第十膳『とっておきのデザートをキミに』(回答)天蓬視点
奇麗に盛り付けられた皿。
目の前に置かれたデザートを前に俺は戸惑っていた。
―― クリームや、花や、果物が奇麗に飾られているが、どうみても餃子の皮を使っているよな? ということは餃子料理?? いや、しかし、焦がした砂糖の甘い匂いと
俺は、首をかしげるしかない。
「これは?」
「こっちの半月型のが
「
予想外の中身に、思わず皿を凝視する。
「うん。半月型の方は、
―― 甘くて? 餃子だぞ?
俺はもう一度、
「……、これは、俺は食べたことがあるのか?」
「いいえ、ないわ。私も本当に久しぶりに作ったもの。えっ……もしかして、甘いの苦手? ……え、……やだ。どうしよ。サプライズしようと思ったのに、ちゃんと聞かなかったから、前と一緒で、失敗しちゃったかな……」
さっきまでニコニコしていた水蓮が慌てだした。俺は皿をひっこめようとした水蓮の腕を捕まえる。水蓮が困ったように眉を下げたから、俺はあわてて手を離した。
「苦手ではないから問題ない。それより、前と一緒とはどういう意味だ?」
水蓮が首をかしげながら、くちをもごもご動かしている。どう説明していいか悩んでいるという雰囲気だ。しばらくして唇をきゅっとあげた。
「う――ん。…………、あのね、ひとりぼっちのご飯って味も感じないし、全然楽しくないの。口に入ればなんでもいいって感じ。でもね、天蓬さんがやってきて、私が作るご飯を美味しそうに食べてくれて、おしゃべりして、…………、何を作ろうか考えることでさえ、私、すごく楽しかった」
その時のことを思い出したのか、水蓮の顔色がふんわりと柔らかくなる。つられて俺も口角をあげる。まあ、俺はその時のことを覚えていないが、俺にとっても楽しい時間だったんだろう。そうじゃなきゃ、ここへ来て水蓮と過ごした日々を思い出したいと思わないだろうから。
「そうか」
「一度ね、天蓬さんの苦手な食べ物を料理に使っちゃったのに、天蓬さん黙って食べてくれたの。その時にね、料理って自分が美味しいと思うものを強制するものじゃなくて、相手が美味しいと思ってくれるものを作るべきだって思ったの」
不意に、硫黄と脂が混ざった匂いが鼻をかすめたような気がした。
―― ………… 茸?
俺の鼻がピクリとする。どうして茸を思い出したのかわからない。茸は苦手だが食べられないものではない。消えた思い出と何か関係があるのだろうと、勝手に自分の中で納得する。それよりも、水蓮の話だ。
「……、私ね、天蓬さんと一緒に過ごしているうちに、天蓬さんが美味しいと思ってくれるものをたくさん作りたいなあって思ったの。……、そのためにもね、天蓬さんとね、何が好きとか嫌いとか、たくさん話をしたいなぁって。だって、自分が好きだからと言って、相手が好きとは限らないでしょ? ……、いっぱいおしゃべりして、いっぱいいろんなものを一緒に食べて、天蓬さんのことを理解したいなあって思っていたの……」
水蓮が少し顔を赤らめながら言った。水蓮の言葉に俺の心臓がドキッと跳ねる。
思わず、水蓮を抱きしめたくなる。
―― いやいや、これもそれも料理の話だ。
俺は、小さく首をふると、
俺は皿の上の
「甘くて旨いな。甘い餃子というものは初めて食べたが、悪くない」
「よかったぁ。揚げ餃子の方も食べてみて」
水蓮がニコニコして揚げ餃子をすすめる。揚げ餃子の方は、すこしシャリっとした林檎の食感が残っている。
「旨い! 俺はこっちの方が好みだ」
水蓮の顔色がぱあっと明るくなる。その笑顔に俺の心臓がまた、ドキドキと大きく跳ねた。俺はあわてて、次の餃子を口に入れる。
口の中で、餃子の皮がパリパリとしたと崩れていく音がする。さらに添えられていたクリームを餃子にのせて食べると、また違った味わいになる。白いふわりとしたクリームは思った以上におもくなく、さっぱりとしている。
「このクリームは……」
「あ、わかった?
