30.王子の出会い5(レイサスside)


「え?」


 ドナの返答は予想外のものだった。

「その方がレイサスの負担が減る」

「ちょっと待ってドナ。何を言っているんだ」

「大したことじゃない、私に魔術を使うって選択肢をなくせばいいだけ。そうすれば作戦を絞りやすくなる」

「全員に魔術を使う可能性を残しておいた方がいいだろう? 選択肢を減らす必要はないよ」

「理由もある。スカイラーは切り札を使うのに命を賭ける。だから魔術を使う意味がある。ガンドフは最前線で戦うから命の危険がある。だから魔術を使う意味がある。私は命を賭ける切り札じゃないし、最前線にも立たない」


 正論ではある。僕も同じように考えていた。だが、命の危険にさらされるのは、ここにいる全員がありえることだ。ドナだって敵の遠距離攻撃や切り札で命を落とす可能性はある。選択肢から消すということはありえない。


 ただし。

 ドナは意外に頑固な面がある。僕が選択肢に入れると言っても譲らないかもしれない。一旦嘘でもいいから受け入れたフリをしておくのが無難かもしれない。


 僕はドナの目を見た。


 真っ直ぐに僕を見ている。


 やはり嘘は良くない。


「気持ちも理屈も理解できるけど、やはり選択肢から外すことはできないよ。状況を見て僕が最適な判断をする。いつ、どこで、誰にラシの魔術を行使するかは僕に決めさせてほしい」


 真っ直ぐに僕は答えた。


「わかった。じゃあレイサスに任せる」


 あっさりとドナは引き下がった。どうなるか心配していたのであろうガンドフとスカイラーも、ほっと一息をついていた。




 僕たちのパーティーの危うさ。


 それは各自が自分の命を軽く見過ぎているところだ。僕は皆の過去を一通り聞いてはいるが、どれくらいの絶望を味わったのかはわからない。確実なのは僕ら四人は復讐を選んだ、ということだ。



 ガンドフは結婚したばかりのときに町を赤い鎧に襲われた。


 当時ガンドフは出かけており、町にいなかった。ガンドフが戻ったとき、すでに町は魔物によって破壊されていて、近くには僅かな魔物が残っているだけだったらしい。そこで魔物を倒した彼は無残に食いちぎられた妻を見つけたということだった。一度は我を忘れて魔物の討伐に出かけたが、自分の実力が足りないことを知り、逃げてしまったと語っていた。


 僕にはガンドフの気持ちがよくわかる。要するに覚悟ができなかったのだ。目の前で父を殺されたのに逃げてしまった僕も、我を忘れたはずなのに勝てないと知って逃げてしまったガンドフも、覚悟が不足していたせいで恐怖に負けたのだ。

 だが今は逃げたことに感謝しなければならない。僕らは強くなって復讐できるのだから。



 スカイラーは魔物から逃げているときに別の魔物に襲われた。

 元々住んでいた町に魔物が迫ってきていたのを知ったスカイラーとその家族は、危機を察知して別の町へ引っ越しをした。その移動中に別の魔物に補足され、家族は彼女の目の前で殺された。おそらく魔物使いの素養を持っていたスカイラーだけが狼の魔物に助けられたが、魔物に殺された家族の光景は今も彼女の脳裏に焼き付いていることだろう。


 目の前で家族が殺されたシーンは僕にもまだ焼き付いている。一生忘れられないんじゃないか、というくらいに強烈だ。「復讐の気持ちはだんだん薄れていく」なんて誰かが言っていたけど大嘘だ。

 少なくとも僕は赤い鎧打倒への気持ちが高まっているのを感じている。



 ドナは僕と同じ日に家族を失った。

 ベルガモット王国の住民であったドナは、赤い鎧の襲撃により家族を失う。辛うじて重傷の父親に背負われて東へ逃げてきたが、父親は途中で命を落とした。まだ僕よりも幼かったドナは、逃げ延びた町でひとり生き抜いたようだ。どうやって生きてきたのかは本人も一切語らないためわからないが、過酷だったことは間違いないはずだ。


 僕はベルガモット王国の王子だったせいもあって、滞在した場所ではそれなりの待遇を受けてきた。ドナは違う。見知らぬ街にたったひとり取り残されたのだ。家族を失っただけでなく、その後の生活まで苦しいものだったはずだ。魔物を恨む気持ちは凄まじいものがある。




