隣の席の岸和田さん

でずな

春が訪れるのは遅い


 春、というのは悲しくもありワクワクする。


 いつも一緒に遊んでいた中学の友達と別れた、別れの春。

 そんな俺はまだ誰も知り合いがいない、新たな学舎の中を教室目指してスキップ混じりに走っていた。


 「今日から高校生か……」などと考えながら、走る。ちなみに時刻は10時を過ぎている。


 大遅刻である。


「ここが新たな出会いの始まりだ!!」


 などと意気込み、教室に入ってから早一ヶ月。


「でさぁ〜……」

「まじ!?」

「うけるぅ〜!」


 あちらこちらの机にたむろっている男女。

 教室の中では、もう仲良しグループが出来上がっていた。


 ちなみに、俺の机の周りには誰もいない。


 ……友達作りに失敗したのだ!!

 

 友達になるチャンスはあったがすべて失敗に終わり、今では俺はクラスの中で浮いている存在になりつつある。


「ふぅ〜……」

 

 だが俺は諦めない!


 諦めないというよりそろそろ、中学のときの友達に『まじこいつらやばいんだけどww』と拾い画の写真を送るのは苦痛になっている。


 やっぱり最初友達になるんなら、陽キャを攻略してみたいな!


「でさ、でさ……」

「ひゃっひゃっひゃっ!!」

「でもって……」


 へんな笑い方のやついるし、やめとこ。


 多分、あいつは悪いやつじゃないんだ。けど友達になったら、笑ってるのを見て笑いそうになっちゃう気がする。


 じゃあ、同類の陰の者?


「ですなですな……」

「吾輩はピコタンを推すでござる」

「くひひ……」


 うん。レベルが違うからやめとこ。


 多分、あいつらは悪いやつじゃないんだ。けど友達になったら、話についていけなさそうだ。俺は陰キャと自称しているが、まだあの領域には達していない。


 てことは必然的に、女子?


 いやないないない。

 一瞬、仲良くなったらいつでもセルフハーレムで最高だって思ったけど、怖い。いじめられそう。


「はぁ〜……」


 一体どうすればいいんだよ。

 このまま3年間、一人も友達できずに卒業なんていやだ。でも、友達を作れる気がしないし……。


「ぉ……」


 はぁ。イキって変な高校いかなければよかったな。

 

「のぉ……」


 でももう、高校に入っちゃってるわけだし今更「友達ができそうにないから、転校したい!」なんて言えないよな。


「はぁ〜」


 俺に出会いの春はいつやってくることやら。

 別れの春しかきてないし、まさか俺死ぬのか?


「あのっ!」

「はい何でしょうか!?」

 

 いきなり隣から大声で呼ばれたので、声が裏返っちゃった。


「私、隣の席の岸和田です」

「これは丁寧にどうも。俺は、岸和田さんの隣の席の佐藤です」

「突然なんですが……今日、一緒に帰りませんか?」

「それは突然すぎますね」


 とか言う会話があり、あれやあれやしていたら下校時刻になった。  


「佐藤さん佐藤さん。行きましょう」

「はい……」



「じゃあ、私の駅は逆方向なのでまた明日です」

「うん。また明日」


 遠ざかっている電車が、見えなくなるまで立っていた。


 この前あったおもしろエピソードを話したらいい反応が返ってきていたので、別に会話が弾まなかったわけじゃない。


 けどなんだろう。

 なんか、虚しい。


 それから一週間。


「佐藤さん。今日も一緒に帰りましょう」

「うん」


「佐藤さん。今日も一緒に」

「うん」


「佐藤さん。今日も」

「うん」


「佐藤さん」

「うん」


 俺たち二人は毎日一緒に帰っていた。


「佐藤さ」

「うん」


 そして今日も。


「で、そしたらですね? 私ったら……」


 岸和田さんは頬を上げながら、楽しそうに喋っている。いつも冷たい顔をしているのでこんな砕けた顔、教室だったら見せない。


 ここ一週間で、岸和田さんと心を打ち解けれた俺の特権と言うやつなのだ。


「あの、聞いてますか? 佐藤さん!」

「えっと……なんだっけ?」

「もう! 聞いてなかったんですか!?」


 岸和田さんはほっぺたを膨らませて、「ぷんすかー!」という効果音が聞こえそうなほど怒ってしまった。


 こういう姿を見れるのも、俺の特権だと考えると少し心が浮ついちゃう。

  

「佐藤さん……私のこと、無視しないでください! 寂しくなって泣いちゃいます」

「そ、そんなに? ごめん」

 

