31.元長老の進路1(パチャラside)


 やっと一人目にラシの魔術を渡すことができたわい。


 わしは安堵している。


 レイサスと別れ、再び南に進んでいる道中。足取りも軽くなる。



 旅に出た当初は楽観的に構えていた。それなのに誰とも出会うことなく魔物と戦う日々。あてもなく彷徨い続けていたときは希望の芽と呼ばれる四人に会えるか不安になったこともある。


 じゃがこうしてレイサスに会うことができた。遠くからでもわかるほど大きな山火事が目印になったことも幸運じゃった。

 山火事はおそらくレイサスたちが起こしたものに違いないが、居場所を特定するのに一役買ったのは確実。魔物を連れているという情報を事前に得ていたのに、うっかり近づいてしまったのはわしのミスじゃが、それでも魔術の譲渡はうまくいった。



 とりあえずは一安心。



 しかしレイサスという男、見た目や物腰は比較的柔らかいが、わしは逆の印象を抱いた。



 一言でいえば「危なそうなやつ」じゃ。



 何かに取り憑かれているような、狂気を含んだ眼をしておった。


 魔王への憎しみか、使命感かはわからん。とにかく彼らの邪魔をするなら人間ですらも平気で殺すような雰囲気があったように感じる。希望の芽に会ったらもっと話そうと思っていたのに、わしとしたことが奥に秘めた狂気が怖くなって早々に切り上げてしまった。


 後ろの方にいた仲間も同じ眼をしていたから、レイサスを含む四人すべてが同じ目的なのじゃろう。目的を果たすためならどんな手段も厭わない集団じゃ。



 そうでなければいくら魔物相手とはいえ、山火事を起こそうなんて作戦は立てたりせん。作戦を考えたのはレイサスだと思うが、きっと誰も作戦に反対しなかったはず。敵を倒すのに手段は選ばないということじゃろう。



 しかし、わしは思う。


 人類が魔王を倒すというのは、並大抵のことではない。


 剣聖ドウセツと伝説の魔術師ラシですら魔王を倒すことはできなかった。五千人で魔王に挑んだこともあったそうじゃが、やはり敗北。他にも魔王と戦った者はたくさんいるはずじゃ。にもかかわらず誰も魔王を倒すことができないでおる。


 強いだけでは倒せない。人数がいても勝てない。


 魔王を倒すには他に何かが必要なのじゃろう。


 何が必要なのかはわからぬ。


 しかし、彼らの持つ「狂気」が、武器になる可能性はある。


 狂気を含んでいる者の方が魔王と渡り合えるかもしれん。




 それがレイサスたちか。ラシは言わなかったが、彼らの「狂気」に期待していたのかもしれん。


 そういうことなら今後はじっくりレイサスたちを観察させてもらうことにするかの。



 観察。


 実は、わしがレイサスにあえて言わなかったことがひとつある。聞いたら気分を悪くするのは間違いないから仕方ない。



 それは、ラシからわし自身に与えられた力。


「ラシの魔術を持つ者の視界を共有できる」


 という魔術じゃ。




 つまり、ラシの魔術を持っているレイサスの見ている景色を、わしも見ることができる。




 レイサスと違って一回限りでもなく、いつでもどこでも何度でも使える力じゃ。これがあればレイサスが戦っている状況などを把握可能。音は聞こえんが、十分じゃ。


 覗きみたいで趣味は悪いがの。まあ、いやらしいものや変なものはできる限り見んようにするから勘弁してほしい。「できる限り」なのは許してもらいたいとこじゃな。



 色々な思考を巡らせながらこれまで進んで来た道を南へ戻る。




 そうして二日ほど経ったとき、久しぶりにファーラングから通信が来た。


「ファーラング、久しぶりじゃの」


 ファーラングが弾んだ声で答える。


「まだ十日くらいしか経ってないだろ。ジジイも元気だったか」

「もちろんじゃ。ラクサーがある限り特に苦労はないわい」

「敵にやられる心配なんかしてねえよ。寿命が尽きてないかの方の心配だ」

「ほっほっほ。わしはまだまだ生きられそうじゃ。あと五十年はいけるかのう」

「それはそれでバケモンだな」


 やはり同じガウリカ族と話しているときは落ち着くわい。少しの間ファーラングとの会話を楽しむとするかの。大地の恵みで話す時間は限られているからそう長い時間ではないが。




