セックスレスなのに妻が妊娠した。

無限飛行

妻が妊娠した。

妻がした。



理由はよく分からない。

何故、こんな事になったのか?


馴れ初めは見合いである。

お互いに相手を尊重し合い、家事を分担し、双方の両親の意向は、ある程度通した。

夫婦中は悪くない。

妻とは共働きである。


私は、公務員である。

そして妻は、その公務員の妻である。

私の名は高木 亮平であり、ここ、埼国市の水道局の課長である。

今年で40歳になる。

自慢する訳ではないが、私の年齢で課長職はかなり早い方だ。

同期に係長クラスがごろごろいる中では、最速だろう。

市の職員とはそういうもので、民間とは違い、課長補佐すら中々なれない。

だから私の昇進は誇れるものだし、給与も上がり、仕事は安定職の順風満帆だ。


妻の名は、高木 りかである。

今年で32歳。

生保レディを勤める。

一営業所の、副所長として勤務しており、給与は流石に民間であり、私に拮抗する。

彼女の長年の努力の賜物だろう。

私は、事あるごとに彼女の仕事を応援してきたし、彼女が仕事がら遅く帰る時も、私が駅まで迎えに行ったりもした。


結婚して10年、彼女に対して特に不満もなく、彼女も私に不満を表現する事は無かった。

共に其れなりの役職に就けたのも、パートナーとして自覚し、何処までも夫婦間のを尊重してきたからだ。

お互いを人生のパートナーとし、結婚自体もお互いを高め合う事を目標に、双方とも合意の上の結婚だった。



それなのに、妻がした。



私の両親と妻の両親は健在であり、当然の如く喜んでくれた。

妻は産休を職場に申請し、職場からは様々なお祝いの言葉や、祝いの品を頂いてきた。

もちろん、職場から出る祝い金も含めてだ。


私も職場に、妻の妊娠を報告した。

役所から祝い金をもらった。

上司からは、生まれたら子供手当てを申請しろよと言われた。

もちろん、市民課から出る児童手当とは別だ。


妻は、友人達からの祝いの電話に上機嫌で応対し、その友人達からも祝いの品をもらったようだ。

私も上司や部下からの祝いの言葉と、同じように祝いの品をもらった。

私が妻に、自分の職場の祝いの品を渡すと、妻は、名簿のような物を出して言った。


「結婚式の時みたいに名簿がある訳じゃないから、貰った人と貰った品物をここに記載しておきましょう。最低限のお返しは必要だもの。ね?亮平さん」


私は当然の如く、頷いた。

流石、私が選んだパートナーだ。

お互い、職場での立場がある身。

こういった事は、つけ込まれないために、しっかりしておかなければならない。



しかし、妻がした。



そろそろ、はっきりさせておきたい。

だが妊婦であり、まだ安定期に入ったばかりの彼女。

しかも、32歳で初出産はかなりハードルは高い。

今の段階で彼女を問い詰めるのは、かなりのリスクを伴う事になる。


私はどちらかと言えば、小心者だ。

だから小心者ゆえに、各派閥を泳ぎ、上手く課長職を手に入れた。

だから、私には分かる。


『今はまだ、言うべき時ではない』と。


少なくとも、私も彼女も職場に報告し、レッテルはこれで解消できた。

もちろん、未婚者は論外としても、既婚者で子供がいるという事は、社会的な信頼を得られやすく、を受け取り易くなるのだ。

これは、大きな事。

この点は、彼女と私の意見の一致する所だ。


正直この件では、お互い職場に対して、随分と尽くしてきたと思う。

特に、こういった事で、に立てた事は、心から喜びたい。

心から喜びたいのだが、遺憾ともしがたいものがあるのも確かだ。



なにしろ、妻がしたのだから。



この事実は妻の腹を見るたびに、私の心臓に何者かが、丑の刻参りの如く、きりきりと釘を打ち付けていくのだ。

私はいつまで、妻の顔に笑顔でいられるのであろうか?


そういえば、部下の一人が私に言った事がある。



『課長の奥さん、いつまでも若々しくて美人でいいですよね。自分も、あんな奥さんが欲しいな』



……な。

だが奴なら、やりかねんかも知れない。

くっ、だが、証拠がない。

おそらく問い詰めても、奴は否定するだろう。

には、けた奴だ。


よし、決めた。

奴は、下水道課に左遷だ。

ざまぁみろ、汚物と一緒に流してやる!

