解決編
後日、K大学三年生の園山愛翔が殺人容疑で捕まった。
あの探偵曰く、包丁が心臓を確実に刺していた時点で、犯人は被害者の彼氏ではないかと推測していたらしい。
「あの遺体には抵抗した後が一切ありませんでした。
普通、目の前に包丁を持っている人物がいれば逃げ惑うなり叫ぶなりしますよね?
なのに、被害者はそれを一切しなかった。
まるで、包丁なんてものが見えていなかったかのように」
「……たしかに。
でも、心臓を刺されたんですよ!?
包丁が見えないなんてことあるんですか?」
「そんなことは簡単です。
あなたはキスをするとき、目を開けますか?」
「……ま、まさか」
「昨夜、園山愛翔はこの家を訪れた。
おそらく、彼は星野香に未練があったのでしょう。別れたくないと何度も言っていたのかもしれません。星野香は夜中に現れた元カレに疑念を抱き、チェーンをかけたままドアを開けた。
そこで、園山愛翔はこれで最後だからとキスを求めた。
チェーンがかかったドアの隙間でキスをすることは難しいでしょう。
しかし、園山愛翔は初めからキスなどするつもりはなかった。星野香をドアの前までおびき出せれば、あとはあの刺身包丁で胸を突き刺すだけ。刺身包丁なら長さもあり犯行もたやすい。
キスをするつもりだった星野香は当然、目をつむっていたのでそれに気づけなかった。そして、園山愛翔は星野香の胸を刺した後、彼女の身体を棒で突き飛ばす。その後、彼女が履いていたクロックスをその棒で脱がし、扉を閉めてその場から立ち去った」
「……それなら、チェーンがかかったままの部屋。密室ができる」
探偵が大きく頭を振る。
「あんなもの、密室と言えませんよ」
「で、ですが、なぜ元カレだと?」
「写真立ての埃の位置がずれていたんです。
元々、あそこに飾っていたのは彼氏との写真だったのでしょうね」
探偵は続ける。
「おそらく、園山愛翔が星野香を殺そうと決めたとき、頭の中に志嶋芽依が持つ合鍵が思い浮かんだのでしょう。そこで、志嶋芽依から鍵を奪い、それをコピー、もしくは犯行後に返すことで密室が作れると考えた。
しかし、その計画では合鍵の存在を知っている自分は疑いの対象から外れない。
彼は悩んだ。どうすれば自分に疑いの目が向かなくなるのかを。
そしてこう考えたんです。
チェーンがかかっていれば、合鍵に関係なく密室が作れる、と。
これは推測ですが、1つ下の階の音尾武が昨日、天体観測をすることを園山愛翔は知っていたのでしょう。過去にうるさくして怒られたことがあるのかもしれません。偶然にしてはできすぎてますからね。
あとは、星野香と少し会話をし、最後のキスを頼むだけ」
探偵はここまで言い切った後、少し悲しげな表情で言葉をつないだ。
「彼は合鍵の存在と密室にとらわれ、ミスを犯した。
あの現場の状況で、被害者の胸を完璧に突き刺すには、キスが最も簡単な手法だった。キスをする相手の数なんて、密室じゃない殺人現場の容疑者の数と比べれば一目瞭然。彼は自分で自分が犯人であると証明してしまったんですよ」
彼は言った。
「ほんと、密室なんてクソ食らえだ」
密室なんてクソ食らえ! 甘党むとう @natanasi
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