「ところでジジイ、トマーノからの四人組には会えたか?」


 しばらくしてファーラングは話題を変えてきた。彼女はわしの旅を応援してくれている。だからファーラング自身が提供した情報の行く末は気になるようじゃ。


「それは最初に話すべきことじゃったな。おう、レイサスという男とその仲間三人、確かに会うことができたぞ。ファーラングのおかげじゃ、感謝するぞ」


「おうそうか。良かったな。で、会ってどうしたんだ? 一緒にいるわけじゃねえだろうし」


 微妙に答えに困る質問じゃ。とはいえ答えは決めてある。これだけ協力してくれるファーラングにはある程度まで真実を話すつもりじゃ。




 わしはファーラングに、夢でお告げをしてきた人物が偉大な魔術師ラシであること、お告げが事実である証拠にいくつかの能力を託されたこと、そのひとつをレイサスに渡したこと、レイサス一行はどこか狂気じみていたことなどを話した。最終的に彼らの秘めた狂気を恐れ、すぐに別れたことも伝えた。


 ファーラングは最後まで黙って聞いていたが、わしが話し終わると呟いた。


「狂気ねえ。それで魔王に勝てるのか怪しいもんだ」


 どうやらファーラングは狂気が魔王を倒すきっかけになるとは考えていないようじゃ。


「それは、なぜかの?」

 疑問をそのままぶつける。

「ウチは魔王もレイサスも会ったことがないから適当だぞ?」

「構わんわい」


「単純なことさ。魔王にとっては狂ってることなんて普通だからだよ。

 いいかジジイ、魔王は人類を滅ぼしたいから攻めてきている。同時に人類は魔物の大好物だ。でも人類を滅ぼしちまったらどうなる? やつらは好物を食えなくなっちまう。おかしくねえか? 自分の好きな食べ物をこの世からなくそうとしているんだぜ。

 つまりあいつら魔物の行動は元から破綻しているんだ。そんなことをする魔王が狂っていないなんてはずがねえ」


「ふむ」


「そんな根本から狂った魔物たちにとって「狂気」なんざただの日常だ。今まで魔王に挑んだやつらと変わらないで返り討ちに遭うに決まってる。人間が立ち向かえるとすれば「狂気」なんかじゃねえとウチは思ってる。

 逆だ。

 徹底的に「理性」を保ったやつこそが魔王を倒せるんじゃねえのか」


 口は悪いがファーラングの言うことも最もじゃ。


 確かに魔物は人間を食う。じゃが、同時に滅ぼそうともしている。この矛盾に対する答えは今のところわかっておらん。


 単純に魔物は人間が嫌いなだけ、という何の解決にもならん意見が一般的じゃ。魔物の行動が異常である説明にはなってない。


 魔物たちがレイサスの狂気に触れたら何かを感じると思うか。


 そう問われたらわしも「何も感じない」と答えるじゃろう。これまでと同じように人間を処理するに違いない。


 


 それでも。


 わしが感じた彼らの狂気に賭けてみたい思いもある。声には出さず、彼らの勝利を願う。


「それでだなジジイ。ウチは今ネア・マクリ帝国ってとこに着いたんだが、今度はすげえぜ」


 わしが黙っていたせいか、ファーラングが話を変えてきた。


「何がすごいんじゃ?」

「寝ぼけたこと言ってんなよ! ウチがジジイに報告することって言ったら討伐隊の話に決まってんだろうが。」

「お、おう。そうじゃな」

「まだ帝国の国境付近に来たばかりだがよ、討伐隊の噂で持ち切りなんだ! どうやら帝国最強の英雄と十八国連合五勇士の生き残りが討伐隊に参加しているらしいぜ!」


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亡国の王子・異世界転生者・冒険者・世界最高戦力・元長老が征く【五つの旅】 ~彼らの能力で魔王は倒せるか~ エス @esu1211

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