<エピローグ>

16.二つ目の願い

「それでここが庭。どこで遊んでも良いけど、あの壁の中は行ったらあかんで」

「あれってもしかして……穴?」

「そう。行き先は地球やから大丈夫やけど」

 カーナが初めて王宮の庭で遊んだ日から約三十年後。

 ステラ・ルークスと地球の交流が本格的になり、惑星で地球人を見かけることも珍しくなくなった。

 ただし彼らは勝手にやって来るのではなく、申請して許可をもらうことが必要だった。

「リュート君はい、これあげる」

「ありがとう」

 当時のカーナやノーブルと同じ年になったリュートと遊んでいるのは亜瑠子と冬彦だった。

 もちろん珠里亜が連れてきたのだが、許可をもらったわけではなかった。カーナやノーブルが呼んでも大丈夫だと認める人物は誰でも自由に来ることが出来た。

 もちろん冬樹も来たのだが、彼は別の人物に用事があってここにはいない。

「なんか懐かしいなぁ。ここ来るの初めてやのに知ってる気がする」

 噴水の近くのベンチに座った珠里亜はカーナにそう言った。

「ほんま懐かしいな……私もああやって遊んでて……それで落ちたんか」

 三人の子供たちは広い庭で楽しそうに遊んでいた。

 それはあの穴の近くだったが、彼らが吸い込まれる可能性は今はなかった。

「地球行って普通に育って……海輝と冬樹に出会って……いろんなことあったよなぁ……そうよ、高校入って珠里亜に出会って苛められて……Pin*lueとかPASTUREとか懐かしすぎへん?」

「ははははは。懐かしー! でもほんまにうちは叶依と出会って良かったで?」

「なんで?」

「だって冬樹っちゃんと出会えたもーん♪」

 自分で言いながら珠里亜は照れていた。

「そうや、海輝ょんてどーなったん? 全然向こうで見れへんけど」

「海輝はねぇ……こっちに住んでんねん」

「はあ? なんで?」

 いつかの年末、父親であるラック──今の大王に呼ばれたカーナは一瞬耳を疑った。

 ラックは『音楽会は海輝にも参加してもらうつもりだ』と言ったあと、『何年か後には住人になってもらう』ことを本気で考えていると漏らした。

 後者は勝手に決めて良いものではないので海輝にも決断の時間を与えたが、そう簡単に承諾できるものではなかった。

 ラックが海輝を気に入ったから住人として認めても良い、そういう考えを持っていることは嬉しかった。けれどここの住人になるということは、地球での生活を終わらせなければならないことと同じだった。

「嫌やったらそれで良いで。無理して地球離れんでも。お父さんはただ海輝が私の親代わりになってくれたっていう、そのお礼がしたいだけで言ってるんやし。たまに来るだけやったら良いけど、ずっと来るって結構つらいで? 実際私……自殺しようとしたし」

 カーナは『ラックはお礼がしたいだけ』と言ったが、実際そうでないことはちゃんとわかっていた。

 海輝にここに残ってもらって、地球の文化を教えてもらいたい。

 それと同時に、現在の“橋”という仕事からステラ・ルークスの重職に移ってもらいたい。

 地球で生活している以上にそれはしんどい仕事だということをカーナは知っていた。

 だから無理をしてまで来なくて良い、むしろ来て欲しくなかった。

 確かにカーナはこれまでの人生で海輝との思い出はたくさんあった。結婚してからもそれは変わらず、話すだけで楽しい事もあった。

 けれど自分と出会ったために人生を悪く変えてしまったのかもしれないと思うと、とても海輝をステラ・ルークスの住人にするなどカーナには考えられなかった。海輝とこれ以上一緒にいるのは、自分にとっても彼にとっても良くないことだと思った。

 これ以上ステラ・ルークスと関わると海輝どころか景子や洋にまで迷惑をかけてしまう。

 海輝も自分なりに考えた。

 最初叶依に出会ったときはお互い何も知らなくて、ただ遊んでいるだけだった。

 叶依の身の上を知ってからは保護者的な存在だった時もあったけど、特に何も考えなかった。

 叶依は本当はカーナだけど、海輝にとってはどうでも良かった。好きで一緒に遊んでるのはただの普通の女の子、どこかの国の王女だと意識したことはない。

 ましてその国の仕事に就くなど、考えようとも思わなかった。

 叶依に『地球と惑星の橋になってもらいたい』と頼まれたときは快く承知したが、今回はそう簡単に決断出来なかった。

 今の仕事は楽しいけれど、地球を離れるのは嫌だった。

 答えは決まっていた。

 帰り支度をして地球に戻り、またやって来てそしてまた帰る。それを続けるつもりだった。

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