんなさい」


 思わず禁句を口走った失礼な男を睨むと、マクベスは即座に土下座をした。


「やっぱり広大な場所から魔物や人を探すのに索敵範囲が狭いのが良くないね。僕が魔物が出る場所に行くとか、どうやっても足手纏いだよ」

「……その魔導銃っていうので戦えばいいんじゃないの?」


 アンジェラはマクベスの手に握られている、未だに使ってるところを一度も見たことが無い魔道具を指さす。

 魔導銃もシラトリ・ショータが故郷の武器を参考に開発した魔道具で、引き金を引くだけで手に持った者の魔力を自動で圧縮し、弾丸として高速で射出する武器である。

 魔力さえあれば女子供老人でも等しく扱えるため、主に要人が護身のために所持している魔道具だ。物によっては強固な殻で覆われた魔物も貫通する威力を発揮する魔導銃もあると言う。


「ふっ……自慢じゃないけど、僕は凄まじいノーコンだ。どれだけ練習しても五メートル以上離れられたら当たらなくなるし、動く相手に当てるなんて無理だよ。戦闘系スキルが一切な僕が持っててもお守り程度にしかならないのさ」

「……本当に自慢に出来ない。なんで誇らしげなの?」

「自虐ネタに走らないと悲しくなるくらいのノーコンなの! 言わせないでよ! それより問題はマジックタブレットこっち!」


 マクベスのマジックタブレットによる索敵能力の範囲は半径三kmほど。これだけでも十分破格だが、街の外に広がる広大な未開拓地から魔物を探し当てるには些か心許ない。

 

「何らかの方法でマジックタブレットの効果範囲を広げるのと同時に、通信機能みたいなのを付け足した方がいいね。街からナビするみたいな感じで……うん、この方向で行こう。となると必要なのは……」


 ブツブツと呟きながら一人納得するマクベスを尻目に、アンジェラは倒した魔物の解体しながら別の事を考える。

 基礎的な鍛錬は欠かさず出来るが、実りのある実戦経験はやはり不足しがちだ。マクベスの協力で魔物こそ見つけやすくなったが、敵の強弱までは戦ってみないことには分からない。 

 今回は内包された魔力の量が多いのを選んで戦ってみたが、実際には突撃するしか能のないのでは実戦経験を積んだ気がしない。


「……ねぇ。チートスキル持ちを見つけるとかできないの?」

「へ? チ、チートスキル持ちを? 君、本気?」


 服の裾をクイクイと引っ張るアンジェラに、マクベスは信じられないような顔をした。 

 

「うぅーん、正直難しいな。魔道具は作ることが出来れば便利ではあるんだけど、その為の機構を開発しないと絵に描いた餅だもん。相手のスキルを見抜く魔道具もあるけど、あれは対象の血液から情報を得る物で、遠く離れた場所に居る相手のスキルまで見抜けないし、仮に出来たとしても見抜いたスキルがチートであるかどうかを確実に分かるかって言われると……」


 そもそもチートスキル持ちと一口に言っても多種多様だ。分かりやすい単純明快な強さを持つチートスキルもあれば、一見すると弱いが使い方次第でチート級の力を発揮するスキルもある。

 ただ額面上の能力だけ見ただけで、それがチートスキルであるのか無いのか……それを見極めるのは困難だろう。


「まさかと思うけど、戦う気……本気で?」

「……そうだけど?」


 さも当然のように答えるアンジェラに、マクベスは今度こそ言葉を失った。

 ドラゴンとは思えないほどアンジェラが強いことも、彼女が目指すモノも知ってはいる。実際に盗賊団を一人で壊滅させた実績もこの目で見た。だがチートスキル持ちと呼ばれる者たちには、数万単位で構成された軍隊をたった一人で壊滅させたなどといった、信じ難い逸話が後を絶たないのだ。

 これは流石に止めるべきだ……マクベスは説得の言葉を発しようとしたが――――


(いや……僕が何を言えるんだ?)


 マクベスは戦士ではない。命を懸けて戦うアンジェラの野望にかける想いも知らないまま、単なるお節介でどんな言葉をかければいいのか、マクベスには思いつかなかった。

   

 

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