第13話

「暑いね」

「じゃあこれ、解くか?」


 繋がれた手から力を抜くと、反対に詩姫しきの手に込められる力は強くなる。

 振り解くつもりもない、なんならずっと繋いでいたいとすら思ってしまう。

 ジトリと感じる、手と手の間に溜まる汗。嫌なはずなのに、離す気なんて二人ともない。


「いやだね、僕は初咲しさくのことが大好きだから絶対に離さないよ」


 恥ずかしげもないキメ顔で、そんなことを言ってくるコイツの耳は真っ赤になっていた。




「夏祭り?」

「そっ。一緒に行かない?」

「じゃあ行くか」


 詩姫からそんなことを言われて、俺は二つ返事でオーケーしていた。断る理由もないし、断ったら後が怖い。

 ファンクラブのヤツらも、最近は大人しくしている。でしゃばるようなこともしないだろうし、平和に過ごせると思う。


「現地集合でいいかな? 少し用があってね」

「わかった」


 詩姫にしては珍しい。いつだって俺と離れないようにしてる……なんていうと自惚れに聞こえるけれど、詩姫と出かける時はどっちかが相手の家に迎えに行っていた。

 

「それじゃ、また後でね」

「ん、気をつけろよ」


 別れた後、詩姫は急いでいるのか、駆け足で帰っていった。そんなに大事な用があるなら、今日はもう無しでいい気もするけど。

 とはいえ、向こうから誘ってきた訳だし俺にどうこう言う資格もない。大人しく支度したくをし始める。


 シャワーを浴びて、分からないなりに髪をいじり、鏡の前で服装を眺める。

 ここまで頑張っても、身長のせいでちんちくりんに見える。そう、全ては身長が悪い。身長さえあれば、なんの問題もないのに。

 ないものねだりをしても仕方がない。精一杯に着飾って、イヤホンを耳に突っ込みながら玄関を出た。


 集合場所についた。思ったより早めに着いたが、詩姫はもう着いたのだろうか。

 スマホを開いてみるが、メッセージは特に来ていない。まぁ、あと10分ぐらいだしスマホでも見て時間を潰しておこう。


 ふと、詩姫の写真を眺めていた。ずっと眺めていられるほど綺麗で、やっぱりコイツは俺とは釣り合わないと思ってしまう。……こんなこと、アイツの前じゃ言えない。言うだけ無駄だし、アイツが不安に思うだろうから。


「……うおっ!」


 そんなことを考えていると両肩をガッチリと掴まれた。イヤホンを外しながら振り返れば、そこにはニヤケ顔の詩姫がいた。


「やっ、お待たせ」


 いつもの詩姫……とは違う。といっても、顔が違うとかそういうわけではない。

 この夏にぴったりな、淡い紺色の浴衣姿。正直にいって、見惚れてしまった。


「なんだい、感想もないのかい」

「……いや、そのっ。かわいっ、じゃない……」

「おやぁ? 可愛いってぇ? 誰が可愛いのかな?」


 言いかけた言葉もしっかりと聞き取っている。こういう時くらい、そうやってからかうのはやめてほしい。

 観念しながら、俺は感想を伝えた。


「可愛いよ、似合ってる……」

「ふふっ、そうか。……良かった」


 良かった、そういう詩姫の顔はどこかホッとしているような、満足げな顔をしていた。

 こういうところが本当に胸を打つ。打つどころか、撃ち抜いて俺を殺そうとでもしてくる。


「じゃ、手を繋ごう。恥ずかしいからって離しちゃダメだよ?」

「……絶対離さないからな」

「へぇ? キュンとしちゃうね」


 キュンとするなんて嘘をよく吐けるもんだ。なんて思っていたら、耳がほんのりと赤くなっている。

 なんというか、分かりやすいんだか嘘が下手なんだか……。

 