ふはははは。


だが、まてよ。

たしか、昨年お歳暮を届けにきた水道工事業者がいたな。

奴は妻に会った時、こう言ったんだ。



『いやはやさんは、 もんですなぁ。こんな美人な奥さんを貰って、まったくもって羨ましい。はっ、はっ、はっ』



……危険人物だったか。

おのれ、許さん。

なにが、羨ましい、はっ、はっ、はっ、だ!

奴は、今年から入札業者から外してやる。

来年も、再来年も、ずっとだ!!

干上がって、潰れてしまえ、ホトトギスだ!



む、まて、まて、まて。

そういえば、今年入った出納課の若いのが、妻に色目を使っていたな。

妻が生保の宣伝で、副所長就任の挨拶にきたんだった。

その時、奴は妻を何度も見返したんだ。

頬を赤らめてな。

妻は営業スマイルだったのだが、奴は自分だけ特別に笑顔を向けられたと、勘違いしたと笑っていた事があったな。

妻も、でも無かったか?


いいだろう。

奴も、出納課の部長に鼻薬を嗅がせて、下水道課に左遷だ。

浄化槽にぶちこんで、汚水と一緒に浄化してやろう。

真っ白になった奴の袖から、モノ干し竿をさして、シーツと一緒に干してやる。

ふははは、間抜けヅラを拝んでやるわ!



はあ、はあ、はあ、は?!

わ、私は何をしてるんだ。

い、いかん。

何だか、社会人にあるまじき妄想に取り憑かれていたか?



だが、これも妻がしたからだ。



なんで私がこれ程、悩まなければならないのだ。

く、だが、私にも責任がある。

間違いなく、50%は責任があるだろう。

私も確かに、避けていたのだから。



❪夜の営みから❫



確かに避けていた。

結婚数年目で私達は、夜の営みから遠ざかっていた。

理由はいろいろあった。

お互いに帰りが遅くなり、また、プロジェクトの中核に居ることは、それなりの責任の重みを感じていた頃だった。


当然のように仕事量が増え、疲れて帰る事が当たり前の様になり、家に居ながらお互い、会っている時間が減っていった。

必然の様に夜の営みは減っていき、気づいた時には年齢を気にする歳になっていた。

こうなれば、もはやセックスレスなっていると、公言しても過言ではないところとなっている。



『致しかたない』



と言う事であろう。

この件について、お互いに話し合う事も無かったが、お互いの中では昇華されたとの認識でいると、阿吽の呼吸で理解できてると信じていた。



妻がするまでは。



当然の事ながら、この結果に私の理解が及ぶことは無く、覚えも、見るも、聞くもなく、ただ、目前にある事実に黙々と従っているだけの毎日。


常識と非常識、安寧と混乱、秩序と無秩序、日常と非日常、どれだけ対義語を並べようが、今の私達の状態を現す言葉を探す事は、きわめて困難だ。


何故なら私は、その両方をすでに受け入れてしまっており、社会的にも撤回困難な状況にあるからだ。

私自身がこの状況を望みつつ、否定もしたいと思っている。

完全に矛盾しており、考えている事は全て破綻している。

にも関わらず、現実の私はしゅくしゅくと、起きた事象に対して、常識的対応をしていくのである。


思えば、私達の結婚自体が非常識、非日常であった訳で、この結果は、当たり前の帰結といえよう。


だとしても、である。


妻からの相談がまったく無かったのは、非常に辛い事であるし、将来に向かっての不安材料である。

当然、将来の事といえば、妻には果たして貰いたい責任があるといえよう。


一つは、生まれてくる子供に対する責任。

一つは、私に対する責任である。


勿論、私に対する責任は、私の妻に対する責任により減額される部分はあるものの、妻の責任のウエイトの方が遥かに重いといえる。

当然、来るべき日に備える必要はあるが、例え裁判にまでなったとしても、確実に私に天秤は傾くだろう。


だが、そのような事後処理など、今はどうでもいいのだ。

私は、早急に確かめねばならない。

そして、私が被った負債を相手に払わせる必要があるのだ。



それはつまり、か、と、言うこと。



私は、とある探偵事務所に依頼し、この半年間の妻の行動を探らせた。

その結果、妻がとある人物に会っている事がわかったのだ。



裏社会の仲買人

赤人流星あかひと りゅうせい



って誰や???

