食事のあとは、……お師匠様の懺悔?

 

 

―― ええええー!! わ、わたしの……ファースト……。


 突然の天蓬さんの行動に私が動揺している間に、天蓬さんはさっさと帰ってしまった。


 ―― まったく! あの俺様王様! 今度会ったら一発殴ってやりたい!


 ぷんすか怒っていると、がらりと扉が開いた。お師匠様だ。


「水蓮。何をそんなに怒っているのだ?」


「お師匠様、きいてよぉ!」と言いかけて、恥ずかしくなって黙ってしまった。キスされただなんて言えるわけもない。


「何があった?」

「天蓬さんが………、天蓬様?がきてました」

「あやつか。まったく、お前の記憶がないというのに、なんで来たのかの。もしや、捲簾達の話だけでお前に一目ぼれでもしたか……? お前も美しいからの。罪作りややつじゃ。っほっほ」


 お師匠様が軽く笑う。


「や、や、約束を果たしに来られただけです! それはそうと、天蓬様の呪いっていったい誰がかけたんですか? やっぱり、壱?」


 さっきの天蓬さんの行動を思い出して頬が赤くなるのを隠すために、むりやり話題を変える。お師匠様は、白いひげをいじりながらなぜかにやりと唇の端をあげた。


「わしじゃよ」

「はぁ? お師匠様が?」

 

 すっとんきょうな声をあげたことは許してほしい。

 呪いというものは、かけた術者じゃなければ簡単に解くことはできないとはいうけれど、なんで、お師匠様が呪いをかける必要があるのだろう? でも、そういえば、天蓬さんに会ったら、あっさりと呪いを解いたっけ。


「三年前にな、呉の国の前王に呼び出されての、何かと思ったら、お前を天蓬の嫁に欲しいと言われたんじゃ。まあ、わしが、前王にお前の美しさと料理の腕を自慢したのが原因といえば原因かもしれんなぁ」

「そんなことを言っていたのですか?」


 私は眉をひそめた。隠れるように暮らしていたのに、お師匠様が私のことを人にしゃべっていただなんて、ありえないと思わない?

 そんな私の無言の抗議をスルっとかわして、お師匠様は椅子に座った。

 

「お前の作る料理は本当に旨いからの。しかしな、簡単にくれてやるのも癪だったから、獣の呪いをかけてやったんじゃ」

「はあ?」


 ―― どうしてそうなる?


「前王も『それは面白い。恋は障害があるほうが盛り上がるからなぁ』と笑っとったから、承知の上じゃ。わしのところに来れば呪いを解く約束とお前を嫁にやってもいいかもしれないという約束をしたしな。まあ、わしは無理難題を言って天蓬をいじめるつもりじゃった」

「それって、どういう意味?」

「ふん。教えんわい。だがな……」


 お師匠様の顔が曇る。握っていた杖の柄の部分をゆっくりと触った。


「わしも油断しとった。羅刹に壱がちょっかいを出しておるのを知って、壱を捕えようとしたのじゃが、……反対に瓢箪の中にはいってしもうた」

「…………」


「今更、悔いても仕方ないことだがな……」とお師匠様が小さくつぶやくと、首を振った。


「それはそうと、水蓮、お前は今度の虹えびの料理大会に出るつもりなのか?」

「はい」

「まあ、お前を殺そうとしていた壱はいなくなったことだし、もう隠れて住む必要もないから構わないが……。 やはり天蓬のそばに行きたいのか?」

「確かに、最初は、天蓬さんに会いたいから出たいなと思っていました。会えば、天蓬さんが私のことを思い出してくれるかなって思っていました」

「そうか。……、ならば、もし、天蓬の記憶を取り戻せるとしたら、出ないのか?」

「いえ、それは違います。今は、お師匠様と一緒に料理大会に出れたら楽しいだろうなあって思ってます」

「そうか。そうか。天蓬よりわしといっしょにいたいか」


 お師匠様が嬉しそうにくつくつと笑う。


「てか、お師匠様、天蓬さんの記憶を取り戻せる方法があるんですか?」

「まあな。呪いをかけたのも呪いを解いたのもわしじゃからな。甘蕉バナナ餃子に林檎餃子とかいう美味しいデザートでも出してくれたら、教えてやってもいいぞ?」


 お師匠様は、白いひげをいじりながら、にやりと唇の端をあげた。


甘蕉バナナ餃子に林檎餃子のデザートって、――、お師匠様、いつから聞いていたんですか?」

「最初っからだな」


 ほっほっほっほとお師匠様の笑い声がお店の中に響いた。私は顔が熱くなるのがわかった。


「わかりましたよ。作ります。ちょっと待っててくださいね」


 そういうと、私はカウンターに立ち、デザートを作り始めた。





「わしはな、お前が天蓬に取られると思って、思わず対価と称して天蓬の獣の時の記憶を隠したのだ。天蓬にその気があれば、記憶がなくてもお前のところに来るだろうしな。

 もう少しだけの時間でいい。お前とまだ一緒にいたかったのだよ。瓢箪の中にいた間、ずっとお前のことを考えていた。お前はわしの大事な養い子じゃ。わしのわがままだとわかっておるのだが、もう少し、もう少しだけ、そばにいてほしかったのじゃよ……」


餃子の揚げる音、焼く音にかき消されたお師匠様のつぶやきは私の耳には届かなかった。


 



「それで、屋台では何を作るのじゃ?」


 清楚な女性に変身したお師匠様が聞く。今日から、王宮のそばで屋台を始める。虹えびの料理大会まで、あと二十日。頑張って宣伝して、ひとりでも多くの人に、私の料理を届けたい。そして、虹えびの料理大会に出場資格を得て、王宮で開かれる虹えびの料理大会に出たい。看板も用意した。ちらしも用意した。『ハナさん』の常連さんたちにも声をかけた。準備は万全。お手伝いは、清楚な女性に変身したお師匠様たち(お師匠様は何人にも変身できるすごい人なのだ)。あとは、二十日間、やりきるだけ!


「今年は、『虹天丼』です。七色の野菜と虹えびの揚げたて天麩羅がのった水蓮特製のお弁当!」

「七色の野菜? 餃子ではないのか?」

「餃子ではインパクトが足りません。去年、虹えび餃子のお店は数多くありました。勝負するには弱いと思います。ここは、見た目とボリュームを重視して、そして、去年の教訓を生かして、丼もののお弁当にします! 野菜は、赤色の赤蓼、橙の人参、黄色の菜花、緑の竜髭菜アスパラガス、藍の瑠璃菜ルリナ、紫色の紫芋を使います。仕入れもばっちりです。虹えびは昨日、ハナさんと川で釣りました」

「そうか。それは楽しみだ。わしは天麩羅を食べたことがないからとても楽しみだ。それにしてもお前は料理のこととなると目の色がかわって生き生きとするなぁ」

「美味しい料理は、作る人も楽しくなきゃ、美味しくできません。お師匠様も、笑顔でお願いします!! めいいっぱい、このお祭りを楽しみましょう!!」




 ごーぉーん


 王宮の門を守る衛士が、大きな銅鑼をならした。


 虹えびの料理大会に出場できる五人の料理人の番号札と屋号の張り出しの合図。1-27、屋号は『ハナさんの天麩羅』。


 ぞろぞろと、結果を見ようと大勢の人が集まっている。私と清楚な女性に変身したお師匠様はもみくちゃになりながら、張り出された紙を見に行った。もらった番号札を握りしめながら、張り出された紙を見る。


「あった! あったわ! お師匠様!! これで明日の虹えびの料理大会に出れるわ!」






*****

まだ、書き上げていませんが、あと1話あります。

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