 ひとまず、お祭り会場についた。お祭りって久しぶりだな。詩姫とは行ったことがあるけれど、それも随分と昔の話だ。

 とりあえず、なにか軽く食べたい気分だが……。


「あ、わたあめあるよ。初咲、好きだったでしょ?」

「好きだけど、最初に食うもんか?」

「いいでしょ。わたあめは綿なんだからお腹も膨れないしさ」

「なんだその理論……」


 ドーナツは穴があるからカロリーゼロみたいな……まぁ、綿菓子くらいじゃ腹も膨れないか、うまいし。

 綿菓子を一個買って、千切って食べてみる。口の中でじゅわりと溶けて、サッと喉へと流れていった。久しぶりに食べたけれど、やっぱりうまい。


「そんな食べ方してないで、ガブッといったらどうだい」

「お前も食うんだから口つけたらダメだろ」

「何を今さら。彼氏彼女でそんなこと気にしないよ」

「ならいいけどさ……」


 言われた通りに、ガブッとかぶりつく。綿菓子に鼻の先がついてしまう、この感覚も懐かしい。

 ばっちい歯型のついた綿菓子を、詩姫はゆっくりと俺の手から奪い取る。本当に気にしないのか、なんというか複雑な気分。


「いただきます……」


 そういって、詩姫は俺が食べたところをピンポイントで齧りついて食べた。

 これが最初から狙いだったのか……なんというか、強かだな。


「美味しいよ、初咲」

「綿菓子が?」

「どっちだと思う?」

「綿菓子だな」

「つまんないやつだなぁ」


 つまんないやつ、じゃないんだよ。まさか俺の食べたところを食べたいから、綿菓子を買ったのか? そんなことのために買うわけないか。


「はい、返すよ」

「……俺が一口食べたら、返してとか言い出さないよな?」

「僕のこと、よくわかってるじゃんか」

「あのな……」


 幼馴染の知らない部分を、今さらになって知ることになるとは思わなかった。

 できれば知りたくなかった……こういうところも可愛いと思ってしまっている俺も、大概だが。


「ほら、一口食べた」

「これの写真撮っちゃダメ?」

「俺の歯型撮ってどうすんだよ」

「見る」


 可愛い……のか? ああ、もう可愛いよコイツ。いいって言う前に写真撮りやがって。これが惚れた弱みっていうのか。初恋も拗らせると相当来るもんなんだな……。




「花火、綺麗だね」

「お前のほうが綺麗だな」

「そんなベタなこといってくれるんだ?」

「ニヤニヤしながらこっち見るからだろ」


 言えって言われたわけでもないけど、おふざけ程度には言ってやれるくらいに成長した。前は好きだとか綺麗だとか、冗談でいうのも無理だった。


「今なら、何言っても花火で聞こえないかな?」

「タイミングよければ聞こえないんじゃないか」

「そっか……」

「なに言い出すつもりだ」


 碌なことを考えていないだろうな。コイツの考えることはあまりよくわからない。今は分かりやすい耳だって反応を示しちゃくれない。

 花火に照らされる詩姫の顔が、やたらに綺麗で怖かった。


「……好きだよ」


 照らされた顔が、花火じゃ誤魔化せないほどに火照っていた。


「愛してる」


 花火が消えて、音も過ぎたタイミングで声は聞こえた。

 真剣な表情、真剣な瞳。周り一切の介入を許さないとでもいうような、射通す眼差し。


「今日の浴衣も、何もかもが君のためだ」


 次の花火が空へと打ち上がる。ひゅるりと甲高い音が聞こえて、聞こえてくるはずなのに、目の前の詩姫に、五感全てを奪われる。


「だから、僕だけを見つめてほしい。他の女なんて見ないで、僕だけを」

「……え?」


 詩姫の言葉に、俺は思わず声を上げていた。

 他の女を見ないで? そもそも、俺は他の女子を見たりなんてしていない。だっていうのに、詩姫はまるで俺が他の子に目移りしているかのような言い方。


「……俺、他の女子を見たりなんてしてないぞ?」

「嘘つかなくたっていいんだ。待ち合わせの時、誰かの写真を見てたろ?」


 ……待ち合わせの時? その時に見ていたのは詩姫の写真だけだったはずだ。

 周りに人がいたけれど、特に興味もないし……。


「どこぞのアイドルでも、他のクラスの女子でも。どれも見ないで。僕だけを見てほしい」

「……あのさ、勘違いさせちゃって悪いんだけど」

「なんだい?」


 スマホを開いて、待ち合わせの時に見ていた写真を見せつける。途端に、詩姫の顔が困惑へと変わっていく。


「俺が見てたの、これなんだけど」

「そ、それって僕?」

「そうだけど」

「じゃ、じゃあ! 初咲が見てたのって僕かい!?」

「そうだって」


 詩姫は、崩れ落ちるようにしゃがみ込む。顔を伏せながら、長いため息を吐いていた。

 

「じゃあ僕は、僕に嫉妬していたのか……」

「そういうこと」

「うぅ……」


 頭を抱える詩姫に、俺もしゃがみ込んで目線を合わせる。詩姫が恐る恐るといった感じで頭を上げ、俺の顔を見た。


「なに笑ってんのさ」

「……お前が可愛すぎるんだよ」

「可愛くない!」

「可愛い、その証拠に詩姫しか見れないくらいに」

「もっ、だからさぁ……」


 たったこれだけの言葉で、詩姫はいっそう顔を赤らめる。今日の何もかもが、本当に俺のためだった。それだけで、俺は詩姫のことしか考えられない。

 俺がチョロいんだか、詩姫がチョロいんだか。まぁ、お互いにチョロいんなら問題なし。


「帰りにラムネでも飲んで帰ろうぜ。奢るよ」

「……回し飲みがいい」

「2本とも回し飲みでいいから。ほら、行くぞ」


 差し出した手を、詩姫はゆっくり取ってくれる。

 時間を惜しむように、ゆっくり立ち上がって、ゆっくり歩いていく。



 冷えたラムネと、ぬるい手の平で、ゆっくりと帰り道を歩いた。


 

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ヤンデレ僕っ娘よ、お幸せに。 黒崎 @kitichan

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