二人の野望


「……まさか、食い尽くされるとは。一体どんな胃袋してるんだ、あのロリドラゴン」


 ご満悦な様子でリビングで寛ぐアンジェラの様子を盗み見しながら小声で一人呟くマクベス。

 業務用の大鍋とまではいかなくても、一般的な家庭にある大きめの鍋に半分以上入っていたはずの作り置きカレーと、ナン十個がどうやってあの華奢な体に入るのか……これが世に聞く女子の別腹とでもいうのか。


「カレーで満たされる別腹……なんて色気が無いんだ」


 それに、おかしいのは胃袋の要領だけではない。盗賊との戦いで負った傷も殆ど塞がっている。治癒能力を促進するスキルでも宿っているのかと考えるマクベスだが、これはドラゴンという種族が持っていた本来の自己治癒力によるものだ。それをアンジェラは話さない……というよりも、聞かれていないから喋らないので、彼の知る由もなく、困惑ばかりが募るのだが。

 洗い物を終えて、言動の端々から女子の何たるかを吐き間違えていそうなアンジェラの元に戻ると、マクベスはテーブルの上に置かれた片刃剣を手に取って眺める。


「改めてみると、これ結構な業物じゃないの? 良い金属使ってる」

「……師匠から貰った、練習用の剣」


 マクベスは机の上に鎮座する片刃剣を持ち上げ、色んな角度から点検する。


「でもやっぱり細かい刃毀れが目立つなぁ。しかも剣身が微妙に歪んでるし……君どんな使い方してきたの?」

「……むぅ……んー……普通の使い方してたと思う」

 

 少し考えてから、アンジェラはそう答える。

 実際、アンジェラは武器を大事に扱ってきたつもりだ。魔導技師に中々巡り合えない環境で、全力で敵を叩き切ったり、木を切ったりしていただけ。

 倒してきた敵の中には岩のように固い甲殻を持つ魔物もいたから、そういう敵を倒す時に大きく刃毀れがしたり歪んだりしたのかもしれない。

 

(……武器を見れば使い手の力量が分かるっていうけど、なるほど。この剣はもう、アンジェラの腕力に耐えられていない)


 そんなアンジェラの言葉には信憑性があると、マクベスはボロボロの剣を見ながら頷く。

 少なくとも、この剣が業物であったのは間違いない。そんな名剣をここまで損耗させるなど、ドラゴンという弱い種族の力からは想像もできないのだが、ことアンジェラに限って言えば納得である。

 

(たった一人で領邦軍も手を焼いたっていう盗賊を殲滅させるドラゴンなんて普通じゃない。しかもスキルを使えないはずの種族なのに、アンジェラはなぜか使えるみたいだし……ギルドで話題になるはずだよ)


 そんなアンジェラの師匠っていうのがどんな人なのか、本気で気になってきたマクベスだったが、とりあえず意識を切り替えて剣の整備に集中する。


「ただ直すだけじゃすぐに歪みそうだ……ちょっとだけ改造していい?」

「……改造?」

「うん。まぁ材料も大したものがないから、ちょっとした改良みたいなもんだけど……どうする?」

「……じゃあ、お願い」


 マクベスの提案に興味が出て、アンジェラは【道具作成】のスキルを使ったマクベスと、徐々に元の形を取り戻していく片刃剣を眺める。

 スキル【道具作成】は、武器や防具、魔道具や薬を作るための設備や器具が無くても、頭の中で思い描いていた道具を作り出すことが出来るという、こと生産職においては非常に有用なスキルだ。

 ただし、物を作るための材料が手元になければならないし、作り出されるための確かな知識と実体験に基づいた工程と結果を明確にイメージする必要があり、そのイメージ通りに道具を作り出すためにスキルの精度も高い次元まで極めなければならないという、玄人向けのスキルでもある。


「ふぅうう……!」


 片刃剣の柄を握り、動いてもいないのに汗を流しながら、マクベスは剣の歪みを修正。刃毀れした部分を新たなインゴットから補填……気が付けば、片刃剣はアンジェラが初めてグライアから貰った時と同じような、綺麗な状態に戻っていた。


「よし……こんなものかな。ちょっと持ってみてよ」

「……もうできたの?」


 ラーゼムに来る以前に立ち寄った街で刃毀れなどを直してもらったことがあるが、それよりもかなり早く仕上がったことにシオンは驚いた。剣身も歪んでいると言っていたからもっとかかるだろうと思っていたのに、他の技師が刃毀れを直すだけよりも早いとは想像すらしていなかった。


