エピローグ
王宮の広い庭には、五台の屋台。その前に立つのは、虹えびの料理大会に出場した五人の料理人と一人のお手伝い。そして、五人の料理人が持つお盆の上には、出来上がった料理。
虹えびの塩拉麵を持っているのは、気のよさそうな、背が丸くなったおじいさん。その隣には、去年、わたしに拉麵を作ってくれた少年。
虹えびの甘辛炒めを持っているのは、ぱりっとした白いシャツを羽織った強面の男性
虹えびの鬼瓦焼きを持っているのは、赤い髪を二つに結って、ぴちっとしたワンピースの女性。
虹えびの蒸し団子(頭つきを持っているの)は、背が高くて、緑色の髪を後ろで緩く結んだ優し気な男性。
虹天丼を持っているのは、私。
そこに、王様になった天蓬さんがやってきて、それぞれの料理を食べながら話をしている。
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「旨いな。こんなにも透き通っているのに濃厚な味わいだ。これを作りあげるのに時間がかかったろう」
「わしの人生をかけてこの味にしあげましたのだ。そして、この味は、孫に引き継がせていこうとおもっておりやす」
おじいさんの隣に立っていた少年が、あわてて、頭をさげた。
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「今年もきたか。お前のところは毎年、旨い甘辛炒めを作る。何か特別なものをいれているのか?」
「それは、秘密です。あえていうなら、俺の真心?」
強面の男性が、自分の胸のあたりで、指を使ってハートの形を作った。天蓬さんの笑い声が響く。
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「虹えびを殻ごと半分に割って焼くとは、豪快な料理だな」
「剣の訓練の一環です」
「本当か?」
「冗談です。女が剣を持つとでも?」
「いや、お前ならありえる。もと羅刹隊隊長の
「………、もし、私が優勝したら、羅刹様に会わせてください」
「……考えておこう」
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「なんとも豪華だな」
「ありがとうございます。虹えびは成長と発展を願う食材ですし、その頭も虹色に輝いていて美しいので、素揚げにしました」
「食べられるのか?」
「食べられなくはないですが……、こちらをお召し上がりください。虹えびの身と鳥のひき肉とを混ぜ合わせ団子にして蒸しました。それをえびのミソと醤油を混ぜたたれをかけると、一層えびの風味が増します」
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「天麩羅か」
「はい。天麩羅の下にはごはんがあります。あまい醤油たれをかけてありますから、天麩羅と一緒に味わってください」
「ふむ。旨いな」
「ありがとうございます」
私はゆっくりと頭をさげた。
**
五人の料理を食べ終わると、天蓬さんはゆっくりと天幕に戻った。代わりに、王宮に努めている人達が、わらわらと屋台に近づき、好きな料理を頼み始めた。
「よ! 今回は肉なしかー」
「甘いたれの飯っていくらでも食べられるっすね」
「きれいだね。まるで虹の様だよ」
「天麩羅というからもっと脂っこいと思っていたけど、これなら、いくらでも食べれそう」
「米、多めとかできます?」
あちこちで、笑顔がこぼれる。まっ青な空に笑い声が響く。文官の男性と側仕えの女性が楽しそうに話をしている。明らかに高位だとわかる武官が、下位の文官ととりかえっこをしている。美味しい料理って、本当にすごい。人と人をどんどん繋げていく。私は、次から次へとくる注文に笑顔で答えながら、料理をふるまった。
ごーぉーん
銅鑼がなると、屋台の前でおしゃべりをしていた人達が、おしゃべりをやめて、広場の端に移動した。一同、壇上に座っている天蓬さんに頭を下げる。
―― いよいよ 優勝者の発表ね。
ぴりりっと緊張が走る。五人の料理人と一人の手伝いは、慌ててそれぞれの屋台の前に立った。
どきどきする。五つの料理はどれもこれも好評だった。誰が選ばれてもおかしくない。みんなの視線が天蓬さんに集まる。天蓬さんの隣で、宰相となった捲簾さんが紙を広げた。
