17.それぞれの扉
ラックに返事をしてから何ヶ月も続いたので、カーナも少し安心していた。
けれどある帰り際、海輝は扉の前で立ち止まった。
「叶依、俺やっぱ残ることにする」
「え? なんで?」
一緒に見送りに来ていたノーブルもその言葉に驚いた。
海輝が残る事が嫌なのではなく、敢えて険しい道を選んだことが信じられなかった。
「だって毎回こうして行ったり来たりするのも疲れるし、ここのことをもっと知りたいのかな。地球を離れるのは嫌だけど、二度と帰れないっていうんじゃないんでしょ? 向こうにいても音楽続けるだけだもん。それならこっちでも出来るし、新しい道があるかもしれないし。曲作り始めたら完成するまで寝たくないでしょ?」
それから海輝は叶依と伸尋と一緒にラックに会い、願いを聞くことを告げた。
「ふーん……海輝ょんはどこに住んでんの?」
「海輝は街の中の民家で良いって言ってんけど、重職やからって伸尋が城の中の客間を改造してた。地球でもすごい部屋に住んでたのにそれ以上やで?」
そんな話をしているうちに海輝と冬樹が庭に下りてきた。ノーブル──いや、伸尋も一緒だ。実名はノーブルでも、海輝がカーナを叶依だと言うように、カーナにとってもノーブルは伸尋でしかない。彼にとってもカーナは叶依だ。
「あっ、おじちゃんだ!」
海輝を見てそう叫んだのは冬彦だった。
亜瑠子とリュートはそれぞれ父親のところに走ったが、彼は違った。
「おじちゃーん、あっかんべろべろベー!」
「はあっ? お前冬彦……こら待てっ!」
いつか冬彦に言われた言葉を思い出して、海輝は冬彦を追いかけた。
もちろん海輝のほうが速いのですぐに追いつき、冬彦はボコボコにされていた。海輝は本気ではないし、ある意味自分の甥なので多少は手加減する。
それでもしつこく『イタイイタイ』と泣きまねをするのは一体誰に習ったのだろうかと、考えなくてもわかるのは叶依と冬樹だけではなかった。
「ノット・ケツ・バット・シンか」
走り回っている二人を見て叶依がつぶやいた。
「ほんま兄貴ってそれだらけよな……」
「イタイイタイ、おじちゃんイタイよ!」
海輝に引っ張られながら戻ってきた冬彦はまだそんなことを言っていた。
「どうしたのみんな笑って? 叶依、何話してたの?」
「やっぱ海輝って変な人やなって話」
また口論になるのがわかっていたのか、叶依は走り出していた。それをやはり海輝が追って、叶依はすぐに捕まった。
「あれが一番ノット・ケツ・バット・シンよな?」
海輝と叶依を見ながら、伸尋は『ノット・ケツ・バット・シン』の意味を改めて考えた。ただ単に『心の繋がりが大事なんだ』というだけではなく、『血は繋がっていなくても大切な人には側にいて欲しい』、そんな気がした。冬樹の両親が失踪したときも、冬樹はいつも海輝と一緒にいた。叶依と冬樹を助けたのが偶然同じ人物だっただけだ。
(そういえば俺も兄貴に助けられたことあったな……)
彼らは皆、それぞれの夢幻の扉を開いてここにやって来た。
扉の種類は違っても、みんなが幸せを手に入れたことに変わりはない。
中でも重くて大きいそれを見事に開けてきた海輝を、伸尋はちょっとだけ祝福した。
夢幻の扉~field of dream~ ─続編─ 玲莱(れら) @seikarella
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