どこぞのエセ占い師か、はたまた売れない文芸作家か。

はっきり言って、めちゃくちゃ怪しいやん!

それで明日、ソイツと会うことにした。

ごほんっ

いかん。

いつの間にか、キャラが崩壊している。

冷静にならねばなるまい。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



都内某所の、スタバで会うことになった。


私がフルーツ牛乳を飲んで待っていると、髪の毛ボサボサのトンボ眼鏡、無精髭でヨレヨレのスーツを着こんだ男がやって来た。


「あなたが高木亮平さん?流星です」

「………ジュル、ジュル、ども、亮平です」


エセ笑顔の男は、突然の来訪で無礼にも私が、フルーツ牛乳のストローから口を離さずに応対したが、気にせず私の対面の座席に座り込んだ。


「ちょっと、買ってきますね」


奴は、汚いヨレヨレの革バックを座席に置くと、レジに向かい、ソイラテのトールを持って戻ってきた。

健康を気にしている、とでも言いたいのか。

おもむろに、私の下腹に目をやるのが憎たらしい。

悪かったな、フルーツ牛乳で!

私は大好きなんだがな!


「それで、本日は私にどんなご用件でしょう?」


コイツ、冷静さをアピールしてるつもりか?

一見だが、30台前半だ。

そりゃ、私より若くてやや男前かもしれんが、だからなんだ!

人の妻に手を出しやがって、ただで済むと思うなよ!


「その、私の妻の事なんだが…高木りか、を知っているだろう?」


男は、トンボ眼鏡をクイッと上げて私を見直すと、ソイラテを一口飲んだ。

失礼な奴だな。

あ、私もか。


「クライアントの情報は、守秘義務があります。お伝えするにはクライアントの同意が必要です。あるいは、同意書でもいいのですが」


「クライアント?すまん、話しが見えないのだが、妻が貴方のクライアントという事で宜しいだろうか?」


「はい、宜しいですよ」


へんな返しをしやがる。

クライアント?!

どういう事だ?

この男は何かの仕事をしていて、妻が何かを依頼したという事か?

そういえば、この男の肩書きはだったな。

裏社会…何かを、違法に売買しているというのか?

それに、妻が加担したと?

バカな、あり得ない。

妻に限ってそんな事をする筈は…


いや、ならばあの妊娠ものではないか。

私達は、社会人として社会から逸脱しないよう、常に配慮してきた筈で、特に客商売、信用第一の生保をやってきた妻に限っては、決して手を出す筈のない世界のはず。

だが、妊娠した事実は揺るがない…

ならば、この男の 生業なりわいを知る必要がある。


「その、妻の事はもう聞きません。貴方のご職業に関する事を教えて頂く訳にはいけませんか」

「構わないですが、此方の書類にサインを」


私の質問が何故、書類へのサインに繋がるのか、理解できないが、とりあえず書類に目を通す。


『守秘義務契約書』


は?

また、守秘義務だと??

意味がわからんのだが、ようは、ここでの会話は他言無用、私から情報が漏れた場合、私に何らかのペナルティを課す、と、言うことか。


どうする?

私はこれまで不確実な事柄、反社会的行為からは徹底して距離を保ってきた。

宝くじでさえ、買った事はないのだ。

❪石橋は叩いても渡らない❫が、私のモットーだが、すでにこの男に会っている時点で、それは崩れているともいえるか。

ならば、今さらだ。

私は、直ぐに守秘義務契約書にサインした。

男は、私が書類を渡すと、私を今一度見直してニッコリ笑うと、立ち上がり言った。


「では、場所を変えましょうか」



◆◆◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



案内されたのは、とある雑居ビルの三階だった。

案内された部屋は、書類の山が並び、中央の僅かなスペースに接客用のソファーがあった。


「此方でお待ち下さい」


男に言われ、ソファーに座して待つ。

私は、すでに冷や汗をかいていた。

何故なら、こんな反社会的装いの所で、どんな話しが出ると言うのか。

ここまでノコノコと付いてきてしまったが、私は取り返しの出来ない事に足を突っ込んでいるのではないのか。


「お待たせしました。私のボスが会います」


男は一言いうと、また、奥に引っ込んだ。

ボス?

ボスとはなんぞや?

缶コーヒーの事か?

それとも、宇宙人でも出てくるのか?!