「……? ちょっとだけ軽くなってる?」


 持ち上げてみて驚いた。片刃剣の重量が軽くなっているのだ。小さくなっている訳でもないのに何故なのか……そう問いかける視線に、マクベスは自慢気に答える。


「片刃剣には、強度と軽さを兼ね備えたミスリルが主材料になっててね、これに数種類の金属をスキルを使って混ぜ合わせることで最新の合金を――――」

「……まだるっこしい。端的に言って」

「スキルの力で片刃剣を軽くしつつ、実戦に耐えれるように強度を上げてみました」

「……ちょっと振ってくる」


 そう言ってシオンは、ラーゼムの子供が昼間に遊んでいる公園へ向かい、片刃剣を振り回し、取り回しを確認する。

 正直な話、ドラゴンとしての怪力を持つアンジェラからすれば、前の状態でも大して思いとは感じなかったが、こうして何度も何度も振るとなると、腕に蓄積される疲労の差は段違いだというのが分かる。

 それを大きさを変えないまま十分な重さを残しつつ軽くし、更には強度を上げるとは……マクベスの技量に、アンジェラは素直に感嘆した。


「どうかな? 実際の振り心地は実戦じゃないと分からないかもだけど……付け加えたのはそれだけじゃない。今の片刃剣は電気伝導率も上がってるから、君のスキルによる効果が上がってるはずだ」

「……ホント?」


 試しに何時もと同じくらいの魔力で片刃剣に雷を纏わせてみると、確かに電気の通りが良く、何時もよりも激しい電流が片刃剣から放たれている。

 即席で軽量化と同時に強度と付与魔法の威力を上げる……簡単に言ってくれるが、それはかなり凄いことであることを、専門外とはいえスキルを極めんと日々訓練に明け暮れるアンジェラには理解できた。

 マジックタブレットの事といい、もしかしたら冒険者ギルドはとんでもない魔導技師を手放したのではないだろうか?


「……とりあえず明日、魔物相手に振り回してから判断するけど……うん、かなり気に入った。もしかして、マクベスって凄腕の魔導技師?」

「え? そ、そうかな? そう見える?」

「……少なくとも、私にはそう見えた」


 率直にそういうと、マクベスは我慢できないとばかりに盛大なニヤケ面を晒す。


「そ、そんな褒めても何も出ないよ、もう! まぁ? 僕と同じくらいの年頃で、ここまでできる魔導技師は見たことないけども! それよりほら、鞘がないと不便でしょ? 即席だけど作っておいたからさ!」

 

 謙遜しながらやたらと自慢気な様子のマクベス。自分の才覚と実力を疑っておらず、それを率直に褒められたのが嬉しくて嬉しくて仕方ない様子なのだということが、アンジェラには見て取れて分かった。


「……でも鞘はいらない。邪魔なだけだし」

「あのね、ずっと言いたかったけど、町中で抜身のまま持ち歩いてたら不審者扱いされるよ? いいからほら、サイズぴったりなの作ったからさ、使ってみてよ」


 そう言われて、アンジェラは木製の鞘に収められた片刃剣を受け取ると、抜こうとした……が、腕が短くて抜けない。両腕を使って左右に抜こうとしても、切っ先が鞘の口に引っかかるのだ。片手で抜こうとすればどうなるかなど、言わずもがなだろう。


「……実戦で、わざわざ引き抜くのも時間の無駄になるから、やっぱり鞘はいらない」

「……ごめん。余計なお世話だったね。柄の部分だけちょっと直すよ」


 すごく気まずくなった雰囲気を払拭するかのように、握り過ぎて摩耗した柄の修理を始めるマクベス。同年代で自分以上の技師は居ないと豪語するだけあって、修理後の柄の握り心地や刃の輝きから、自信に見合うだけの技量がマクベスにはあると分かるが、だからこその疑問というものがある。


「……王都のギルドで働かないの? あっちの方が給料多そう」

「ギルドも信頼がものを言うからね。まずは地方のギルドで実績を積んでからじゃないと、王都みたいな場所じゃ働かせてもらえないんだよ」


 王都のギルドというのは、冒険者ギルドの本部だ。当然有力な冒険者が数多く在籍しており、所属している魔導技師たちも一流揃い。働き出して一年程度しか経っていないマクベスを簡単に採用してくれるようなところではない。