 俺が謝ると、岸和田さんはすぐ機嫌が良くなり「わかればいいんです!」と言って先に歩いて行った。


「じゃあ、また明日!」

「うん」


 岸和田さんが乗った電車が見えなくなっていく。

  

 ……今更だけど、なんでいつも一緒に帰ってるんだろう。教室でも隣の席だから、いつでも話せるのに。明日聞いてみよう。


 時間は過ぎ、翌日。


「あれ? 岸和田さん、今日は早いんだね」

「はい。佐藤さんがいつも一番乗りだという情報を耳にしたので、来ちゃいました! 今日は私が一番乗りです」


 何故か誇らしげに見てくる岸和田さんをスルーして、隣の席に座った。


「あの! 私今日は佐藤さんより早く学校に来たんですよ?」

「う、うん……?」


 俺に何を言ってほしいんだ?

 

「もう佐藤さんのことなんて知りません!」

「えぇ〜……」


 岸和田さんは首を横にぷいっ、と曲げて不機嫌になってしまった。

 

 俺が悪いのかな?


 それから何度も合間をぬって岸和田さんと仲直りしようとしたのだが、それはことごとく周りに邪魔をされ声をかけることさえできなかった。


「はぁ〜……」


 ため息をつき、トボトボと歩く帰り道。


 隣にいつもいるはずの岸和田さんがいないだけで、こんなに寂しく思うなんて今気づいた。 


 俺の中で岸和田さんという存在は大きかったんだな……。


「ぁ〜……」


 なにか後ろから人の声が聞こえてきた気がする。


 まぁ、俺に向かってじゃないだろ。

 だって学校で一人も友達いないし!


「さぁ〜ん……」


 本当、一ヶ月前は友達ができないなんて思いもしなかった。甘酸っぱい青春を送るはずだったのに……。


 唯一一緒に帰っていた岸和田さんは、よくわからないけど仲悪くなっちゃったし。もう、俺ってダメダメだな。


「佐藤さん!」

「はい何でしょうか佐藤さんです!?」


 俺のことを驚かせて、隣のきたのは額に汗を浮かばせている岸和田だった。


 なんで来たんだろう。

 俺たちって、もう仲悪くなったはずなのに。


「その……まずは謝らせてください。ごめんなさい! 私の身勝手で困らせてしまって」

「えっと、身勝手というと?」

「恥ずかしいんですが私、今日佐藤さんより早く教室に来たじゃないですか?」

「うん」


「その時にその……頭を撫でてほしくて」

「……うん?」


「あっ! いや、別に変な意味じゃないですよ? だけどあの……撫で撫でしてほしかったんです。頭を」

「へぇ〜。撫でてほしかったんだ」


 岸和田さんは顔を真っ赤にして、俯いてしまった。


 これは……どうすればいいんだ?

 よくわからないけど、頭を撫でて欲しいくらいなら俺で良ければ何度でも撫でるんだけど。


「ごめん。岸和田さん。その……我慢? させちゃって」

「うぅ……」


 頭を撫でると余計、岸和田さんの顔が真っ赤になった。


 ……これが正解じゃなかったのかな?


 それから数分。

 岸和田さんが拒否しないので、ずっと頭を撫で続けた。通りかかる人に、熱い目線を向けられてたのはなぜなのか?


「あのっ! も、もう大丈夫です」

「そっか」

「佐藤さん!」

「はい佐藤さんです」


「佐藤さんって……友達いませんよね?」

「うん。いないね……」

 

 ぐっ。岸和田さんって意外と鋭い質問してくるんだな……。


「なら、私が付き合います」

「うん?」

 

 付き合うというのはどういうことだ?


 思春期真っ盛りの俺みたいな男子高校生が耳にすると、『恋人』って勝手に脳内変換されるんだけど。


「はい」


 岸和田さんは俺に左手の平を出してきた。


 「付き合います」って言ったあとに手の平。

 これは、「お手て繋いで一緒に帰ろう♡」っていうことかな。


 つまりこの手は『恋人』になるか否か選択をしろ、というもの……。


「岸和田さん」

「はいっ」

「よろしく」

「……はい。よろしくおねがいします」


 いつも通りの帰り道。

 右手に人の温もりを感じる帰り道。


「じゃあまた明日です」

「うん。じゃあね」


 恋人となった岸和田さんが乗っている電車が、徐々に見えなくなっていく。


 今日は不思議と心は落ち着いていた。

 虚しくもなく、悲しくもない。


 逆に恋人ができこの先の人生どうなるのか、ワクワクしていた。



――――――――――――――――――――――――

息抜きで書いてみました。

シリーズにしていろんな岸和田さんを書こっかな、と考える今日この頃。


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