「番号2-11、屋号『ふーた』」
緑色の髪を後ろで緩く結んだ優し気な男性がよしと拳を握った。
―― ダメだったかぁ……。
でも、思った以上にがっくりとはこなかった。あの人が作った虹えびの蒸し団子(頭つき)はとても美味しかったし、何よりも華があった。お祝い事にふさわしい料理。
―― やっぱり、お頭つきはインパクトあるのね。それに、お団子も、蒸してあるからぱさぱさした感じもなくて、鳥肉と合わさったことでジューシーさが倍増しているわ。色が鮮やかな白菜や青菜を奇麗に盛りつけてあって、見た目もばっちりだし! それに、女性でもパクパク食べられるように、あっさりとした仕上がり。うん。完敗だわ。
◇
私が帰り支度をしていると、金炉さんがやってきた。
「どうしたの?」
「オレについてほしいっす」
金炉さんはすたすたと歩きだした。私はそのあとを追う。いくつもの曲がり角を曲がり、ここがどこかわからなくなるくらい歩いた。すると、金炉さんが足を止め、「この部屋の中に主がいるっす」と扉をあけた。
「よお」
部屋の中には、ご機嫌の天蓬さんがそこにいた。
「お久しぶりです。天蓬様」
「これで、もう、お前の虹えびの料理大会に出場するという目的は達成できたわけだ」
「?」
「俺のものになれ」
「はい?」
天蓬さんが私の手をぐいっと引っ張る。目の前に天蓬さんの顔が!この前のことを思い出して、天蓬さんから離れようとじたばたとする。天蓬さんが私をぎゅっと抱きしめた。
「何が気に入らない? あれか? 今日の料理大会、優勝させてやらなかったことか?」
「それはないです! 虹えびの蒸し団子はすごく美味しかったです!」
「じゃあ、何故、逃げようとする?」
「この前、不意打ちみたいに、キスしたからです!」
この前のことを思い出したのか、天蓬さんの手が離れた。私はぐいっと天蓬さんを押しのけると、距離をとって立った。
「それに、天蓬様、あれから、一度も来なかったじゃないですか! いつも、金炉さん達にお土産を頼むばかりで!」
「俺は王だ」
―― 王様って、なんでも許されると思ったら大間違いなんだから!
「天蓬様は、私の料理は食べられないけど私といる未来と、私はいないけれど私の作る料理を食べられる未来、どちらを選びますか?」
「え? なんだ。そのハーフ&ハーフみたいな問題」
「どっちか選んでください!」
「はあ……。そんなものは…………………」
天蓬さんが言葉に詰まる。天蓬さんの態度になぜかいらっとする。
「今までの天蓬様の行動は、私はいないけれど私の作る料理を食べられる未来を選んでいました!」
天蓬さんの目が大きくなる。
―― 無自覚ってことなの??
「なのに、『俺のものになれ』とか不意打ちのキスとか、ありえません!」
天蓬さんが目をそらして床を見る。
「いなくなってしまって、ほんと何もできなくなったから、……わ、私は、獣人の天蓬さんのことを好きだと気づく前に別れちゃったから、だ、だから、天蓬様とはちゃんと向き合って好きだっ………」
怒りに任せて言った自分の言葉にびっくりして、顔が真っ赤になる。天蓬さんが今度はおそるおそる手を伸ばしてきて、私を抱きしめた。
「…………、呪いが解けた後、俺はお前の名前を聞くたび、チリチリと焦る気持ちが何か知らなかった。記憶がないからイラついていたんだと勝手に思っていた。でも、今ならわかる。俺は、猪の時、お前のことが好きだったんだ。だから、捲簾達が楽しそうにお前の話をしていたのが気に入らなかった。要は嫉妬だな」
天蓬さんが鼻でふっと笑ったのが伝わってきた。
「……」
「それは今も変わらない。お前の群青と金色の目も、夜空のような黒い髪も、前向きな考え方も、何もかもが愛おしくてたまらない。だから、許してほしいとは言わない。ただ、これからは、ちゃんと聞いてからすることにする」
「??」
「キスしていいか? おひめさま」
真っ赤になった私は頷くしかできなかった………。
おしまい
◇
最後までお読みいただきありがとうございます。 この企画を立てていただいた関川様、企画に参加したメンバーの皆様、それから、この物語を読んでくださった方々に、心からの感謝を。
妖術士見習いは愛を学びたい 一帆 @kazuho21
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