「本当は僕も本部勤めしたかったんだけどね……破門されちゃったし、どうなる事か」

「……やっぱり給料多いから?」

「いや、お金も欲しいけど、どっちかっていうと目標のためにね」


 マクベスは照れ臭そうに頬を掻く。


「なんてことはない。生まれ持って【道具作成】のスキルがあったから魔道具や武器作りに興味を持って……伝説の魔導技師であるチート異世界人、シラトリ・ショータに憧れたってだけだよ。ほら、皆五歳くらいになるとどんなスキルが宿ってるか調べる魔道具あるでしょ? あれの発明者」


 シラトリ・ショータ……その名前はアンジェラにも聞き覚えがある。

 今から約三百年前に現れた、このテンプ・レチートよりも遥かに高度な技術によって発展した、チキュウと呼ばれる世界からやってきた、チートスキル持ちの異世界人のことで、今では当たり前のように生活の中に存在している調理用魔道具に、水を無限に出す魔道具。食材を冷蔵保存する魔道具に、遠くに居る者と会話する通信魔道具などを作り出した、魔道具文明の父と呼ばれる人物だ。

 その才覚を妬んだ者たちによって謀殺されたと聞いたが、彼が残した魔道具は世界中の人々の生活レベルを大幅に引き上げたとして歴史に名を刻んでいる。


「腕前一つで成り上がる仕事をするなら、伝説の技師みたいに歴史に名を残してみたいってね。ありきたりだけど、そういう目標を掲げて魔導技師になった……でも」

「……?」

「破門される前からちょっと悩んでてさ。いざ魔導技師になったは良いけど、具体的な次の目標がなかった。どんな物を作って大勢に認められるか……それが漠然としてて、具体的な新しい夢を見つけられないままだったから、王都のギルドならそれを見つけられるんじゃないかって期待してたんだよ」


 要するに、魔導技師として新しい刺激が欲しかったということだろうか。

 自分の才能を辺境で埋もれさせたくない……もっと大きなことを成し遂げてみたいという、マクベスの野望が伝わってきた。


「そ、そういえばアンジェラはどうして旅を? 何か目標があるの?」


 喋り過ぎて恥ずかしくなったのか、マクベスは無理矢理話題を変えてくる。


「……私の目標? うん……勿論ある」

「へぇ。それって何なの?」 

「……世界最強」


 その一言に、マクベスは呆気を取られる。


「……この世界の強い奴全員喰らって、私が一番強い奴だってことを証明する。天国まで、この名前が届くくらいに」


 この世界には、チートスキル持ちと呼ばれるとんでもない人間たちが存在する。その力はかつて世界の頂点に君臨していたドラゴンたちが一方的に駆逐されたほどで、他の誰でもないアンジェラが彼らの強さを理解していないとは思えない。

 にも拘らず、アンジェラは最強になるのだと吠えた。あまりに現実味のない大きすぎる野望……しかし、それを一笑することをマクベスは出来なかった。

 湖面のように澄んだ、まるで引き込まれそうなアンジェラの瞳の奥に、静かに燃え上がる炎を見た気がして、マクベスは何も言えなくなってしまった。


「……でも今の私もマクベスと同じでちょっと立ち止まってる。チートスキル持ち相手にどうやって勝つか、連中に対抗するために私だけの力、私だけの技を探してる」

「そうなの?」

「……私の戦い方は、師匠が考えて教えてもらった通りの戦い方。それを進化させて、自分だけの戦い方を見つけることが出来れば、届くかもしれない……」


 守破離という言葉がある。教えてもらったやり方を守り、やがてそれを破って自分だけのやり方を作り出すという、大雑把に言えばそんな意味の言葉だ。

 今まさにアンジェラは教えを破り、自分だけの剣術を作り出そうとしているのだろう。マクベスにも覚えがある、一番長く、険しい段階。今まさに進むべき道を見失っている自分からすれば若干羨ましくもある。


「……? なんで笑ってるの?」

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと安心してさ」


 悩んでいるのは自分だけではない。まったく異なる分野でも、自分と同じく悩み、苦しみ、それでも前に進もうとしている者がいる。その事実が、道に迷ったマクベスを励ますのであった。


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