いやいや、宇宙人はないな。

まさか、マフィアのボス?

いや、ここは日本だ。

そんな者がいる筈はない。

なら、やはり宇宙人か!?

私は、アブダクションされるのか?

そんなの、嫌ーっ!


ドサッ

私が頭を抱えて悩んでいると、対面のソファーに何者かが着座した音がする。

私が恐る恐る顔を上げると、その方はニッコリ笑って私を見た。

その瞬間、私は言ってしまった。


アイアム▪ア▪ペン私はペンです


何故、私がこのような発言をしたのか。

それは、目の前の人物のせいである。


流れるようなブロンドヘアに、青い目のバーディ人形。

そんな形容詞が相応しい人物が、目の前にいたのだ。


「ペン?貴方はペンが欲しい?」

「あ、い、いえ、日本語が上手ですね」


目の前にいたのは、北欧の白人女性だった。

歳は30台かな?

いわゆる外人がそこにいた。


「クライアントに関する話しは出来ませんが、私達の仕事の内容はオープンにします。OK?」


「あ、はい。OK?」


女性の言葉に吊られ、私はつい答えてしまった。

それから彼女が語ったことは、とんでもない事だった。


彼女らの活動は、世界中から優秀な生殖細胞を保管、販売するという仕事だった。

優秀な生殖細胞?

それは、つまり、赤ちゃんの元となるもの。

人の卵子と精子を保管、販売しているというものだ。

しかも、それらを行う提携医師や病院も確保されており、一貫体制が出来ているとか。

日本においては、まだ非合法だが、すでに一部の国では、その活動は合法化されているらしい。


なんて事だ。

という事は、妻は、その優秀な精子か、あるいは受精卵そのものを購入した事になる。

いわゆるという事だったのだ。



◆◆◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



解放された私は、電車の中で考えた。


お互いの仕事を高め合う為に結婚した私達。

結婚当初、そこに愛は無かったかもしれない。

だが、私達はそんな物は後付けで付いてくると思っていたし、事実、パートナーとしてお互いを気遣い合いは出来ていたと思う。


たしかに、子供に対して、幻想も執着も最初から薄かったのは事実だ。

たが、当初はちゃんと義務を果たしていたし、彼女からの不満も無かった。

その後のセックスレスは、お互い、仕事を優先した結果であり、その事に対しての不満は彼女から出た事も無かった筈。


「今になって、急に子供が欲しくなったのだろうか?なら、私に何故、相談しない?」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



その後、妻に話しを聞けぬまま、出産予定日を向かえ、妻は病院に入院した。

私は、妻の着替えや入院に必要な物を集め、バックに詰め込んだ。


カサッ


妻の貴重品入れの中、妻の保険証探している時、それを発見した。

それは、とあるクリニックへの通院記録だ。

私は、何気なく其れを見て、愕然とする。

それは、7年前の通院記録だ。

それには、こう書かれていた。



『高木亮平▶増精機能障害、正常値1%未満、今後の受精の可能性、極めて困難』


『高木りか▶排卵機能障害、正常値1%未満、今後の排卵の可能性、極めて困難』



なんという事だ。

彼女は、7年も前からこの事を知っていたのだ。

私にも言えず、ずっと一人で悩み続けていたのだ。

私は、そんな妻の気持ちを知らずに、勝手に妻の不義密通を疑い、あまつさえ、その行為の証拠集めに奔走したとんだ愚か者だ。


私は、最低な男だった。

そして、始めて妻の愛を感じたのだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



その後私は今後の人生を全て、妻と、生まれてくる子供に捧げようと決心した。

そして……



おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ



「お父様、ちゃんと生まれましたよ。3800グラム、立派な女の子です。おめでとうございます。母子ともに元気ですよ!」


「あ、あり、有難う御座います」


私は、ベッドに横になる家内と娘のところに向かう。

結果は、分かっているがそんなもの、関係ない。

二人を、いつまでも愛そう。

そう、決めたのだから。



「あなた」


「よく、頑張った。なんて可愛いいんだ」




だが、年賀状の家族写真は家内と要、相談だな。

しかし、奥さん。




銀髪、碧眼で透き通るような白い肌の赤ちゃん。


間違いなく美少女になるが、いかがなものかな。




はぁ、まあ、構わないが……

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セックスレスなのに妻が妊娠した。 無限飛行 @mugenhikou

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