「なるほど……、旨いな」
「よかったぁ」
水蓮が隣に座って、自分の分のデザートを食べ始めた。
眼鏡型の妖術具で一見深い緑に見える目の色は、右は群青、左は俺と同じ金色。
唐突に、父上に、片目が俺の目と同じ色のこの娘がほしいと言ったことを思い出した。あれは、水蓮の誕生祝に燦の国を訪れた時だったか。
もう一度、目の前にある餃子を見る。
さっき食べた水蓮の焼き餃子も、茹で餃子も旨かった。林檎餃子も予想を超えて旨かった。腹が十分に満足したせいか、まるで妖術にかかったように気持ちが晴れやかだ。ここに来るまでは、呪いを解くために対価として失った記憶を、あれこれ悩んでいたが、いまは気にならなくなった。それよりも、これからどうするかが問題だ。
―― 失った思い出を取り戻すより未来を手に入れなくては!
金炉達も水蓮の料理の虜になったのか、時間を作ってここに通っているらしい。食に興味のない
あの時、その場にいた大人たちは笑われたが、今の俺なら手に入れることができるかもしれない。いや、何が何でも手に入れたいと思い始めている自分を自覚する。
「……、金炉に聞いたのだが、今度の虹えびの料理大会に出場したいんだそうだな? 理由を聞いてもいいか?」
「それは………、虹えびの料理大会に出場したら天蓬さんに会えると思ったからよ」
水蓮が頬を染めて小さな声で言った。俺は水蓮から見えないところでよしと拳を握る。
「では目的は果たせたわけだ」
「そうなんだけど……」
水蓮が頬を染めたまま、少しだけ口ごもる。
―― なぜ、口ごもる????
「なあ。水蓮。俺はお前の料理をこれからも食べたいと思っている。お前と旨い料理を食べて、たくさん話をして、お前を理解したいと思うのは俺も同じだ」
水蓮の頬がさらに赤くなる。俺は思わず、水蓮の手を握りしめて、顔をのぞき込む。
「それに、俺ならお前を守ることができる」
「……でも……」
顔を赤くしながら、水蓮がとても困ったような表情を浮かべる。そして、「ごめんなさい。天蓬さん」と言うと、水蓮が俺から逃げるように立ち上がった。その勢いでガタリと椅子が後ろに倒れる。
「わ、私ね、やっぱり、虹えびの料理大会に出る!」
「?」
「この前の虹えびの料理大会、結果がでなかったのは、自分を過大評価していたし、真摯に向き合っていなかったから。だから、もう一度チャレンジしたいの。これはね、天蓬さんのために料理がしたい気持ちとは別の自分のやりたいことなの。そうじゃないと、一生後悔すると思うの」
―― ことを性急にすすめすぎたようだな。
俺は心の中でため息をついた。
「わかった。今度の虹えびの料理大会は俺の即位式と重なる。また、会えることを楽しみにしていよう」
俺は席を立ち、水蓮に近づいた。そして、ぎゅうっと抱きしめると、水蓮の顎をもちあげ、そのピンク色の柔らかな唇に、そっと自分の唇を重ねた。
「な、な、なひぉw……」
真っ赤になった水蓮が口を押えて、意味不明なことを言い出した。今まで実感がない絵物語の中の水蓮が急に現実味を帯びてくる。こうやって、ひとつずつ水蓮との思い出を重ねていけばいい。今度は水蓮のその可愛らしい表情を忘れないと心に誓う。
「……、俺からのサプライズのデザートだ。水蓮、今度は虹えびの料理大会で会おう。お前の旨い料理を期待している!」
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