 魔物によって家族や親友、恋人を失った人は沢山いる。魔物を恨んでいる人も数えきれないだろう。それでも多くの人は魔物から逃げることを選んだ。逃げて生き延びることを選んだ。


 否定するつもりはない。


 魔物に立ち向かうには魔粒子耐性があって、それなりの戦闘力があって、これまでの生活を捨てる覚悟が必要だから。


 全部を満たしている人は少ない。だから逃げるのは悪くない。


 僕らも魔物から一度は逃げた。けれど、いや一度逃げたからこそ次は逃げないという決意でこの旅をしている。


 逃げないと決めているからこそ、命を捨てるのに躊躇いがない。


 僕らのパーティーは自分の命を賭けた強さと、自分の命を捨てる不安定さを持っている。


 命を賭けなければ魔王を倒すことはできないと思うし、命を簡単に捨てるようでは魔王を倒せない気もする。




 果たして僕たちはどちらに転ぶだろうか。


 パチャラとの出会いは良くも悪くも僕に命という問題を突き付けた。


 もちろん今のスタンスを変えるつもりはない。命を大切にして魔王に太刀打ちできるはずがないと考えているからだ。しかし、あっさりと命を捨てるようでは赤い鎧の首を切る前に戦力を失ってしまいかねない。

 赤い鎧に刃を突き立てるその瞬間まで生き延びなくてはならない。


 僕らはそんなパーティーだ。



ーーーーーーーーー



 山越えを始めて一ヶ月、ついに僕らは山岳地帯を抜けることができた。途中で何度か魔物に襲われたり、守護魔と一戦交えたりした。ドナと狼の魔物が負傷したため、一度ポルテットの拠点に戻ることもあったが、ようやく山を越えることができた。


 ここから「元」ベルガモット王国までは、大王亀の足で北に二日程度の道のりである。

 王国の城や町自体は燃陣大針鼠によって焼かれてしまったから栄えていた当時の面影は残ってはいないだろう。

 それでも僕とドナにとっては思い出深い場所であり、因縁の場所でもあるのだ。




 さらに、ひとつの仮説を立てていた。


「もしかしたら、レイサスとドナの故郷が赤い鎧の拠点っていう可能性もあるわけね」

 スカイラーが呟く。


 そう、僕はベルガモット王国跡地が赤い鎧の拠点ではないかと仮説を立てていた。そう考えている理由はふたつある。


 ひとつは赤い鎧の目撃情報が東に進むほど少なくなること。

 山の東側で赤い鎧を見た人はそれほど多くない。つまり、赤い鎧は東に攻め込むとき、戦いのほとんどを部下に任せていると推測できる。ということは赤い鎧自身は中央から西にいる確率が高い。


 もうひとつは地理上の問題だ。

 ベルガモット王国は大陸の中央北部にある。街道が東西に発達しており、本来は山越えをしなくても辿り着けるような拓けた場所に本城が作られていた。南は険しい山、北は荒れ狂う海という土地のため、守りやすいのも特徴だ。

 東西には動きやすく、南北は守りやすい。拠点にするには最高の条件だと言える。



「いよいよ俺たちの旅もゴールに近付いてるってことか!」

 すっかり体調を取り戻したガンドフが感慨深そうに言う。


「あと、少し」

 ドナも落ち着いているようだが、普段より力が入っているように見える。


「そうだね。順調にいけばあと二日でベルガモット王国だ。赤い鎧がいるかもしれないし、残念ながらいないかもしれない。いなければもっと西へ向かうしかない。どちらにせよベルガモット王国は東西を結ぶ要所だからね。行く以外の選択肢はないよ。

 皆、覚悟はいいかい?」

「当然だぜ!」

「いいに決まってるわ!」

「もちろん」


 三人が頼もしそうに返事をする。




 準備もしてきた。




 体調も万全。




 作戦も立ててある。



 

 ラシの魔術だってある。




 こんなに戦いが楽しみになるのは初めてだ。

 もう少しで家族の、王国の皆の仇を討つことができる。


 気分が高揚してくる。


 わかっている。楽な戦いではないだろう。四人の中の誰かが死ぬかもしれない。全員が死に、負ける可能性だって考えていないわけじゃない。


 でもそんなことどうだっていい。全滅しようが赤い鎧は殺す。


 仲間の誰が犠牲になっても構わない。


 早く赤い鎧に会いたい。


 会ってその首を刎ねてやりたい。




 僕は不思議な高揚感に包まれていた。


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